75話「尋問(する側)」
「まさかこんなにあっさり捕まえてしまうとは……私達の苦労は一体……」
「なんかすまん……」
眠ったり気絶したエルフの襲撃者達を引き渡すとユキリラスはちょっと落ち込んだ。想定外の早さで捕らえてしまったようだ。
「いえ、ここは事態の解決が早まったと思うことにします。実際、助かりますし」
思ったより落ち込んでいなかった。このエルフの長、急激に打たれ強くなっている気がする。
「実に前向きじゃな。それで、えっと、襲撃してきた連中のリーダーはなんと言ったかの?」
私も覚えていない。一瞬で倒してしまったからな。
「たしか、ナバラと言ったかと。フィンディ様の魔術で全身打撲でしたから、拘束した上で治療中です」
ピルンがちゃんと覚えていてくれた。実に有能だ。
「そのナバラですが、もうすぐ尋問できます。あれだけ派手に吹き飛んだのに、それほど重傷ではありませんでしたから」
「うむ。ちゃんと手加減したからのう」
手加減という言葉について色々見直したくなったが、そこは我慢した。フィンディの世界の話は深く考えるだけ無駄だ。
ナバラとやらから手早く事情を聞いてしまおう。本命は彼らのリーダーなのだからな。
「ところで、ロビンの姿が見えないようだが?」
「奴なら『気になることがある』とかいってエルフを数名連れてどこかに行ったのじゃ。まあ、あとで情報を伝えればいいじゃろ」
「ロビンさんのことですから、きっと無駄なことはしないかと。行きましょう」
ああ見えて大陸随一の冒険者だ。彼の判断は尊重しよう。
今、私達がすべきは情報収集だ。
集会所の建物の地下には牢屋があり、しっかりとした作りの面会用の部屋が用意されていた。
ナバラと若いエルフ達はそこに縛って集められていた。全員、意識が戻っていて、元気そうだ。それぞれ、腕には魔術具が填められている。フィンディの用意した魔力封じである。
「……まさか神世のお方がいるとはおもわなんだ」
私達を見るなり、ナバラは開口一番、遠い目をして言った。相手が悪すぎたという自覚はあるらしい。
「不幸なことだな。同情はしないが」
「うむ。その通り、同情の必要はないのじゃ。さて、ナバラとか言ったの。お主らが神具から力を引き出すまでに至った経緯を知る限り話すのじゃ」
「話した方が賢明ですよ。さもないとフィンディ様が魔術で精神を破壊します」
「ヒィッ!」
尋問のテクニックもなにもない、ただの脅迫である。単刀直入すぎる。
「わ、わかった話す。その代わり、俺と一緒に来た若者達は見逃してくれ。若さ故の行動なのだ……」
怯えて震えながらも、精一杯の虚勢といった感じでナバラが言う。エルフの若者達は絶望のあまり失神していた。それほどか。
「別に殺すつもりは無い。まあ、罰は受けるだろうが、命まではとらないように話すと約束しよう。精神破壊もしない」
そう言うとナバラはあからさまに安心した。フィンディのおかげか、尋問がスムーズでいい。
「それで、何が起きたんだ?」
「実は俺も詳しくは知らない。全てはファルステルだ。あいつが『神からの啓示を受けた。神具から力を得る方法と、魔王の復活を警告された』と言ったんだ。あいつは長だし、下手な嘘は言わない男だったから……」
どうやらナバラという男、元幹部の割に有用な情報はあまり持っていなそうだ。
いや、だからこそ襲撃班のリーダーを任されたのか?
「いきなり神の啓示とか言う時点で嘘くさいと思いますが……」
「ファルステル様は非常に優秀な長でしたから。不思議なことを言い出しても何らかの根拠があると思っても仕方ありません」
「なるほど。信頼されていたのだな」
突飛な言い分であっても幹部が半信半疑ながら従うくらいのカリスマがあったということか。それは厄介だ。これまでの様子から、フィンディを見た瞬間に組織が瓦解してくれないかとちょっと期待していたのだが。
「それで、真実を確かめるために、俺達は神具の祠のある島に向かった。そして、本当にファルステルが神具から力を引き出すのを見たんだ。素晴らしい、素晴らしい力だった……」
当時のことを思い出したのか、ナバラは熱で浮かされたような口調でぶつぶつ呟きだした。大丈夫だろうか。神具の魔力とやらで変質してるんじゃないか?
