69話「魔王城会議 その2」
「神になる……だと?」
サイカの突拍子のない発言に、私は戸惑うしかなかった。フィンディの両親(神)に会って、現状をどうにかする神具を作って貰えば当面の問題は解決するという話だったはずだ。
「おいおい、サイカ。いきなりバーツに神になってくれなんて、わけがわからないぞ。せめて俺達にもわかるように説明してくれよ」
「そうね。ワタシも説明したいところだけど、それにはフィンディに色々教えて貰わなきゃいけないのよね。……いいかしら?」
不思議なことに強気な態度で問うサイカ。対してフィンディは何故か苦笑していた。
「お主、このタイミングを狙っておったな? この状況で断るわけにはいかんじゃろう」
「悪いわね。でも、世界の真実を知ることが出来るのは、今しかないと思ったの」
「世界の真実? どういうことだ?」
「それをこれから聞くのよ。ピルンさん、メモお願いね。本に掲載出来るかわからないけど、大事なことだから」
「承知しました」
ピルンが机の上に次々とメモ帳を置いた。先ほどまではたまに口を開いていたが、もう発言しないかもしれない。
「知っての通り。私は別の世界で死んでから、神様に会って転生してきた。この世界に迷い込んだダイテツと違ってね。それで、魔王になった時に、ちょっとだけ神々についての知識が入ってきたの」
「魔王の特権じゃな。それで質問はなんじゃ?」
「じゃ、言わせて貰うわ。……この世界は何なの? 神様が一柱もいないっておかしくないの? なんで大昔に神様は去ってしまったの?」
なるほど、私には当たり前のことのように思えるそれらが、サイカの知識では不自然な状況ということか。
「たしか、神々は役目を終えたから世界を去ったのだと記憶しているのだが」
「そこがおかしいのよ。魔王としての知識によると、最低でも世界を管理する神様がいなきゃいけないのよ。創造神の影も形もない世界なんておかしいわ」
「そうなのか、フィンディ?」
断言する口調と説得力ある言葉に、私の常識がちょっと揺らいだ。この話題に答えられるのはフィンディしかいない。
「ちょっと待つのじゃ。どこから話すべきか、やはり全部かのう……」
フィンディは少し考えた末、意を決したようにこの世界についての話を始めた。
「……この世界は神々から管理外世界と呼ばれておるのじゃ。そもそもの成り立ちから特殊でのう、力を持った若い神々が集まって、理想的な世界を作ろうとしたのが始まりじゃ」
「理想的な世界か、いいことじゃねぇか。現状は全然そんな感じはしないけどな」
「その通り、ダイテツの言葉は全て正しい。なんというか、集まった神々で理想の世界というものの形が決まっておらんかったのが、そもそも問題じゃった。とりあえず、試行錯誤していくということになり、神々はこの世界を魔力豊かなものとしたのじゃ」
フィンディの話によると、その後、神々は生物が豊かで幸せに暮らせる世界を目指して、試行錯誤を繰り返した。賢く強力な種族を作ったり、神が街を管理してみたりと、いろいろだ。その過程で神世エルフや古代魔獣のような存在も生み出された。
「長い時間を経て、神々が出した結論はこうじゃ。『複数の神々で直接世界に干渉するのは良くないようだ。ならば、我らはこの世界を離れよう』とな。まあ、この世界は並の世界二つ分の魔力を持っておるので、神がいなくてもそれなりに豊かに生きていけそうじゃと目論んでのことじゃったのじゃが……」
ところが、目論見どおりにはいかなかった。多すぎる魔力は世界を循環するうちに淀みを生み出し、世界を蝕み始めた。
なるほど。神々が去ったことが勇者と魔王の誕生に繋がるという話のようだ。
「勇者と魔王が生み出されるようになったのは、神々がこの世界を去ってからなのね」
「うむ。曲がりなりにも神々がこの世界におった頃は、世界の魔力循環は安定しておった。そもそも、魔力自体が大量に消費されておったからのう。しかし、神が去り、強大な種族もいなくなったことで、魔力の循環に問題が生じた。たまたま様子を見に来た神がそれに気づいたのじゃ」
「そして勇者と魔王が生み出されたということか」
想像通りだったが。あまり嬉しくない答え合わせだ。神々の職務放棄で、この世界の人々は何度も殺し合い。魔族に関しては滅びかけることになったのだから。
「世界を去った神々はそれぞれ好き勝手に生きておる。もうこの世界にあまり関わりたくないというのが本音じゃろう。ここは色々と手が入りすぎて面倒くさいようじゃからな」
「勝手なもんだ。神様ってのはな……」
「ワシもそう思う。神々は去った後も勇者と魔王という置き土産を残してしまったのじゃ。神に連なる者として、謝罪を……」
「いえ、フィンディの謝罪なんていらないわ」
頭を下げようとしたフィンディに、サイカは屹然と言い放った。そのまま真っ直ぐフィンディを見つめ、問いかける。
「貴方は何も悪くないもの。ただ、正直に答えて欲しいだけ。この世界を管理する神様がいればこの問題は解決するの?」
