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68話「魔王城会議 その1」

今回から第二部開始です。

 フィンディの調査が終わったという連絡を受けてすぐ、魔王城にダイテツとキリエがやってくることになった。

 目的は、我々の今後の方針を決める会議である。

 準備を整えた私達が魔王城の会議室で待っていると、疲れた顔のダイテツとキリエが入ってきた。


「悪いな。色々あって遅くなっちまった」

「大体時間通りだから大丈夫よ。疲れてるでしょ、座って」


 促されるまま、二人が席につく。ヨセフィーナとピルンによってお茶とコーヒーが準備される。

 今日の会議の出席者は私とフィンディとピルン、サイカとヨセフィーナ、ダイテツとキリエだ。

 クルッポは「拙者は皆さんの決定に従うまでです」といって城内の仕事を担当してくれている。

 全員に飲み物が行き渡ったのを確認して、司会であるサイカが口を開いた。 

  

「では、私達の今後の方針を決める会議を始めます。まずは、私達の現状報告ね。ヨセフィーナ」


 はい、とヨセフィーナが立ち上がり、か細いようで思いの他よく通る声で報告を始める。


「みんなのおかげで魔王城の復興作業は順調です。建物は破壊されましたが、港はそのままでしたから。おかげで、人と資材があれば営業開始はそれほど遅れないかと……」

「具体的な作業の日程なんかはまだ見直し中よ。ゴーレムの残骸の撤去なんかが思ったより早く済んだから、何年もオープンが遅れるなんてことはないと思う」


 ちなみにゴーレムの残骸を処分したのは私だ。神樹の杖で消し飛ばすと大分早く片付く。というか、面倒な力仕事は大体私が魔術でどうにかした。


「いい報告で何よりだぜ。グランク王国内だが、政治的な混乱は収束しつつある。復興作業もまあ、順調だな。懸念していた魔族への風当たりだが、思ったよりも強くない」

「良かった。そこを心配していたのだが」


 ダイテツの言葉に私はほっとため息をついた。過去の勇者に襲われた理由が魔族だとすれば、それが差別や迫害に繋がる恐れがある。油断はできないが、一安心といったところだ。


「多少の軋轢は生じていますが、魔族と共に生活して長い国ですから。今回の事件も古の大神官を名乗るおかしな存在が攻撃してきたという感じに認識されています」


 なるほど。これまでの実績とダイテツ達の情報操作の賜物というところか。


「ボクとしては正直複雑ですけど。これで良かったと思いますー。ご先祖様、明らかにおかしくなってましたから……。でも、ダイテツ君への批判が心配です」


 キリエは今も落ち込んでいる。まさか御先祖があんな状態だとは誰も想像していなかったが、それも慰めにならないだろう。また、ダイテツへの批判も避けようがない。これから王としてどうにか挽回していくしかない。


「まあ、なんだ。大陸南西部の内戦をどうこうするどころじゃなくなっちまったのが問題だな。魔王軍と同盟してると勇者が攻めてくるんじゃないかっていう世論がちょっと怖いな」


 たしかに魔王軍と同盟したとなれば勇者の敵だ。国の上層部が勝手に同盟したせいで戦争に巻き込まれるとか、人々にとってはたまらないだろう。

 何とか、この会議で突破口を見つけたいものだ。


「さて、現状はそんな感じね。内戦はともかく、勇者についてはワタシもどうにかしたいと思ってる。フィンディ、調査の結果は出た?」


 サイカに促されて、ずっと黙っていたフィンディが口を開いた。


「うむ。あの戦いで大神官リンネルの神具を破壊したとき、それが合図になると言っておった。恐らく、神がこの世界での異変として知るところになるという意味じゃな。そこでワシはこの世界の近くに神々がいないか調べておったわけじゃが……」


