77話「神具の力」
「神世のお方とそのお仲間といえど、神具で力を増した我らに勝てる道理はありませんぞ!」
ファリステルが自信満々に言うと額の魔術陣が光った。
なるほど、そうやって神具からの力を供給するのか。
彼の魔術に合わせて幹部エルフにも力が満ちていく。魔獣は違うようだ。大きめのオオカミと風情の獣で頼りになりそうなのだが、神具の加護までは貰えないらしい。
魔力探知を行うと、神具が大地から力を吸い上げ、エルフ達に力を与えているのがはっきりとわかった。
「本当に神具を力を利用しているようだな。普段なら破壊してしまうところだが……」
今回はどうしても回収しなければならない理由がある。
神具は広間の中央の魔術陣の中心に置かれている。恐らく、この要塞の中核だろう。役割は違うが、作りとしては城の防衛魔術に近い。
神具と要塞は魔術陣を通してほぼ同化していた。
「あの魔術陣だけ破壊するのは骨が折れそうだな」
「ふむ。バーツがそう言うなら相当じゃな。どうしたもんかのう」
「とりあえず、連中を静かにさせようぜ」
「賛成です」
ロビンとピルンがそれぞれ武器を構えた。といっても、ロビンは素手なので構えただけだが。まあ、無闇に強いから大丈夫だ。
「これだけの戦力差を見て平然としているとは流石ですが。手加減はしませんよ?」
言外に降伏を迫ってきた。神具からの魔力を見て、我々が怯えたとでも思ったのか。
残念ながら、私達はもっと酷いものを見てきている。これまでも、これからもだ。
「能書きはいいから早くかかってくるのじゃ。こう見えて、ワシらは忙しいんじゃぞ」
フィンディの挑発的な発言が合図になった。
まず魔獣達が飛びかかってきた。その後ろのエルフ達は魔術の準備だ。なかなか連携が取れている。
「わかりやすい手だぜ! オラァッ!」
発魔術具で肉体を強化したロビンが飛び出して魔獣を殴り飛ばした。
獣の反応速度より早く動いた。凄い。
「ピルン、エルフを無力化してくれ。私とフィンディへの援護は無用だ」
「はっ。承知しました」
返事と同時にピルンが消えた。フィンディの魔術具による隠行だ。私ですら頑張らないと探知できないという、驚きの隠匿性能である。
ピルンに任せておけば、戦場に居るエルフ達は順番に無力化されるだろう。
「ウオォォォオ!」
そうこうしている間に、雄叫びをあげながら、私とフィンディに向かって残りの魔獣が襲いかかって来た。
普通の魔術師なら絶望的な状況だが、私達にとっては焦るほどの事では無い。
私は落ち着いて防御障壁を展開した。
勢いよく飛びかかってきた魔獣達はそのままはじき飛ばされる。
「ワウ?」
素晴らしい運動能力を見せて体勢を立て直した魔獣達は怪訝な顔をしていた。
犬みたいでかわいいな。殺すのはよそう。
「フィンディ、魔獣を殺すのはよそう。なんかかわいそうだ」
「了解じゃ。ワシはエルフをやるので魔獣は任せたのじゃ」
「わかった。神樹の枝よ」
神樹の枝から鎖の魔術を発射。生き物とは思えない反応と速度で鎖を回避にかかる魔獣。
だが、神々の魔力で形作られた魔術はどこまでも追いかける。
しかも、今回は鎖が途中で分離して網のようになるおまけつきだ。たまには少し工夫してみないとな。
そこそこ頑張ったが、魔獣はすぐに捕らえることができた。
「よし、しばらく眠っていろ」
魔術の網で捕らえた魔獣はすぐに魔術で眠らせた。この部屋に配置されている以上、それなりに強化されているはずだが、思ったよりあっさりかかってくれた。
ロビンが殴り飛ばした分も含めれば、魔獣は全て無力化できた。残るはエルフだけだ。
ここにいるエルフは全員が元幹部だろう。それなりの実力を持つ上に、神具からの魔力供給で力の底上げが著しい。
ピルンとロビンが心配だ。援護をせねば。
「な、なんだこのハゲ! 筋肉で魔術を弾くだと! 非常識だぞ!」
「うるせえ! ハゲっていうな! これが筋肉と魔術具の力の融合だよ、馬鹿野郎!」
エルフ(イケメン)を殴り飛ばすロビンの姿を確認。うん、彼は大丈夫そうだ。フィンディの魔術具は強力だからな。ハゲは関係ない。
「我が手に満ちよ・光の力・我が敵を貫くもの・悉く討ち果たせ!」
そんな風に周囲を確認していると、ファルステルの近くにいるエルフの一人が魔術を完成させた。
