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59話「その名はクルッポ その1」

 大戦鬼クルッポ。魔王軍4大魔族の一人である。鳩の頭に翼、それに筋肉質な人間の体の魔族で、性格は一言で言って優しい武人。戦いを尊ぶが卑怯を嫌い、弱き者を助ける。魔王軍に所属させておくのがもったいない人物である。

 そのクルッポが私達の前に現れた。しかも、なんか凄い怒っている。

 あまりの剣幕にサイカとヨセフィーナは困惑している。ほとんど部外者のピルンも同様だ。

 仕方ない、ここは私が最初に応対するとしよう。

 

「久しぶりだな、クルッポ。いきなり怒鳴られては私達も困る。座って落ち着いて話さないか」

「おお、バーツ様。ご無事で何よりです。カラルドという国でバーツ様の噂を聞いて、慌てて飛んできたのです」


 私に気づいたためか、クルッポの態度が若干軟化した。それを見たサイカが立ち上がってお茶を入れ始めた。なかなか空気を読むのが上手い。


「クルッポ、バーツさんの言う通りよ。座りなさい。話なら聞くわ」

「はっ。拙者としたことが、つい感情が高ぶってしまいました」


 そう言ってクルッポは空いている席に座った。彼は背中に翼があるのに器用に椅子に座る。

 席につき、サイカから茶を入れて貰ったクルッポは、最初にピルンに向かって頭を下げた。

 

「初めてお会いする方もいるというのに見苦しいところをお見せ致しました。拙者はクルッポ。魔王軍4大魔族の一人に名を連ねる者です」

「ピルンです。バーツ様の配下をやっております。以後、お見知りおきを」

「おお。ピット族の配下とは昔を思い出しますな。いえ、申し訳ありませぬ、今は昔話を懐かしむ場合ではありませなんだ」


 ピルンに対して穏やかに接するクルッポ。感情的になっていなければ、礼儀正しく親切な男なのだ。

 しかし、入ってきた時の様子だと、このまま大人しくなってくれないだろう。次にクルッポはサイカに向かって、頭を下げた。

 

「改めまして、魔王様。大戦鬼クルッポ、ただいま戻りましてございます」

「あ、おかえり。どこ行ってたの」


 気楽な受け答えのサイカに対して、クルッポはあくまで実直な反応を返す。武人の自覚が強いぶん、大げさなのだ。とてもいい人物なのは間違いない。勇者との戦いの際には、先頭に立って戦えない魔族を避難させるなど、その人格を裏付ける逸話が多く、信頼も厚いのだ。

 

「拙者、魔王様から旅立ちの許可を頂いた後、大陸南西部に戦の気配を感じまして、しばらく戦場に身を置いておりました。そこで少し働いた後に北上し、山を越えて大森林の国カラルドの樹海に到達したところ、手強い人間の戦士達と出会いまして」

「ほう。カラルドでクルッポが手強いとまでいう戦士か」


 カラルドの樹海で会える手強い人間の戦士。知り合いの予感がする。


「はっ。ラナリーという女剣士に率いられた一団でした。彼らと何度か戦った後、和解した時にバーツ様のことを聞き、急いで魔王城に戻ってきた次第です」


 やはりラナリーだった。恐らく処罰されて狩人になった元一族を率いていたのだろう。それなりに過酷な仕事のはずだが、元気にしているだろうか。


「ラナリーは元気だったか?」

「はい。禿頭の男に的確に指示を出す、実に手強い戦士でした。バーツ様の話をすると、とても喜んでおりましたな」

「そうか、元気そうで何よりだ……」


 私の脳裏に、すっかり指揮官が板についたラナリーが思い浮かんだ。何故か、ちょっと悪い笑顔を浮かべている。割と似合っていて困る。


「バーツ様も色々とあったご様子ですな。はっはっは……って、違う! 拙者は世間話をしに来たわけではありませぬ!」

「チッ、このまま上手いこと誤魔化せると思ったのに……」


 笑顔から急に激昂したクルッポ。横で様子を見守っていたサイカが舌打ちした。


「サイカ様、クルッポは意外と細かいからそういうの、無理です」


 豪快な武人であると同時に、細かいのが彼だ。というか、4大魔族は全員が細かいところがあるので、誤魔化しが効きにくい。

 ヨセフィーナの言葉に対して、サイカは「あらそう」と澄ました顔で答え、紅茶を一口飲んでから言う。


「わかったわ。文句があるなら、この魔王サイカが聞くわ。言いなさい、クルッポ」

 

