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47話「グランク王国へ」

 北方山脈を行く電車はトンネルと呼ばれる人工の洞窟を何度も通る。

 当然、トンネル通過中は車内が暗くなるのだが、グランク王国製のこの乗り物は魔術によりしっかり照明が確保されていた。

 ドワーフ王国を訪れる前と同じく、電車の中で最もくつろげる部屋の中で、私達三人はトンネルの壁を眺めていた。

 ピルンによると、このトンネルを抜けると、いよいよグランク王国に入るそうだ。

 他にすることもないので自然とお茶の時間になっていた。今回用意されたのは緑茶と呼ばれるグランク王国特産の緑色のお茶と、温泉饅頭というドワーフ王国名物の菓子である。ちなみにこの菓子も、元をたどればグランク国王に辿り着くらしい。

 グランク国王、実に底の知れない人物だ。実際に会うのが楽しみである。

 

「遂にグランク王国じゃのう。なかなか辛い旅路じゃった……」

「そこら中で暴れながら移動しただけにも思えるのだが。まあ、いつものことか」

「失礼な。ワシがいつも暴れているような物言いをしおって。あ、饅頭もう一つくれんかの? 食べやすくてちょうど良いのじゃ」

「はい。あ、お茶も減っていますね」


 ピルンがカップにお茶を注ぐ。この温泉饅頭というもの、柔らかいスポンジの中に、豆を潰して造られた餡というものが詰まっており、それがお茶に合う絶妙な甘さだ。程よい大きさなので、ついつい口に運んでしまう。機会があればまた食べたい。

 

「グランク王国、多様な文化の発信地点。国を見るのも王に会うのも楽しみだ」

「そうじゃのう。ピルンよ、グランク国王とはどのような人物なのか、教えてくれんか?」


 考えてみれば、これまでグランク国王の伝説に触れる機会は多かったが、彼の具体的な人物像についての情報は殆ど無かった。ピルンを介して会うつもりなので、人となりを知っておくのは大事だ。


「若い頃はちょっと女好きな元気な男性でした。今はそこそこ落ち着いた中年ですね。一応、威厳のある態度を心がけていますが、中身は昔のままです。3人の妃がたまに怒りながら追いかけ回していますよ」

「国を滅ぼさない程度に好色な王というところか。それでいてかなりのやり手なのだな」


 ピルンは頷きながら話を続ける。


「陛下はかつてない発想で物事に取り組み、即位してから15年余りでグランク王国を驚くべき規模に発展させました。その最中に、これまでにない知識の数々を披露してきたのですが、それらをどのようにして得たのかは、わたしにも教えてくれません」

「ほう。そこのところを知りたいのじゃが、難しそうじゃのう。いっそ無理矢理……」

「やめておけ。ところでピルン、国王が私達に敵対する可能性はあるだろうか?」


 グランク国王の知識や発想の源について興味はあるが、最も親しいものの一人であるピルンにすら明かさない秘密となれば、聞き出すことは難しいだろう。また、無理矢理実力行使に出てグランク王国と敵対することは避けたい。私もフィンディもそれなりの強者ではあるが、国家を相手に戦えばいつかは敗北する。


「……敵対の可能性は無いと思います。バーツ様達は世を乱すような野心家ではありませんから。連絡の際には念のため『北の魔王』の点は伏せてありますが、それがばれても友好的な関係が築けると思います」


 それを聞けて一安心だ。ピルンがそう判断するなら間違いはないだろう。


「おや、そろそろトンネルを抜けますね」


 ピルンの言葉に促されるように窓の外を見ると、長いトンネルが終わり、グランク王国の景色が飛び込んできた。

 

「なんだ、この景色は……。農地はわかるが、妙に四角い建物が多いな……」


 トンネルの外は農地が広がっていた。それはいい、元々この地域は昔から農業が盛んだったので、変わらぬ光景である。

 問題は農地の向こうに見える街並みだった。遠くに電車がこれから向かう街並みがうっすらと見えるのだが、昔ながらの石造りの建物に混ざって、四角く大きな建物がいくつか見える。

 

「あれは国王が考えた建築物です。役所やギルド、あるいはお店になっていたりしますね」

「まるで別世界の光景じゃのう……」


 フィンディが感慨深げに言う。確かに、よく知る光景に別の世界のものが混ざってきているようで不思議な気持ちになる。


「大分賑わっているようじゃが、あそこが王都ではないのじゃろう?」

「はい。あそこはドワーフ王国との取引が始まって急速に発展したブルカという街です。王都は逆に歴史的な建造物が多く、保護されていることもあり、中心部は大人しい街並みになっていますね」