展開された魔術陣から無数の光の矢が発射される。
並のエルフではとても一人では放てない強力な魔術だ。狙いは正確かつ、広範囲。しかも魔術陣がある限り、光りの矢は敵を倒すまで射出される。
「しゃらくさいのじゃ! 並の魔術でワシらを倒せると思うな!」
フィンディが杖を輝かせて一降り。発射された青い光が魔術陣を粉砕した上で、エルフに直撃した。
「ぐほっ!」
吹き飛ばされたエルフは壁に激突して動かなくなった。無事だと思いたい。
「発動する魔術が少ないぞ! どうした! 何で寝ている!」
ファルステルが叫ぶ。彼はまだ魔術の準備中だ。相当の大魔術を用意しているようだ。
彼はようやく、他のエルフが次々と眠っていることに気づいたらしい。
ピルンの仕業である。相変わらず、惚れ惚れする仕事ぶりだ。
時間にして10分もかからなかったろう。
ファルステルと側近二人を残して、神具の島を占拠したエルフ達は無力化した。
気絶したり眠ったりした魔獣と元幹部を尻目に、私は降伏勧告を行った。
「さて、残るはお前達だけだ。降伏するなら手荒なことはしないと約束しよう」
「断る! まだ私達は負けてはいない!」
拒否の言葉と共に、神具が激しく輝いた。膨大な魔力がファルステルと残りの二人に流れ込んでいく。
「お、おい。なんかやばくないか?」
ロビンの言うとおりだ。神具から莫大な魔力を受けたファルステル達は全身が白く発光している。尋常な姿ではない。
「いかんの。ワシやバーツならともかく、普通のエルフがあれだけの魔力をその身に受けるとただではすまん」
「よし。止めよう!」
神樹の枝から鎖の魔術を発射。全員の動きを封じにかかる。
しかし、白銀に輝く鎖は、届く寸前にファルステル達によって振り払われた。
「この程度の魔術で神具の加護を受けた我らを止められると思って貰っては困りますな。魔王と戦うために与えられた力ですぞ」
「その話、詳しく聞きたいな」
私は一歩前に出る。今の発言は聞き流せない。
「フィンディ、私が時間を稼ぐ。その間にあの神具をどうにかしてくれ」
全員昏倒させてから神具にとりかかる予定だったが、方針変更だ。このエルフ達と神具、同時にどうにかする。
「わかったのじゃ。そもそも神具はワシが作り出したもの。すぐに制御できるじゃろう」
「おい、俺も混ぜてくれ。ようやく骨のある相手とやれそうだ」
「ロビン……危険じゃないか?」
前方のエルフ達が神具から得ている魔力は尋常では無い。これまでの相手とは格が違う。いくらロビンでも危険だ。
「私が援護します。危なくなったら撤退しますのでご安心を」
「そういうことだ。俺だって、あんな無茶苦茶なのと正面からやれるとは思っちゃいないさ」
ピルンとロビンが不適な笑みを浮かべて言った。これは止めても無駄だな。危なそうだったら助けよう。
「わかった。危なくなったら下がってくれ」
「バーツもな。油断するなよ」
「勿論だ」
戦いのために神樹の枝を掲げと、おもむろにファルステルが口を開いた。
「そういえば、神世のお方はともかく、残りの面々は知らない方ですな。せっかくです。名前を聞いておきましょう」
物凄い自信と余裕が伝わってくる発言だった。
状況的には我々が押しているのに一瞬負けてる気分になった。
神具から入ってくる魔力で冷静な判断が出来なくなっているのだろうか。
「私がバーツ。大きいのがロビン、小さいのがピルン。全員、ただの冒険者だ」
面倒なのでざっくりと自己紹介した。それを聞いたロビンとピルンは苦笑していた。
「ご冗談を、その実力でただの冒険者もないでしょう?」
「いいや、お前達はただの冒険者に倒される。それで十分だ」
言葉と同時、私は神樹の枝を横なぎに振った。
放ったのは鎖の魔術では無く、攻撃の力だ。室内なので派手な攻撃は出来ない。そのため、威力を集中した一撃にした。
ちょうど、グランク国王ダイテツの持つ武器、銃から放たれる弾丸のような魔力が放たれる。
「その程度、避けるまでもありませんね!」
ファルステルが魔力光を手で振り払うと、爆発が起きた。
一瞬で辺りが光と煙に包まれる。
「ピルン! ロビン!」
私の叫びに返答はなかったが、動きはあった。
目くらましに乗じて大と小、二つの影がエルフ達に向かって突撃した。
