51話「依頼確認」
私達に頭を下げるダイテツ。その様子を横で見ていたサイカが言った。
「キリエさんって、ダイテツの最初の奥さんになるはずの人だったらしいの。それを聞いて私は手を貸すことにしたわ。平和以上に、自分の彼女を助けたいってのがダイテツの本音だってわかったから」
「いや、違う、違わないけど違う。平和もアイツもどっちも大事だ」
赤面しながらブツブツ言い訳を始めるダイテツ。どうやら、サイカの言ったことは本当らしい。
そういうことなら、是非もない。
「なるほど。何としても無事に救出せねばな」
「うむ。魔族の封印とやらはワシが責任を持って解除するのじゃ。なんなら、お主とキリエとやらの結婚式も執り行ってやるぞい」
フィンディは双子の国で婚約の儀に関わったのが余程思い出深かったのか、今でもたまにあの時のことを話す。どうやら、その手の儀式を執り行うのが気に入ったらしい。
状況の不利を悟ったのか。咳払いして、表情を引き締めたダイテツが話を変えにかかった。
「気を取り直して依頼の詳細を話すぜ。魔境の主は大魔族クリアト。配下と共に、自分の城と周辺で好き放題している。グランク王国は15年前に俺達が敗北して以来、奴の活動範囲外から様子見だ。近くの街の防衛力を強化して、出来るだけ関わらないようにしている」
「国を大きくしながら戦力を整えてたんでしょ。そろそろ準備が出来そうな頃にワタシやバーツさん達が現れたってだけで、いつかは攻め込んでた癖に」
「サイカさんはグランク王国の戦力についてもご存知のようですね。どうでしょうか。王国の戦力だけでクリアトに勝てると思いますか?」
私もグランク王国の戦力には興味がある。異世界の知識で発展させた国の軍だ、さぞ強力なことだろう。この数ヶ月でそれを見てきたというサイカが羨ましい。
「ワタシはクリアトに会ったことがないから勝てるかはわからない。でも、魔王軍でグランク王国に攻め込む気にはならなかったわね」
とんでもない高評価だ。魔王軍は数こそ少ないが精鋭だ。人間全てと戦うことは出来なくても、大国相手でもそれなりに戦えるはずだ。
「グランク王国の軍隊はそんなに強いのか? 確かに魔王軍の数は少ないので、勝つのは難しいだろうが……」
「その理由はこれだな。さっきの部屋にあった魔術具を使って試作したものだ」
私の気持ちを察したのか、ダイテツが懐から何かを取り出して、テーブルの上に置いた。
金属製の品で、剣の柄のような部品の先に筒がついている。筒と取っ手の間に穴の空いた円柱状の物体が内蔵されており、その下にはクロスボウに見られる引き金と同じものが付いていた。
魔力感知で見てみると、全体にびっしりと魔術陣が刻み込まれている。先程の装置を使ったのだろう、魔術陣の塊のような魔術具だ。
使い方はわからないが、もし発動すれば小さな見た目からは想像もつかない破壊力を発揮するだろう。
「俺とサイカが元いた世界の武器を真似したもので、銃という」
「真似したと言っても、見た目だけなんだけどね。ちなみに動作確認済みよ」
机の上に置かれた銃を、杖を取り出したフィンディが手早く解析を始めた。
「ふむ。クロスボウのように引き金を引くと筒の中の物を射出する魔術具のようじゃのう。筒の中に何重にも加速の魔術陣が刻まれておるの。で、何を射出するんじゃ?」
「弾丸という、ミスリルの塊に可能な限りの魔術陣を刻み込んだ物体を撃ち出すんだ。試しに作ってみたんだが、威力が強すぎるんで封印した」
どうやら円柱状の物体の穴は弾丸とやらを入れる場所らしい。なかなか興味深い作りだ。
「サイカは銃の威力を見たようだが、どの程度のものだった?」
「そうね。1発受けたらクラーニャでも、ひとたまりもないでしょうね。それと、あの魔術陣を刻む機械、実験中とか言ってるけど、すぐにでも実用化出来るのよ」
「恐ろしい技術だ……」
クラーニャは魔王軍屈指の実力者だ。それを簡単に打ち倒せるなら、それこそ英雄譚に出てくる武具に匹敵する威力ということになる。
もし、あの巨大な魔術具が量産されれば、全ての戦士が銃を持つことが出来る。
そうなれば、もう魔王軍に勝ち目はない。サイカがグランク王国との同盟を模索したのもよく分かる。
「これは……簡単に量産可能なのか?」
恐る恐る聞いてみると、ダイテツは真剣な顔で首を横に振った。
「量産はしねぇよ。やれば出来るけど、俺が生きているうちは絶対にさせねぇ。こいつを生み出した技術を世に出すと、戦争で死ぬ数が一気に増えちまう」
「ワタシもそれには賛成よ。あの装置は恩恵と同じくらい、災いも生み出すわ」
武器以外にも色々と発展性のある技術だろうに、それをあっさり封印する決断が出来るのは凄いことだ。恐らく異世界人故の判断だろうが、それをさせる二人の元いた世界というのはどのような場所だったのだろうか。とても平和だったのか、その逆か。
