67話「魔王城の戦い その3」
神意の剣を破壊するために、これまでにないくらいの魔力を注ぎ込まれた神樹の枝が全体を白銀に輝かせる。
明るいが眩くない、穏やかな輝き方をする棒きれで私はリンネルに殴りかかる。
私には魔王城の500年間でクルッポから教わった近接戦闘の技術がある。好みではないが、いざとなればそれなりに殴り合いも出来るのだ。
戦闘の心得はあっても得手ではないらしいリンネルは私の攻撃を避けきれず、杖と剣が何度も激突する。
「くそ、これでも駄目か!」
双方の武器がぶつかり合うたびに白い魔力が迸るが、それだけだ。どちらの武器も変化はない。神樹の枝には小さな島一つなら吹き飛ばせるくらいの魔力を込めているというのに。
「無駄ですよ。神の造り出した武具と相対するなど、愚かなことです」
攻守交代とばかりにリンネルが私に斬り込んできた。空中にいることを生かして、上下左右に動いて巧みに攻撃してくるが、恐れるほどのものではない。
「既に何度もその攻撃を受け止めているのだ。勝機の一つくらいあると思うぞ」
再び距離を取る。眼下では、赤い魔力に身を包んだクルッポが神兵と殴り合っていた。どうやら神兵は近距離戦闘が得意らしい。空を飛びながらの原始的な戦いが繰り広げられている。
魔王城からの援護のおかげで他のゴーレムを気にする必要の無いクルッポは3対1にも関わらず神兵を圧倒していた。頼もしいことだ。
「あの魔族……思ったよりもやりますね。ここは援軍を呼びましょうか」
神意の剣を掲げるリンネル。周囲に召還の魔術陣が現れる。先ほど見た、神兵を呼び出すためのものだ。やはり、あれもそれなりの数がいるのか。クルッポは善戦しているが、神兵を倒すには至っていない。ここで追加されるのは少し不味い。
魔術陣を破壊せねばと私が神樹の枝に命じようとした時だった。
「……え?」
リンネルがこれまでに聞いたことのない、場違いな声を発した。
その理由はすぐにわかった。
召還陣から神兵が現れないのだ。魔術陣は発動した瞬間消えてしまった。
不発だ。
「まさか、魔術陣に問題でも……」
次々と神兵召還の魔術陣を展開するリンネル。しかし、どの魔術陣も反応しない。あれだけの数のゴーレムを召還しておいて、今更失敗など普通はありえない。
私が原因を理解したのは最後に発動した魔術陣を見た時だった。
最後に現れた魔術陣は正常に機能した。
しかし、現れたのは、ばらばらになった神兵の残骸だった。
召還された神兵だったものは、動くことなく地面へと落下していく。
「こ、これは……。まさか、時間がたちすぎて、神殿に不具合が?」
「いや、違うと思うぞ」
「それはどういう……」
リンネルが私に問おうとした瞬間、答えの方がやってきた。
「残念じゃが。お主のゴーレムは品切れじゃよ」
私とリンネルの間に入るように、フィンディが現れた。
「フィンディ!」
「思ったより苦戦しておったようじゃの。もう大丈夫じゃ」
いつもの調子で話しながら私の隣にやってくるフィンディ。見たところ傷は負っていないし、疲労の様子もない。本当にいつも通りだ。
「やはりこちらが本命じゃったようじゃな。グランク王国の方は大した数ではなかったのじゃ」
「あちらの方は大丈夫だったのか?」
「街は無傷とまではいかなかったがのう。とっとと片付けてあの施設を破壊してきたのじゃよ」
相変わらず事も無げにとんでもないことを言い出す神世エルフだ。静寂の神殿からそれぞれ転移して、それほど時間はたっていないぞ。
「施設を破壊? どういうことですか」
リンネルが反応した。どうやら聞こえていたらしい。
事情を飲み込めていない様子の大神官に、フィンディは誇らしげに胸を張りながら宣言した。
「言葉の通りじゃよ。グランク王国に現れたゴーレムを手早く片付けた後、静寂の神殿に戻って破壊してきたのじゃ」
