54話「魔境へ その3」
「お主らは下がっておれ。その方が安全じゃ!」
フィンディがピルン、ダイテツ、サイカの三人を後ろに下がらせる。私達と敵との距離は20メートル程。魔術でも武器の達人でも、目の前にいるのと変わらない距離だ。ここでの戦闘に巻き込むのは望ましくない。
「どうしました? かかってこないのですか? それなら……」
「いや、その前に、始末すべき者がいるな」
私は素早く鎖の魔術を発射し、隠形で隠れていた魔族を捕獲する。
不意打ちになったのだろう。逃げる間も無く魔族は魔術に絡め取られた。
間髪入れずに強めの電撃を流す。
「あばっ……」
悶絶する間すら与えられずに、隠れていた魔族は気絶した。多分、死んでいないはずだ。
「なっ……」
「どうした? かかってこないのか? 私達を相手に隠形が通用するとでも思っていたか?」
「なめられたもんじゃのう……」
勿論、隠れている敵にはフィンディも気づいていた。彼女は目の前の連中を警戒してくれていたのだ。当然、彼女特有の物騒な魔術を準備しているのは言うまでもない。
「なかなかやるようですが、相手は所詮魔術師、この距離と人数を相手に勝てると思わないことです!」
一勢にウズィム達が動き出す。
先程の会話やこの態度から察するに、連中はフィンディの正体に気づいていない。恐らくダイテツによって情報から隔絶されていた影響だ。田舎者め、目の前にいるエルフはこの世界で最も危険な戦闘者の一人だぞ。
私の正体に気づかない件については、まあ、仕方ないとしておこう。
どちらにしろ、サイカを見て魔王だと気づけなかった時点で、こいつらは大した魔族ではない。
「バーツ! その鎧はお主にくれてやるのじゃ! ワシは他の連中を叩く!」
「わかった。感謝する」
私はウズィムと、フィンディはそれ以外。配分が均等ではないが、ここは彼女にストレス解消させてやろう。久しぶりに良い表情をしている。
「面白いことを言ってくれますねぇ」
私達のやり取りを聞いたウズィムが一瞬で距離を詰めて私に斬りかかってくる。両手にそれぞれ曲刀を持ち、鎧に刻み込まれた魔術を併用しての高速の斬込みだ。
しかし、その程度の攻撃を受ける私ではない。手早く防御障壁を展開して攻撃を受け止めた。
「ほう、私の一撃に反応するとは。なかなか戦い慣れていらっしゃる」
「あまり戦いは好きではないがな」
素早く距離を取りつつウズィムが言った。いい動きだ。先程の一撃を見て警戒しているのだろう、戦闘では慎重に立ち回るタイプと見た。
いや、違った、ウズィムの後ろから配下が回り込んで、私を狙って来ている。自分を囮にして戦うとは、なかなか上手いことをするものだ。
だが甘い。回り込んできた小さな魔族は、魔術のロープで絡め取られてどこかに行ってしまった。
フィンディの仕業だ。この様子なら、無理矢理にでも自分の戦場を作ってくれるだろう。
彼女に関しては心配いらない。強力な魔族程度に後れを取る神世エルフではない。
実際、すぐに敵の悲鳴が聞こえてきた。
「へっへっへ、子供をいたぶるのは久しぶりだぜ。いい悲鳴を聞かせてくれよ。ぬほおおおお!」
「悲鳴を上げるのはお主のほうじゃったな……。というか、いきなり人を子供扱いしおって、失礼な奴じゃ。ほれ、全員一勢にかかってくるが良い、死なない程度に痛めつけてやるのじゃ」
いい挑発だ。一人見せしめにした後にやったことで効果を増している。
悪党なりに仲間意識はあるらしく、魔族達は怒りに燃えてフィンディに襲いかかる。
剣、弓、槍、鉤爪、魔術。高度な戦闘能力に裏付けされた攻撃が、同時に彼女に殺到する。
「いつまでよそ見をしているのですか。 もしかして、馬鹿にしているのですか?」
