56話「そして、魔王城へ」
グランク王国の王城は広大な敷地を持つ。歴史的な街並みが保存されている旧市街の中心に位置し、内部には森に庭園、博物館、美術館、各種行政施設、商店が存在し、更にそれらで働く人々の宿舎を持つため、一つの街ともいえる規模である。
中心にある王城は白を基調とした優美な外見をしており、城壁の外からその細長い姿を見ることが出来る。
私とピルンはその王城の近くにある施設を訪れていた。
魔境での戦いを終えてから、すでに一週間が経過している。
私達はサイカの魔術で魔境から王都に直接帰還。キリエを運び込む傍ら、クリアトの配下を連行し、その後の展開を待つ形となった。
この一週間、魔境行きのメンバーの中で一番暇だったのが私だ。
フィンディはダイテツと共に王城内に入り、キリエの治療にあたった。たまに顔を出すが、忙しそうだ。
サイカはサイカで魔王軍とグランク王国の同盟のためにあれこれをやっているようだった。こちらもたまに顔を出すが、忙しそうだった。
ダイテツは言うまでもなく王としての仕事がある。
今後の話は状況が少し落ち着くまで待ってくれとのことで、私だけ何となく暇を持て余してしまった。
幸い、気を利かせたピルンが王都の案内を買って出てくれたので退屈することはなかった。おかげで色々と興味深いものが見れた。
一週間が経過し、そろそろ観光にも限界が、と思ったところで、ダイテツから王城に来るようにと連絡があったのである。
私はピルンの案内で指定された場所、王城近くの小さな研究施設にやって来ていた。何でもダイテツの妃の一人が個人的に所有している場所で、キリエはここに運び込まれたらしい。きっとフィンディもここにいるだろう。
「よう、一週間ぶりだな。悪いな、あれだけ手助けしてくれた恩人を放置しちまって」
中に入ると、すぐにダイテツとサイカが迎えてくれた。
どういうわけか、ダイテツは全身傷だらけで正座していた。
「いや、私は王都を観光できたから別にいいのだが……何があった」
「家庭の事情だ」
「臣下も奥さんも置いて魔境に攻め込んだでしょ? 奥さん達がこれ以上ないくらい怒ったのよ。今、反省中よ」
なるほど。やはり国王自ら動くのは不味かったか。しかし、王がこの扱いで良いのだろうか? いや、それこそ家庭の事情か。深入りすべきではない。それが良い気がする。
「それにしても大分ボロボロだが。大丈夫なのか?」
「問題ありません。よくあることです。ほら、ダイテツも座ってないで立ってください。わたし達に反省の意を示すために呼んだわけではないでしょう?」
「ありがたいぜピルン。許可が出るまで立つなって言われててよ……」
ピルンに言われてヨロヨロと立ち上がるダイテツ。なんか、クリアトと戦った時よりも疲労しているな。付き合いの長いピルンが心配していないから、平気だとは思うが。
「大丈夫か? 良ければ治療するが」
「いや、いい。実際、王たる俺が勝手に動いたのが悪いしな。このくらいで済むなら安いもんだ」
「そうか……。それで、奥さん達はどうしたんだ?」
ダイテツをこの状態にした3人の妃、ちょっと会ってみたいものだが、姿は見えない
「バーツさん達の歓迎の準備よ。その間にワタシ達が色々と説明するの。こっちよ、フィンディが待ってるわ」
「歓迎の準備か。騒がしいのは苦手なのだが」
「そう思って身内だけのパーティーにしてあるぜ。安心しな」
おお、私の好みを把握している。その観察眼は流石大国の王というところか。
「とても助かる。ダイテツ、ふらついているな。やはり治療を……」
「いいんだ。これもまた愛ってやつだ」
「そうなのか? よくわからないな」
「後で奥方様に治療して貰ってイチャイチャしたいだけなので、気にしないで良いですよ」
「なるほど。そういうことか。仲が良くて結構なことだ」
「近くにいると見せつけられるから、結構面倒よ、実際」
目の当たりにしたらしいサイカがうんざりした様子で言った。
○○○
向かった先は研究所の地下だった。広い空間の中央に一つのものが置かれている。
一週間前に魔境で見た、キリエの封印された水晶だ。
キリエの水晶は床に刻まれた魔術陣の中心に安置され、静かに時を過ごしていた。魔術陣は非常に精緻なもので、私にはそれがフィンディの作品だとひと目でわかった。
そして何より、杖を手にしたフィンディが水晶を前に作業をしていた。ここは実質、彼女の仕事場だ。