「馬鹿な。いかに神世エルフといえど、勇者様の作ったあの施設を簡単に破壊できるとは……」
「たしかにちょっと手間取ったがの。前にバーツがやったのを真似してみたのじゃ。ワシはあまり器用ではないので瓦礫の山になってしまったんじゃが、ま、いいじゃろ」
なるほど。ドーファンで私がやったように施設内の魔術陣を破壊したのか。私が出来たんだから、フィンディにも出来ない道理がない。彼女のことだから、かなりの力業でやったのだろう、静寂の神殿は大変なことになったに違いない。
「そんな……魔王を倒すための戦力がこんな簡単に……」
「ククク、バーツ様達を甘く見ましたな。このお二人はこと暴力に関しては我らの常識の外にあるお方ぞ」
「クルッポ、後で話があるのだが……」
クルッポのやつ、状況が膠着したのを見て、近くまで来ていた。お前、余計なことを言うためにわざわざ来たのか。あと、私を暴力方面でフィンディと同列扱いして欲しくないものだ。
ともあれ、短時間でこれだけ好き放題暴れられるのは世界でも彼女くらいのものだ。おかげで助かった。
残った戦力はこの場にいるゴーレムだけ。それも、魔王城とクルッポによってほぼ退治済み。実質的に、残るは3体の神兵と大神官リンネルのみだ。
「まさか魔王の側にこれほどの戦力が結集するとは想像していませんでした。しかし、私にはまだこの『神意の剣』があります」
リンネルが掲げる神意の剣がこれまで以上の輝きを発した。まだ他の機能があるのか。
「あの剣……。なんであんなものがこの世界にあるんじゃ」
神意の剣を見たフィンディが驚いていた。それも、これまでとは質の違う驚き方だ。あってはならないものを目撃した、そんな雰囲気である。
「知っているのか? 見たところ神具だと思うのだが」
「いや、ワシが知る神具ではないのじゃが、どんなものかはわかる。あれは正真正銘、神が生み出した武具じゃ。ドーファンでワシが間抜けを曝した融和の兜とは比べものにならん力を持っておる」
強力なわけだ。融和の兜はフィンディの知り合いの神世エルフが造り出したと言っていたが、こちらは正真正銘の神による作品か。
「神剣の守護者よ! ここに!」
神意の剣が閃光を放った後、リンネルの前に一体のゴーレムが現れていた。見た目は神兵に似て、のっぺりした丸みを帯びた人型だ。神兵よりも一回り大きい。そして、神意の剣から出てきたものだからか、神々の魔力を放っている。
「ほう、守護者付きか。面白いのう」
「あの施設のゴーレムの原型です。私の最後の切り札ですよ」
ゆっくりと守護者が動く。なかなか強そうだ。
「ふむ。よし、ワシは新しく出てきたゴーレムの相手をするのじゃ。バーツは大神官の剣を破壊せよ」
「では、拙者は引き続き神兵とやらを担当致しましょう」
フィンディの指示に異論はない。戦いに関してなら彼女程信用できる者はそういない。
だが、戦う前に聞いておきたいことがあるのも事実だ。
「リンネルの相手は構わないが。あの剣をどうにかする方法に見当がつかないのだが」
「簡単じゃ。力尽くで壊せばいいのじゃよ」
「…………」
私とクルッポは沈黙した。
正直、ここは神世エルフの叡智を披露して、何かしら便利な方法を伝授して欲しかったのだが。
「なんじゃ、二人して変な顔で黙り込んでワシを睨みおって」
「いや、すまない。……できるのか?」
「あの剣、先ほどからバーツ様の攻撃をことごとく防いでいるのですぞ?」
「可能じゃ。神樹の枝は神界を支える大樹の一部。神の造り出した武具に劣るものではない。バーツの莫大な魔力を注ぎ込めば、必ずあの剣は折れるのじゃ!」
フィンディは力強く断言した。疑うのが馬鹿馬鹿しくなるほど、はっきりとした態度だ。
彼女ができるというなら、できるのだ。
「……わかった。やってみよう」
私が言うと、神意の剣をもってこちらを見ていたリンネルが発言した。
「相談は終わりですか? では、はじめましょう」