フィンディの戦いを眺めていたらウズィムに怒られた。完全に見学モードなのが伝わってしまったか。
「なんだ、その程度もわからないのか?」
私の挑発に対して、ウズィムは曲刀で答えた。今更だが、奴の持つ曲刀はどちらもなかなか強力な魔剣だ。きっと自慢の逸品だろう。
「お覚悟!」
二刀を構えて、再び高速で私目掛けて斬りかかってくるウズィム。
強力な戦士というのは大体、何らかの肉体強化の魔術で自身の能力を底上げしている。ウズィムは鎧の魔族だ。肉体への負荷を考えずに強化魔術を行使できるため、攻撃の際の加速は凄まじい。10メートルくらいの距離なら、瞬時に詰めてくる。
しかし、魔力探知に優れる私からすれば、それらの行動は魔力の流れで予測できる。ウズィムの周囲で魔力が膨れ上がった瞬間に魔術障壁を展開。
私の周囲に張られた防御障壁によってウズィムの曲刀は防がれる。当たらなければ、どうということはない。
攻撃を防がれたウズィムは素早く私から離れた。鎖の魔術を警戒しているのだろう、一箇所に留まらない方針のようだ。
「な、なかなかの反応ですね。しかし、防御だけでは私を倒すことは出来ませんよ」
「では、攻撃しよう」
リクエストに答えるべく、私は神樹の枝に軽く魔力を流す。
そして、攻撃の意志を乗せた白銀の光弾を発射。
狙いはウズィムの正面。曲刀で受けやすいように、速度も調節しておいた。
「フッ、遅いですな!」
余裕を含んだ声音と共に、ウズィムが右の曲刀で光弾を迎撃した。
光弾を切り払うと同時に、曲刀の刀身が消し飛んだ。
よし、上手くいったぞ。
「な、私の愛刀が……。あんな他愛もない魔術に……」
「他愛もなかったのは、お前の武器のようだな」
絶句するウズィムに言ってやると、こちらを睨んできた。兜の奥に見える、暗く赤い双眸が物凄い圧力でこちらを見ている。かなり怒らせたようだ。きっと大事なものだったのだろう。いい気味だ。
いつもならこうして戦力差を示した後に降伏勧告する私だが、今回はしない。これまでの犠牲者のためにも、こいつらには少しでも痛い目にあって貰う。
「どうした。まだ武器が一本無くなっただけだろう? それとも、剣が2本無いと不安で戦うことも出来ないか?」
「調子に乗りすぎですよ、アナタは! 死になさい! 死を運ぶ翼・刹那の時に・我が身を持ちて!」
ウズィムが魔術の短文詠唱を唱えると、彼の鎧の全身の魔術陣が光り輝いた。長い時間をかけて自らを改造したのだろう、なかなか緻密な魔術陣だ。
次の瞬間、ウズィムの鎧の肉体がバラバラになった。鎧が部品ごとになり空中に浮かんでいる。そのどれもが強い魔力を帯びているのが特徴だ。
「全身を分割して飛ばして攻撃する、鎧ならではの魔術だな」
「のんきに感心していられるのは今のうちですよ。ただの部品ではありません!」
空中に浮かぶ頭部が叫ぶと同時、浮かんでいるウズィムの全身各所から魔力の刃が生まれた。なるほど。自分の全身を刃にして襲いかかるというわけか。
この魔術に奴は魔力の殆どをつぎ込んでいる。間違いない、切り札だ。
「我が愛刀アマンの仇、速やかに討たせて頂きます!」
叫びと同時に、ウズィムの全身が私に殺到した。全方位、あらゆる方向から私目掛けて魔力の刃が殺到する。刃は鋭く、力強い。大抵のものならズタズタに切り裂くことができるだろう。
残念ながら、相手が悪い。私は落ち着いて防御障壁を展開した。
ウズィムの捨て身の攻撃は、全て弾き飛ばされる。防御障壁の強度は術者の魔力量と技術に比例する。私とウズィムでは比較にならない。
「ば、馬鹿な! そんな強度の防御障壁を展開できる魔術師など、聞いたことが無い!」
「聞いたことが無くても、ここにいるぞ。……少しじっとして落ち着くがいい」
