66話「魔王城の戦い その2」
「北の魔王……。そういえば、魔王軍の残党を放置していましたが、貴方が率いていたのですね」
「お前が眠っている間に、そう呼ばれるようになっただけだがな」
私が北の魔王と呼ばれるようになったのは魔王になって100年くらい経過してからである。
恐らくリンネルはそれより前に眠りについたのだろう。まあ、100年というと人間なら普通に寿命が尽きている時間なので、何にせよ彼女が知るよしもないことだ。
「……なるほど。魔王を名乗る者が相手なら手加減の必要はありませんね」
しばらく私を観察したリンネルはそう言って新たな召還陣を生み出した。
召還陣から現れたのはこれまで見たことのない形状のゴーレムだった。大きさは2メートルくらい、曲線が多い流麗な全身鎧を思わせる外見をしている。武装は剣や槍など様々だが、見た目以上に物騒な武器を内蔵しているのは間違いない。
「見たことのない形のゴーレムだな。察するに切り札か?」
「以前の魔王との戦いが終わる直前に完成した新型ですよ。より強力で、効率よく魔族を殲滅できます。とはいえ、これがなくても魔王軍相手には十分でしたが」
「次の世代のために、あえて量産したということか。念入りなことだ」
迷惑な話だ。未来のためにより強力な兵器を開発して残しておくなど。勇者よ、お前の作った兵器は人間相手にも牙を向けているぞ。
「とにかく念入りに。それが勇者様の方針でしたから。では、さようなら、北の魔王……」
リンネルの合図と同時に、ゴーレム達が一斉に攻撃を開始した。
武器を持って突撃してくるのは半数、残りの半数が魔術陣を展開だ。連携してきっちり私を仕留めるつもりか。
「なめられたものだな!」
神樹の枝に魔力を込めて、迎撃の魔術を放つ。発射された青い魔力光を受けて次々と吹き飛ぶゴーレム達。しかし、先ほどより動きが速い、1体1体に当たるまで少し時間がかかる。
倒しきる前に発射されたゴーレムからの魔術攻撃が私に殺到する。発動した魔術の多くは光の槍だ。炎や氷も混ざっているが、魔術の種類に頓着しても意味は無い。
私は手早く防御障壁を展開。魔術を全て防御した。ゴーレム程度の攻撃で私に傷がつくことはない。
このまま防御障壁を展開しつつ攻撃すればリンネルの虎の子ゴーレムを破壊し尽くせるな、と思った時、あることに気づいた。
ゴーレムの一部が、魔王城に向かっているのだ。
「そうはさせん!」
迷わず殲滅できるだけの魔力光を放つ、魔王城に向かったゴーレム達はなんとか回避しようとあがいたが最終的に迎撃された。
危なかった、気づかなかったら魔王城に直接攻撃されていた。
「なるほど。伊達に魔王を名乗ったわけではないようですね」
高い位置から見下ろしながら、感心したようにリンネルが言った。背後ではゴーレムが続々と召還されている。どれだけあの施設にあったんだ。
「魔王を名乗る以上、それなりの実力はあるつもりだ。少なくとも、お前とゴーレムくらいなら私一人で十分だな」
私の発言に嘘はないが、一つ問題があった。
たった今わかったことだが、私はフィンディほど集団相手の戦闘が得意ではないらしい。
これは単純に経験不足からくるものだ。私はたった一人で大軍勢を相手に戦ったことなど、これまで一度もないので、手持ちの攻撃手段があまり多くない。これは相手の数が多いときは基本的にフィンディが殲滅したというのも一因である。
こんなことなら、フィンディに便利な攻撃魔術の一つも学んでおけば良かったか。
反省しても何も変わらない。今、自分に出来ることを考えねば。
リンネル個人よりも、ゴーレムが厄介だ。魔王城を守りながら戦うのは手間がかかりすぎる。まずは召還陣を潰していくか。
作戦を考え始めた時、リンネルが私に向かって話しかけてきた。
「北の魔王バーツ。貴方に、神の慈悲をお見せしましょう」
そう言って、リンネルは何もない空間から一振りの剣を取り出した。
現れたのは柄から刀身に細やかな細工が施された細身の長剣だ。
何より特徴的なのは、剣から神々の魔力を感じることだろう。
直感的に理解した、あの剣は、不味い。
「まさか、神具だと……」
「よくぞ見抜きました。これぞ『神意の剣』。この刀身に触れたものは魂まで焼かれて消滅します。いかに強大な存在といえど、神の力には抗えませんよ?」