 どうやら、クルッポからの苦情を聞く気になってくれたようだ。ここからは魔王と幹部の会話。私は見守るのみである。ピルンとヨセフィーナもそのつもりのようで、それぞれお茶を追加したりメモのページを変えたりしている。観戦モード、というやつだ。

 

「ここに戻ってきたのはバーツ様のことを伝えるためです。ま、その必要は無かったようですが。しかし、帰ってきて良かった。……いつの間に人間の王国と同盟を組むことを決めたのですか! 拙者は聞いておりませぬぞ!」


 どうやらグランク王国との同盟にお怒りらしい。意外だ、彼は戦闘狂ではない。無用な戦いを回避できるのだから喜びそうなものだが。


「いつの間にって、そりゃ、クルッポがいない間よ。クラーニャもマキシムもヨセフィーナも賛成だから、貴方一人が反対でも同盟の方向で動いたと思うけど?」

「ぐぅっ。し、しかしですな、重要なことを決めるなら拙者も呼んでいただかないと。幹部なのですから」


 サイカのそっけないが一理ある返答に窮しつつも、食い下がるクルッポ。物分りのいい彼にしては粘るな。


「無理よ。ワタシ、魔王の証持ってないから居場所感知できないし。それにあなた、ワタシが連絡用の魔術仕込んだのに気づいて、解除しちゃったでしょ。出来るだけ害がないように気を使ってたのに」


 そういえば、クラーニャにもそんな魔術が仕込まれていたな。あれはサイカが魔王になってすぐで、誰が味方かわからない時代に仕込んだ魔術だったか。心情的にはわかるが、あまりよろしくないのは確かだ。

 

「あ、あれは……。いくら拙者でも、勝手に魔術を仕込まれるのは不本意ですぞ!」

「その点については謝罪するわ。ごめんなさい。あの時点では、誰を頼ればいいかわからなかったの」

「む……。そう素直に謝れられると、許さざるを得ませんな。しかし、同盟の件は……」


 素直に非を認められると弱いのである。私が言うことではないが、お人好しめ。


「人間との同盟はワタシが魔王としてやっていく覚悟の証よ。頑張って魔族と人間を共存させてみせるわ」

「しかしですな、人間は恐ろしい種族なのですぞ。下手をすれば魔族がこの世から消えることに……」

「人間の恐ろしさは百も承知よ。それでも、この方法をワタシは選んだの」


 屹然とした態度で、魔王としての自身の方針を話すサイカ。これだけ態度がはっきりしていると、クルッポも対応しにくそうだ。

 サイカは元人間だからな。私なんかより余程人間の事情に詳しい。この判断をする魔王としては歴史上最も相応しいだろう。それに魔王軍として一度決まった方針を覆すのは無理がある。

 そんな感想をいだきながら、二人の口論を見守る私である。それにしてもこのクッキー美味いな。

 

「バーツ様が前魔王として苦言の一つも言ったでしょう! 人間を悪戯に信用するのは危険だと!」

「全然。むしろバーツさんも、今回の件は賛成してくれたわ」

「なっ…………!」


 こちらを見るクルッポ。目を見開いている。鳥だからわかりにくいが、驚愕の表情だ。

 まさか私に話が向いてくるとは思わなかったが、ここは正直なところを話すとしよう。


「サイカは私では出来ないことに着手している。クルッポ、世界は変わりつつあるのだ、魔王軍も変わらなければならないと私は思うぞ。……このクッキー美味いな」

「それ、ヨセフィーナとサイカ様で作ったものです。もっと作りますか?」

「いいのか? せっかくだからフィンディへの土産に……」

「あの、雑に扱われてクルッポ様がちょっと可哀想なのですが……」


 見れば、クルッポがプルプル震えていた。真面目な話の時に食べながら話したのは流石に不味かったか。

 

