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60話「その名はクルッポ その2」

 クルッポとの戦いのため、私達は城の前にある平原に出た。魔王城の城壁にはヨセフィーナをはじめとした見物の魔族が鈴なりだ。 


「部下が20人しかいないように見えるが、もっと呼んだ方が良いのではないか?」


 私とサイカを相手にクルッポ一人では不公平すぎるので、クルッポは自分の部下をいくらでも連れて来て良いことにした。彼の部下は200人ほど。忠誠心も戦意も高いので全員が出てきてもおかしくないと思っていたのだが。

 

「確かにお二人を相手にするならば、この10倍の人数でも足りないくらいでしょう。しかし、拙者には長年温めていた秘策があるのです」


 なるほど。考えあってのこの人数ということか。


「ほう。秘策か」

「はっ。バーツ様と共に過ごした500年の間に、勇者対策として考えだした技にございます」

「面白いじゃない。勇者対策ならかなり期待できそうね」


 秘策と聞いてもサイカに焦る様子は少しもない。彼女自身の実力が相当なのに加えて、私がいるからだろう。ちなみに、サイカは今回、得物として巨大なモーニングスターを持っている。クルッポとの打撃戦に備えてのことだろう。魔王として彼の思いに戦いという形で応えるつもりのようだ。


「クルッポの考えた勇者対策か。興味深いな」

「ふふふ、余裕でいられるのも今のうちですぞ、きっと拙者達の実力に焦って、思わず同盟の件を考え直してしまうに違いありませぬ」


 不敵に笑うクルッポ。その様子から伝わってくる自信は本物だ。勇者にすら対抗できると彼が判断した技、油断はできない。

 

「では、ルールを説明するわね。私とバーツさんに対して、クルッポ達が戦いを挑む。念のため、模擬戦で良く使われるという、身代わりの魔術具を使うわ。この魔術具が壊されたら負け。戦いの舞台はこの辺り一帯、島からは出ないこと」

「承知しております。全員、魔王様から配付された魔術具を使用済みです」


 ドワーフ王国でも使った身代わりの魔術具だが、魔王城には備蓄がなかったので、私が神樹の枝を使って作成した。動作確認もしてあるので安心だ。フィンディの技の見よう見まねだったが、上手くいくものだ。

 

「では、少し距離をとって開始するということで構わないか? 全員で目の前から攻撃したいというのなら構わないが」


 私もサイカも魔術師だ。距離があるほうが有利な職業である。しかし、それは普通の魔術師の場合である。私達くらいになると、むしろ目の前から一勢に飛びかかってきてくれると迎撃しやすくて楽なくらいだ。今の発言はどちらかというと、クルッポ達に戦術的に動ける余地を与えるためである。

 

「有り難い話です。拙者達もその方が好都合ですので」

「じゃ、双方距離をとったらヨセフィーナに合図を頼むわ。城から音と光で魔術を飛ばすからね」


○○○

 

 私達とクルッポ達が距離を取って止まるなり、魔王城から派手な光と音を出す花火の魔術が放たれた。

 

「始まったな」

「そうね。クルッポ、あの手勢でどうする気かしら」


 100メートル以上向こうに陣取ったクルッポ達を見ながら会話する。今のところ、何らかの魔術を準備しているようだが、それ以外に目立った動きはない。

 

「クルッポは私の実力を知っているはずなのだが、かなり自信があるようだったな」

「普通、バーツさんの実力を知ってるなら、こんな勝負挑まないはずだけれど」

「あるいは、敗北を承知で挑んできたかだな」

「性格的にありそうね」


 クルッポは全力で私達と戦って負けることで、本音では人間との同盟に反対している魔族を納得させようとしているのかもしれない。自身の主張をしつつ、私達へ利をもたらそうとするのは、彼らしい行動だ。

 

「しかし、戦いに関しては魔王軍でも随一の男だ。あれだけの自信があったのだから油断はできない」

「そうね……動いたわ」


 クルッポ達の魔術が完成したらしい。巨大な魔術陣が草原に現れた。クルッポを除く20人がかりで発動させた、強力な魔術だ。

 私とサイカは、それぞれの武器を構えて攻撃に備えた。

 しかし、魔術陣が輝いても攻撃が来る様子はない。

 

「……来ないわね。魔術陣は大きいけれど」

「うむ。隠形で手勢を隠したり、更なる大規模魔術を準備しているのかもしれないな」

「なるほど。見た目には誰も動いてないけれど……」


 魔術陣がある以上、なにかやっているのは間違いない。ここで魔術自体を邪魔すればそれで勝てそうだが、それはいけない気がする。魔王軍全体の関心が集まるこの戦いは、サイカの判断の是非を問う戦いでもあるのだから。