まずい。あの剣は危険だ。
以前、ドーファンの勇者の遺産で見た融和の兜などとは比較にならないくらい物騒な代物だ。大神官本人よりもあの剣自体の存在の方が問題だ。
「では、参ります」
思考している間に、リンネルが斬りかかってきた。私は慌てて神樹の枝に魔力を通す。魔力の量をいつもより多く、そして攻撃を受けることを強く意識する。
リンネルの繰り出した神意の剣の一撃を、白銀に輝く神樹の枝は何とか受け止めた。
予想通り、神意の剣から剣呑な魔力が伝わってきた。神樹の枝が折れないか心配なので、常に魔力を送り込み続け、強度を維持する。
「その杖、ただの棒きれではないと思いましたが、神界の品ですか」
「その通り。神々由来の品を持つのは、お前だけではない!」
神樹の枝に更に魔力を込め、衝撃波を生み出す。
リンネルはその場に留まらず、空中に待避した。よし、何とかしのいだ。
「なかなか面倒な相手ですね。ならば、こうです」
リンネルが神意の剣を掲げると、召還されたゴーレムの半数余りが魔王城に向かっていった。残りはリンネルと共にこの場に留まり、私と対峙する構えだ。物量があると色々と策が打てて羨ましいものだ。
「神樹の枝よ!」
私は魔術を放ち、可能な限りゴーレムを破壊にかかる。ゴーレムはそれほど怖くないのだが、攻撃の瞬間を見逃さずにリンネルが斬り込んでくるのが問題だ。
「くっ! なかなか厄介な!」
「それは私の台詞ですよ、北の魔王っ!」
神樹の枝で剣の一撃を受け止める。これの一撃を受けたら、私といえど、ただではすまない。
幸いなのはリンネルが剣の達人ではないことだ。剣の扱いは知っているようだが、私でも十分対応できる太刀筋だった。
「私の相手をしていていいのですか? 大事な家族にゴーレムが攻撃しますよ?」
再び距離を取り、挑発的な口調でリンネルが言った。
魔力探知するとゴーレムが魔王城に近づいているのを伝わってくる。更に、ゴーレム自体は今も増殖中だ。
「そこをどけ!」
神樹の枝に大量の魔力を込め、攻撃魔術として島全体の範囲に一気に放出。ゴーレムとリンネル、双方を消し飛ばすための攻撃だ。
ゴーレムの方は予想通り、次々と消し飛んでいくが、リンネルは違った。
彼女はこれまで何度か見せた加護の力で消えると、私の真上に出現した。
くそっ、私をここに釘付けにするつもりか。
ならば、直接攻撃あるのみだ。
リンネルだけを狙って、青い魔力光を大量に放つ。加護で消えても現れ次第追尾する、当たるまで止まらない攻撃だ。
今度はリンネルは加護で転移しなかった。
その代わり、彼女が神意の剣を横に振った瞬間、私の攻撃魔術が消失した。
「そうか。私の攻撃を受け切れたのは、その剣の力か!」
便利な加護を使える大神官といっても、私の攻撃を全て防げるのはおかしいと思っていた。
神意の剣こそが、彼女の異常な力の源泉だ。あるいは加護を使えることも含めて、神具の力という可能性すらある。
「魔王城へ貴方が構築した防御障壁ですが、我がゴーレム軍団の攻撃をどれくらい耐えることが出来るでしょうか?」
「そうだな。100年くらいは持つんじゃないか?」
神樹の枝に魔力を通しながら、軽口で応える。私が狙うべきはあの剣だ。魔王城にはサイカをはじめとした戦力がいるし、私が構築した防御障壁もある。かなり持ちこたえられるはずだ。
出来るだけ早急に目の前の神具を破壊する必要がある。さて、どうやって破壊したものか。
「作戦を悩んでいるようですね。決断が遅いと、酷い目に遭いますよ?」
余計なお世話だ、と答えようとした瞬間だった。
戦場全体に声が響き渡った。
「バーツ様! 考える必要はございませぬぞ!」
声の方向は魔王城からだった。魔術による音声拡大だ。見れば、魔王城から赤い流星が飛び立ち、次々にゴーレムを破壊しながら高速でこちらに飛んでくる。
あまりに急な出来事だからか、リンネルも反応できない。
相当量のゴーレムを破壊した後、赤い流星は私の隣まで一瞬でやってきた。
「バーツ様、遅くなって申し訳ありませぬ。大戦鬼クルッポ、戦線復帰です」
空中で両腕を組む力強いその姿は、先ほど瀕死だったクルッポに間違いなかった。いつもとの違いは、全身が赤く発光していることだ。