「……世界を管理するに相応しい神がくれば、そこは解決するじゃろう」
「もう一つ質問。バーツさんならそんな神様になれるんじゃないの?」
「…………」
フィンディは答えなかった。彼女にしては珍しく、何かに耐えるように俯いている。
「フィンディ、どうなんだ。私にとっても他人事ではない。教えてくれ」
私が問いかけると、フィンディは顔を上げてくれた。
「……正直、お主の前でこれは言いたくなかったんじゃがな。サイカの想像通りじゃ。神々の魔力を扱えるバーツならば、神になれるじゃろう。しかも、魔力の扱いが得意じゃから世界の管理にはうってつけの神になるじゃろうな」
「そうなのか。ならば、私が神になるというのも悪い選択肢では……」
「ワシは反対じゃよ。こうは言ったが、気が進まん」
フィンディがはっきりと反対の言葉を口にした。これも珍しいまた態度だ。こういう場合、豊富な知識を持つ彼女は、それなりに理屈をつけて反論するのが基本だ。たまに攻撃してくるが。
「なんでよ。この世界を管理する神様がいれば魔力の問題は解決。それと多分、南西諸国の問題も解決するわよ。信仰するべき神が生まれるんだから、神殿が力を取り戻すわ。しかも、バーツさんが神様ならこれほど信頼のおける……」
「それでも反対じゃ。バーツが神になるのはいかん」
意固地な子供のように、フィンディは反対する。当の本人である私は置いてけぼりだ。
「フィンディ、事情を話してくれないか。断固反対だけでは皆が納得しないのはわかるだろう?」
私に対して、ちょっと恨みがましい視線を向けた後、彼女はしぶしぶといった様子で言う。
「……神になれば、多分、お主は自らこの世界を去るじゃろう。神は力が強すぎるのじゃ。ちょっと世界に干渉しただけで大規模な災厄を引き起こしかねん。ワシら神世エルフも、それに気づいた神々に生み出されたんじゃよ」
「たしかに、バーツ様の性格的に。自分が世界にいると迷惑がかかるならば、極力現れないようにするでしょうね」
ずっとメモしていたピルンが呟いた。
自分でもそうする予感がする。説得力のある言葉だ。
「サイカよ。確かにお主の考えは悪くない。しかし、それはバーツという個人を世界から追放するのと同義じゃ。ワシはそれを好かんのじゃ」
苦虫を噛み潰したような顔で話すフィンディに対し、サイカは意外にも穏やかな笑みで返した。
「そうね。悪かったわ。そしてありがとう。答えにくい質問に答えてくれて。……最後に一つ、魔王の私が神になるのは難しいかしら? 最初はそっちで行こうと思ってたんだけど」
「……そうじゃな。できなくはないが、バーツが神になるより相当困難な道になるじゃろう」
「そう。やっぱりね」
そう言うサイカは寂しそうだった。私と同じくらい簡単に神になれるなら、彼女自身がと思っていたのだろう。
「そうか、神になるか……」
私が神になることによって生じる世界への利点は非常に大きい。考えるに値する問題だ。
ふと気づけば、会議で発言する者がいなくなっていた。
重い空気の中、ダイテツが口を開く。
「一度に色々と難しいことを話されちまったな。こんなのは今すぐ結論は出せないだろ。とりあえず、一晩休んで、頭を冷やそうぜ」
その提案に誰も反対しなかった。
最初に席を立ったのはフィンディだった。
「ワシは少し散歩をしてくる。夕食は遠慮するのじゃ。色々考えたいのでな」
そう言うと、彼女は足早に部屋を出ていってしまった。
私は立ち上がった。フィンディに色々と話を聞かなければならない。私に関することも含めて、かなり思い詰めているはずだ。
「バーツさん。フィンディに会うなら、良ければ自分の種族のことを聞いてみて。今なら教えてくれると思う」
「? 私の種族か? 前に聞いた時はわからないと言われたのだが」
「多分、見当くらいついてるわ。……ごめんなさい、色々と押しつけて、バーツさんの人の良さにつけこむようなことをして」
サイカが頭を下げるが、私は別に彼女を非難するつもりはない。
「いや、謝る必要は無い。サイカが言ってくれなければ、新たな可能性に気づくことすら出来なかった。色々と問題は多いが、考えるに値すると思う」
「本当、ごめんなさい……」
改めて深々と頭を下げるサイカ。いや、私はむしろ感謝すらしているのだが……。
とりあえず念話でヨセフィーナに話しかける。
『ヨセフィーナ。サイカを頼む』
『わかりました。……バーツ様。貴方はヨセフィーナ達のために十分力を貸してくれました。もう、これからはバーツ様の思うとおりにしてください。サイカ様にはヨセフィーナ達がいますから……』
『すまない。とても助かる』
ヨセフィーナにまで気遣いをさせてしまった。あまり周囲を心配させたくないのだが。この問題はそうもいかないか。
「ピルン、すまないが私の夕食はキャンセルだ。しばらくゆっくり過ごしてくれ」
「承知しました。雑務は私が引き受けます。お二人でしっかり話し合ってください」
相変わらず有能な配下に後を託し、私は会議室の外に出た。