わざわざ相談が終わるのを待っていてくれるとは、律儀なものだ。いっそ奇襲でもすればいいものをと思うのだが。いや、彼女もまた戦力的な優位が崩されて、追い詰められているのだろう。内心気が気でないのかもしれない。
「では、拙者から行かせて頂きますぞ!」
言うなりクルッポが神兵に向かっていった。魔王城からサイカの加護が飛び、彼の全身が赤く包まれる。見れば、隣でフィンディが魔王城に向かって指示を飛ばしていた。神兵を倒すために魔王軍はクルッポだけを全力で援護するようだ。
「では、すぐに片付けてくるのじゃ。苦戦しているようなら援護するのじゃ」
「ああ、頼む」
指示を出し終えたフィンディが守護者に向かって魔術を放ち始めた。驚いたことに、神意の剣から現れたゴーレムはフィンディの魔術を受けて動いていた。なるほど、彼女が自ら相手にすると言い出すわけだ。
フィンディもクルッポも戦いを始めてめまぐるしく移動を始めた。
ここに残ったのは私とリンネルだけだ。
「では、いくぞ!」
神樹の枝に魔力を通し、鎖の魔術を放つ。上手くいくとは思っていない、牽制目的だ。
案の定、リンネルは剣を軽く振って魔術をかき消し、こちらに向かって来た。
「やはり駄目か!」
もしかしたら上手くいくかもと思い、それなりに魔力を込めたのだが駄目だった。
「そろそろ観念してはどうですかっ!」
叫び声と共に振られた神意の剣を神樹の枝で受け止める。この戦いで何度も見た光景だ。
正直、この剣に接近するのは怖い。しかし、剣と物理的な接触が出来るのがこの瞬間だけなのも事実だ。
ならば、これを機会と思い、生かしていくしかない。
私は古代魔獣の魔力を吸収した時の要領で、神樹の枝に出来るだけ早く、出来るだけ多くの魔力を注ぎ込む。
神樹の枝の白銀の輝きが増していく。剣と杖がぶつかることで生まれる魔力の閃光が大きくなる。
「っ!? 何をするつもりですか!」
「逃がさん!」
リンネルが距離をとろうとしたところを追いかけて、剣めがけて攻撃する。出来るだけ早く動き、剣を攻撃すれば加護で逃げることはできないはずだ。
彼女は神意の剣で攻撃している間、加護を使っていない。あの剣が神の加護と関係するのは間違いない。
リンネルが距離を取ろうとすれば、攻撃魔術も併用して、剣で戦わざるをえない状況にして、神樹の枝で何度も打ち込む。
先ほどまでとは違い、私が攻め込む形だ。こうなったら神意の剣が壊れるまで、しつこく叩き続けるしかない。
「なるほど。狙いは神意の剣の破壊ですか。まさか、できるとでも?」
「勿論だ。そんな物騒な物はみんなの迷惑になるからな!」
こちらの意図を把握したリンネルが余裕の表情でそんなことを言ったが、私はおかまい無しに攻撃を続けた。
その後、空中を飛び回りながら、十回以上打ち込んだが、剣が壊れる様子はなかった。しかし、なんとなくだが、手応えは感じる。
それに、こちらの意図に気づいたリンネルが、焦りを帯びた顔つきになっている。
「よし、何となくわかってきたぞ」
あと少しだ。私の戦い方に足りないものがわかってきた。
それは、何が何でもあの剣を破壊するという強い意志。
神樹の枝は私の意志に応えて力を発揮する冗談みたいな品だ。いつもは「あいつらをやっつける」くらいの曖昧な意志と魔力でもって攻撃しているが、今回はそれだと足りない。
もっと具体的で強い力を発揮させる必要がある。
だから私は戦いながら出来る限りの魔力を流し込み、強く願った。
力を。あの剣を破壊するための、そのためだけの強力な破壊の力を。敵を倒すのではなく、神意の剣を破壊する。その目的のための力を。
神樹の枝は、私の意志にしっかりと応えた。
「なんなのですか、その杖は!」
それを目にしたリンネルが、悲鳴のような叫び声を上げた。
神樹の枝の放つ魔力の色が変わり、黄金に輝いていた。普段の白銀の光と同じく、眩しさを感じない不思議な輝きだ。見ていると不思議と安心感に包まれる。
