65話「魔王城の戦い その1」
私達はフィンディの魔術によって施設の屋上に転移した。
すぐ目に入った光景は巨大な魔術陣を複数展開するリンネルだ。
恐らく、施設を稼働させるための魔術陣だろう。
その証拠に、上空に大掛かりな転移魔術陣が複数展開しており、施設から出ていくゴーレムが次々と飛び込んでいる。
なんて行動の早い奴だ。この短い時間で攻撃を開始するとは……。
「おい。やばくないか? もう始まってるじゃねぇか」
「ワシらと話している間に施設の方も地味に稼働させていたのかもしれんのう。油断ならぬ奴じゃ」
「ご先祖様……。きっと戦いを終わらせる手伝いをしてくれると……」
「残念ながら、あの方はご自分の戦いを終わらせることしか考えていないようですよ」
ピルンがそう指摘すると、リンネルが反応してこちらを見た。
「随分な言われようですね。魔王と同盟を組む愚かな人々よ。私の子孫がそのようになってしまったのは、本当に残念です。……いえ、こうして魔王の存在を知らせてくれたのだから、ある意味優秀ですね」
そう言い捨てて、リンネルは魔術陣を消した。これまでやっていた何かを終えたということだろう。
「なあ、今の魔術陣。何をしていたと思う?」
「恐らくじゃが、施設の稼働を設定しておったのじゃろう。自ら打って出るためじゃな」
「転移魔術が既に発動しているということは、魔王城とグランク王国の位置は把握済みか……」
本当に油断ならない女だ。私がのんびり諸国を回りながら魔王城を探すよりも、圧倒的な早さで魔王城を見つけてしまった。
「我が子孫キリエよ。貴方は仕事を十分果たしました。神の使いとしての役割は私が全うします。後は好きにしなさい」
いかん、こいつは対話する気が無い。今すぐにでも加護の力で消えて、自分の仕事にかかる気だ。
「おっと、消える前にこれを貰ってけよ」
横で見ていたダイテツが言うなり即座に銃を発射した。一瞬だけ銃口が魔力の光を放つ。
強力な魔族すら一撃で倒しきる銃弾は、リンネルの前で静止していた。
魔術の発動する気配は無かった。神の加護は防御も出来るらしい。
「……面白い武器ですが、せめて不意打ちで使うべきでしたね」
「チッ、マジかよ」
銃弾が地面に落ちた。これは一筋縄ではいかなそうだ。
ここでリンネルを倒してしまいたいが、転移したゴーレムが気になる。既にかなりの戦力が魔王城とグランク王国に送り込まれている。私としてはそちらが気になる。
「魔族と組んだ愚かな王よ。朽ち果てた自分の国を見て、自身の判断を悔いなさい。それが、私に刃を向けた報いです」
そう言って、リンネルは姿を消した。
「向けたのは刃じゃなくて銃弾なんだが……」
「そういう冗談を言っている場合ではないだろう」
「うぅ、ご先祖様、話と違いすぎますよー」
思わずダイテツの発言に指摘を入れると、その横でキリエが落ち込んでいた。慰めてやりたい気持ちはあるが、それどころではない。
「これはまずいですね。バーツ様、急いで魔王城に戻りましょう」
ピルンの言うとおりだ。敵はもう行動を始めている。こちらもできる限り素早く動かねばならない。
「フィンディ、私はすぐ魔王城に戻る」
「わかったのじゃ。ワシはグランク王国に行く。ゴーレムの転移先がきっちりグランク王国の王都と魔王城に設定されておるわい」
杖の宝玉を光らせながらフィンディが言う。実に的確な場所に攻撃を仕掛けてくれるものだ。だが、対処はしやすい。
「ここを一瞬で更地にできるなら、そうしてから向かいたいが」
「施設が大きすぎて、ちと時間がないのう。大神官を追いかけて現地で迎撃が良いじゃろう。バーツとピルンは魔王城、ワシはダイテツとキリエを連れて王城の防衛じゃ」
「そうだな。ピルン、魔王軍は強いが、戦場から離れて久しい。サイカの補佐をしてくれ」
「承知致しました。全力を尽くします」
自分の武装を確認しながら、ピルンが言った。彼の戦いの経験はきっと頼りになる。
「先に片をつけた方が助けに来る。それでいいか?」
「ああ、出来れば早めに頼むぜ」
