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63話「大神官リンネル その1」

 私達は無事に静寂の神殿へと転移した。

 転移した先の部屋は神殿らしくない内装だった。ここに来るまでのいかにも神殿らしい白い石造りではなく、黒く金属めいた無機質な壁の部屋に私達は転移していた。また、周りからうっすらと魔力を感じる。

 こういう場所に私は心当たりがあった。 


「ここは……勇者の遺産か。ドーファンで見たものと似ているな」

「ええ、神殿というよりも工場という感じでしょうか」

「いや、これはどちらかというと基地だな。すぐにでも戦う準備が出来てるぜ」


 部屋に一つだけあった扉を開いて、ダイテツがそう言った。一応、罠がないかはピルンとフィンディが確認した後だ。


「ちょっと見せるのじゃ。外の状況を確認してくる」


 杖の宝玉を光らせたフィンディが、外に出て行き、少しすると戻って来て言った。


「どうやら安全そうじゃ。外に出ても平気じゃぞ」


 全員でぞろぞろと部屋から出て行く。

 扉の向こうは広い廊下だった。そこかしこにあるガラスから、その向こうの広大な空間が見え、無数のゴーレムが待機しているのが確認できた。

 間違いなく勇者の遺産。それもドーファンよりも大規模な施設だ。ダイテツが基地と表現したのも頷ける。


「施設自体は休眠状態のようじゃ。全貌はまだ解析しとらんが規模が大きいのう。これが動くようなことがあると、危険じゃな」

「ああ、破壊してしまおう」

「うむ。今それをやると大神官まで巻き込んでしまうじゃろうし、後でじゃな」

「えー。貴重な遺産なんですよー? 壊しちゃうんですかー?」


 非難混じりの口調でキリエが言う。ここが貴重な存在なのは同意するが、それ以上に危険なのが問題だ。

 私が何か言う前に、ダイテツが真剣な顔でキリエに話しかけた。


「少なくとも、ここにある兵器を破壊するのに関しては、俺も賛成だ」

「ダイテツ君、戦争嫌いなのは相変わらずなんですね。そこは嬉しいですけど……」

「諦めるのじゃ。お主がどれだけ反対しようと、ワシらの方針は変わらぬぞ」

「……わかりました。ダイテツ君まで賛成するなら、ボクも受け入れます。ここが危険なのもわかりますからー」


 キリエは意外とあっさり引き下がってくれた。神殿関係者だが、それほど遺産にこだわりがなかったらしい。変に言い争いにならなくて良かった。


「戦争嫌いはダイテツの数少ない美点です。王になった後も戦争は出来るだけ回避していますよ」

「数少なくても美点があるのは、それは素晴らしいことですねー」

「好き勝手言いやがって……」


 和やかな会話を始めたダイテツ達と対照的に、フィンディは難しい顔をして杖を光らせながら歩いていた。


「どうしたフィンディ。気になるところでも?」

「いや、施設が生きているのを確認しているのじゃが。神々の魔力を感じるのが気になっての。神官は神の加護を使うことが出来るが、あくまで自前の魔力を使うはずなんじゃが……」

「大神官というのだから特別な力があるのではないか?」

「それか、ドーファンで見たような神具を持っているのではないでしょうか? その力で今も神の加護を使えるということなら、納得できます」


 私とピルンの意見に頷くフィンディ。だが、表情を見る限り、どうも納得いっていない様子だ。


「どちらも納得のいく仮説じゃが、ちょっと引っかかるんじゃ。まあ、会ってみればわかる話じゃな。そういえば、大神官の名前はリンネルだったかの?」

「はいー。ご先祖様の大神官リンネル様です。ただの村娘だったのですが、人間と魔族の戦いによって家族を失い焼け出され、放浪している時に勇者様に助けられて、その際に神様のご加護を得たのですよー」


 フィンディの問いにスラスラと答えるキリエ。流石に詳しい。

 大神官リンネルの物語。まるで何かの英雄譚のような内容だ。いや、実際に英雄の話だった。それも、魔王を倒した勇者の仲間という大英雄だ。


「勇者に助けられて神官となり。そのまま魔王退治か」

「はいー。伝承では、リンネル様が嫌っていたのは魔族ではなく、自分から全てを奪った戦争だったといわれています。我が家に伝わる話では、何度か勇者様を諫める場面がありましたよー」


 キリエの話によると、その話は一般には出回っていないらしい。勇者一行も一枚岩ではなかったということだろうか。今となっては確認する術もないが。


「クルッポの話と人物像が近いな。話をしやすそうだ」

「はい。きっと今の状況を話せばボク達に力を貸してくれるはずですー」


 そんな風に前向きな会話をしながら歩いていると、巨大な扉のある部屋の前に到着した。どこも黒っぽい味気ない見た目の扉なのに対して、ここだけは精緻な細工が施されていた。色も白い。しかも、中心部にはアミュレットと同じ形の装飾があった。

 間違いない、この奥に居る。


「わかりやすいのう。この奥が施設の中枢じゃ。おそらく、リンネルとやらもおるじゃろう」

「アミュレットも反応しています。たぶん、これで扉が開くと思いますよー」


 言いながらキリエがアミュレットを掲げると、扉の模様が淡く輝き、ゆっくりと扉が開いていった。くぐもった音と共に開く扉。その向こう側の空間から光が差し込んで来る。

 扉の向こうに見えたのは、家と庭だった。広い空間だ。草木が生い茂り、光り輝く天井のおかげで昼間のように明るい。外にいるのと変わらない過ごしやすそうな空間がそこにあった。


「驚いた、全くの別世界だな。まさか、ずっとここで暮らしてたのか?」

「この施設の主が快適に過ごせるように用意しただけじゃろう。大神官とはいえ寿命は人間のままのはずじゃ」

「皆さん、あの家の中に人の気配があります」


 扉からまっすぐ伸びる道の先にある小さな一軒家。そこにいる者の気配を、ピルンの鋭敏な感覚が察知したらしい。

 全員が緊張の面持ちで身構える。このまま素直に大神官が現れる保証はないのだ。

 沈黙する私達の前でゆっくりと扉が開いた。

 現れたのは一人の女性だ。服装はキリエと同じ神官衣。外見も彼女に似ているが、髪が金色なのが大きく違った。


「ようこそ。アミュレットを持つ者よ。私が大神官リンネルです」


 そう言って、リンネルは丁寧にお辞儀をした。反射的にフィンディ以外のその場の全員がお辞儀を返してしまった。何となく体が反応してしまったのだ。

 神の加護が残る神官だからだろうか、人間らしくない、優しげな外見とは裏腹に不思議な威圧感を放つ人物だった。


「はじめまして。ボクはキリエ。あなたの末裔です。ここにいるのは……」


 顔を上げて名乗るキリエに対して、リンネルは穏やかに微笑んだ。


「わざわざ私に会いに来たのです、込み入った話になのでしょう? 中にお入りください」


 なんと友好的な人物だろうか。襲いかかってこないし、無茶なことも言ってこない。

 ついに我々も交渉で物事を解決する時が来たのかもしれない。


「これは期待できそうだな、フィンディ」

「ああ、だが、油断は禁物じゃぞ」


 期待を込めた私の言葉に対して、フィンディは厳しい表情のまま返事をした。

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