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57話「(元)魔王の帰還」

 魔王城に帰るという私の旅の目的は、割とあっさり達成された。

 ダイテツとその妃達による歓待を受けた二日後、私とピルンはサイカの用意した魔術によって魔王城に転移した。

 転移先にあったのは、美しい海だった。日差しは強く、砂浜は白い。

 

「ここは……向こうに島が見えますね。もしかして、ここも島ですか? 」


 周囲を見回しながらピルンが言った。海の向こう、見える範囲に多くの島々が見える。私達が転移した場所も低い山があったりするが、似たような場所の可能性が高いと判断したのだろう。

 

「正解よ。ここはグランク王国の東の海。グランク東諸島と呼ばれてる中のそこそこ大きな島ね」

「島か、まさかこんなところに転移していたとはな。これはサイカがやったのか?」


 寒く厳しい北の大地にあった私の時代とは正反対の場所だ。彼女の趣味だろうか。

 

「いえ、完全に偶然よ。ワタシが魔王になるのと同時に、魔王城もここに転移したの。幸い無人島だったから好きにさせて貰っているわ」

「東諸島はダイテツが貿易用に人をやったりしてはいますが、まだまだ無人島の多い地域ですからね。王国としてもここに付き合いの深い拠点が出来るのは都合が良いかもしれません」

「この世界、人の数が案外少ないのよね。人は大体、この四角い大陸に集中している感じで」

「他の大陸には、過去の魔王との戦いの影響がありますからね」


 基本的に魔王城は他の大陸に現れるため、私達が旅した大陸以外が主戦場になることが多い。それらの地域はフィンディ一人ではとても癒やしきれないくらい荒野が多く、発展が遅れている。古代から繰り返される戦いの影響のため、これは昔から変わらない。


「さて、バーツさん。わかってると思うけど、あそこにあるのが魔王城よ」

「ああ。少し形状が変わっているな」


 私達のいる海岸付近から見える低い山、その近くに城が見えた。山に比べるととても小さい上、私の知るよりも少し小さいが、見覚えのある形状だ。

 北の大地時代の魔王城は配下を全員内部に収容する方針だったので、どんどん拡大していき、城壁が何重にもあった。

 ここから見えるサイカの城は、角ばった黒い外壁の威圧感ある外見はそのままだが、城の高さも城壁も、私の時代より大分低いし薄い。

 

「この島に合わせて色々とリフォームさせて貰ったわ。ここなら城に集まって暮らさなくてもいいしね。人間と共存していくなら、魔王軍を収容するための広い敷地も分厚い城壁も必要ないと思ったの」

「なるほど。平和な時代が続くなら悪くないな。それで、ここから見えるのはサイカの計画の一環か?」


 そう言って私は今まさに港を作る工事をしている一画を指差した。砂浜にも何か施設を作っている。更に、ここから魔王城まで続くと思われる道沿いには宿泊施設などが作られつつある。それらの作業をする人員の多くは人間だが、中には私の知った顔もあった。

 既にここでは人間と魔族が共同で仕事を始めているのだ。

 

「そうそう。この島、結構広いし砂浜は綺麗だし、温泉もあるしだから、いっそリゾート地にしちゃおうと思ってね。ダイテツに手伝って貰って、色々やりはじめたところなの」

「リゾート地、ドワーフ王国のようなものでしょうか?」

「大体そんな感じよ。魔王軍の皆にも働き口を用意しないとって思ってね」

「上に立つものが変われば、方針も変わるものだな……」


 500年間、隠れ潜み続けた私とは大違いだ。勇者が現れない可能性が高い今となっては、かなり良い方向性に思える。

 

「偉そうに言ってるけど、ようやく工事にとりかかったところなのよね。詳しい話は魔王城の中で説明するわ。ほら、迎えも来たし」

 

 サイカの言葉通り、作りたての道を使って馬車がやってきた。

 問題は馬車を引くのは首なしの馬で、御者が鎧姿の首なし男性であることだ。紛れもないデュラハンである。見知った顔で、優しく無口で物静かな男なのだが、リゾート化した後は御者として働く気なのだろうか。

 

「デュ、デュラハンの馬車に乗って城に向かうとは珍しい体験ですね」

「魔王城ならではでしょ。大丈夫よ、バーツさんの人柄のおかげでみんないい人だから」

「私のおかげかはともかく、危険がないのはたしかだ。久しぶりだな、宜しく頼む」


 馬車に乗る際、デュラハンが私に一礼した。わざわざ横に置いた首を持って、深々と丁寧なお辞儀だった。

 物静かなデュラハンはそれから一言、

 

「魔王城に出発します」


 とだけ発言し、馬車が走り出した。

 

 ○○○

 

