74話「襲撃(する側)」
「わかりました。いえ、話が大きすぎて理解が追いつきませんが、神世のお方とバーツ様がエルフの森の神具を必要としていることはわかりました」
フィンディの話を聞き終えると、疲れた様子でユキリラスは頷いた。どうやら無理矢理自分を納得させたようだ。
「すまない。大変な時に面倒な話を聞かせてしまって」
「いえ、構いません。世の中が平和になるのなら良いことです」
彼はいきなり勇者と魔王の関係を始めとした、世界の秘密を知ることになり、大分混乱していた。そして、ずっと胃を抑えていた。
無理もない。エルフの長をやっているだけで大変なのだ。
ちなみに、フィンディの説明の中では私が神を目指している点は伏せられた。魔王軍やら大神官の件やら、更に色々と説明しなければならないからだろう。荒唐無稽すぎて嘘くさい話だしな。
「勇者と魔王とか神とか、でかい話だなオイ。いつからそんな大事に関わることになっちまったんだ?」
「つい最近だ」
一緒に話を聞くことになったロビンも驚いていた。最初に彼と会った時は、こんな話をすることになるとは思ってもいなかった。
「本当は落ち着いた時に話をしたかったんじゃがの。まあ、なんじゃ。ちゃんと肥沃の槌の代わりは用意するつもりなので、ワシらに渡してくれんかのう」
「そもそも肥沃の槌は神世のお方の作ったものですので、喜んでお渡しします。と言いたいところですが……」
「肝心の神具に手出しできない状況なのですね」
ピルンの言葉にユキリラスが項垂れた。彼は何も悪くない、気の毒だ。
「取引とまで言わないが、いっそ私達の手で神具を取り返してしまっていいだろうか? 前の長達も一緒に捕らえようと思うのだが」
「ほ、本当ですか! 是非ともお願いしたいです!」
凄い喜んでいる。これで彼の胃の痛みを取り除けると良いのだが。
「本当も何も、バーツ達は俺と一緒にエルフの森の事件を解決しにきた冒険者なんだぜ。俺も忘れかけてたけどよ」
そうだった、私達は依頼を受けた冒険者なのだ。目的が神具だったので軽く忘れていた。
「うむ。そういうわけじゃから、肥沃の槌は依頼に対する報酬と言うことで頼めるかの?」
「一つ、確認したいことがあります。……肥沃の槌の代わりをご用意してくれるんですよね?」
「すぐには無理かもしれんが。必ず用意するのじゃ」
「では、次の神具からは破壊の力を取り除いてください。正直、物騒すぎてうかつに使えないのです」
そう言うユキリラスの表情は切実なものだった。きっと、これまで何度も神具を使うかどうかで議論があったに違いない。うっかり使い方を間違えると破壊の力が発動する代物だしな。
「……わかったのじゃ」
フィンディの名誉のため。誰が破壊の力を付与したのかは言及しないことにした。
「話はまとまったことだし、どう動く決めちまおうぜ。定期的に来るんだよな、前の長が?」
「来るのは前の長ではなく幹部ですね。基本的に、前の長と関係の深かった者が力を見せびらかしにやってきます」
「実験は成功していると聞いたが、連中の強さはどの程度なのじゃ?」
「元々エルフの中の強者ですから、手がつけられません。最初は人を集めて対抗したのですが、追い払うまでの被害が大きすぎるので、最近は手を出さないようにしています」
「つまり、エルフの森の皆さんで追い払うことができるのですね」
「はい。数十人がかりで何とか、と言ったところですが」
エルフ数十人分の実力か。大した成果だ。
しかし、私達なら何とかなるだろう。
「それなら大丈夫そうだな」
「うむ。のこのこやって来たところを捕らえて情報を引き出した後に本拠地に殴り込むのじゃ」
「私も同じ事を考えていたが、口にすると物凄く乱暴な作戦だな……」
「バーツ達らしくていいじゃないか。その方向でいこうぜ」
ロビンが爽やかな笑みを浮かべながら言った。なんて失礼なことを言うんだ、このハゲは。私はフィンディほど暴力的では無い。
「あの、私の話、聞いていましたよね? 神具の力を得たエルフはかなり強いのですが」
「そうじゃな。じゃが、その程度なら問題ないのじゃ」
「…………」
「あの、気を悪くしないでください。バーツ様とフィンディ様はとても強いので……」
「いえ、神世のお方が伝承通りの強さならば当然です。むしろ、手早く問題を解決できそうだと喜ぶべきですね、これは」
エルフの長は意外と前向きだった。
○○○
翌日の夕方。エルフの村の集会所。
「皆さん、来ました! 前の幹部の一人です。何人か部下を引き連れています!」
部屋で休憩していた私達は、報告を受けてすぐに外に出た。
