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45話「魔物討伐 その1」

 竜人とドワーフ軍団の避難が終わった後、少し休憩を取った私達は転移魔術で大空洞に移動した。

 メンバーは予定通り、フィンディとピルンにミドリラ、案内役の竜人族の族長である。


「まさか、ここから3日もかかる距離だとは思わなかった。とんでもない広さだな」

「ここは元々はドラゴンの住処だった場所なのです。それが神々によって地下に落とされましてな……」


 族長の話によると、あの神殿から古代の魔物がいる場所まで徒歩で3日かかるそうだ。


「住んでいた者の体の大きさに合わせた住居とはいえ、豪華な上に広すぎですよ……」

「こんなものを作らせて、あやつら本当に好き放題していたんじゃのう」


 光量を落とした光の魔術で周囲を見れば、壮麗な彫刻の施された柱。踏破に何日かかるかわからない大空間。ドラゴンというのはスケールが大きい上に細やかなものが好きな種族だったようだ。

 とりあえず移動は魔術に決定した。いちいち徒歩で移動する距離でもない。隠形と併用すれば安全に移動できる。

 現在、出発の前段階として全員が装備を確認しているところだ。ミドリラと族長にはフィンディから魔術具が渡されており、二人がその説明を受けたり、試しに使ったりしている。

 

「よし、準備できたよ。しかし、惜しげもなく貴重な物を貸し出すもんだね」

「命には換えられんじゃろ。どうせワシ一人では使い切れんのじゃ、遠慮することはない」

「流石はフィンディ様。素晴らしい……」

「…………」


 族長はフィンディに対して常にこんな調子だ。横で見ている私は慣れたが、たまにフィンディが嫌そうな顔をしている。

 なにはともあれ、これで装備の拡充も完了だ。相手が未知の魔物である以上、備えがあるのは良いことだ。

 

「では、魔術で移動する。族長、案内を頼む。数時間で着くはずだ」


 聞いた感じ、魔術で飛んでそのくらいの距離だ。敵との遭遇を考えなくて良いのでもっと早いかもしれない。

 

「は、お任せください」


 返事と同時に、私は低空飛行の魔術を発動した。


○○○


 大空洞の果て、つまりは壁際には2時間程で到着した。飛行魔術で高速移動をした上に、隠形のおかげで戦闘することがなかった故の速度である。


「ふふ、フィンディ様と共に空を飛ぶ、実に素晴らしき体験でした」

「流石は空を飛べる竜人だな、私達を案内したドワーフなど凄まじい恐怖を覚えていたぞ」

「大抵のドワーフは空を飛んだ経験なんて無いものだ。仕方ないだろう」

 

 少し悪いことをしたかもしれない。

 私達は明かりを消して柱の影で待機中だ。ここから見えるものをじっくりと観察している。

 柱の陰から見える先、大空洞の壁には大きな穴が空いており、そこが古代の魔物の住処につながっているとのことだった。

 場所が場所なだけに周囲は炎の魔物だらけであり。今いる場所から少し先に進めば地面を埋め尽くす炎の魔物と接触することになる。奴らの赤く光る体などのおかげで周囲がうっすらと明るいくらいだ。

 私の魔力感知は無数の魔物の反応の他に、とんでもなく大きな魔力を抱える存在を捕らえていた。……どうも、古代の魔物は穴の外に出てきているように見える。

 

 ローブで杖の光を隠しながら何かしていたフィディが作業を終えたらしく口を開いた。


「うーむ。ここから魔術で観察した感じじゃと、古代の魔物のやつ、少しばかり穴から外に出ておるように見えるんじゃが」

「やはりそうか……」


 柱の陰から穴の方を覗き見してみた。炎の魔物の輝きだけでは光量が足りず、古代の魔物の姿は見えない。穴の影にいるのかもしれない。もう少し近づければはっきり確認できそうだ

 

