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76話「神具の島」

「到着したのはいいが、話に聞いたとおりだな」

「うむ。あやつら神域をやりたい放題じゃのう……」


 眼下に見える光景を見て私達は絶句していた。

 私達四人は魔術で上空にいた。隠行と組み合わせた得意の偵察である。

 眼下に見えるのは緑豊かなエルフの森と静かに水をたたえる神秘的な湖だ。

 ほぼ真円に近い形をした湖の中央にはやはり丸い島があった。

 島はそこそこの広さがあり、居住用の家が数軒と、神具が保管されている祠があったらしい。

 

 らしいというのは、問題の祠が全く確認できないための表現である。

 神具の祠の島は、複数の巨大な樹木が絡み合った異常な植物に覆われていた。

 魔術によって作り上げられた、エルフの要塞だ。

 フィンディの話によると、居心地の良い島だったそうなのだが、完全に台無しである。


「真っ昼間に堂々と上空から偵察されてるなんて、あの中の連中は思いもよらないだろうな……」

「このお二人と一緒にいると、よくあることです」

「相手が可哀想になるか?」

「いえ別に」

「…………」


 ロビンとピルンが何か話しているようだが、特に気にせず調査を続けよう。


「神具はあの中にあるわけだが、どう攻めたものだろうか?」

「バーツとフィンディの力であの要塞を吹き飛ばしちまえばいいんじゃねぇのか?」

「それが出来るかが問題じゃな。バーツ、魔力探知を頼むのじゃ」


 杖の宝玉を輝かせながら、フィンディが言った。彼女は外から要塞を解析していたはずだ。わざわざ魔力探知を頼むとは、内部はそれなりに厄介になっているということだろうか。

 私は念入りに魔力探知を行った。要塞内部の魔力の流れ、人々の配置などが徐々に把握できていく。魔術的な隠蔽も施されているようだが、私の前には無意味だ。

 時間にして5分ほどだろうか、要塞内部を精査したおかげで、私にもフィンディの懸念が理解できた。

 あの要塞の中心部には神具が配置されており、建物と密接な関係にあった。

 わかりやすく言うと、神具が根を張っている。


「あれは神具を利用して構築された要塞だ。下手に吹き飛ばすと不味いだろう」


 力任せに建物を吹き飛ばせば、神具にまで影響が及ぶ。私達の目的からすると、それは最悪の結果だ。


「あれを吹き飛ばせることは否定しないのな……」

「まぁの。しかし、あの中にいるエルフ共は命拾いしたのう。ワシらが神具狙いでなければ、すぐにでも消し飛ばしていたところじゃ」

「いや、別に私は命までとろうとは思っていないぞ……」


 私が考えていたのは建物だけの破壊なのだが。フィンディの言い方だと根こそぎに聞こえて怖い。


「あの、バーツ様でもあの要塞だけを破壊するのは難しいのですか?」

「加減を間違えると神具に影響を与えてしまうな。ここは慎重にいきたい」


 確かに私は魔力制御が得意だが、手元が狂うことくらいある。

 しかし、これまでの会話。完全に悪人側の会話だな。ちゃんとエルフの長から許可を得た行動なのだが。

 とにかく、今回は私達の得意技、「敵が苦労して作った施設をいきなり台無しにする」は使いにくい状況だ。


「ここは正面から攻略するしかないか……」

「うむ。正々堂々といくしかないのう」

「マジかよ……楽が出来ると思ってたんだけどな」

「顔、笑ってますよ。フィンディ様、ロビンさん」


 嬉しそうな反応を返した神世エルフと冒険者にピルンが呆れた様子で言った。


○○○


 私達は隠行の魔術をかけたまま、要塞の入り口にやってきた。

 入り口は要塞と同じく木製だが、巨大で重厚、更に魔術陣まで刻まれた立派な門で出来ていた。

 しっかりと門の左右に見張りがいる。魔力探知によると、要塞内部からも監視しているようだった。皆、仕事熱心だ。

 残念ながら、それらの誰一人として、私の隠行を見破れていなかったが。


「で。隠れたまま入り口に来たけど。これからどうすんだ?」

「うむ。まずはこうして、魔術で改めて要塞内部を解析するのじゃ」


 フィンディの杖の宝玉が明滅した。上空の時とは違い魔術はすぐに終わり、フィンディは私の方を向いて言う。


「うむ。大体わかったのじゃ。……バーツ、力を貸せ。中の連中を眠らせるのじゃ」

 

