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閑話「その後の話と温泉」

「そんなわけで、地下に竜人達の集落を作り始めたよ。外に興味があるらしい若いのは職人として働きだしてる」

「順調なようで何よりだ」

「竜人達の新時代の到来じゃな」

「彼らもここを捨てるとは思い切りましたね」


 私達は大空洞にいた。つい先日、古代魔獣を相手に大立ち回りを演じた場所だ。 

 魔獣を退治してから既に3日が経過している。

 

「ま、少しばかりフィンディに説得して貰ったけどな」

「竜人もその存在を世に知られることになってしまったのじゃ、これから先も彼らだけで過ごすことは難しかろう」


 魔獣討伐の報告を終えると、ミドリラはすぐに竜人達の移住作業に取り掛かった。

 ドワーフ王国で働くことを希望するものには職業の斡旋、それ以外の竜人には地下に新しい集落を用意することになった。竜人達を大空洞に帰しても良かったのだが、広すぎるあの場所は何が起こるかわからない。しばらく様子見をするという結論だった。

 竜人達は用意された場所に集落の再建を開始するなり、大空洞の神殿から持ち出したフィンディ神像の移築に乗り出した。2度もフィンディに助けられた彼らの信仰心はより強く、動かしがたいものになったようだ。

 フィンディは嫌がっていたが、彼女に「今は大空洞も危険かもしれぬから、ドワーフの近くが良かろう」と言ってもらうだけで説得できたのはありがたい。


「工房に入った竜人もフィンディの像を作り始めたんだけど、フィンディはいいのかい?」

「……もう諦めたのじゃ。悪い種族ではないし、ドワーフ王国が後ろ盾になってくれるのなら、ワシも色々我慢するのじゃ」

「勿論、ちゃんと面倒は見るさ。未知の文化を持つ優秀な職人なんて見逃せない人材だからね」

「ミドリラは正直すぎですよ……。あ、こちらです」


 私達は壁際に空いた大穴の近くに到着した。

 ここに古代魔獣と炎の魔物が居たのが嘘のようだ。今は抉れた壁や柱が戦闘の激しさを物語るのみである。

 一番気になるのは、この辺り全てが白く染まっていることだろう。私の放出した神々の魔力の影響で、地面も柱も天井も白く変色し、魔力を帯びて僅かに発光するようになってしまった。

 

「バーツ様の戦いの影響で、この辺り一体が変質しました。何でも特殊な魔力を含んでいるそうです」

「これが良いことなのか悪いことなのか、アタシ達にはわからなくてね。二人の意見を聞きたかったんだ」

「フィンディ、どう思う? 神々の魔力の影響だろうが、少し魔力の質が違うな」


 フィンディが杖の宝玉をしばらく輝かせてから、口を開く。

 

「ふむ。バーツが派手に神々の魔力を撒き散らしたおかげで、神域に近い性質を持ったようじゃの。戦う前に言った通りじゃ」

「それは安全ってことでいいのかい?」

「害はない、むしろ有用じゃろう。そうじゃな、ワシは鍛冶には詳しくないのじゃが、泥から鉄を作れるじゃろう。あの要領でミスリルのような金属を作ることが出来るかも知れんのう」


 ミスリルというのは神話の時代に神々にもたらされた希少金属だ。軽く、強く、魔術と相性が良い。今では古い魔術具を原料に加工するしか入手手段がない金属である。

 それに近いものを作れる可能性というのは、とんでもない価値を持つ。


「いや、あれは泥を鉄にしてるんじゃなくてな……って、ミスリルだって! 神話の時代の金属を再現できるってのかい!」

「おぬしらは普通のドワーフじゃし、素材が違うからのう。あくまでミスリルみたいな金属を生み出せる可能性があるという話しじゃ」


 しかも物凄く大変じゃぞ、とフィンディが付け加えた。

 そんな忠告を聞きながらも、目を輝かせながらミドリラが私の手を握ってきた。

 

