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70話「魔王城会議 その3」

 フィンディは魔王城のテラスにいた。

 外は日が暮れている。会議の始まりが予定より遅かったのが原因だ。ダイテツ達は腹が減っているだろう。食事を必要としないので私はその辺の気遣いができなくていけない。


「バーツか。何の用じゃ」

「友人と話をするのに理由がいるのか? 邪魔というなら部屋に戻るが」

「いや、ちょうどお主と話したいと思っておったのじゃ」


 隣に立つ。ここから見えるのは夜の海と星空だ。夜になれば復興作業も中断されることもあり、この島の夜は静かで美しい。


「なあ、フィンディ。まだ隠していることがあるだろう?」

「何のことじゃ? 質問にはあの場で正直に答えたんじゃが……」

「サイカの言ったことじゃない。お前の案、両親に会って神具を作って貰うという話だ。あれは、何らかの代償が必要なのではないか?」


 この世界の問題が神様に頑張って神具を作って貰えば解決するようなことなら、とうの昔に誰かがやっているはずだ。それに、フィンディの両親とはいえ、何の代償もなしに神が面倒な仕事を引き受けて貰えるとは思えない。


「まさか、お主がそこを察しておるとはの。神具の話は本当じゃよ。無理難題に近いが、ワシが頼めばやってくれるじゃろう。引き替えに、ワシがこの世界から去らねばならんじゃろうがな」

「……そうか。それは、困るな」

「何が困るものか。他の神世エルフより遅れて最後の一人が世界を去るだけじゃよ。たいしたことはない」


 形としてはそうかもしれないが、私にとっては大変な事態だ。


「この世界ではなく、私個人が困るのだ。まだ世話になった礼をしていないし、友人が一人減ってしまう」

「お主、心の機微に疎いくせに、なかなか嬉しいことを言ってくれるのう」


 失礼な。こう見えて周囲に気を使うように日々心がけている。他人の心理に敏いかと言われると自信はないが。


「フィンディ、私が神になるのは、そんなに悪いことなのか?」


 私のそんな問いかけに、フィンディは思ったよりもあっさりと正直なところを口にした。


「正直に言うと、悪くない。ワシも最初に思いついたくらいじゃ。しかし、お主が生まれたこの世界から去るのは不味かろう」

「私はこの世界から生まれたのか? 何の種族かわからないので、もっと怪しげな出自かと思っていたのだが。……そういえば、私の種族について見当はついてるはずと、サイカが言っていたな」


 サイカの名前を出すと、フィンディが露骨に嫌そうな顔をした。


「あの女、色々と察しがいいのう。この前ちょっと話しただけで色々と見抜きおったのじゃ。しかも会議で逃げ場を塞ぎおって……」


 そういえば少し前にサイカがフィンディに質問に来たといっていたな。その時に答えにくいことの回答を控えたので、今日の会議でサイカがあんな行動に出たというところだろうか。魔王サイカの作戦勝ちだ。


「それで、私はなんなんだ? 教えてくれると嬉しいんだが」

「む。知りたいなら教えるとするか。なんというか、ちょっと嘘くさい話なんじゃがな」


 そう断った上で、フィンディは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「お主は精霊じゃよ。多分じゃがな」

「精霊? しかし、風騎士ラルツの鎧に宿っていたのはもっとこう、曖昧な……」

「あれは風の精霊じゃったな。お主の場合は意志を持ち、受肉するくらい強力な精霊ということじゃ。魔力とか、生命とか、星とか、とにかく規模の大きい存在なのじゃろう」


 なるほど。そういえばラルツの精霊も意志のようなものが感じられると言っていた。私くらいの魔力量になると精霊も人に近い存在になるということか。言われたところでまるで実感がわかないが。

 私は私、正体がわかってもそのままだ。


「ふむ。急にそう言われてもピンと来ないな」

「そうじゃろうな。だが、魔力を感覚で自在に操り、性別はなく、食事も睡眠も必要としない。種族的に一見魔族に近いんじゃが、実は全然違うじゃろう。ワシの知る限り、該当するのは精霊くらいしかないんじゃよ」

「私のような精霊の存在に前例はあるのか?」

「ない。しかし、可能性は太古の時代に神々によって示唆されておる」


 神々が言ったなら間違いないだろう。勝手な連中だが、この世界については一番詳しいに違いない。


「そうか。なんというか、わかってしまうと、あっけないものだな」

「種族がわかったところで、お主の性格や性質が変わるわけではない、今まで通りじゃよ。すまんの。はっきり正体を見極めるまで話したくなかったんじゃ」


 そういってフィンディは頭を下げた。別に謝られるようなことでもない。


「いや、問題ない。そうか、精霊か……。邪悪なものでなくて良かった」

「安心せい。お主のような邪悪はおらぬよ」


 フィンディに褒められるのは珍しいのでちょっと嬉しかった。

 自分の正体がわかったのは良いが、変なものでなくて良かったくらいしか感想が出てこない。必死になって自分の正体を追い求めていたわけでもないから、こんなものか。

 空を眺める。星が綺麗だ。リゾート地に相応しい、満天の星空である。


「サイカとダイテツがいうには。この世界の夜空には、足りないものがあるそうだ」

「ほう、足りないものとは面白い表現じゃの」


 どうやら大賢者でも知らないことがあったらしい。私がフィンディに物事を教えるとは貴重な経験だ。


「なんでも、二人がいた世界には月と呼ばれる、丸い輝く大きな星が夜空にあったらしい。日によって形を変えるそうだ」

「ふむ。面白い話じゃのう……。今度、詳しく聞いてみたいのじゃ。……それで、まだ話したいことがあるんじゃろ?」


 見抜かれていたか。


「もう一度聞く、私が神を目指すのは、そんなに悪いことなのか?」

「……先程も言ったように、悪くない。お主が神界の住人になる覚悟があるのならじゃがな」

「神界か。どのような場所か想像もつかないな」

「なんならワシが案内してやっても良いぞ? いつの日か、この世界から去らねばならぬのは、確かなのじゃからな。その日が来ただけじゃ」


 私が神界に興味を示したことが面白かったのか、フィンディがそんなことを言い出した。

 彼女と一緒に神界に行くのなら、それほど悪い話でもないように思える。


「それは是非お願いしたいな。そうか、神界にいけばフィンディの両親にも会えるのだな。一度ちゃんと挨拶をしてお礼を言わねばと思っていた」

「なんでお主がワシの親に礼を言うんじゃ」

「娘さんにお世話になっています、と。」

「まあ、確かに世話はしとったがのう。なんか結婚の挨拶にいくみたいじゃぞ、それ」


 結婚。実に意外な言葉だ。なるほど、親に挨拶に行くというのはそういう意味もあるか。まさかフィンディにそんなことを指摘されるとは思わなかった。


「結婚か。性別の無い私には縁の無い話だ。いや、神になれば話は違うのか?」

「どのような神になるか次第じゃな、それは」

「それは面白い。是非、神々についての話を聞かせてくれ」

「仕方ないのう……」


 その後、夜空を見ながら、神々の世界についての話を色々と聞いた。

 

 翌日、私は皆に、とりあえず神を目指してみることを発表した。

そんなわけで、バーツさんは神を目指します。緊張感のない様子の決意ですが、彼は真面目です。

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