「なんか完全に力に目が眩んで方向性を見失ったように聞こえるんじゃが」
「否定はできないな。それから我々が考えたのは魔王についてだ。ファリステルの得た預言が真実ならば、備えなければなるまいと考え、仲間を募るために村に戻ったのだ」
「実際の行動と一致する内容だな。やってることは山賊だったが……」
「何を言う、分からず屋のユキリラス達が悪いのだ。魔王だぞ! 世界の危機だ!」
「残念ながら、それは間違いじゃ。今の魔王に戦う意志はないからのう」
「なんですと! いくら神世のお方とはいえ、そのような世迷い言を……」
「世迷い言では無く、全て見てきた故の結論よ。ワシはこの目で魔王を見てきたのじゃぞ」
「…………」
黙り込んだが、こちらの言い分に納得した様子では無い。それもそうか、相手は魔王だ。
この態度は参考になる。魔王軍に戦う意志がないことを色んな方面に伝える必要があるとサイカに話しておこう。
「さて、どうする? どうやら、ファルステルとやらが首魁のようだが」
「そうじゃの、話を聞きたい。どんな神にそそのかされたか確認するのじゃ」
「なるほど。フィンディ様ならどのような神がこの世界に干渉しているか推測できるかもしれませんね」
エルフたちに神託を行った、正体不明の神。
ここまでくれば、我々と敵対する存在と見ていいだろう。
対策を練るためにも情報は必要だ。フィンディの知る神であることを願うしかない。
「ファルステルがいるのは神具の祠のある島。エルフの森の中心にある湖の中の小島じゃな」
「はい。仰る通りです。フィンディ様に賜って以来、変わらぬ保管場所ですよ」
ユキリラスに確認を取り、こちらを向いたフィンディに、私とピルンは頷いた。
次の目的地は決まった。
「よし、早速そこに捕まえにいくとするか」
「果たして、そう上手くいきますかな」
「む、なにかあるのか?」
いきなり不適な面構えになるナバラ。何か凄い仕掛けでもあるのか。もっと情報を吐かせるべきか。
「今頃、我々の帰りが遅いことを怪しんだ仲間が近くに来ているはず。残念ながら、この辺りは火の海になりますな」
「なんだと……」
慌てて魔力探知を行うが、周囲にそれらしい魔力反応はない。
まさか、私でもわからないレベルの隠行か?
焦ったその時、部屋の入り口が開いた。
「おっと、ここだったか。悪かったな、野暮用で遅くなった」
悪びれた様子もなく謝罪の言葉を口にしながらロビンが現れた。
「野暮用? そういえば、何か気になるといっていたな」
「もう終わったぜ」
そう言って、彼は気絶した若いエルフを三人ほど部屋に放り込んできた。
「この若いエルフは、島に行った者ですね」
「さっきの連中が帰らないから様子を見に来た奴らだ。多分来るだろうと思って網を張ってたら案の定ってやつでな」
なるほど。私達の代わりに周囲を警戒してくれていたのか。しかしこれは、見事な成果だ
「馬鹿な。我らほどではないが、並のエルフ5人分は魔力が底上げされているはず」
「ちょっと魔力が増えたくらいなら俺にゃあ怖くねぇな。殴れば気絶するもんだぜ?」
驚愕して目を見開くナバラに、事も無げに大陸随一の冒険者は言い放った。
ロビンの奴、冒険者としての実力はずば抜けているようだな。
「よし。ロビンも一緒に来て貰おう。この抜け目のなさは頼りになる」
「うむ。大陸随一は伊達ではないということじゃのう」
「宜しくお願いします、ロビンさん」
「あ、何の話だ?」
「尋問の結果、手早くこやつらの本拠地を強襲することになったのじゃ」
「いいねぇ。手っ取り早くて好きだぜ。それで、敵の戦力は?」
フィンディがナバラに杖を向けると、彼は流れるように喋り出す。
「強化したエルフが50人、それと魔術で生み出した魔獣が100体だ。祠の周辺は魔術で植物を育成し、覆っている」
「だ、そうじゃ」
その程度なら問題なさそうだ。私の魔力探知とフィンディの魔術で一掃できる。
「攻め込むのは構わねぇが、その間にこっちを襲われたら厄介だな」
その可能性もあるか。ここは一つ策を講じよう。
「私に考えがある。転移の魔術陣を一つ設置させて貰えれば、そこからいつでも増援を呼べるようにしておけるのだが」
いざとなったらクルッポ達に助けに来て貰う作戦である。サイカ達とはいつでも連絡が取れるようになっている。戦力的にも十分だ。しかも、上手くすればエルフ達への味方アピールにもなるかもしれない。
「バーツの呼ぶ増援とは頼もしそうだな。ユキリラス、それでいいか?」
「えっと、私としてはあまり判断の基準がないのですが」
「では、ワシが保証するのじゃ。バーツの呼ぶ増援はとてつもなく強いぞ」
嘘は言っていない。来るのは魔王軍の精鋭だ。
「神世のお方がそう言うのなら、従うまでです。あとはこの件が片付くのを祈っております」
ユキリラスはもう完全に丸投げの姿勢だった。この場合、それが賢明な気もする。
その後、念のためエルフ達に戦いと避難の準備を頼んでから、私達は神具の祠のある島へと向かった。




