52話「魔境へ その1」
私達は魔境に一番近い街に転移した。早速ピルンが宿を取り、準備を始める。
ダイテツもサイカも自身の装備品をあの宝物庫に持ち込んでいたからこその行動の速さである。
街で一番大きな宿の1階層を借り切って、それぞれの部屋で準備を整える。私とフィンディとピルンは用意するものがないので、集合場所でゆっくりお茶などを楽しませてもらっていた。
「待たせたな。俺の方は準備できたぜ」
部屋に入って一時間ほどで最後に準備を終えたダイテツが部屋に入ってきた。
ダイテツは真っ黒な上下に身を固めていた。素材は布と革だろうか? 動きやすそうだ。そこかしこに魔術陣の刺繍が施されており、防御面はそちらで補う方針だ。ざっと見た感じ、なかなか強力である。あと、なんというか、全体的に黒い。武器として長剣を佩いているのだが、その柄も鞘も真っ黒という徹底ぶりだ。
私は自分で服を選ぶと黒っぽいものに偏ってしまうのだが、ダイテツも似たようなところがあるのかもしれない。
「もしかして、ダイテツは服を選ぶと自然と黒を選んでしまう傾向があるのか?」
「お、よくわかったな。無難なのを考えるとついこうなっちまってな」
「その気持ち、よくわかる。私も似たようなものだ」
そう言って私達は笑いあった。今この瞬間に私とダイテツは友と呼べる関係になれた……気がする。
「なんつーか、俺が頑張って選んだ服は評判がわるくてな。昔から妃達から文句言われるんだ。おかげで私服は文句を言われない黒ばっかりになっちまった。で、なんかムカつくから、異世界デザインの服を売る店を作ってやったんだ」
「素晴らしい精神だ。私も魔王城に居た頃は自分で服を選ぶと不評だった……。それでついつい黒を選んでしまってな……」
「わかるぜ……」
しかし、黒一色のダイテツに対して、私の服装は黒地に灰色。一色多い分、センスは私の方が上のはずだ。
「バーツ、もしかして自分は黒に灰色を合わせてるから俺よりマシとか思ってねぇだろうな? とんでもない勘違いだぞ? いいか、ファッションていうのはもっと奥深いんだ」
「そ、そうなのか。やはり、自ら衣料品店を営む者は言うことが違うな」
「まあな、ようやく最近わかって来たんだ。この戦いが終わったら、詳しく話そう」
私の浅はかな考えは簡単に見破られてしまった。やはり、大国の王ともなるとひと味違う。今度、色々と教えを請うとしよう。
そんなことを考えていると、横で眺めていたサイカが口を挟んできた。
「そこの二人、レベルの低い会話してないで、真面目にしなさいよ」
屈辱的な怒られ方をしてしまった。見ればフィンディも呆れていた。大事な話をしていたというのに……。
サイカの方も既に戦闘準備は完了している。彼女は先程の格好の上に上半身や下半身の要所を保護する革鎧を身につけるといった出で立ちだ。鎧は魔王城にて保管されていた強力な魔術具で金属鎧よりも丈夫で魔術に対する耐久力も高い。更にフィンディからサークレットと護符などを貰っていた。
護符に関してはダイテツも同様で、フィンディの指示で全身の各所に身に付けている。
国家の重要人物が少人数で悪い魔族の本拠地に向かうのだ、備えはいくらあってもいいだろう。
準備を終えるとダイテツがテーブルの上に地図を広げた。グランク王国の地図である。王が持つものなので、この上なく正確であろう。
「地図の通り、グランク王国でも中央山地側の一部が魔境ということになってる。今いるこの街から先に人は住んでない。俺が全員移住させたからな」
魔境とされる部分はグランク王国内の中央山地に近い地域だ。王都は東側の平野にあるので地理的にはかなり離れている。それが15年間、魔境が放置された理由の一つでもあるのだろう。ちなみに今いるのは、元は魔境に住んでいた人々を集めて作った街だそうだ。
「昔に比べて規模が縮小したといっても魔境はそこそこ広い。ここから順調に進んでもクリアトの城まで3日はかかる。道中、妨害が入ることを考えると一週間程度は見ておく必要があるな」
地図を見るとここからクリアトの城まで距離的にはそれほど離れていなかった。どうも地形の問題で時間がかかるらしい。ならば、空を飛べば解決だ。
私は手を上げて意見する。
「すまない。空を飛んで直接行くのはいけないのだろうか?」
「空を飛ぶってお前、そんな長距離飛べる魔術師がどこに……」
「ここにいるのじゃ。少なくともワシとバーツなら余裕じゃぞ」
「あ、ワタシもこのくらいの距離なら飛んでいけるわよ。ダイテツとピルンさんの移動が問題ね」
「二人の移動に関しては私が引き受けよう。大した手間でもない」
移動の方針はあっさり決まりそうだった。
しかし、それに対してダイテツが難色を示した。
「大した手間でもってお前……。飛行魔術ってのは消耗が……」
一般的な魔術師を基準に考えると実に常識的な意見だ。そんな彼の肩にピルンが手を置き、穏やかな口調で言う。