「では、急ごう。もう攻撃が始まっている」
私はすぐに魔王城への転移魔術を展開した。
○○○
私とピルンは魔王城に転移した。場所は港ではなく、城内の私の部屋だ。直接部屋に帰れるようにしておいたのが思わぬ形で役立ってしまった。
私の部屋は魔王城の上層にある。外を見渡せるテラスが近い。
「とりあえず外の確認だ! ピルン!」
「はい! テラスですね!」
観光用に飾り付けられたテラスに出ると、変わり果てた島の光景が目に入った。
「なんということだ……」
島はすでにゴーレムに攻撃されていた。城下に整備された建物が破壊され、燃えている。ヨセフィーナお気に入りの魔王城までの平原は闊歩するゴーレムによって醜い傷跡だらけになっている。
せっかくリゾートとして開発したのに、その全てが台無しだ。
「やはりこちらが本命か……」
上空に浮かぶゴーレムの召還陣。その近くに、大神官リンネルがいた。
自ら魔王を倒すため、こちらにやってきたらしい。
「! バーツさん! 良かった、無事だったのね! いきなりゴーレムに襲撃されたんだけど!」
テラスにサイカとヨセフィーナが現れた。二人とも、切羽詰まった様子だ。
落ち着かない様子のヨセフィーナがすがるような目をしながら、私に言う。
「バーツ様。現在、この島の住民を城に避難させています。クルッポが出ていますが……。助けてあげてください……」
流石はクルッポだ、判断が早い。しかし、奇襲された状況では満足に避難できるか怪しい。
「承知した。城の守りは大丈夫なのか?」
「ワタシが全力で守りを固めてる。そっちに手一杯で殆ど攻撃できないけど」
不安そうに瞳を揺らしながらも、サイカが気丈に振る舞う。魔王の心が折れていない限り、大丈夫だ。
「ピルン、この場に残り、サイカの補佐を頼む。私は出る」
「はっ。お任せください」
ご無事で、の一言も言わない。私の無事を疑っていないのだろう。よくわかっている配下だ。
「どれ、まずはゴーレムの数を減らさないとな」
テラスから飛び立つ。流石に大神官は私の存在に気づいたらしく、こちらをじっと見ている。
この短時間に好き放題してくれた礼をせねばな。
「神樹の枝よ! 打ち払え!」
神樹の枝が私の意志を応え、青い魔力光を次々と発射する。
フィンディの魔術の真似だ。魔力探知で見つけたゴーレムを次々と高速の魔力光が襲う。空を飛んでいようが、陸を駆けていようが、避けられる速度ではない。更に追尾もする。
私の魔術により、魔王城周辺の空と陸を闊歩していたゴーレム達が次々に吹き飛んでいく。
あっという間に、見える範囲のゴーレムが破壊された。だが、まだ全滅ではない。
魔力探知を頼りに、島中に魔力光を降り注がせる。
私はあえて空中に静止して攻撃を続けた。大神官の攻撃を引きつけるためだ。それに、攻撃しながらでも、動かずじっくりと魔力探知をすると、島の状況がよくわかる。
クルッポとその部下は上手くやっていた。私の攻撃を利用して一気に住民の避難を進めている。あまり人口が多くないのが幸いした。住民の殆どが魔王軍の人員だからか避難も早い。私の時代から定期的な避難訓練は欠かさなかったからな。
「クルッポが不味いな。少し動きがおかしい上に、大神官に近い」
どうやらクルッポは小柄な存在を保護しているようだった。恐らく子供だ。それに、彼にしては妙に動きが遅い、傷を負っているのかもしれない。
私がそう考えた時、大神官がこちらをちらりと見た後、軽く手を振った。次々と召還されるゴーレムがクルッポ達のいる方向に殺到していく。
「っ! なかなか勘がいいな!」
短距離転移の魔術を発動し、クルッポ達とそれを攻撃に向かうゴーレム群の間に転移。
クルッポと二人の人間の子供の存在を確認し、素早くゴーレム達に振り返る。
「神樹の枝よ! 我が敵を悉く討ち果たせ!」
今度の魔術はフィンディの模倣ではなく、単純に神樹の枝からの魔力の放射だ。神々の魔力に触れたゴーレムが次々と消し飛んでいく。
しかし、ゴーレムの数は多い。何体かがクルッポ達に向けて攻撃をしてしまった。
