50話「宝物庫」
「依頼を受けてくれると決まったなら、ここで話してる理由はねぇな」
「そうね。長くいると仕事を手伝わされるのよね、ここのおばちゃん達、元気がいいから……」
「悪いけど、話は移動してからでいいか? 色々見てもらいたいもんもあるんだ」
そう言って、ダイテツ達は席を立った。私達に断る理由はない。
「承知した。行き先はここから遠いのか?」
「大丈夫だ。すぐにつく、こっちに来てくれ」
ダイテツがサイカの入ってきた扉を開けると、地下への通路になっていた。
地下へ降りて廊下を進む、魔術で封印された扉をいくつか抜けると、小さな部屋に辿り着いた。
部屋の中には何もなく、転移用の魔術陣が刻まれていた。
魔術陣を見たフィンディが感心したように呟く。
「ほう。使用者を限定した転移魔術陣じゃな。よく出来ておる」
「ああ、これを起動できるのは俺と妃だけだ」
ダイテツが懐から取り出した魔術具を掲げると、魔術陣が起動し、淡く輝き出した。
「こいつの行き先はグランク国王の秘密の宝物庫だ。ピルンも知らない場所だな。不安かもしれんが、ついてきてくれ」
そう言い残して、ダイテツは魔術陣の向こうに消えた。
彼が消えても私達の転移を待つかのように、魔術陣は起動したままだ。
「ふむ。ワシらを迎え入れるように調整したらしいのう。本当によく出来ておる」
「じゃ、ワタシは先に行くわ。詳しい話は向こうでね」
何の迷いも無く、サイカが魔術陣に乗る。
依頼を受けると言った以上、この先に進まない理由はない。
「では、行くとしよう。秘密の宝物事とやらも興味深いしな」
「そうじゃな。噂以上に刺激的な国じゃのう」
「せっかく訪れてくれたのに、ろくに挨拶もせずに仕事の依頼で申し訳ありません」
そんなことを口にしながら、私達も転移魔術陣に乗った。
○○○
転移先は立派な建物の内部だった。見た感じ、砦か城を宝物庫として利用しているようだ。
「全員来たな。よし、奥で話そう。こっちだ」
転移先で待っていたダイテツが、私達を案内する。一本道の廊下の先には魔術陣が刻まれた巨大な扉があった。
扉はなかなか複雑な魔術で封印されており、解除するより破壊した方が早そうだな、と思う程度には厳重な作りだ。
ダイテツが魔術陣に触れると、扉が重苦しい音を立てて、ゆっくり開き始めた。
「確かに、ここはわたしも来たことの無い場所です。こんな物を作っていたなんて、いつの間に」
「悪いなピルン。ここだけは、お前相手でも隠さなきゃいけなかったんだ」
扉が開いた先には、巨大な魔術具があった。地面に置かれた円形の台座に向かって、天井に付けられた円柱状の金属の棒が複数取り付けられている。円柱に刻まれた魔術陣を追うと少し離れた場所にある机に繋がっていた。机からは円柱と同じ数だけの棒が生えており、スクロールが巻きつけられている。
「この巨大な魔術具は何に使うものだ? 今まで見たことのないものだ」
「アンタ達、ドーファンでゴーレム製造施設を潰しただろ? その手の古代遺跡を参考にして作った装置さ」
「それで、これは何なんですか、ダイテツ?」
具体的でない答えに苛立ちながら問いかけるピルン。確かに、今の彼の発言は答えになっていない。それとどうも、ピルンはダイテツに隠し事をされていたのが気に入らないようだ。
「簡単に言うとな。これは魔術陣を刻むための魔術具だ。500年前の勇者時代のゴーレムなんかは普通じゃ刻めない場所に立体的に複数の魔術陣が刻んであるのに気づいてな。それを参考に開発したんだ」
それを聞いたフィンディが杖を取り出して設備を調べ始めた。杖の宝玉内で激しく魔術陣が明滅する。
数分後、調査を終えたフィンディが感心した様子で言った。
「見事じゃ。初歩的なものじゃが、ワシら神世エルフと同等の魔術への第一歩を踏み出しておる。これを使えば、魔術を用いた文明が驚くほど発展するじゃろう……」
「やったじゃないダイテツ。神世エルフのお墨付きを貰えたわよ」
「ああ、嬉しいもんだ。……とはいえ、ここにあるのは試作品なんだけどな。これ、試しに作ってみた物だ」
ダイテツが見せたのは、近くの棚にあった護符だった。見た目は何の変哲もないアクセサリだが。私の感覚が内部にかなりの密度の魔術陣が刻まれているのを伝えて来た。フィンディの魔術具には及ばないが、私が神樹の枝を使って生み出す護符より強力だ。
「凄いものだな、ダイテツ王。貴方の発想力にはこの旅を始めてからずっと驚かされるばかりだ。貴方に会えたことを光栄に思う」
旅先で味わった素晴らしい食事の数々。電車に代表される新たな発明。ドワーフ王国を温泉地として見事に繁栄させた手腕。どれか一つでも称賛の一言では足りない事物だ。
対してダイテツは何故か申し訳なさそうな顔をしていた。居心地悪そうに、顎を撫でている。
「ああ、それなんだけどよ。別に俺が凄いわけじゃないんだ。俺は元々別の世界から来た人間でな、向こうの知識を少し取り入れただけというか……」