彼から強大な魔力を感じる、援護魔術を可能な限りかけた状態なのは明らかだ。
「その状態、また援護魔術を使ったのか。無茶をしすぎだぞ」
「ふふふ、ここは無茶のしどころでしょう? それに心配ご無用。今回は魔王様から魔術をかけて頂いております。強化はより大きく、負担はより少ない、スーパー・クルッポ2ですので」
「そうか。避難が完了したのだな」
これはつまり、避難作業に集中していたサイカが力を振るえる状態になったということだ。魔王軍の頑張りのおかげだ。これで一つ、懸念材料が無くなった。
「今更、魔族が一匹増えたところで、状況が変わるとでも思っているのですか」
ゴーレムを再召還しながら呆れたように言うリンネル。それに対して、クルッポが不遜な態度で答えた。
「ふむ。別に拙者一人が参戦などと言った覚えはありませぬぞ? 大神官殿、魔王城をご覧あれ」
「なっ!?」
言うなり、魔王城から一斉に攻撃が放たれた。
放たれたものは様々だ。矢であったり、剣であったり、何らかの魔術であったり、魔術具の一部だったり、一見武器に見えないものも多数ある。
だが、そのどれもが、魔術によってとてつもなく強化されていた。
魔王城から放たれた攻撃に、ゴーレム達が一気に吹き飛ぶ。
これまで私が散発的になぎ払っていたのと違い、魔王城からの攻撃は止まらない。召還される端から魔王軍にゴーレムが迎撃されていく。
大神官の繰り出すゴーレムは決して弱くない、強めの魔族程度なら圧倒できるものだ。しかし、それを簡単に破壊できるくらいに攻撃を強化できる存在が、魔王城にいる。
魔術で視力を強化すると、魔王城のテラスに魔王サイカの姿が見えた。両隣にヨセフィーナとピルンがいる。
魔王の両目は常とは違い金色に輝いていた。今、見せている姿こそが、サイカの魔王としての真の姿だ。その佇まいに迷いはなく、目の前の敵を排除する決意と覚悟が伝わってくる。
「あれが魔王……ですか……」
「魔王様が全力で防衛する魔王城は、いかに勇者のゴーレムといえど、簡単には落とせませぬぞ? その上、こちらにはバーツ様もいるのです」
「……なるほど。魔王軍は伊達ではないということですね」
神意の剣を掲げたまま、静かに目を閉じるリンネル。
「……しかし、あの大神官殿、以前会った時と大分雰囲気が変わりましたな」
「魔王のことを話したら急に別人のようになってな。詳しくはあとで話す。助かったぞ」
「拙者がバーツ様を助けたとは、皆に自慢できますな。さて……」
「決めました……」
私達の会話を断ち切るように、リンネルが神意の剣を下ろした。非常に冷たい口調で、彼女は言い放った。
「……私も切り札を使いましょう」
リンネルの目の前に3つの魔術陣が生み出された。
そこから現れたのは、人間大のゴーレムだ。騎士のような外見をしていたこれまでのものと違い、全体的にのっぺりとした白い石造りのような見た目である。
「これは神兵。量産することを無視した、強大な魔族を相手にするために作られたゴーレムです」
ゴーレム達がそれぞれ手に光の剣を生み出し、構えて見せた。強そうに見えないが、私の魔力探知がこれまでとは別物であることを伝えて来た。内部に仕込まれている魔力の量や魔術陣の質が段違いだ。
「ゴーレムの相手は拙者と魔王軍にお任せを。バーツ様はあの剣をお願いします。正直、あの剣を相手にすることが出来る自信がありませんのでな」
緊張した声でいうクルッポ。そう、神兵とかいうゴーレムも脅威だが、やはり一番の問題はあの剣だ。少しの時間でいいからあれに集中できるなら、有り難い。
魔王軍からの援護もある。切り札ゴーレム相手といえど、クルッポなら早々後れをとることもない。何より、私はまだまだ元気だ。
勝機は十分にある。
「わかった。いいか、クルッポ。無茶はするなよ?」
「これは異な事を、戦場とは無茶をする場所ですぞ? とはいえ、生きて帰ることを約束致しましょう」
「約束だぞ」
私達の会話を聞いたのか、リンネルが無言で剣をこちらに向けた。
それを合図にクルッポが全身を赤く発光させながら神兵へと突撃する。
そして、私もまた神樹の枝へ魔力を込めて、大神官へと向かっていった。
クルッポは働き者です。