 とりあえず、落ち着いて魔術陣を細かく解析してみると、全ての魔力がクルッポに向かっているのがわかった。

 

「あの魔術の正体がわかった。どうやら、クルッポを強化するための術だな」

「流行ってるのかしらね。その方向性」


 魔境でも同じような技を見た。強力な一個体を強化して、強力な相手にぶつけるという発想だろうか。確かに勇者を相手にするなら勝てなくとも犠牲は最小限に出来そうだ。


 しかし、この魔術がどの程度のものか。

 そんな心境で、私達が眺めているうちに魔術が完成したようだ。

 莫大な魔力を宿したクルッポが空高く飛び上がった。魔術によって彼の全身の羽毛は紅く光り輝き、紅い軌跡を残しながら一気に突っ込んでくる。

 

「あのまま我々を吹き飛ばす気だ! 避けろ!」

「容赦ないわね!」


 私達は空を飛んで回避。直後、クルッポがそれまでいた場所に激突した。草原が抉れ、直径10メートルはあるクレーターが生まれた。ただの体当たりとは思えない、かなりの威力だ。

 クレーターの中心には全身から真紅の魔力を放つクルッポがいた。支援魔術は健在。魔境のクリアトがやっていた方法とは比べ物にならないレベルの強化だ。

 すり鉢状の大地から私達を見上げ、クルッポが口を開く。


「流石はお二人です、避けましたか」

「当たるわけ無いでしょ、あんな怖いのに」

「それが勇者に対する秘策か」

「左様です。配下の支援魔術によって拙者の能力を限界以上に強化する。今の拙者はスーパー・クルッポです」

「……ネーミングセンスについては突っ込まないわよ。でもそれ、支援してる配下を倒されたら終わりじゃないの?」


 魔境で見た支援魔術は確かにそうだった。魔術の使用中は後方の配下は動きが取れないというなら、対策は取りやすい。

 

「そこは心配ご無用。全ての魔力をつぎ込んだ支援魔術を拙者にかけたら、配下は自由に動けるようになっているのです。術者からの調整がないので拙者に負荷がかかるのが難点ですが、その程度で勇者を相手に出来るなら望むところですな」

「見事な覚悟だ、クルッポ。強化の術式も実に工夫されている」


 クルッポの全身を駆け巡る複雑な術式は強力なものでありながら、極力彼への負荷を減らすように工夫されていた。彼と配下たちが何年もかけて開発した証だ。


「問答はこのくらいで良いですかな? 拙者とて無策でお二人に挑んだわけではないということです」


 クルッポが構える。これは面白いことになってきた。


「サイカ、私が援護するから魔王としてクルッポを倒せ」

「バーツさん、ワタシが支援するからクルッポをやっつけて」


 私達の発言はほぼ同時だった。


「…………ここは魔王としての力を示す機会だろう?」

「ワタシは支援型だって前に言ったでしょ。ワタシの援護を受けたバーツさんが勝利すれば十分実力の証明になるのよ」


 正直、私の言い分の方が正しいと思うのだが、サイカを説得する余裕はなかった。


「なんだか作戦で揉めているようですが、拙者は待ちませぬぞ!」


 呑気に作戦会議を待ってくれないクルッポが、空高く飛び上がり私達に襲い掛かってきた。空中にいた我々はそれぞれ回避し。近くの地面に着地する。しかし、場所が見晴らしの良い草原なのが良くない。隠れることは難しい。


「バーツ様は隠形が得意なのは存じております。そのような隙は与えませぬぞ!」


 地上に降りた私達に向かって、クルッポが拳から次々と魔力弾を放ってきた。彼が拳を振るだけで、溢れる魔力が飛び道具として放たれるのだ。

 とりあえず、防御障壁を展開。障壁に弾かれた魔力の残滓が周囲の草原をどんどん削っていく。

 

「ここまで変わるものか。クルッポは近接戦のみの戦士だったのだが」

「インフレする格闘漫画のキャラみたいな戦い方ね。厄介だわ」

「? すまない、私にわかる言葉で話してくれ」


 元異世界人のサイカはたまに私にはわからない言葉を喋るから困る。


「とにかく面倒ってことよ。来るわよ!」


 言うなり、クルッポが空から突撃してきた。

 私達は迷わず空中に逃れる。再び草原に生まれるクレーター。この攻撃力、私なら受けられるが、支援型魔王であるサイカはどうだろうか。死ぬことはないと思うが、苦戦しそうだ。

 クレーターの中心で煙を吹き上げながら、クルッポが不敵な笑いを浮かべた。

 