 魔王城まで短いがゆったりとした馬車の時間を楽しませてもらった。

 ここに来るまでの道はよく整備されていた。山の近くにある魔王城からは、海辺まで一度に見下ろせるので景色がとても良い。道沿いは木々を切り払って草原にされていたので、実に爽やかな気分を味わえた。

 なんでも魔王城の面々の力で木を切って、サイカ達の力で草原にしたそうだ。実に贅沢な力の使い方だが、戦いに使うより余程良い。

 馬車は私の時代と違ってたった一枚しかない城壁に到達した。防衛の役には立ちそうにないが、入り口としては十分な存在感だ。

 目を引くものとして城壁の門には「歓迎、バーツ様御一行」と書かれた看板があった。

 

「なんだこれは?」

「一応、バーツさんはこの城に泊まる最初のお客様ってことになってるからね。私達からのサービスよ」

「お客様……、関係者ではないのか」

「みんな、久しぶりの再会を喜びたいのよ」

「どうやら、バーツ様がいない間に皆さんの方向性もまとまったようですね」

「この世界で魔族が生きていくための選択というと大げさだけど。魔王として出来るだけのことはさせて貰うわ」

「魔族が生きていくか……。隠れ潜み続けるより、よほど明るい未来だな」


 城門がゆっくりと開いていく。城壁の向こうの景色が徐々に明らかになっていった。

 そこにあったのは噴水と庭園だ。庭園の向こうには私が知るより一回り小さい魔王城がある。 広い敷地だ。私の時は所狭しと施設が設置されていたものだが、それらが大胆に削られている。

 それにしても、見事に手入れの行き届いた庭園だ。魔王城の重厚な外見と不釣り合いなくらいに。

 これは、魔王城はもう人間の脅威に備える場所ではないという、城主の思想そのものの風景だ。

 

「城というより宮殿といった様子だな。小さくなっているし」

「城内に全員を住まわせる必要がなくなったからよ。皆、この島に来て集落なんかを作って貰ってるわ。さあ、こちらにどうぞ」

「立派な庭園ですね。短期間でここまで出来るとは、かなりの技術です」

「これはヨセフィーナの力だな。彼女は自分の影響下に置いた地域をある程度好きに操れる」


 ヨセフィーナは魔王城そのものといえる魔族だ。城から動けない代わりに、主から魔力を貰うことで領地を広げ、様々な施設を作成することが出来る。魔王軍の最重要人物であり、城内であれば魔王以外は彼女に勝つことはとても難しい。

 当の本人は基本的にとても可愛らしく内気な少女なのだが、怒ると非常に怖いので、城内の誰もが一目置いている。

 

「ヨセフィーナにはかなり活躍して貰ったわ。バーツさん、あの子にかなり好かれてるわね。連れてくるって連絡したら物凄く喜んでたわよ?」

「彼女は私が魔王になって最初に出来た友人だからな」

「それは是非お会いしたいですね。色々とお話も聞いてみたいです」


 庭園を歩きながら話す。しかし、私達以外誰もいないのはどういうことだ? これだけ心地よい空間なら誰かしらいそうなものだが。

 話しているうちに、私達は魔王城に到着した。城の大きさは変わっても、城門は変わっていない。恐ろしげな細工を施された、とても重そうに見える巨大で重厚な扉だ。

 

「魔王サイカが最初のお客様をお連れしたわ! 開門!」


 サイカが号令すると、重苦しい音と共にゆっくり門が開いていく。

 門の向こう、城内の最初の空間は広いホールになっていた。

 そこには所狭しと、懐かしい面々が並んでいた。全員、こちらを見ている。私のよく知る、魔王城の元配下達だ。恐らく、作業の当番以外は全員ここで待っていてくれたのだろう。

 居並ぶ魔族たちの中から、ラベンダー色のヒラヒラした服を着た少女が前に歩み出て来た。

 ヨセフィーナだ。変わった服を着ているが、切りそろえた漆黒の髪とか細く繊細な見た目は変わらない。元気そうで良かった。

 

「おかえりなさい、バーツ様。みんな、貴方のお帰りをお待ちしていました……」


 大勢の魔族がいるにも関わらず沈黙した空間に、ヨセフィーナの細い声が染み渡っていく。彼女の声は、城内に限ってはよく通るのだ。


「…………」


 城内は静寂に包まれたままだ。横にいるサイカが私に向かって何かを促すような視線を寄越してきた。わかっている、皆、私の言葉を待っているのだ。しかし、こういう時にふさわしい言葉を、私はあまり持っていない。さて、どうしたものか。


「……ただいま」

 

 しばらく悩んだ末に、私はようやくその一言を絞り出したのだった。

感想欄で皆さんが思った以上に良い所をついてきてくれて驚きました。

バーツさん、魔王城へご帰還です。

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