 全員が沈黙し、空気が張り詰めた。神が近くにいるとなれば問題だ。

 神は勇者を生み出すことが出来る。運が悪いとすぐにでも問答無用で戦争が始まる可能性が高い。それは最悪の展開だ。


「結論として、今現在、この世界の近くに神はいないのじゃ。ワシに観測できる範囲なので絶対とはいえぬが、信用して貰って良い」


 その言葉に、室内が一気に弛緩した空気になった。


「流石にフィンディでも絶対とは言えねぇんだな」

「神となると上位存在じゃからな。ワシの知らぬ方法で接触するかもしれん。じゃが、勇者を生み出すような大事をするなら観測できるくらいの精度で魔術具を稼働させておる」

「そうか。ならば当面は安心だな。今のうちにできるだけのことをしなければ」


 うむ、とフィンディが頷く。彼女もまた、わずかだが笑みを浮かべていた。


「その通りじゃ。魔術具の方はヨセフィーナとサイカに使い方を教えてあるのじゃ。負担も少ないので、魔王城を維持し続けている二人なら使いこなせるじゃろう」

「どうせワタシとヨセフィーナはここから殆ど動かないからね、ちょうどいい仕事よ。それで、神様が近くにいない間に何かできることはあるのかしら」


 全員の視線が再びフィンディに集中する。情けない話だが、話の規模が大きすぎる。ここで一番頼りになるのは彼女だ。


「案はあるのじゃ。そうじゃな、まず、この世界の魔王と勇者の関係について説明する必要があるじゃろう。バーツとピルンとサイカは既に知っている話じゃな」


 名前を挙げられた中でピルンが代表して答えた。


「はい。たしか、世界を循環する魔力の淀みを一身に背負って生み出されるのが魔王。そして、それを倒すために神は勇者を生み出すと聞きましたが……。あの、申し訳ありません、サイカ様を貶す意図があるわけでは……」

「いいのよ、ピルンさん。わかってるから。それで疑問があるんだけど。どうしても魔王は倒されなきゃいけないものなの?」

「確かにそうだ。人類を滅ぼそうとする悪い魔王ならいざ知らず、サイカやバーツみたいな友好的な魔王なら、わざわざ勇者なんてものを用意して退治する必要ないんじゃないか?」


 横でうんうんと頷くキリエ。ダイテツの疑問はもっともだが、これはそもそもの前提に問題がある。

 私を除く歴代の魔王は、例外なく人類と戦う方針の好戦的な性格をしていた。正式な魔王の中でも、サイカは非常に穏やかな性格をしていると言える。


「ダイテツの言うとおりなんじゃが。なんというか、サイカが魔王として非常に例外的なのじゃよ。通常の魔王は淀んだ魔力から生み出された生命なので好戦的な性格をしておるか、だんだんとそうなっていくのじゃが……」

「それは私が別世界の人間の魂を核に生み出されてるのと関係してるのかもね。……って、魔王ってだんだん好戦的になっていくものなの? 聞いてないけど?」


 いきなりとんでもないことを言われて怯えるサイカ。この件は私も初耳だ。そうだったのか……。


「お主の精神の核になっているのは平和な世界で生きた人間の精神じゃが。その身に宿った魔力は淀んだものであるのは間違いない。今回の戦いで全力で力を使ったじゃろ? あれを続けると、そのうち精神に影響を及ぼすじゃろう」


 魔王城の戦いで瞳を金色に輝かせたサイカを思い出す。確かにあれは強力な力だった。強大な力には代償があるということか。これは、うかつに戦場に出すわけにはいかないな。


「……この体になって初めて怖いと思ったんだけど。調子に乗ってガンガン戦ったりしてなくて良かったわ」

「つまり、いずれサイカは魔王らしく活動を始める可能性があるわけか……。魔王がいるだけ神が勇者を用意する理由になってしまうな」


 今の魔王は安全だから、という主張は通らなそうだ。


「それに、先日の戦いは合図になるそうですから。今はいなくともそう遠くない将来に神々が接触するわけですよね。急いで動いたほうが良いと思うのですが、話が大きすぎて、良い対策が浮かびません」