神樹の枝から鎖の魔術を大量に放つ。鎖の一つ一つが丁寧にウズィムのパーツを巻き取り、狙い違わず全てを確保する。今ので魔力を使いすぎたので、ウズィムの動きが鈍くなっていたので簡単だった。
「終わりだな。相手の実力を見極めきれなかった自分を恨むといい」
「ぐっ。おのれ……しかし、まだ終わりではない。他の者が……」
「いや、終わっているぞ」
「へ……?」
間抜けな疑問符で返したウズィムの頭部を動かして、周囲の状況を把握させてやる。
既に、フィンディによって彼と共に現れた魔族は全滅していた。いや、かろうじて死んではいない。どれも焼け焦げたり、切り裂かれたりしているが、フィンディの加減のおかげで一命を取り留めているようだ。
ここまで見事に瀕死にして回るとは思わなかった。神世エルフ、いや、フィンディ恐るべし。今後も怒らせないようにしよう。
「どうやら、終わったようじゃのう。他はワシが先に片付けておいたのじゃ」
「すまない。流石にフィンディの方が手際がいいな」
「戦闘の手際で褒められてもあまり嬉しくないのう……」
そんな会話をしていると、上空から声がした。
「フォッフォッフォ、苦戦しておるようじゃのう。ウズィムよ」
見ると、空にローブを着た魔術師が浮かんでいた。顔はわからないが発言の内容を察するに、ウズィムの仲間だろう。
それと同時に城門からも一人の魔族が現れた。こちらは4メートル近い巨体の魔族で、武器は持たずに粗末な鎧だけを身につけている。
どちらも大きな魔力を持つ、上位魔族だ。
「おお、あれこそクリアト三人衆の残り二人、魔術鬼アッゴスと戦鬼ゴズグル! 貴様らも終わりですよ、私などあの二人の足元にも及ばないのですから」
「そうか、厄介だな」
「うむ。そうじゃな」
嬉しそうにやかましく喋るウズィムの忠告を聞いた私達は、即座に行動に移った。
魔術鬼アッゴスはフィンディの放った光弾によって防御障壁を貫かれ、魔術が直撃、そのまま地面に落下した。全身から煙を上げて、そのまま動かない。
戦鬼ゴズグルは私の鎖の魔術で捕獲した後、電撃を食らわせながら、何度も地面とクリアト城の外壁を往復させて、最後は庭の端っこに放り投げた。こちらもそのまま動かない。
魔力の反応はあるので、どちらも死んではいないが、戦闘不能だ。
「あっ…………」
一種の出来事にウズィム(頭部)は呆然としていた。
「クリアト三人衆、破れたりじゃな。ほれ、バーツ。最後の一人をどうにかするのじゃ」
「承知した。なに、命までは取らない。見たところ、鎧の生命体のようだな。魔力の流れに細工して、極端に弱まってもらおう」
言いながら神樹の枝をウズィムの頭部に押し付ける。こいつは今もバラバラだが、魔術的には他の部品と繋がっている。それを断ち切った上で、魔力の流れを悪くしてやれば、かなり弱体化させることができる。
「や、やめろっ。やめてくれっ。頼む、頼む!」
「そう言って、命乞いする相手にお前は情けをかけたことがあるのか?」
「…………」
私は命までは取らないが、容赦はしない。迷わずウズィムの魔力を活動できるギリギリの水準まで消し飛ばした。これでもう、首を動かすだけで精一杯だ。
「よし、終わりじゃな」
「そうだな。念のため、目覚めないように魔術をかけておこう」
「そうじゃな。さっさとやってしまうのじゃ」
戦闘を終えた私達は、倒れた相手が目覚めないように魔術で眠らせた。死なないように弱らせたままなので、眠りというより封印の魔術だ。こいつらが次に目覚めるのは、グランク王国の裁きの場だろう。
一仕事終えた私達は、後ろで待機しているダイテツ達のところに戻ることにした。
「とりあえず一通り片付けたが、こんな感じで良かっただろうか?」
「あ、はい。十分です。バーツさん、フィンディさん」
どういうわけか、ダイテツが敬語になっていた。