「なん……だと……」
別世界、つまり、グランク国王ダイテツは異世界人ということか。私の想像力を超えた出来事だ。
「そんなことが有りうるのか? 別世界だと……」
私がパジャマ姿で魔王城(跡地)に放り出されて以来の狼狽え方をしていると、横のフィンディが補足してくれた。
「ダイテツがここに来た経緯はわからぬが、別の世界の人間がやってくる可能性は無くは無いのじゃ。それこそ、神々の干渉じゃな。ダイテツ、お主、こちらに来る前に何かに会わなんだか?」
フィンディの質問にダイテツは首を横に振る。
「それが全く。20年前、気がついたら、向こうの世界の服のままこちらに居てな。そのすぐ後にピルンに会ったんだ」
ピルンと出会ったダイテツは冒険者として大陸各地を回り、最終的にグランク国王に収まった。これは、グランク王国で広く読まれている本で有名とのことだ。
「別世界、そういうことだったんですか……。確かにそれなら色々と納得がいきます」
ピルンが一人頷いていた。ダイテツの不可思議な発想や行動を目の当たりにしていたであろう彼の20年ごしの疑問が解決したようだ。
「ほらほら。まだ入り口で止まってる場合じゃないでしょ。あ、ちなみにワタシも同じ異世界出身よ。ダイテツと違って転生してるけどね」
「…………」
軽い調子で重大な秘密を暴露されて、何も言えなかった。フィンディもピルンも硬直している。
「黙ってないで少し驚いてくれると嬉しいんですけど」
「すまない。一度に強烈な情報を2連続で叩きつけられたので、どう反応していいかわからなかった」
「ダイテツはこちらに迷い込んだ異世界人。サイカはこちらに転生した異世界人というわけじゃな。うむ、ワシは理解したのじゃ。うむ、驚きの情報じゃのう」
「理解はできませんが、納得はしました」
動揺しながらも現実を受け入れようとする我々。何とか事態に対応したいところだが、こういう場合はどんな反応をすれば適切なのだろうか?
「あー、この件については後にしてもらっていいか? 先に依頼について説明したいんだ」
我々の様子を見かねたダイテツが、そんな提案をしてくれた。そうだ、まずは依頼だ。理解できるところから始めよう。
「そうだな。依頼のほうが優先だ。二人の身の上話は後で聞かせてくれ」
そうしないと情報の洪水に押しつぶされて疲れそうだ。
「よし、こっちだ。宝物庫といってもそれなりの建物だからな、お茶くらい出せるぜ」
ダイテツの案内で応接に通された私達はそこで再びテーブルを囲んで話し合いを始めた。今回もグランク国王手ずからのコーヒーが用意された。異世界人であり、大国の王から振る舞われたコーヒー、実に貴重な一品だ。
室内にコーヒーの香りが満ちたところで、ダイテツが口を開いた。
「では、改めて依頼の話だ。グランク王国からの依頼は魔境にいる魔族の討伐だ。魔王軍との同盟はこの依頼の成否には関係ない」
わざわざ依頼と魔王軍の同盟の件を切り離してくれた。これは魔王軍との同盟は確定事項と判断していいということだろう。実に有り難い配慮である。
「報酬について、先程『平和』と言っていたのう、あれはどういう意味じゃ?」
「魔境の魔族の親玉はクリアトという大魔族でな。俺とピルンは15年前に仲間と奴を倒しに言ったんだが、一人奴に捕まっちまってよ。キリエという名前の女なんだが、それを助けて欲しい」
「その女性が関係しているのか? しかし、15年前では……」
邪悪な魔族に囚われた女性が15年間も無事である可能性は、残念ながら低い。
「彼女はわたし達の前で、魔術によって水晶の中に封印されました。クリアトがそれをグランク王国への勝利の証として飾っているのは有名な話なのです」
なるほど。だからダイテツはあえて女性のことを話したのか。魔術による封印の眠りなら、何百年でも保管できる。なかなか複雑な魔術なので解除するのに手間取ることもあるのだが、こちらにはフィンディという専門家がいる。
「魔術による封印ということじゃな。普通の魔術ならば、当時の姿のまま解放できるじゃろう」
どうやら、救出の方はフィンディに任せて大丈夫そうだ。
「キリエは南西諸国に最後に残った大神官の子孫なんだ。あいつがいれば、神殿の権威が落ちて戦争になっちまったあの地域をどうにかできるかもしれねぇ」
ダイテツが軽く説明してくれたが、どうもキリエという女性がいる頃は、大陸南西部も比較的落ち着いていたらしい。彼女が魔族に捕まったことが知られると、権力者同士が闘争を始め、内戦状態に陥ったそうだ。
神々が離れて久しいこの世界でも、大神官の子孫ともなれば影響力は重大。救出に成功すれば大陸南西部の内乱へ打つ一手と成りうるとダイテツは考えているようだった。
「クリアトを倒し、キリエを救う。その後も大変だろうが、必ずこの大陸から戦争を取り除いてみせる。だから、力を貸して欲しい」
そう言ってダイテツは頭を下げた。