「ワタシ、人間の敵になるのも。魔王軍のみんなを戦争に駆り立てるのも絶対嫌よ。そんなことになるくらいなら勇者に殺された方がマシだわ」


 あんまりな運命を告げられて、極端なことを言い出したサイカを手で制して、フィンディが言う。


「こうみえて、ワシも平和主義じゃ。無用な争いを避けるべく、できそうな対策を考えてみたのじゃ」


 フィンディが平和主義者かどうかはともかく、無用な争いは望むところではない。

 それはこの場の全員が同じ意見だろう。静かに、彼女の次の言葉を待つ。


「勇者を生み出される前に神に接触し、淀んだ魔力を浄化する神具を作って貰うのじゃ。恐らく、これなら可能なはずじゃ」

「…………」


 フィンディはそう言ったが、室内の誰も反応できなかった。そもそも神に接触するというのが、話が大きすぎてピンと来ない。実現可能なプランなのかどうか、判断できない。


「フィンディ、神に接触というが簡単にできることなのか? それと、浄化の神具と言ったが、それも頼めば簡単に作ってくれるとは思えないのだが?」


 全員が頷く。そんな便利なものがあれば、魔王と勇者なんて存在を使って、何度も戦争をする必要は無かったはずだ。今更そんなものを準備できるとか言われても困るのだが。


「正直、神具については難易度が高いと思うのじゃが。力ある神が時間と労力を割いてくれれば出来るはずなのじゃ。そのあてもあるしのう」

「マジかよ。神にまで人脈があるのか、流石フィンディだな」


 感心した様子のダイテツに対して、フィンディはちょっと恥ずかしそうに答える。


「いや、そんな偉そうな話ではなくてじゃな。ワシの両親にお願いしようと思うのじゃ」


 神世エルフは神によって生み出された種族だ。フィンディの両親となれば、神々の一柱となる。

 それらは当たり前の話だが、彼女の両親について深く考えたことがなかったので失念していた。


「な、なるほど。フィンディ様の御両親なら間違いなく神々ですし、お願いも出来るということですね? あの、失礼ですが、御両親との仲は良いのでしょうか?」


 ピルンの問いに、フィンディは苦笑しながら言う。


「ワシが神々と共にこの世界を去らなかった神世エルフじゃから、両親との不仲を心配しておるのじゃな? 大丈夫じゃ。ワシがこの世界に残っておるのは子供のわがままみたいなもんじゃ。こちらから出向いて頼み込めば、多少の無茶は聞いてくれるじゃろう」


 彼女の言うことに嘘はなさそうだった。こういう真面目な状況でつまらない嘘をつく人物ではない。この案は、フィンディなりの精一杯できることなのだろう。


「悪くない話に思える。ダイテツ、どうだ?」

「そうだな。フィンディの両親ってのはどんな神様なんだ? その、神様にも色々あるんだろう? 気性とか」

「そこも安心するのじゃ。両親ともワシよりもよほど穏当な神々じゃよ。力も強い」


 フィンディより穏当というのが、穏やかなのか多少好戦的なくらいなのか、微妙なところだが、交渉が出来る相手というのは間違いないだろう。しかも、強いというなら頼もしい。


「なら安心だな。俺としてもフィンディの案に賛成だぜ」

「ボクもそれがいいと思いますー。あ、出来れば神様からお告げとかを貰えると、内戦を収めやすいので、そちらもお願いしますー」


 何だかんだでしっかり自分の立場を考えた発言をするキリエ。立派なことだ。


「フィンディ、キリエの頼みも実現可能か? 私からもお願いしたいのだが」

「うむ。そのくらいお安いご用じゃ。ついでに頼むわい」


 フィンディは自信たっぷりな様子。これは大丈夫そうだ。


「方針としてはそれで良いだろうか。後は具体的な行動だが……」

「待って、ワタシにも案があるわ」


 突然挙手して発言したサイカに、全員の視線が集中する。

 魔王サイカは私の方を見て、言った。


「バーツさん。あなた、神になる気はない?」

会議が終わるところまで話を進めたいので。

今週は3回更新する予定です。

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