「バーツ! ドワーフを代表して改めて礼を言わせてくれ! 貴方はアタシ達の恩人だ!」


 感動のあまり、彼女は涙ぐんでいた。


「そ、そうか? この結果は完全な偶然なのだが……」

「偶然でも十分すぎるさ! 本物と違うとは言え、自分がミスリルに関われるとは思わなかった! 何でも言ってくれ、できるだけの礼をしたい!」

「む、うむ……そうか、そうだな……」


 何でもとか急に言われても困る。そもそも私はあまり欲望が無いのだ。

 いや、願いなら一つあるな。

 

「墓を作って欲しい」


 私の言葉を聞いたミドリラが手を離して、怪訝な顔をしながら聞いてくる。

 

「今回の戦いの犠牲者の慰霊碑ならもう手配してるぞ? ああ、竜人達も犠牲があったらしいからな、そちらか」

「いや、あの古代魔獣の墓だ。小さいものでもいいから、作ってやれないだろうか?」

「古代魔獣の? なんでだ?」

「バーツ、何故そのようなことを望むのじゃ? 全員が困惑しておるぞ。皆にわかるように説明せい」


 いきなり結論を言ってしまった。どうもフィンディとピルンも困惑気味だ。ここはちゃんと説明しよう。


「古代魔獣は神々に捨てられた後、ずっと地下で眠り続けていた。ようやく目覚めてみたら、いきなり見慣れない生き物に攻撃され、良くわからないまま殺された。そう思うと少し哀れでな……」


 ドワーフや竜人に被害が出ていることを考えると虫の良い話だと思う。だが、神々とこの時代の人間の双方から拒絶され、ただ殺されたあの魔獣に小さな墓くらいあっても良いのではないだろうか。


「なるほど。魔獣を倒した時に妙な様子じゃったが、哀れんでおったのじゃな」

「知性の無い、本能だけの交渉不可能な相手だったが、理不尽な目に合ったのは事実だと思う。確かにこの世界にいてはいけない類の生き物ではあったが…‥…」


 かつて、魔族は勇者によって全滅寸前に追い込まれた。ある意味、勇者と魔王の戦いという理不尽な世界の仕組みに巻き込まれたようなものだ。そんな魔族の王として過ごした身として、同情がないと言えば嘘になる。

 ミドリラはしばし考えた後、朗らかな笑顔で言った。

 

「わかった。それがバーツの願いなら、しっかりとした墓を作ろう。記録にも残す。言われてみれば、可哀想な奴だったかもしれないな」

「無理を言ってすまない、ミドリラ。感謝する」

「何を言ってるんだい、感謝するのは私達の方さ! うかつに中央山地に掘り進めない戒めにもなるし、魔獣の墓はいいだろうさ」


 なるほど。そういう方向なら魔獣の墓も役に立つだろう。上手いことを考えるものだ。


「しかし、中央山地は何があるかわからないですね。本当に恐ろしい場所です」


 ピルンのしみじみとした感想に、全員が頷いた。


「全くだ、王国の拡張はこの辺にして、竜人や大空洞のことに専念するよ」

「それが良いじゃろう。ミドリラ、お主は良い王じゃの」

「一応、そうあろうと心がけてるよ。さて、仕事の話は終わりだ。せっかく落ち着いたんだ、アタシに皆を歓待させておくれ!」


 ミドリラのその言葉を合図に、私達は大空洞を後にした。


 ○○○

 

 私は全裸になっていた。

 別に変なことをしようとしているわけではない。温泉に入るためだ。

 

 ドワーフ王国に戻った私達は、ミドリラから自慢の温泉に入るように勧められた。

 案内されたのは町や王城の上に造られた、北方山脈の壮麗な姿を一望できる素晴らしい露天風呂だ。

 最高級の宿泊施設も兼ねているこの場所を好きに使っていいとのことだ。

 とりあえず、私は温泉に入ることにした。ピルンも誘ったのだが「いえ、わたしは遠慮しておきます」と言って来てくれなかった。貴重な機会なのにもったいない。

 