「うむ。二人とも来たようじゃな。すまんのう、少しばかり状況を落ち着かせるまで時間がかかったのじゃ」
私達の来訪に気づいたフィンディが杖をしまい、そんなことを言う。彼女にしては珍しく、苦戦しているようだ。
「まだ水晶の中だな、難しいのか」
「うむ。すぐに解除することも出来るのじゃが、なにぶん15年もこの状態じゃからな。念のために少しずつ術を解除しておるのじゃよ。この分だと、目覚めるのは2週間後くらいかのう」
フィンディにしては慎重だ。いや、そうではない、元来、神から癒やしの力を与えられている彼女は慎重にことを運ぶことが出来るのだ。一緒に旅をしていると忘れるが、500年かけて砂漠を大森林にするなどの実績もある。
「キリエさんと話せるのは2週間後ですか。楽しみですね、ダイテツ」
「ああ、15年待ったんだ、2週間なんて待ってるうちに入らねぇ。ゆっくり待とうぜ」
ダイテツとピルンにとっては念願の再会だ。出来れば私もその瞬間に立ち会いたいものだ。
「キリエさんについてはそんなところね。それじゃ、ここに集まって貰った目的を果たしましょ」
「目的? 封印の解除についてと先程の宴の件だけではないのか?」
「他にも何点かあるのじゃ。そこで休憩できるようになっておる。待っておれ、お茶の準備をするのじゃ」
フィンディが指し示した先、部屋の隅にテーブルなどが用意されていた。茶器などはフィンディの私物が置かれている。他人の研究施設だが、かなり好きに使わせて貰っているようだ。
「あ、わたしがやります。フィンディ様も座っていてください」
声をかける間もなく動いたピルンのおかげで、10分もしないうちにお茶の用意が完了した。
紅茶とコーヒーの香りが混ざる中、水晶の中のキリエを横目に私達は話し合いを始めた。
「では改めて。バーツ、フィンディ、サイカ、ピルン。今回の件について礼を言わせてくれ。グランク王国の国王としてだけでなく、俺個人としても感謝している。本当に、ありがとう……」
そう言って、ダイテツは深く頭を下げた。礼を言う相手に長年の友人であるピルンまで入っているのに彼からの誠意を感じる。
「なに。私は冒険者として依頼を果たしただけだ。なあ、フィンディ?」
「うむ。ワシがあと少しばかり仕事をしたら報酬を頂くだけじゃのう」
「わたしもキリエさんを救出できて安心できました。それで十分です」
「ま、これで魔王軍と同盟組んでもらうんだから、このくらいはするわよ」
それぞれ反応を返したが、ダイテツは頭を下げたままだった。
しばらくして顔を上げると、そのまま彼は状況の報告を始めた。
「それで、その後の報告だ。まだ一週間だから、全部片付いたわけじゃないんだけどな」
「そういえば、わたしが手伝わなくて良かったんですか?」
「ピルンには休んで欲しかったんだ。諸国を旅させた後にあの戦いだったからな」
言われてみれば、ピルンは私達と会う前から休みなく動き続けている。休暇は大事だ。私も気をつけよう。
「ピルンの休暇のおかげで王都を楽しませて貰ったよ。それで、報告とは?」
「魔境についてだ。クリアトは倒したが、その部下は残っている。道中すっ飛ばしたしな」
「そういえばそうじゃったのう。生き残りの連中はどうなったんじゃ?」
「軍を動かしたりして、降伏勧告だな。逃げる奴らもいるだろうし、戦う奴らもいるだろう」
「何なら私達も手伝うが?」
親玉のクリアトを倒したのに、その部下と戦って命を落とす者がいたりしたら面白くない。どうせなら手伝ってしまった方が良いだろう。
「必要に応じて手伝いを頼む。だが、基本的には王国内の人材でどうにかなりそうだ。優秀な冒険者が多いし、クリアトの配下で厄介なのは全部城にいたからな」
「とりあえず、魔境の方は掃討が始まってるってことね。捕まえた連中についてはグランク王国の法によって裁きにかけて貰うわ。当然、魔王軍としてはグランク王国を支持します」
「それがいい。あんな連中と一緒にされてはかなわないからな」
サイカもダイテツも多くは語らなかったが、ウズィムをはじめとした捕らえた魔族達は順番に処刑されるようだ。こればかりはどうしようもない。奴らは悪事を重ねすぎた。
「そうだ、ダイテツ。もし、魔境の魔族にクリアト達の下で無理矢理働かされていた者や悪事に手を染めていない者がいたならば、温情のある対応をお願いしたいのだが……」
虫の良い話だが、お願いしておこう。魔境の魔族は大所帯だ。中には戦闘できない魔族もいるだろう。得てして、戦闘能力の低い魔族は気が弱かったり、善良だったりするものだ。利用されただけの者もいるだろう。
