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61話「フィンディ上陸」

 クルッポが目覚めたのは翌日だった。私とサイカが全力で治療したおかげで、目覚めるなり彼は完全回復だった。後遺症もない。

 彼は潔く自身の敗北を認め、サイカの方針を認めた。

 それから6日、フィンディが言っていた2週間の残りの時間を、私は魔王城で有意義に過ごした。

 約束通りの日程が経過してからフィンディが魔王城にやって来た。


「久しぶりじゃな、バーツ。元気そうで何よりじゃ」

「フィンディのほうは……思ったより疲れていないな」


 港に現れたフィンディはリゾート化しつつある島を見物しながら、デュラハンの馬車でやってきた。グランク王国にある転移魔術の出口が港に設置されている関係で城に直接現れなかったようだ。

 報告を聞いた私は彼女を迎えるべく、城門で待っていたのだ。


「ま、治療と言っても経過を見守るのが中心じゃったからのう。話し相手がおったので思ったほど退屈せんかったのが幸いじゃよ」

「その様子だと、無事に一仕事終えたようだな」

「うむ。その辺も含めて、お主とサイカに色々と話をしに来たのじゃ」


 一仕事終えたと思ったら、また仕事を持って来たらしい。働き者なのは結構だが、少し心配だ。


「少しは休憩したらどうだ? 知っていると思うが、ここは休養できる場所に開発中なのだが」

「話が終わったらそうさせてもらうつもりじゃ。……しかし、その前にじゃな。お主はなんでエプロン姿なんじゃ?」


 不審げな目で私を見るフィンディ。確かに今の私は彼女の言うとおりエプロン姿だ。これにはちゃんと理由がある。


「私は今、料理の勉強中だ」


○○○


「なるほど。魔王城に帰ったはいいものの、やることがないので料理を教わっていたと」

「魔王としての業務はサイカがやっているからな。たまに助言を求められる以外は暇だったのだ」


 魔王城内をエプロン姿で案内しながら、私はフィンディに事情を説明していた。料理の腕はまだまだ未熟だが、これから上達できればと思っている。


「なるほどのう。それで、サイカはどこじゃ? 城門にいなかったが忙しいのかのう?」

「ある意味忙しいな。こっちだ」


 少人数用の会議室の前に到着したので、ドアを開く。

 室内には正座しているサイカと、腕を組んでそれを見下ろすクルッポがいた。

 サイカは首から「反省中」と書かれた札を下げている。


「なんじゃ、この状況は……」

「説教している方がクルッポだ。ダイテツの店に抱き枕があったろう? あのモデルだ。あれと関連商品、全部無許可だったらしい」

「なんと、グランク王国内で大人気のクルッポグッズが無許可じゃったとは……」


 私の説明が終わると、黙っていたクルッポが口を開いた。


「バーツ様。身内の恥の話はそのあたりにしてくだされ。はじめまして、フィンディ様。拙者はクルッポと申す者。お会いできて光栄です」


 穏やかな口調で挨拶して、丁寧にお辞儀をするクルッポ。 


「久しぶり。元気してた? 私は絶賛説教中」


 反省中の魔王は飄々とした様子で片手を挙げてこちらに挨拶した。


「本当に反省しているのですか! 資金確保のためとはいえ、無断で拙者を商品化などして!」

「だってクルッポいなかったしぃー。それに、魔王軍のためならそのくらい喜んでやるでしょ、クルッポは」

「むぅ、確かにそうですが。せめて一言くらい声をかけて欲しかったですぞ。商品の監修をしましたのに」

「ワシの想像と論点が違うんじゃが。魔王軍はこんな感じなのか?」

「私の時代から概ねこんな感じだ。クルッポ、もういいだろう。フィンディも来たことだし説教は終わりだ」

「承知しました。いいですか、魔王様。次に拙者の商品を作るときは一言教えてくだされ。監修しますからな!」

「わ、わかったわよ。連絡手段も用意する」


 私の一言で説教が終わったのはいいが、クルッポの自分自身商品化問題は始まったばかりだ。まあ、これは本人に頑張ってもらおう。


「よし、ヨセフィーナ。すまないが準備をしてくれ」


 私は何もない空間に声をかけると、ヨセフィーナが現れた。今日もサイカ発案のゴスロリとかいう服装をしている。お気に入りらしい。


「承知致しました。すぐにお茶とお菓子をご用意致します」

 