 この温泉は石で囲って造られたグランク王国風の温泉らしい。壁に書かれていた注意書き通り、掛け湯などをしてから湯船に浸かる。

 肩から下を程よい熱さの湯につけると、全身から疲れが抜け出ていくようだった。

 

「ふぅ。旅人の身だとこうしてゆっくり出来るのは貴重だな……」

「うむ。ワシもそう思う」


 いきなり湯気の向こうからフィンディが現れた。当然ながら、全裸である。

 

「なんだ、フィンディもいたのか」

「3人まとめてミドリラに誘われたんじゃから当然じゃろう。ピルンはどうした?」

「彼は来なかった。そうか、フィンディがいるから遠慮したんだな」

「流石ピルンじゃ。お主とは違うのう」

「私は性別がないからな」


 私に性別がなく、性欲がないことも承知しているフィンディは動じない。実に堂々としたものだ。全裸でざぶざぶと湯をかき分けながら私の隣に座った。

 二人でのんびりと景色を眺めながら湯船に浸かる。北方山脈以外にも、山の合間に造られた温泉街が目に入る。大自然の中にも人の営みが入りこんで来ているのを実感出来る。時代の移り変わりを感じる光景だ。

 時間がゆっくりと流れていく。悪くない、静かな時間だ。

 ふいにフィンディが口を開いた。


「ドーファンとドワーフ王国の事件を通して考えたことがあるんじゃが、聞いてくれるか?」

「勿論だ。遠慮なく話すといい」

「グランク王国に行き、お主を魔王城に送り届けた後、ワシは世界中にある過去の遺物を破壊して回ろうと思うんじゃ」


 ドーファンでは勇者の遺産。ドワーフ王国では古代魔獣。どちらも過去の遺物が起こした事件であり、神々が密接に関わっている。 神話の時代の生き残りであるフィンディなりに責任を感じるところがあったのだろう。

 勇者も魔獣もフィンディが生み出したわけではないが、この世界で最も的確に対処出来る立場にいるのは彼女だろう。

 これは大仕事だ。手助けがいるに違いない。

 

「フィンディ。その仕事には私も同行しても良いだろうか?」

「む、しかし、お主には魔王城があるじゃろう。未練もあるようじゃし、無理してワシについてこなくても……」

「新しい魔王がいる以上、私が魔王城にいる必要はない。場所がわかって、挨拶を済ませれば十分だ。それに、フィンディのやろうとしていることは実に意義深いことだと思う」


 現代を生きる人々に害を成すような過去の遺物は無い方がいい。彼女がそれを減らすというならば、喜んで力を貸そう。

 

「すまぬな。バーツには関係の無い話しじゃろうに」

「無関係ではないよ。私もこの世界の住人だ。危険は少ない方がいい。それにフィンディには借りが沢山あるしな」

「む、それは気にせんでも……。いや、そういうことにしておくのじゃ。宜しく頼むぞ、バーツよ」

「私なりに頑張ろう」


 そんなやり取りを終えると、再び目の前に広がる景色に視線を移した。

 そろそろ夕刻、傾き始めた日差しに照らされる山々は、先程よりも美しく見えた。

 穏やかな時間は突然終わりを告げた。 


「おい! 今ピルンから聞いたんだがバーツには性別が無いってホントか! 見せてくれ!」


 全裸のミドリラが好奇心全開で乱入してきた。お前、私達に温泉を楽しませるつもりじゃなかったのか。

 

 その後、竜人達の臨時集落が完成するまでの間、私達はドワーフ王国に滞在した。

 ミドリラ達に見送られ、グランク王国行きの電車に乗ったのは、一週間後のことである。

次回からグランク王国編に入ります。

当初の予定では、アクセス数が少ない場合、このままクライマックスに突入する予定だったのですが、多くの方に読んで頂いていたおかげで、別ルートに話を進められます。

この場を借りて、読者の皆様にお礼を申し上げます。

宜しければ、これからもバーツさん達の旅にお付き合いください。

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