「わかった。完璧にとは言えないが、出来るだけ頑張ってみる。もしかしたら、魔王城に移住を頼むかもしれないが、いいか?」
「了解よ。それでやっぱり悪いやつだったら、こっちでどうにかしておくわ」
二つ返事で私の提案は聞き入れて貰えた。とりあえずは一安心といったところか。
「やれやれ。相変わらずお人好しじゃのう」
「すまない。どうしても気になってしまってな……」
呆れながらも笑みを浮かべつつ、フィンディは紅茶のカップをテーブルに置いた。
「なに、バーツらしくて良いのじゃ。魔境の件はこれで終わりじゃな。では、次の話じゃ」
「まだ話があるのか? 報酬なら先程言った温情の件で……」
「そうではない。バーツ、お主は一度、サイカと共に魔王城に帰るが良い」
「む……。そうか、そうなるか。……私は魔王城に、帰れるのだな」
そもそもクリアトの件があったために、私が魔王城に行くのが後回しになっていたのだ。
それが片付いた以上、私が魔王城に向かわない理由はない。
荒野に放り出され、かつての配下達と再会するために始めたこの旅だが、当初の目的を果たす時が来たのだ。
せめて別れの挨拶くらい、そう思って旅を始めたのを思い出す。
魔王城に帰り、かつての配下達に、今後は魔王サイカの下で過ごすように伝えよう。彼女なら私以上に魔王軍の皆を上手く導いてくれるだろう。
「サイカ、魔王城への案内をお願いできないか? 皆に会って話をしたい」
「喜んで。みんな、バーツさんに会いたがっているわ」
そんな風に魔王城へ帰る約束を取り付けていると、ピルンが遠慮がちに発言してきた。
「あの、わたしも同行をお願いしたいのですが。今のわたしはバーツ様の配下ですので……」
私は当たり前のようにピルンがついてくるものだと思っていたが、彼はそう思ってくれなかったようだ。こういうのは口に出して言わないと伝わらないものだ。気をつけよう。
「サイカ、ピルンも頼めるか? 彼は私の配下であり、友人だ」
「勿論、ピルンさんなら大歓迎よ。是非一緒に来てちょうだい」
これで良し。私達の会話を眺めていたフィンディが満足気に頷きながら言う。
「うむ。話はまとまったようじゃの。ワシは念のため、キリエが目覚めるまでここを動かぬようにするのじゃ。ワシ無しで寂しいじゃろうが、久しぶりの再会を楽しんでくるが良い」
「すまない。彼女が無事に目覚めたら、フィンディも魔王城に来てくれると嬉しい」
「魔王城でも歓迎パーティーが必要そうね。まあ、賑やかでいいことだわ。バーツさん、いつ頃出発する?」
いつ頃か……。すでに一週間暇を持て余した後だ。私は荷物も少ない。気力体力時間、全てが十分にある。今すぐ魔王城に向かってもいいくらいだ。
「すぐにでも大丈夫だ。あまり持ち物がないのでな。そうだ、城に行ったら私物を回収しなければ」
元祖クルッポ抱枕をはじめとして、魔王城には私の私物が色々ある。忘れずに持って帰ろう。
私がそう言うと、サイカが申し訳なさそうに手を合わせて謝罪してきた。
「あー、ごめん。魔王城、ちょっとリフォームしちゃったの。それで、バーツさんの荷物は全部倉庫に突っ込んじゃった……」
「なんだと……」
私の思い出の品、愛用の品の数々が倉庫に押し込まれてるとは。いや、今の魔王はサイカなのだから文句はいえない。むしろ魔王の性格次第では無くなっていてもおかしくないのだから、保管されているのを感謝すべきだろう。
とはいえ、これは是が非でも確認にいかなくては。
「サイカ、最速でいつぐらいに出発できる?」
「え、まあ、ワタシはここでやること、もうそんなにないから荷造りだけして……。そうね、これからダイテツの歓迎パーティーもあるんだし、明後日でどうかしら?」
そうだった。グランク国王主催の宴を断るわけにはいかない。今すぐというのは無茶すぎた。
「宜しく頼む。ピルン、大丈夫か?」
「お任せください。万事用意しておきます」
流石、頼もしい配下だ。
「何とも慌ただしいな。ま、俺も人のことは言えねぇけどよ」
「バーツ、こちらの作業に目処がついたら連絡をする。積もる話もあるじゃろう。ゆっくり過ごしてくるがよい」
フィンディがこれまでに無いくらい優しい表情でそう言った。
「ああ、そうさせてもらうよ」
私は静かに頷いた。
いや、ほんと大丈夫だろうか。私の私物。
そんなわけで、バーツさんが遂に当初の目的地、魔王城に到達します。