 一礼して、ヨセフィーナが消える。

 とりあえず、フィンディの話を聞こう。


○○○


 ヨセフィーナの宣言通り、会議室にはすぐにお茶とお菓子がやってきた。

 今回の会議の参加者は私とフィンディとピルンに、サイカ、クルッポ、ヨセフィーナの6人だ。ピルンはまた城内で話をせがまれていたらしく、慌ててやってきた。


「初めましてフィンディ様。こちら、バーツ様と私達で作ったクッキーです」


 挨拶と共に、ヨセフィーナがフィンディに菓子を勧める。


「ほう。菓子作りまでやっておったのか。お主がヨセフィーナじゃな。バーツに話を聞いたことがあるのじゃ、色々と苦労をしておるようじゃな」

「バーツ様もサイカ様も仲良くしてくれますから、今は幸せです」

「それが続くことをワシも祈っておるよ。うむ、美味い。この味は誰のおかげじゃろうなぁ」

「私以外の者の手腕の賜物だよ。特にヨセフィーナが上手い」


 実際、初心者の私は言われるがままに作業するのがやっとだ。一人でやって良い物ができる気がしない。


「見事なものじゃ。あとで分けてくれんかの」

「あ、ありがとうございます。たくさん作ります……」


 赤面しながらぺこりとお辞儀をして。着席するヨセフィーナ。機嫌が直って良かった、昨日までお気に入りの草原を穴だらけにされて不機嫌だったのだ。

 ちなみに草原は私が魔術で直した、思ったより細かく修正の指示が入って大変だった。


「さて、楽しい雑談は後にするとして、先に本題じゃ。結論から言うと、無事にキリエが目覚めたのじゃ」

「そうか。それは何よりだ。特別問題は生じていないのか?」


 私の疑問に、フィンディは頷いて答える。


「少し時間が経過しているので混乱しているが、問題なしじゃ。それでじゃな、現在の大陸の状況を話したら面白い話を聞けたのじゃ」

「キリエさんに関係する面白い話というと大陸南西部の神殿絡みでしょうか?」


 ピルンはキリエと旅をしていた仲だ、察しが早い。相変わらずの有能さである。


「ピルンの言うとおりじゃ。500年前の勇者の仲間に大神官がおったのじゃが、キリエの話によると、そいつに会うことができるらしいのじゃ」


 フィンディの発言に反応したのは意外にもクルッポだった。


「ほう。大神官ですか。実は拙者、会ったことがありますぞ」

「本当? どんな人だった?」

「魔物に対して容赦ない勇者一味の中で例外的な人物でした。こっそり拙者がやっていた魔族の避難活動に協力してくれたことがあります」


 それは凄い。あの時代の勇者の仲間にそんな人物がいたとは知らなかった。その話を聞くと、この件に非常に興味が沸いてくる。


「なかなかの人物のようだが、会うことができるというのはどういうことだ?」

「うむ。勇者の用意した将来への備えの一環での、大神官に神々の加護が残っているうちに、ある場所に眠らせたそうじゃ。次の魔王が手に負えなかった時に力を貸すためにの」

「あの勇者、魔王様を倒した後にそんなことまでしてたの……」


 ヨセフィーナが呆れた様子で言う。ドーファンで見た遺産の話をした時も、彼女は忌々しそうに同じ反応をした。ヨセフィーナにとって、勇者とは歴代の魔王を殺す、最悪の存在なのだ。


「勇者の思惑はともかく、ワタシ達にとっては悪くない話に聞こえるわね。大陸南西部の内戦は神殿の権威が弱まったことが原因らしいから、その大神官を旗印に動けば解決の道筋が見えるかもしれない。魔族に対して穏健な人なら上手くやっていけそうだし」

「拙者の記憶のままならば、我々と事を構えることはありますまい。今の戦争状態の南西部に心を痛め、共に平定する活動をしてくれるかもしれませぬ」

「面白い上に良い話だな、フィンディ」


 勇者の仲間の大神官。これは会って協力を仰ぐ価値があるだろう。私やフィンディの苦手な政治的な問題を解決できる可能性がある。


「うむ。大神官は魔術的に閉ざされた場所におるそうじゃ。ワシはダイテツと共にそこに向かう。そこでバーツよ、お主はどうする?」

「? フィンディが行くなら私も行くが?」


 何で質問してきたのだろう? 当然のことだと思うのだが。


「念願の魔王城に帰れたのじゃ、もしかすると旅を終えて、このままここに居着くかもしれないと思っておったのじゃが……」


 私が即答したのに戸惑いを含んだ様子で言ってきた。そんなことを気にしていたのか。


「魔王城は私の帰るべき家だ。そして、私の仕事はフィンディと共に旅をしながら世界の危険を排除することだと思っている」


 そう言うと、フィンディは「うむ」と笑顔で頷いた。


「お主がそう言ってくれるのは、ワシとしても正直とても嬉しいぞ」


 喜んで貰えたようで何よりだ。今後とも宜しくお願いしたい。


「大神官のいる場所にわたしも同行したいのですが」

「もちろん、ピルンも一緒だ。問題ないか?」

「当然じゃ。最初から数にいれておる。メンバーはワシとバーツとピルン、それにダイテツとキリエの予定じゃの」

「あら、ワタシは今回お留守番なのね」


 メンバーから外されたサイカは不満そうに口を尖らせた。


「ダイテツがリゾート開発の人員を増やすと言っておった。そちらに専念して欲しいそうじゃ」

「わかったわ。大神官さんとの話がまとまったら教えてね」

「話がまとまれば、今の魔王と会わせることになるだろう。安心して欲しい」


 それでいいか、とその場の者に問うと、クルッポとヨセフィーナも静かに頷いた。クルッポは大怪我を治療したばかり、ヨセフィーナは城から動けない。魔王城からは私が行くということで良いだろう。


「出発は3日後の予定じゃ。……さて、こう見えてワシも働きっぱなしでの、休養がてら滞在させて貰いにきたのじゃが」


 言いながらクッキーとお茶に次々と手をつけるフィンディ。どうやら私達の用意したものを気に入ってくれたようだ。


「なるほど。お客様ってわけね。じゃあ、魔王城の最初のお客様はフィンディだわ。バーツさんは身内だし」

「ほほう、それは光栄じゃ。豪勢にもてなしてくれて構わんぞ? 代金はグランク国王に請求できるんじゃからな」


 フィンディが楽しそうに言うのに合わせて、サイカがニヤリと笑った。

 なんというか、ダイテツのところにかなりの請求が行く予感がした。

みなさんご存知でしょうが、バーツさんとフィンディが得意とするのは「力で解決できる物事」です。

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