「我々は王都に直行だからな。あそこに寄れないのは少し残念だ」


 話に聞くだけで実に興味深い街だ。是非立ち寄りたいのだが、今は国王に会う方が優先だ。


「それなんですが、実は電車に乗る前に、陛下から手紙を頂きまして。その件で御相談が……」


 ピルンが懐から一通の封筒を取り出した。既に開封済みだ。彼にしては珍しく困った顔をしている。面倒なことでも書かれていたのだろうか。

 手紙を受取り、中身を取り出す。内容が気になるのだろう、横からフィンディも覗き込んで来た。

 そこにはグランク国王直筆(汚い字だ)で次のようなことが書かれていた。


 『王都に向かわずに最初の駅があるブルカの街で降りて欲しい。『魔王の証』が俺と決して接触しないようにしておいてくれ。大賢者に頼めばやってくれるはずだ。俺の店で落ち合おう。詳しくは現地で説明する』


「ふむ……。訳ありのようじゃな」

「そのようだ。証に言及するとなると、新魔王に関係があるのかもしれないな。グランク王国に新魔王が関わっているのだろうか」


 『魔王の証』を使いこなせるのは世界のどこかにいる新魔王だけだ。大淫魔クラーニャによると新魔王は女性で、そこらじゅうを彷徨っているそうなので、グランク王国にいる可能性もある。わざわざ証に言及するということは、新魔王に関する何らかの事態が発生している可能性が高い。


「申し訳ありませんが、詳しくはわかりません。わたしも国を出てから長いですから」


 ピルンが謝罪するが、勿論彼に落ち度は無い。


「バーツの言う通りじゃの。新魔王がこの国にいるかもしれん。しかし、情報が少なすぎるのじゃ」

「長い付き合いですが、陛下の考えが読めなくなるのは珍しいことではありません。ただ、言われた通りにして悪いことになったのは数えるほどですので……」


 グランク国王に悪意はないはず。ピルンはそう信じたいようだった。ピット族の彼は基本的に私の味方だ。だが、出来れば長い付き合いの仲間と敵対するような事態は避けたい。そんな気持ちが伝わってきた。

 勿論、私もそんなつもりはない。積極的に騒動の種を撒くのは好むところではないのだ。


「フィンディ、魔王の証を一時的に預かって貰って良いだろうか?」

「承知した。危険な魔術具を封印する箱があるので、それに封じた上でポケットに入れておくのじゃ」


 私が魔王の証を渡すと、フィンディが例のポケットから箱を出して、魔術で封印した上で保管した。

 これで、魔王の証を入手するのは世界でもかなり困難な部類になったはずである。


「良いのですか? 何かの陰謀かもしれません。いえ、王の性格的にその可能性は低いのですが」

「魔王の証は実質的に機能を停止している。あってもなくても同じだ、私達に損のある話ではない」

「そうじゃな。封印状態にある方が良いくらいの品物じゃ」

「……なるほど。陛下の考えはわかりませんが、ここは話に乗っておくべきに思えますね」


 覚悟を決めた様子でピルンが言う。彼の心配が杞憂であると良いと心の底から思う。


「そうだな。というか、私はグランク王国に敵対するつもりはないのだがな……」

「ワシらはバーツが『北の魔王』であったことを隠しておる。向こうも隠し事くらいあるんじゃろう」

「これは、会って確かめるしかありませんね」


 ちょっと緊張した空気のまま、電車は駅に到着した。

 そのままブルカの街の過去と現代の織り交ざった街並みを楽しむ余裕も無く、私達はピルンに案内されるまま、町中を進む。

 案内された先にあったのは、一階建ての四角い建物だった。なかなか広い建物で、大きなガラスが壁のかわりに沢山取り付けられており、その向こうには数々の服が並んでいる。

 ここは服の店なのだ。


「こちらです。関係者用の入り口が裏にありますので、そちらから入りましょう」

「また裏口か……」

「ほんとにワシら、そういうのが多いのう……」


 入る前、店舗の外に設置された看板が目に入った。

 看板には『服の店しまむら』と書かれていた。


もし、ここまで書籍化した場合、今回出た店名は修正される可能性が高いです。

WEB版のみのお楽しみということで一つお願い致します。

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