「護りを!」
防御障壁を展開し、クルッポ達を守る。ゴーレムが放ったのは単純な攻撃魔術なので、防ぐのは難しくない。
クルッポ達の無事を確認し、更に杖を一降りして、ゴーレムをなぎ払う。ついでに近くに居た大神官にも一撃入れておいた。
腹の立つことに、大神官は不思議な力で傷一つ負わなかった。
「バーツ様! お戻りになられたのですか! よくぞご無事で!」
「それは私の台詞だ。……その怪我でよく生きていたな」
防御障壁を張りながら近くに降り立つと、クルッポは元気そうに声をかけてきた。
しかし、元気なのは声だけだ。二人の子供を連れた彼は、腹に穴が開いていた。内臓まで到達している、重傷だ。
私は神樹の枝を使い、すぐに治療した。傷は一瞬でふさがり、クルッポの表情に余裕が出た。
「もう大丈夫だ。少し休めば動けるだろう」
「ありがとうございます。流石に腹に穴が開いては、これしきのこととはいえませんでな」
「手遅れになる前に来れて良かった。本当に……」
もし、静寂の神殿の破壊を優先していたら、ここでクルッポが死んでいただろう。
そうならなくて、本当に良かった。
「クルッポ、その子達ごと魔王城に送る。残りの避難者は?」
「ヨセフィーナから連絡がありました。バーツ様の援護のおかげで、避難が一気に進んでおるようです。もとより人口の少ない島。拙者が一番遠い場所に行っておりました。すぐに避難は完了するでしょう」
流石はクルッポ、自分が最も危険な場所で最後まで踏みとどまっていたわけだ。
「では、城に戻って避難作業を進めてくれ、時間は私が稼ぐ」
「時間稼ぎではなく、倒すの間違いではありませんかな?」
「そうとも言うな」
クルッポの軽口に、こちらも笑顔で返してから、神樹の枝を振るう。
転移魔術発動が発動し、クルッポと子供達が消えた。子供達はおびえきっていた、あんな顔をするために、この島に来たわけではないだろうに。
「こちらの用件はすんだぞ、わざわざ待ってくれるとは律儀なものだな。大神官リンネル」
振り返り、ずっとこちらを観察していたリンネルに言い放つ。
ついでに神樹の枝から魔力光を発射し、増殖し続けるゴーレム達に攻撃を行う。
白い光が流星のように島全体に降り注ぎ、ゴーレムを次々に破壊していく。
ゴーレムの補充が止まる様子はないが、これで更に時間を稼げるはずだ。
「何とも恐ろしい力ですね。では、こうしましょうか」
リンネルはいきなり私から視線を外すと、魔王城の方を向いた。
まずい、直接攻撃する気だ。
再び短距離転移。リンネルの前に現れ、防御障壁を魔王城の周囲に展開する。
私の魔術によって更に頑丈になった魔王城を見て、大神官が再びこちらを見た。面倒くさそうな表情で、私に文句を言ってくる。
「バーツ様。貴方はご自分が何をやっているのか理解しているのですか? そこをどいてください」
言いながらリンネルは更に召還陣を展開。ゴーレムの補充は止まらない。無尽蔵か。全く厄介だ。
「大神官リンネル、お前の好きにはさせない。あそこにいるのは、私の家族だ」
「……面白いことを言うのですね。邪悪で唾棄すべき存在の魔族を家族などと……」
間髪入れずに神樹の枝に魔力を通して、問答無用の横なぎの一撃を放った。
リンネルの周辺に新たに召還したゴーレムは全て蒸発する。残念ながら、加護の力でリンネルは無傷。これは攻撃方法を考えないといけないな。
「言葉には気をつけるのだな。お前は私の大切なものに手を出したのだ。ただで済むと思うな」
クルッポの傷を思い出す。もう少し遅ければ、彼はあそこで死んでいた。それに、この避難作業中に犠牲も出ているはずだ。
許せない。こいつは私にとってかけがえのない存在である魔王軍に手を出した。もう、戦う必要がない時代だというのに。
「この力……。バーツ様、改めて問います。貴方は一体、何者ですか?」
神樹の枝に魔力を込めながら、私は答えた。
「私はバーツ。お前が眠っている間、『北の魔王』と呼ばれていたものだ」