「ダイテツ、この二人にはわたし達の常識は通じません。本当に大した問題ではないのです」
「マジかよ……。いや、助かるけどよ。堂々と空飛んで行ったら撃墜なんて嫌だぞ、俺は」
その心配はもっともだ。隠形を使おう。
「安心してくれ。一緒に隠形の魔術も使う。私の隠形を感知出来る者はこの世界に殆どいない」
古代魔獣並の存在がいれば発見されるだろうが、その可能性は低いだろう。聞いた感じ、クリアトとやらは普通に強いただの魔族だ。
とはいえ、油断は禁物である。こっそり隠れながら用心深く近づくべきだろう。出来れば不意打ちなどもしたい。
私の言葉にダイテツが再び「マジかよ……」といいながら引きつった笑みを浮かべたが、それも事実ですとピルンに優しく諭されて無理矢理自分を納得させていた。
「そういうことなら、移動に関してはバーツ達にお願いしよう。正直助かるぜ。じゃ、目的地はここな、城の目の前までいっちまおう。さて、その後どう攻略するかだが」
流石大国の王だ、切り替えが早い。すぐに立ち直った。
「ふむ。人質がいるのが問題じゃな。それがなければ外から一撃で消し飛ばせるんじゃが……」
「人質がいなくてもそれはやめた方がいいと思うぞ。実際のところ、クリアトというのはどのようなことをしているんだ?」
まったく、フィンディは油断しなくても物騒なことを言うから困りものだ。
クリアトの所業についてはピルンが説明をしてくれた。
「かつては近隣の街を恐怖で支配していました。気まぐれに人間を攫って見せしめに殺してみたり、魔術の実験にしたりと好き放題ですね」
「俺が王になった後、奴の勢力を城と周辺の土地に何とか閉じ込めたんだ。ただ、今でもたまに行方不明者が出たり、冒険者が宝を狙って帰ってこなかったりしててな、正直歯がゆい思いをしてるぜ……」
「クリアトとその配下の戦力は本物だから、なかなか手出しできなくて15年ってわけね」
なるほど。昔は多く見られた邪悪な魔族そのものの所業だ。そういう連中は500年前に勇者に真っ先に狙われて殺されたので、ある意味貴重な存在である。
「500年前の勇者の猛攻を生き延びた邪悪な魔族の生き残りだろうか。見逃せないな」
「ふむ。なんか容赦なくやって良さそうな相手じゃのう」
フィンディの言う通りだ。私は魔族に対して同族意識はあるが、この手の輩まで仲間と見なす必要は感じない。捕らえるなりして、然るべき処置を受けて貰うとしよう。
「ピルンの報告や情報にあった通り、本当に好戦的なのな、フィンディは……」
「ピルン、お主どんな報告をしておったのじゃ……」
「わ、わたしの報告ではなく情報の方に問題があったのではないかと思います」
フィンディに睨まれたピルンが目線を外しながら早口で弁解した。きっと不味いことも報告していたに違いない。
「さて、それでどう攻める? 城の外から情報を集めて潜入、奪還、決着といったところか?」
「なんか、気になる所を軽く流された気がするのう……」
フィンディの疑念については後にして、ここは話を進めさせてもらおう。状況が落ち着いてからいくらでも追求できることでもある。
とりあえず、人質救出を優先、その次にダイテツとクリアトの一騎打ちをさせるといったところだろうか。そうなると、王城に忍び込んでキリエという女性を助けつつ、直接クリアトの所に行くのが楽で良いと思う。
「こっそり潜入して戦闘か、あまり暴れがいが無さそうじゃのう。どうせなら正面から派手に攻め込まんか?」
「魔王のワタシが言うのも何だけど、それは流石にどうなのよ……」
「いや、悪くないかもしれねぇ。15年前に俺達が奴の手勢をかなり倒している。残っているのは手練だが、数は少ないはずだ。いや、しかし、こちらも少人数だな……」
「少ないというのは1000人くらいかの? どんなもんじゃ?」
「いえ、もっと少ないはずです。数は50程度、強力な個体はクリアト含めて10人いるかどうかかと」
強力な魔族が10人。それならどうとでもなる。ここはグランク王国へ貢献する意味も込めて、魔境で派手に暴れるのも選択肢のうちかもしれない。
「ふむ。それなら正面からでも問題ないかもしれないな。どうせ、碌でもない奴しかいないのだろう?」
「マジかよ……。確かにどうしようもない悪党しかいないから、倒せるなら助かるけどよ」
「では、その方向で行くとしよう。ただ、事前の偵察は行わせて貰いたい」
「おう、好きにしてくれ。お手並み拝見といくぜ」
「任されよ。それでは魔境に殴り込みといくかのう」
フィンディの発言に、全員が椅子から立ち上がる。さあ、出発だ。
そんな感じで「グランク王国魔境殴り込み作戦」が開始された。
書籍版の発売日が3月15日に決まりました。
ここまで来れたのも皆様のおかげです。ありがとうございます。
今後も地道に更新していきたいと思います。よろしければ、お付き合いください。