「翼ある魔族の攻撃を二度も空を飛んで避けられると立つ瀬がありませんな。しかし、反撃の糸口を掴みかねているご様子。いつまで逃げ回れますかな?」


 そう言うと彼の全身に魔力が駆け巡った。体への負荷もおかまいなしに攻撃力を上げているのだ。大丈夫だろうか。


「不味いわね……」

「ああ、あの魔術、クルッポへ負担がかかりすぎる。やめさせないと大変なことに……」

「そうじゃないわ。この草原、ヨセフィーナのお気に入りなのよ。滅茶苦茶にしちゃったら、後が怖いわ」

「それを早く言え」


 私は即座に手から鎖の魔術を発射した。ヨセフィーナを怒らせると色々と大変なのだ。しかも、機嫌を直すのに意外と時間がかかる。

 

「私が動きを封じる、サイカがその間に攻撃を」

「いえ、ちょっと難しそうよ」


 見れば、クルッポが力づくで鎖を引きちぎろうとしていた。

 

「むぅぅん! 流石はバーツ様! しかし、この程度で拙者は止まりませぬぞぉぉぉ!」


 鎖が解けていく。しまった、雑魚相手と同じ感覚で魔術を使ってしまった。せめて神樹の枝を使うべきだったか。

 

「ぬおおおおお!」


 絶叫と共に、鎖が砕け散った。

 

「はぁっ、はぁっ。なかなか、やりますな……」


 鎖は解けたが、クルッポは大分疲れていた。かなり消耗したらしい

 

「まあ、バーツさんの魔術を無理矢理解除すればそうなるわよね。あと、その強化魔術って、長時間使うと不味いんじゃない?」

「うむ。ここは逃げ回って力尽きた所を攻撃するべきかもしれんな」

「姑息すぎますぞお二人共! せめて正々堂々と勝負を!」


 姑息ではなく合理的と言って欲しい。

 まあ、クルッポも限界が近そうだし、ここは少し戦おうか。

 

「サイカ、私に強化魔術を。クルッポも辛そうだし、終わりにするぞ」


 これ以上続けるとヨセフィーナが怖いしな。

 

「わかったわ。バーツさん、貴方に魔王の加護を……」


 サイカがモーニングスターを掲げると私の周囲に複雑な魔術陣が一瞬で展開した。強力な支援魔術だ。クルッポの配下達が発動したものより数段レベルが高い術式である。

 これを受けていれば負担を少なく、強力な攻撃を繰り出すことが出来るし、普段は出来ない戦闘方針も選択可能である。

 例えば、近接戦闘が得意なクルッポに一撃入れることすら出来るだろう。

 戦闘方針を決めた私は、神樹の枝に魔力を通す。

 

「クルッポ。魔王サイカの援護を受けた私が相手だ」

「面白い。全力でお受けいたします」


 私に応えるように身構えるクルッポ。


「神樹の枝よ!」


 神々の魔力で出来た鎖の魔術を飛ばす。先程よりも早く魔術は完成し、一瞬でクルッポを拘束した。

 

「同じ手を! この程度拙者には! むん! ん?」

「今度は簡単に破壊できんぞ。一方的で悪いが、これで終わりだ」

 

 神樹の枝に魔力を込めて、私はクルッポの前に高速移動。動けない彼の頭目掛けて、杖の一撃を入れる。

 

「ごはっ!」


 打撃の瞬間、魔術で派手に光らせた。遠目には光の大爆発に見えたはずだ。神々の魔力入りの打撃でクルッポも気絶するだろう。

 形としては光が途切れると立ったまま気絶するクルッポが現れ、その前に一撃を入れた私。そして、それを見守るサイカという構図になる。

 演出的に、私がサイカの支援を受けて強力な打撃を入れたように見えると良いのだが。


「なんと……」


 驚いたことにクルッポは気絶していなかった。

 目を見開き、私を見据えて、彼は口を開いた。

 

「……見事です、お二人とも」


 そう呟くと、大戦鬼クルッポは前のめりに倒れ込んだ。今度こそ、気絶だ。


「流石は四大魔族だ。今の一撃を受けて、即座に気絶しなかったとは……」


 感動とともに私がそう評した瞬間だった。

 支援魔術の切れたクルッポの全身から血液が吹き出した。

 

「む、無茶しすぎだ! この馬鹿! 神樹の枝よ! 癒やしの力を! サイカ、こっちに来て手伝ってくれ!」


 その後、魔術の負荷でいきなり瀕死になったクルッポを、私とサイカの二人がかりで慌てて癒やしたのだった。

予定よりもクルッポが活躍しました。

クルッポ瀕死までの流れは

1.バーツさんの打撃で身代わり魔術具破損。

2.魔術切れでクルッポ瀕死。

といった感じです。

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