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53話「魔境へ その2」

 隠形を使って空を移動したおかげで、あっさりとクリアトの城に到着した。

 我々はそのまま隠れ潜みながら、周囲の偵察を行うことにした。

 中央山地を背後に抱えたクリアト城は真っ黒でおどろおどろしい見た目だ。悪い魔族の城だからと言って何も外観までそうしなくてもいいだろうに。しかし、重要施設を作りやすい立地なのはわかるが、中央山地の付近は面倒なものが多い。良い印象を持ちにくい地域である。


 クリアト城の前は何もない広い庭になっていた。あるのは城門へ真っ直ぐ伸びる長い道と地面だけ。正面突破をかければ、城からは丸見えだ。

 あまりにもすっきりした庭なので、罠でもあるのではないかと思い、私とフィンディで調べてみたが、特に罠は見つからなかった。

 

「ふむ、城の入り口まで罠らしいものはないな。ここまで無防備なのは自信の現れか……」

「罠なら城内にわんさかあるさ。ま、バーツの言うとおり、自信があるんだろうな。来るなら来いってな」

「それは面白いのじゃ。望みどおり正面から打って出るとするのじゃ」


 そう言いながら、てくてくと歩き出すフィンディ。

 クリアトよ、約一名、こちら側にも自信のある人物がいるぞ。多分、敵に回すと不味い相手だ。

 

「ちょ、いいの? いくら予定通りだからって流石に無防備すぎない?」


 私の隠形から出て歩き出したフィンディにサイカが驚いていた。私とピルンは完全に彼女の行動を受け入れているので新鮮な反応だ。


「そういう話だからいいだろ。それにやばくなったら皆で一度引き上げるだけだ。バーツ、隠形を解いてくれ。俺の顔を見ればクリアトも反応するはずだ」

「承知した。よし、行くぞ」


 依頼主から許可が出たので、隠形を解除する。これで全員、クリアト城から丸見えだ。魔術による射撃でもあるかと思ったが、城からの反応は何もない。

 

 私達は城の敷地内、城門への道をゆっくりと歩く。城までおよそ50メートルのところで、金属の擦れる不快な音と共に、城門が開いた。

 城の中から複数の影が歩み出てきた。どうやら歓迎してくれるようだ。

 現れた魔族の数は7人。いや、8人だ。一人、隠形の魔術で隠れている。残念ながら私の魔力探知の前では無意味だ。不意打ちでも仕掛けるつもりだろうか。

 魔族達の中心にいるのは黒い全身鎧の魔族だ。鎧はよく見ると傷だらけで、隙間から赤い光が覗いている。風騎士ラルツを想起させる外見だが、いかにも邪悪で不吉な印象を撒き散らしている点が大きく違う。

 恐らく、中になにもいない鎧が本体の魔族だろう。


「ウズィムの野郎、生きてやがったか」


 鎧の魔族を見て、ダイテツが吐き捨てた。


「知り合いか? その言い方だとあまり良い思い出はないようだが」

「わたし達と共に戦った、アッシュという冒険者を殺した奴です。アッシュは、わたし達の兄貴分みたいな人でした……」


 ピルンがいつの間にか手にしていた短剣を握りしめながら言う。彼にしては珍しく、感情を押し殺した声音だ。

 ウズィムと共に出てきた残りの魔族は大きいのが3人、普通のが2人、小さいのが1人。それと隠れているのが一人。それぞれ、なかなかの魔力を持っている。魔王城の5大魔族ほどではないが、冒険者が一度に相手をするのは難しい戦力だろう。

 

「これはこれは、ダイテツさんではありませんか。国王になったと聞いておりますが、お忙しいのでは?」


 私達の前までゆっくり歩いて来ると、ウズィムが甲高い声で出し抜けに言い放った。 

 武人みたいな外見の割に嫌らしい喋り方だ。魔族にも色々いるが、こういう印象の相手とは友好的な関係を結ぶのは難しい。

 

「まあな、忙しすぎてここのことを忘れちまってよ、思い出すのに15年もかかっちまったぜ」

「おやおや、それは何と薄情な。彼女が悲しみますよ」

「なんだとテメェ!」

「ダイテツ、落ち着いてください。安い挑発です」


 ピルンに諌められるダイテツを見て、ウズィムと周囲の魔族が低く笑った。嫌な笑い方だ。

 

「クフフ、相変わらず元気そうで何よりです。道中の部下に気づかれること無くここまで来たのは大したものですが、たった5人しかいないとは。人望の方は成長しなかったようですねぇ」

「何言ってやがる。お前らなんて、ここにいる5人で十分だってことだよ」


 まあ、フィンディに私、それに新魔王までいるからな。しかし、このウズィムという者、私とフィンディの正体はおろか、サイカが魔王であることにすら気付く様子がない。情報が遅いのか、驚くほど鈍感なのか、どちらだろうか?

 

「まあいいでしょう。腰抜けの『北の魔王』が去り、新たな魔王が現れました。ようやく魔族の時代が戻ってくる良い頃合いです。貴方の手腕によってこの15年、ろくに実験も出来ませんでしたからねぇ」


 どうやら魔王の復活は感知しているらしい。しかし、腰抜けとは失礼な。私は戦うのが嫌いなだけだ。戦うのが好きなのはさっきから口を挟みたくてウズウズしている隣の神世エルフの方だというのに。


「実験か、ろくでもなさそうなもんじゃのう」

「自らを強める実験ですよ、エルフの少女。そう、あそこにあるのがその残骸です」


 いきなり口を挟んだフィンディを気に留めることもなく、庭の片隅を指差すウズィム。

 指し示された先には、大量の骨が積み上げられていた。

 形も大きさも様々な、とにかく大量の骨だ。どれも、獣ではなく人型の種族。どのような経緯でそうなったのかはわからないが、聞いて楽しい話でないのは間違いない。

 幸いなのは新しいものが少ないことか……。

 