この状態ならば、あの剣を破壊できる。私はそう確信した。
「神樹の枝と呼ばれる神界に生えている木の一部らしいぞ。詳しいことは私も知らない」
はっきりしているのは、非常に使い勝手の良い道具だということだ。多分、私が使える武具の中では最高の物だろう。
こうして話している間にも、神樹の枝は私の魔力を受けて、力を増し続けている。
黄金色の輝きを増す神樹の枝。それを見たリンネルの表情が焦りに歪む。
「くっ……! そんな……」
追い詰められたリンネルが周囲を見回した。ゴーレム軍団は排除された。神兵はクルッポと魔王軍によって2体が破壊済み。剣から出てきた守護者もすでに破壊されていて、その残骸の近くにいるフィンディがこちらを眺めている。どうやら、決着は私でつけろということらしい。
それらの状況を把握したリンネルは、息を整え、剣を構えてこちらを見据えた。
覚悟を決めた者の目だった。
「加護を使って逃げないのか?」
「逃げても貴方達が追いかけてくるでしょう? それに、貴方が思っているほど加護の力は便利に使えないのです。正直、今は神意の剣を振るうので精一杯なのですよ」
どうやら加護とは私が思っていたほど便利な力ではなかったらしい。
「ならば降伏しろ。命まではとらないし、話を聞かせて貰えれば……」
「お断りします。魔族と馴れ合うことなど、不可能です!」
迷いのない拒絶の意志。それを示すなり、リンネルは私に斬りかかってきた。
ここに来て特別な何かもない、これまで通りの予測可能な攻撃だ。
「お前の意志がどうあろうと、話は聞かせて貰うぞ!」
叫びながら、私は神樹の枝を振り抜き、容赦なく神意の剣に打ち込んだ。
神が造り出したという真剣が黄金色の棒きれによって、砕かれる。
次の瞬間、神意の剣から光が溢れた。
「な、なんだ!」
神意の剣の残骸から出る光に、私は身の危険を感じて防御障壁を展開しながら後ろに下がる。
落ち着いて見てみれば、そこには天に立ち上る光の柱が生まれていた。
その光の中に、リンネルがいた。
呆然とする私を見て、彼女は微笑んだ。最初に会った時と同じ笑みだ。
「見事です。私の敗北ですね……」
自らの敗北を認めた彼女は、静かな笑みを湛えたまま、私に話しかける。
「まさか、神から直接賜った剣を砕くとは思いませんでした」
「神から直接だと。詳しく話を……」
聞き捨てならない発言だ。しかし、私の問いかけに、リンネルは静かに首を振った。
「役目を果たせなかった私は消えるのみなのです。……そうですね、神意の剣を打ち破ったことに敬意を表して。神官らしく言葉を残しましょう」
「言葉だと……」
彼女には聞きたいことが沢山ある。ここで消えられては困る。
しかし、神意の剣を砕いて生まれた光柱は神々の魔力で出来ており。剣を砕く力だけに満たされた神樹の枝では手が出せない。
何より、いまこの瞬間にも、光柱の輝きは薄く、弱まり続けていた。
そして、リンネルもまた光の中で少しずつその存在が消えているのだ。
間違いない、私が何かする前に、彼女は消える。
「――気をつけなさい。この光は合図になります。新しい時代を望むならば、できる限りのことを……」
そう言い残すと、大神官リンネルは光の柱と共に、ゆっくりと消えていった。
「せめてもう少し詳しい説明をしてから消えてくれ……」
空中に一人取り残され、ぼやく私に答える者はいなかった。
こうして、あっけない幕切れと共に、魔王城の戦いは終わりを告げた。
勝った! 第一部完!
次回は閑話を兼ねた後日談となります。
ここまで読んでくださった皆様に心から感謝致します。
そして、宜しければ今後も宜しくお願い致します。
次々回以降も、今まで通りのペースで第二部へと続いていく予定です。
なんかシリアス風味な終盤でしたが、今まで通りでノリになるように頑張ります。