「では、ワシは神具の解除に向かうのじゃ。やりすぎるでないぞ?」
「わかった。気をつけてくれ」
立ちこめる煙を気にする様子も無く、フィンディが隠行で消えた。彼女のことだ、このまま安全に作業するだろう。
私は魔力探知を使用。視界は悪いが、ファルステルの位置はよくわかる。
「よし、いけっ」
神樹の枝に魔力を通し、衝撃波を発射。ファルステルを吹き飛ばすのが狙いの一撃だ。
「うごぉっ!」
狙い通り、煙の中からファルステルがうめき声と共に、向こう側に吹き飛ぶ音が聞こえた。広い室内だし、魔力で強化されているから壁に激突して死亡と言うことは無いだろう。
「二人とも、そちらを頼む」
歩きながら、幹部二人と戦いを始めたピルンとロビンに言う。返事は無いが、二人ならやってくれるだろう。何より、既に得意な接近戦に持ち込んでいる。
二人の絶え間ない攻撃に曝されれば魔術で戦うのは難しい。
煙が晴れつつある中、まだまだ元気そうなファルステルの前に私は立ちはだかった。
「元エルフの長ファルステル。覚悟して貰うぞ」
「くそっ。絶対にただの冒険者じゃないだろう! 神具の魔力を全身に浴びた私を吹き飛ばしたんだぞ!」
悲壮な叫びと共に、ファルステルが腕を振る。彼が身につけていた腕輪が一瞬輝き、魔力の矢が発射された。
威力は十分、直撃すれば爆発し、相手をバラバラにする凶悪な魔術だ。
「残念ながら。身分証には本当にただの冒険者と書いてあるのだよ」
神樹の枝に魔力を通し、振る。
私の周囲に防御障壁が発生。魔力の矢はそれに突き刺さり、消滅した。
ここは室内。大きすぎる爆発は迷惑なので、魔術自体をなかったことにさせて貰った。
「なんだと……。今、何が起きた……?」
「説明する必要は無い」
鎖の魔術を射出。ファルステルは先ほどのように振り払おうとするが、今度は上手くいかない。
私が神樹の枝に魔力を流し続けているからだ。本気で捕まえにいかせて貰った。
「馬鹿な。動けん! くっ」
鎖に巻かれ、焦って周囲を見回すファルステル。
しかし、ロビンとピルンによって幹部二人の動きは止まっている。助けに入る余裕など無い。
それを確認した元エルフの長はちょっと絶望的な顔をした。
「さて、降伏する気がないようだから、黙らせるまでなのだが……」
そこが問題だ。ファルステルは神具という神々の魔力に近い性質を持つ力に曝されている。そのおかげで、並のエルフよりも魔術への耐性が強くなっている。
いつもなら眠りの魔術を流し込んで穏やかな夢でも見て貰うところだが、今回はその加減が難しい。うっかりすると永遠に眠ってしまう。
かといって、電撃などで痛めつけると、それもうっかり殺してしまいかねない。
しかし、このまま状態で拘束し続けるのも危険だし面倒だ。
「よし、このまま魔力吸収しよう。エルフの体を通せば、神具由来の魔力でも大丈夫だろ」
神具に近い属性になったエルフの魔力は吸収しにくそうだが、ここは頑張りどころだ。
私が気楽にそう言うと、ファルステルが顔を引きつらせた。
「待て。今なんか凄く不穏なことを言わなかったか?」
「大丈夫だ。死にはしない」
安全のため、並のエルフくらいまで魔力量を落とすだけだ。
その影響で気絶することくらいはあるかもしれないが、仕方ない。
「よし決めた。……頑張って耐えるんだぞ」
私が優しく言うと、ファルステルは恐怖に顔を歪めた。まるでフィンディを見たときのエルフのようだ。
「神樹の枝よ! 我が意志に答えよ!」
私は鎖の魔術を通して、ファルステルの魔力の吸収を開始した。
「ふ、ふおおおおおお!」
強引な魔力吸収で変な影響でもあるのか、元エルフの長(男)が気持ち悪い声をあげはじめた。
「うーむ。なんか気持ち悪いな。やめて別の方法に……」
性別のない私とはいえ、これはちょっと嫌な感じだ。魔力吸収、やめておくべきだったか。
「いや、そのままだ! そいつが動けなければ、他の奴にも魔力がまわらねぇ!」
「そのままでお願いします、バーツ様!」
「わかった。頑張る」
周囲で戦うピルンとロビンの要望があったので、そのまま続行した。
「ふおおおおおおお!」
結局、フィンディが神具を要塞から取り外すまで、ファルステルの奇声は止まらなかった。
前の話の要塞中枢にいたエルフと魔獣の数を少し修正しました。