「最近のものは少ないようだが……。酷いな……」

「酷いのはそこの人間ですよ! 国王になるなり見事な手腕でこの地を隔離したのですから! おかげでこの15年、実験素材といったら命知らずの冒険者と裏稼業の商人から調達した者だけです」

「……犠牲者をゼロに出来なかったのが残念だよ」


 底冷えのする声でダイテツが呟いた。この国の事情には詳しくないが、間違いなく彼はよくやったのだと思う。

 私達が怒りを覚えているのが嬉しいのか、実に楽しそうな口調でウズィムが言葉を続ける。


「ですが。ここに新たに5つ実験体がやってきました。数は少ないですが、申し分の無い個体達です。貴方達の死体を晒して、実験再開の合図としましょう。あんな風にね!」


 今度は城門のやや上を指差すクリアト。

 そこにあったのは錆びついた剣で貫かれた、鎧を着た人間の骨だ。串刺しになっている。剣と鎧の様子から大分長いことあの場所に晒されているのがわかる。

 あんな場所に置かれていればあっと言う間に崩れ落ちそうなものだが、不思議なことにしっかりと骨格が残っている。

 理由は簡単だ、あの遺骸からは魔力を感じる。あえて、あの状態で魔術を使って保存し続けているのだ。

 遺骸をしばらく眺めたピルンが、絞り出すような声で言った。


「あの剣と鎧、それに体の大きさ、アッシュです……」

「アッシュ先輩……なんてことしやがる……」

「待て、二人共落ち着くんだ」


 かつての仲間への扱いを見て、武器を手に動こうとしたダイテツとピルンを手で制す。

 ここはまだ、彼らが戦う場所ではない。目の前の連中は親玉であるクリアトではなく、単なる前座なのだ。

 二人を手で制した後、私は一歩前に出た。フィンディも一緒だ。彼女は杖を持って既に臨戦態勢、やる気は十分のようだ。

 こんな前座で時間をかけるわけにはいかない。私とフィンディで手早く片付けてしまおう。

 

「ダイテツの出番はまだ先だ。ここは私達に任せてもらおう」

「うむ。それが良いじゃろう。ワシらへの手助けは無用じゃぞ」

「え、ワタシも援護くらいできるけど? いいの?」

「温存しておいてくれ。それは城内でお願いしたい」


 サイカに言いながら私も神樹の枝を掲げる。

 

「ははっ、これは面白い。たった二人で私の相手をするつもりですか? しかも魔術師が? 戦力差がわかっているのですか?」


 大笑いするウズィム達。どうやら彼は勘違いしているようだ。戦力差がわかっていないのは自分達だと言うことを。


「悪いことは言わない。全員でかかってくるがいい」


 目の前の魔族達が怒りに包まれた。安い挑発に乗ってくれるものだ。

 

「む、珍しく好戦的じゃの。お主のことだから、まずは交渉でもするかと思っておったのじゃが」

「私だって交渉する相手くらい選ぶ。正直、こいつらは痛めつけて命乞いさせた上で皆殺しにしてやりたい気分だな」


 私の言葉が聞こえたらしい。ウズィム達が一斉に臨戦態勢に入った。


「いいでしょう。まずはひ弱な魔術師二人からお相手しましょう。望み通り、私達全員でね」

「好きにするがいい……」


 能書きを垂れる前に、襲いかかってくればいいだろうに。


 大森林の国カラルドの貴族ラインホルストはピルンを拉致したが、誰も殺していなかった。

 双子の国エリンとラエリンで現れた魔族ゴードは人間同士の戦争が起きる前に捕らえることが出来た。

 黎明の国ドーファンで悪事を働いた魔術師ザルマは街に被害を与える前に未然に防げた。

 ドワーフ王国で戦った古代魔獣は交渉の余地がなかった。

 

 私は出来るだけ殺生はしないように心がけているが、目の前にいる魔族達は、見逃す理由が見当たらない。

 魔族の全てが生まれつき邪悪なわけではない。人間だって悪人もいれば善人もいる。

 魔族も同じだ。500年間、魔王城で過ごした私にはよくわかる。魔王城にはおとぎ話に出て来るような邪悪な魔族は一人もいなかった。

 それに、現実の話としてグランク王国では魔族との共存が進んでいる。魔族もまた、共に歩み寄って生きることのできる、この世界の住民なのだ。

 自ら邪悪であろうとする魔族を擁護する精神を私は持っていない。


「バーツ。少し派手に暴れるが、構わんか?」

「やりすぎるなとは言わない。だが、私達以上に、こいつらに裁きを与えたい人々が沢山いるはずだ」


 たった今こいつらと遭遇した私以上に、目の前の魔族の死を望む人々がいるはずだ。どうせなら、捕らえて裁きを受けた上で死んで貰う方がいい。


「こいつらも、死ぬ時くらい人々の役に立ってもいいだろう?」


 私がそう言い放つと、フィンディが目を見開いて驚いた。


「珍しいくらい怒っておるな……。わかった。命をとらぬ程度に痛めつけた上で、グランク王国の法に裁いて貰うとするのじゃ」


 私だって怒ることくらいある。いつもフィンディが先に実力行使するので、冷静に見えるだけだろう。


「随分と好き勝手言ってくれますね? 少々腕が立つ程度で、我々に勝てるとでも思っているのですか?」

「その台詞、そのまま返すぞ」


 ウズィムの余裕を含んだ嫌らしい喋り方に簡潔に答えて、私は神樹の枝に魔力を通した。

 神樹の枝の放つ白銀の輝き。それが戦いの始まりの合図になった。

バーツさんも怒ることがあるのです。

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