「昨日の今日とは早かったな」
「ユキリラス様の話によると、あちらも人数が増えているようです。食料などが必要になったので頻繁に来るようになったとか」
「まるで山賊じゃな。エルフの所行とは思えん。……なんじゃバーツ、その目は」
「いや、エルフについて哲学的な思考を巡らせていただけだ。あちらも人数が増えているのが厄介だな」
一般的なエルフは自然を愛する平和的な種族だ。フィンディと一緒にいるとエルフ観が暴力方面に補正を受けてしまうが、そこは修正しておく必要がある。
「神具の力とやらを目の当たりにしたんで、ついていっちまった奴らだろ? 遠慮無く捕まえちまおうぜ」
「賛成じゃ。軽く暴れるとするかのう」
フィンディの軽くは世間一般の基準に当てはまらないことを私は知っている。襲ってきたエルフに同情する。
集会所の外の広場に出ると、すでに状況は始まっていた。
夕暮れの森の中、護衛を連れたユキリラスが4人のエルフと話していた。
4人の方は空を飛んで、いかにも偉そうに上から話している。あの話し方は印象が良くない、たまに私もやってしまうから、今後気をつけよう。
「飛行魔術を常に発動できるのか。力を増しているのは確かみたいだな」
「空に逃げられると厄介ですね」
飛行魔術は消耗が激しいので一般的には常用されない。私やフィンディのように莫大な魔力を持つ者は別だ。勿論それはエルフという魔術の得意な種族でも変わらない。
広場にはかなりの数のエルフ達が集まり、緊張した雰囲気の中、ユキリラス達の会話を見守っていた。
とりあえず、私達はその中に紛れて会話を聞くことにした。
「今日も我らの偉大なる研究のために物資を分けて貰いに来たぞ」
偉そうだが言ってることは完全に山賊だ。とりあえず連中を山賊エルフと呼ぶことにしよう。
山賊エルフに対して、ユキリラスは毅然とした態度で返答する。
「お断りします。勝手に森を出ていったのは貴方達です。何の見返りも無く、私達の蓄えを渡すわけにはいきません」
「見返りはあるぞ? 私の後ろにいるのは先日こちらに来た若者だ。早くも十分な力を得ている。神具の力を引き出せば、この森のエルフ全てが神世エルフのような偉大な存在になれるのだ」
「過ぎた力は自らを滅ぼすと、神具をみだりに扱わないと決めていたではないですか……」
「全ては過去の掟だ。それに、魔王に対抗するために我々エルフも力をつけなければならないのは確かだろう?」
悲しげにいうユキリラスの言葉は、山賊エルフ達に届かなかった。
これは会話にならない相手だな。これ以上話を聞いても得るものは無さそうだ。捕まえてしまおう。
「ユキリラスが話しているうちに不意打ちして捕らえよう」
「そうじゃな。問答無用でいいじゃろ。話も通じそうにないしの」
「彼らはわたし達に気づいていません。やるなら今かと」
「俺は出番がなくて安心するべきか、悲しむべきか悩みどころだな」
ロビンが寂しそうにそんな感想を漏らした。
手早く済むならいいじゃないか。できるだけ楽はするべきだ。
「私はエルフの若者達を捕らえる。フィンディはあの幹部を頼んだ」
「わかったのじゃ。バーツ、捕らえた後にすぐに眠らせるのじゃぞ。騒ぐと面倒じゃからな」
「承知した。いくぞ!」
合図と共に私は神樹の枝から鎖の魔術を3本発射した。狙いは山賊エルフのリーダー以外。
同時にフィンディも杖から光の魔術を放つ。青い光が山賊エルフのリーダーに発射された。
どちらも矢より早い速度で放たれたので、彼らに躱す術はない。
「今日は珍しく物わかりが悪いではないか! 久しぶりに我らの力をうごばっ!」
「な、ナバラ様! な、なんだこの鎖……は……」
ナバラと呼ばれた幹部はフィンディの魔術で吹き飛んで近くの大木に叩き付けられて即座に気絶。
残りの三人は鎖の魔術で絡め取った後、眠りの魔術を流し込んで睡眠。
勝負は一瞬でついた。
「うむ。片付いたのじゃ」
「後は目覚めた後に尋問だな」
いきなりの出来事に周囲のエルフ達がどよめきつつも、私達から離れていく。いい具合に人混みが割れて、ユキリラスのいるところへの道が出来た。
彼は突然の出来事に呆然としている。一応、事前に捕らえるとは言っておいたが、こうもあっさり片付くとは思っていなかったのだろう。
よし、後は連中を室内に連れて行って話を聞くだけだ。
「相変わらず非常識な強さとやり方だな」
「でも、これで割と上手くいってますので……」
ユキリラスと話すために歩き出すと、後ろから呆れた様子のロビンと、何とかフォローしようとしてくれているピルンの会話が聞こえてきた。




