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49話「状況把握」

 人間の国と魔王軍が同盟を結ぶ、新魔王サイカの発言に私は驚きを隠せなかった。


「人間の国と魔王軍が同盟だと。そんなことが出来るのか?」


 私の疑問に答えてくれたのはフィンディだった。


「む。過去に例がなかったわけではないぞ。状況を見て魔王に与する国家はたまにおった、大体、勇者が現れると滅んだがのう……」「それは、あまり面白い話ではありませんね……」


 フィンディの言葉とピルンの反応に不穏な雰囲気を感じ取ったのか、サイカが焦った様子で言う。

 

「あの、まずはワタシの話を聞いてくれると嬉しいんだけど。えっと、バーツさん達はクラーニャに会ってるでしょ?」

「ドーファンで会ったな。サイカのことも話していた。随分自由にしていたようだが。いや、そういえばクラーニャに魔術がかけられていたな」


 そういえばクラーニャには情報収集の魔術がかけられていた。それをやった張本人が目の前にいるわけだ。


「定期的に魔王に情報を送る魔術じゃのう。察するに、自由にさせた配下にそれとなく世界の情勢を探らせておったのかの?」


 サイカは頷きつつ、話を続ける。

 

「まあね。念のため言っておくけど、魔王城の皆にはそれ以上の細工はしていないわよ。普通に情報を送るようにお願いしても良かったんだけど、当時はワタシも誰を信じていいかわからなかったの」

「魔王なのだから、魔族は基本的に服従するだろうに。いや、魔王の証が無いか」


 魔王の証がなければ、配下が自分にちゃんと従っているかの確信は持てないだろう。魔王と言えど無敵ではない、配下に寝首をかかれるなど笑い話にもならない。

 

「この世界に生まれた直後は誰を信じればいいかわからなかったからね。ま、今となっては杞憂だったとわかるんだけれど。とにかく、3ヶ月前、魔王城に現れたワタシは情報収集することにしたの。自分が魔王であることはわかるけど、何かをするべしみたいな強制力は無かったからね」

「知ってると思うが、俺の妃の一人も魔族でな。サイカがこの世界に来たのはすぐにわかった。魔王と戦争なんてしたくねぇな、と思ってた矢先、こいつがいきなりと俺の部屋にやってきてな」

「ちゃんとノックしてから入ったわよ。礼儀は守らないとね」

「うむ。礼節は大事だ」


 やはり、サイカは悪い魔王ではなさそうだ。礼節を重んじる魔族は信用できる。


「そういう問題でもないと思うのですが……」


 ピルンの発言はとりあえず無視することにする。

 話によると、世界にちらばった配下からもたらされる情報を元にこの世界を回ったサイカは、もっとも発展している国であるグランク王国に辿り着いた。そこでダイテツに会って意気投合し、そのまま居着いたらしい。

 

「ただの居候だと悪いからってことで、ダイテツの仕事を手伝ったりしてたの。さっき入り口で抱き枕とか服を見て騒いでいたけど、あのへんは全部ワタシの発案よ。抱き枕は魔王城にあったのを真似しただけだけどね」


 なるほど。私達がドーファンに到着した頃には、サイカもこの国でそれなりの立場になっていたということだ。あの「童貞を殺す服」の裏にそんな事情があったとは、当時は想像も出来なかった。

 

「そんな感じで、この国で過ごす間に色々と見てね、ワタシは理解したの」

「理解、なにをだ?」

「もう魔王軍は人間には勝てない。数が少ないし、種族からくる実力差は技術で埋められてる。魔王らしく世界征服を目指すのは無駄だわ」

「それで王国と同盟ということですか。わたしは良い判断だと思いますが……」

「そうじゃのう。このままワシとバーツの所に魔王の証がある限り、勇者は現れん。平和に過ごせるはずじゃ」


 魔王の証を手に入れない限り勇者が現れない。そうすれば勇者と魔王の戦いに端を発する戦争は起きない。グランク王国は魔族と共存している。そんな国と同盟すれば魔王軍と元配下達も安泰だ。

 すごい、万事丸く収まっている。魔王サイカ、実に素晴らしい手腕だ。

 感動した私は思わず立ち上がって、彼女に握手を求めた。


「ありがとう、サイカ。君の判断のおかげで、魔王城の皆が安心して過ごせそうだ。元魔王として、礼を言いたい」

「え、バーツさん、どうしたの? いきなりテンション上がってお礼を言うなんて?」


 しまった、感動のあまり突発的な行動をしてしまった。

 戸惑うサイカに対してフィンディが苦笑しながら捕捉してくれる。


「バーツは魔王城の者をとても心配しておったのじゃよ。新しい魔王の命令で無益な戦に駆り立てられたり、将来勇者によって殺されたりせんか、気が気でなかったのじゃ」

「なるほど、そういうことね……。大丈夫、ワタシは進んで戦争なんて仕掛けないわ。魔王城の皆もいい人だし、のんびり楽しく暮らせればいいと思ってる。そのための最善を尽くすわ」