「バーツ様……。バーツ様はもう忘れてしまったのですか。500年前、人間達が我ら魔族にどれだけのことをしたのか……」

「勿論、忘れてはいない」


 500年前、人間達の魔族狩りは執拗を極めた。戦う能力の無い魔族、女子供も関係なく探して殺された。魔族の隠れ里に死体の山が積み上がっているのは珍しい光景では無かったのがあの時代だ。クルッポは最前線でそういった魔族を出来る限り助け、逃していた。私以上に酷いものを見てきたに違いない。

 これは私が真面目に話をせねばなるまい。

 カップを置き、クルッポを真っ直ぐ見つめて話す。

 

「クルッポ、私はピルンともう一人の3人で、今の世界を見てきた。色々と問題はあるが、概ね平和だ。勇者と魔王が戦いを始めなければ、十分に魔族は人間と生きていける。現に同盟を組んだグランク王国はそうしているのだ」

「バーツ様は、拙者と大分違うものを見てきたようですな。拙者が見たのは、戦場でした」


 戦場の気配を追いかけて内戦中の大陸南西部にいればそうなるだろう。しかし、戦争をしているのはこの大陸ではごく一部の話だ。それに、その戦争に対してもグランク王国が解決の道筋を見つけつつある。

 

「お前が見た戦場もなくなる可能性が出てきている。後で詳しく話すが、勇者の方もある程度なんとかする目処がたっているのだ。クルッポ、気持ちはわかるが……」

「わかりませぬ!」


 私の諭す口調に対して返って来たのは、これまでになく感情的な絶叫だった。落ち着いた彼にしては珍しい、理屈ではなく、ただ心から発された叫びだった。

 

「バーツ様が仰るならそれは全て事実なのでしょう。しかし、拙者の中では500年前の光景が頭から離れぬのです。人間とは一時の友誼を結ぶことは出来ても、解り合うことが出来るなど、到底思えぬのです!」


 なるほど。ようやく私にもわかった。クルッポの中では500年前の戦いが今でも続いているのだ。彼はなまじ力があるために、あの時に救えなかった者、できなかったことへの後悔が強い。そして、人間への恐れも強いのだ。

 言葉で彼を納得させるのは難しい。かと言って、「このまま人間と魔族が共存していくのをゆっくり見守るといい」というのはもっと難しい。

 さて、どうしたものか。

 

「クルッポの言いたいことはワタシにもわかったわ。どうにかして、貴方の心まで納得させてあげたいけれど……」


 事情を理解したらしく、サイカも考え込む。あえて上から命令しないあたり、良い魔王だ。


「…………」


 私達が黙り込むと、ずっと静かに状況を見ていたヨセフィーナが呟いた。

 

「クルッポ。魔族なら、実力で覆せばいいんじゃない?」


 その言葉に全員が彼女を見た。

 そして称賛する。


「流石はヨセフィーナだ。たしかにそれが手っ取り早い」

「ありがとうございます。バーツ様……」

「実力、実力ね。いいわね、そういうシンプルなの」

「そうですな。拙者の力にて挑戦する権利を得られるのなら、一応は納得がいくというもの」


 納得する魔王軍の面々。

 それを見たピルンが焦りながら言ってきた。

 

「え、それで良いのですか? もっと、他の手段を探すべき局面では? 実際にグランク王国を見てもらうとか、考えれば色々と思いつくと思うのですが……」


 私はピルンに向き直って言った。

 

「ピルン。なんだかんだ言っても、私達は魔王軍なのだよ」


 気に入らないことを実力で覆す。この発想を持つ魔族は今も多い。

 そして、クルッポはその最先鋒なのである。

 いやあ、手っ取り早く解決できそうで良かった。

作品のシリアス成分を一人で担当するか如き存在のクルッポさん。

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