 フィンディの杖から魔術陣が浮かび上がった。魔力を内部に誘導するための魔術だ。


「承知した」 


 神樹の枝をフィンディの出した魔術陣に向け、魔術を発動する。

 眠りの力がフィンディの魔術陣を経由して誘導され、要塞内部にみるみるうちに浸透していく。

 まず、門の左右に立っていた見張りが崩れ落ちて眠った。

 それを見たであろう内部の者が反応する気配は無い。魔術の展開が早いため、騒ぐ前に内部も者たちが次々に眠りについているのだ。

 

「よし。仕上げじゃ」


 数分後、フィンディがそう言って杖を振ると、重厚な門が音も立てずにゆっくりと開いた。

 中からエルフ達が出てくる様子は無い。複数居るという魔獣も出てこない。


「うむ。制圧完了じゃ。中にいたエルフと魔獣はだいたい眠ったはずじゃぞ」

「……穏健なやり方だけど、完全制圧じゃねぇか。俺、暴れるつもりだったんだぞ」

「安心しろ。拳を振り上げる先はありそうだ」

「? どういうことだ?」


 フィンディと私の魔術は上手くいったが、魔力探知はある場所でだけ不発に終わった気配を伝えてきていた。


「要塞の中心部。神具の辺りだけ魔術の効きが悪い。流石に一筋縄ではいかないな」

「油断は出来ませんね」

「うむ。最大限の警戒をしつつ進むとするのじゃ。あ、道はもう解析済みじゃぞ。こっちじゃ」


 警戒とか言いながら、全くそんなそぶりも見せずにフィンディが歩き出した。

 今更彼女に何か言う気はないので、全員でゆっくりと後をついていった。

 

○○○

 

 要塞の最深部にはあっさり到達した。フォンディの内部解析が完璧だったのと、歩くのが面倒なので途中から魔術で移動したおかげだ。

 予想通り、首魁であるファルステルは魔術が効いていなかった。

 彼だけではない、側近と思われるエルフと魔獣がそれぞれ10程度健在だった。


 ちなみに何でいきなり首魁がわかったかというと、単純に魔力の量が多かったからである。

 それと、エルフ達は神具から魔力を得るために額に魔術陣を刻んだ装飾品をつけているのだが、ファルステルだけ豪華なサークレットをつけていたのも大きい。

 これだけ「私は特別です」と主張していれば、私でも察することが出来る。


「む。やはり全員が寝たわけではないか……」


 室内を確認した私がそう呟くと、ファルステルが偉そうな口調で反応した。


「正面から堂々と突破されて驚きましたが、神世のお方なら納得ですな。ここに来る道中で事情は知ったはず、なぜこのような暴挙に?」

「いや、暴挙はお主らじゃろ。いきなり神具を独占して実験に使いおって。しかも部下は山賊まがいのことまでやっておったぞ」


 非難に非難で返すフィンディ。しかし、向こうは余裕を崩さない。


「魔王が復活すると知れば焦りもします。それで、どのようなご用件で? 友好的な態度では無いようですが」


 彼は私達との実力差がわかっているのだろうか。確かに神具から得た魔力は強大だが、私やフィンディには遠く及ばないのだが。


「ワシらはエルフらしからぬ馬鹿げた行いを止めに来たのじゃよ。そして、お主にこんなことを吹き込んだ輩のことを聞き出さねばならん」

「ふむ。断ったらどうなりますかな?」

「勿論、力尽くじゃ」

「やはりそうなりますか」


 彼らのフィンディに対する認識は非常に正しい。

 しかし、対応方法は完璧に間違えていた。

 ファルステル一党は一斉に杖や剣を構え、魔獣は牙をむき出しにうなり声を上げた。

 臨戦態勢である。


「ちょうどいい、私達も自分の力を試す機会が欲しいと思っていたところです。神世のお方ならば、相手にとって不足は無し!」


 言葉と同時、神具が輝いた。神々の魔力のような、不思議な白い光が室内に満ちる。

 魔術具で神具と繋がっているエルフ達に膨大な魔力が流れ込んでいく。

 彼らはやる気だ。


「話し合いは期待できそうにないとは思っちゃいたが。残念だな」


 やれやれと言いながら、全身の魔術具を起動させながらロビンが言った。

 ここに来る前、彼にはフィンディから数々の魔術具を渡されている。効果は主に身体強化。エルフ達相手でも遅れを取ることは無いだろう。


「仕方ない。大人しくさせてから話を聞こう」

「うむ。誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやるのじゃ」


 そんな言い方ばかりしているから、エルフ達から恐れられるんだ。

 私は心の中でそう呟いた。


「では、始めるとしようか」


 仕方ない、戦いだ。

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