 そう言うサイカの表情は実に穏やかだった。とても世界を滅ぼす魔王には見えない。


「君のような人が新しい魔王で嬉しく思う。何か手伝えることがあれば言ってくれ……」

「え、ホント! やった! どうお願いしたらいいか困ってることがあったの。良かったわね、ダイテツ!」


 今度はこちらが驚く番だ。なんだ、急に明るくなって。私は彼女をここまで喜ばせるようなことを言ったのか?

 私が戸惑っていると、責めるような口調でピルンがダイテツに向かって問い詰める。

 

「陛下、何を考えていたのか話してください」

「相変わらず怒ると怖いなお前。別に大したことじゃねぇよ。魔王軍との同盟の条件に、バーツ達に依頼をしようと思ってたんだ。ま、その必要もなかったみたいだけどな」


 なるほど。そういうことか。正直、そんな条件などなくても依頼なら受けるのだが……。いや、内容次第だ。私だってやりたくないことくらいある。


「サイカにああは言ったが、依頼を受けるかどうかは内容次第だな。非道なことはしたくない」

「安心してくれ。むしろ逆だ。主にこの国の治安に関することでな。皆のおかげでこのグランク王国は大国ってことになってるが、一箇所だけそうじゃないところがあってな」

「陛下、まさか……」


 目を見張るピルンを手で制するダイテツ。ここは自分が言うという意思表示だ。国王自ら発言が必要なくらい、グランク王国にとって重要な依頼をするということか。

 

「グランク王国には魔族によって支配されている魔境と呼ばれる地域がある。そこに巣食う魔族の退治が、俺からの依頼だ」


 それをピルンが黙り込んだ。彼にしては珍しく沈んだ表情だ。魔境というのはダイテツとピルンにとって重大な意味を持つ場所らしい。

 依頼について先に反応したのはフィンディだった。悪い魔族退治と聞いて、彼女が黙っているはずがない。

 

「魔境を支配する魔族か。面白い話じゃ、詳しく聞かせてくれんかの」

「長くなるから、色々省略するぜ。詳しく教えるのは、依頼を受けてからだ」

 

 詳細を省いたダイテツの話は次のようなものだった。

 

 15年前、ダイテツがグランク国王になる前、仲間達と魔境にいる魔族を討伐に向かった。

 そして負けた。仲間の一人は死に、一人は捕らえられた。

 魔族も傷は浅くなく、多くの配下を失ったおかげで、魔境の規模は小さくなり、人々は過ごしやすくなった。

 

 簡潔にそう話した後、ダイテツはピルンに問いかけた。

 

「なあ、ピルン。バーツとフィンディを間近で見てきたお前に聞きたい。二人がいれば、奴に勝てるか?」


 ピルンは少しも考えた様子もなく、即座にはっきりと答えを口にした。

 

「このお二人がいれば、絶対に負けません」


 ピルンの口調に篭もる確信を見抜いたのか、ダイテツは深い笑みを浮かべた。

 

「そうか、お前が言うなら間違いないな。まったく、いつだって頼りになる奴だ」

「ふむ……それでは……」


 依頼を受けると口を開こうとしたら、ピルンがこちらを向いていた。

 

「バーツ様、フィンディ様、ドワーフ王国に続いて、わたし達の事情に巻き込んで申し訳ありません。しかし、この依頼を受けて頂けませんでしょうか」


 ピルンにとっても魔境の攻略は15年ごしの悲願なのだろう。彼の眼差しから、切実な願いが伝わってくる。

 この依頼は、今会ったばかりのダイテツではなく、ピルンのためにも受けるべきだ。

 

「私はこの依頼を受けたいと思うのだが。フィンディ、どう思う?」

「悪い魔族が相手なら是非もなかろうよ。大賛成じゃ。ところでグランク国王ダイテツよ。報酬の方も頼むのじゃ。これは大仕事じゃからな」


 冗談っぽく言うフィンディに、ダイテツも応じる。

 

「この依頼は報酬もとびっきりだぜ。そうだな、『平和』とでもいうかな」


 笑顔と裏腹に、彼の目は本気だった。

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