「陛下がわたしにこの場所を教えなかったのは、この技術が存在するからですね。納得しました」
「すまねぇな。正直、元いた世界に関する技術は、選んで世に出してるんだ」
ここに来て、ようやくピルンの表情が緩んだ。長年の友人に不信感を持つことになってしまったが、納得いったようで何よりだ。ピルンはダイテツのこの世界での最初の友人だ。出来れば仲良くしているのが望ましいと思う。
「グランク国王ダイテツよ。お主の判断にワシは敬意を表する。これは突き詰めれば自分たちの首を絞めかねん技術じゃ。いずれ、どこかの誰かがたどり着いてしまうじゃろうが、世に出るのは遅い方が良いじゃろう……」
フィンディもダイテツ達と同じ考えのようだ。私には今ひとつピンと来ないが、高度な技術がもたらすのは繁栄だけではないということだろう。
「大賢者にそう言ってもらえるとありがたいね。さて、話が逸れちまったな。これだけ言っておいてなんだが、今回の魔境行きに、俺はこの武器を持っていこうと思う。一緒に行くのはここにいる5人だけのつもりだから平気だろ。ピルン、それで勝てると思うか?」
私達が一緒とはいえ、国王が直接出撃するのはどうなのだろうか。あまり良くない行動だと思うのだが。そんな私の思考とは裏腹に、ピルンは少し考えてから口を開いた。
「当時のわたし達で挑んで、それなりに戦えましたからね。バーツ様達がいる今なら楽に勝てるかと思います」
「一応、ワタシもいることを忘れないでね。こう見えても魔王だから、結構強いのよ?」
ピルンは15年前にクリアトと戦っており、私達とずっと一緒に旅をしてきた。その彼が大丈夫というのだから、大丈夫だろう。
また、魔王サイカも戦力としては十分だ。魔王というからには、風騎士やミドリラ、これまで会ってきた強者以上の力を持っているのは間違いない。
「魔境とやらに行って魔族を蹴散らして、囚われの女性を助ける。単純で清々しい依頼じゃのう」
嬉しそうに目を輝かせながら言うフィンディ。ここのところ、戦いはあれどストレスの溜まる出来事が続いていたから、大暴れするいい機会だと思っているに違いない。やりすぎなければいいが。
「依頼の内容としては、それだけなんだが。一つだけ頼みがある。クリアトは俺に一騎打ちで倒させてくれ」
なるほど。そのための銃か。あの武器がサイカの言う通りの威力ならば、ダイテツ単独で15年前の雪辱を果たせる可能性が高い。
しかし、彼は国王だ。当たり前だが一騎打ちは命の危険が伴う。どうしたものか。
「陛下、それは……」
「俺のわがままだ。俺が滅茶苦茶強ければ魔境ごとぶっ飛ばすところなんだが、流石に無理だ。ならせめて、あいつだけでもこの手で倒したい」
頼む、とダイテツが頭を下げる。その姿を見た時、私は彼の意思は汲んでやりたいと思った。なに、クリアトとやらに彼が追い詰められたら救い出せばいいだけのことだ。
しかし、腰が低いのは好感が持てるが、王としては問題だ。もっと堂々としてくれていい。どちらが上かはっきりさせてやろう。
「ダイテツ陛下、一国の主が、何度も冒険者に頭を下げるものではありません。私達は冒険者、ダイテツ陛下の望む通りの状況を作ってご覧にいれましょう」
私は頭を下げて、最大限の敬意で持ってそう伝えた。
顔を上げると、ダイテツが真摯な眼差しでこちらを見ていた。
「安心するのじゃ。ワシらは戦う仕事ならこの世界でも指折りの実力の冒険者じゃ。というか多分、最強じゃと思うぞ?」
いたずらっぽく笑いながらフィンディが言った。
ピルンもいつもの真面目な様子で言う。
「陛下、15年前の借りを返しにいきましょう」
私達がそこまで言うと、嬉しそう笑って、ダイテツが答えた。
「おう、頼りにしてるぜ。冒険者」
頼もしい、大国の王としての顔でダイテツは言った。
「ところで、なんで王城ではなく、別の街の店舗で会ったのじゃ? この話ならわざわざ王城ですることもないじゃろう?」
「王城で話をすると、奥さん達が気づいて付いて来ようとするから嫌だって聞かなかったのよ」
フィンディの問いに呆れた様子でサイカが答える。なんだ、そんな理由だったのか。間者でも警戒していたのかと思っていたが、全然関係ない理由だったらしい。
「あいつらも関係者だけど、出来れば巻き込みたくねぇんだよ。もう子供もいるからな」
バツの悪そうな様子でダイテツが言った。
後で知ったことだが、グランク国王ダイテツは、3人の妃に頭が上がらないらしい。
ダイテツの開発した銃の撃鉄や引き金はほぼ飾りの必要のないものです。匠の拘りの造形ですね……。
あと、どなたかクロスボウに引き金がついたのがいつ頃かご存知の方はいらっしゃるでしょうか。調べても引き金がいつ頃生まれたかに辿りつけませんでした。
いや、「この世界のクロスボウには引き金がついているものなんですよ」で通せば良い話ではあるとは思うのですが、気になりまして。