「このままバーツ様の魔術で隠れて移動できないものでしょうか? 明かりがないのでわたしにも何もわかりません」

「アタシももう少し近づきたい。どうにか近づければいいんだけど」


 ピルン達も同じ考えだったようだ。危険だが、近づきたい。すると、フィンディが再び杖をローブに隠しながら何かを調べた。


「周辺の地形を把握できたのじゃ。奴は大穴の出入り口で寝ておるようじゃの。大人しく寝床にいてくれれば良かったんじゃがのう」

 大穴の中で眠っていてくれれば身動きしにくい所に魔術を撃ち込み放題だったのだが、そうもいかないようだ。


「これは、大量の炎の魔物とも入り乱れての乱戦になるな。出来れば不意打ちをしたいところだが」

「奇襲するにしても近いほうがいいね。隠形は気づかれていないんだろ?」

「うむ。バーツの隠形なら行っても大丈夫じゃろう。全員、ワシについて参れ。周りが全て敵ということを忘れるでないぞ」


 ここに不意打ちを躊躇するような者がいなくて良かった。炎の魔物を見た限り、交渉の通じそうにない相手のようだし、せめて楽に勝ちたいものだ。

 私が隠形の魔術を発動しながら、フィンディの案内で魔物の群れを縫うように進む。少し歩いて、魔物の群れと接触するギリギリのところに到着した。ここからなら大穴まで見通せる。

 そっと覗き込むと、古代の魔物の姿が視認できた。

 話に聞いたとおりの赤く輝く体表の血管のおかげで、うっすらと全容が見える。くまなく観察できるわけではないが、体毛はなく足は6本の角ある獣。目を閉じて静かに眠っているように見えるが、時折体表から吹き出す血液が地面で弾けるたびに炎の魔物が生まれている。

 これは魔物というより魔獣だ。

 

「なるほど。これは古代の魔物ではなく、魔獣だな」

「そうじゃな。これからは古代魔獣と呼ぶとするのじゃ」


 私の感想にフィンディも同意してくれた。


「名前を決めるのもいいけど。実際どうなんだい? アタシには物凄い化物すぎて、戦いを挑むのは無謀に思えるんだけど」

「周囲の炎の魔物の数は数千どころではありませんね。申し訳ありませんが、バーツ様とフィンディ様が頼りです」


 ミドリラとピルンが怯みながら言った。彼らが弱気なのではなく、冷静な分析といえる。二人とも十分過ぎる勇気と実力を持っているが、相手にして余りある大物だ。

 さて、アレをここにいる5人で討伐できるだろうか。我らが森の大賢者はどう判断するのだろう。

 

「フィンディ、どう思う? 倒せるか?」

「その件なんじゃが、少し相談したい。古代魔獣じゃが、ワシより持っている魔力量が多いのじゃ」

「なんだと……。いや、魔力量だけなら私だってフィンディより多い、それに何か問題があるのか」


 魔力量は大事だが、それが戦闘能力の全てに繋がるわけではない。フィンディの強さは膨大な魔力と多彩な魔術と長年の戦闘経験からもたらされている。古代魔獣が魔力量で上回った程度でどうこう出来るとは思えない。


「ワシの見たところ、あやつは戦いのために体内の器官で複数の魔術を発動しているようなのじゃ。主に身体強化じゃな。あと炎の魔物もその機能の一部じゃ。魔力量が莫大だから、数千でも数万でも眷属を作り出せるし、自分をひたすら強化できる。知能は低そうじゃが、魔力を生かした再生やら飛行やらで肉体的には、とんでもなく強靭じゃ」

「わたし達から見るとフィンディ様の魔力は無尽蔵に見えますね。それを基準に考えると、古代魔獣は実質無限に炎の魔物を量産し、自分を魔術で強化し続けるということですか?」

「そうじゃ。いつものようにワシが短い詠唱の魔術を使ってもすぐに再生してしまうじゃろう。一撃で奴を消し飛ばすくらいの強力な魔術を準備して、どうにかできるかというところじゃな」

「なんと、フィンディ様に倒しきれるかわからないとは……。ドラゴン以上の難敵ですな」


 族長の意見に私は頷いて同意した。これは大変な事態だ。


「流石にドラゴンの方が強敵なんじゃが、今回は神々の加護がないのが辛いのう。少し、作戦を考える必要があるのじゃ」

「どうにかして、アタシの斧で一撃とはいかなそうだね。フィンディで無理なら、バーツならどうなんだい? 魔力だけならフィンディ以上にあるんだろ?」

「そうだな。少し、観察させてくれ」


 私は魔力感知で古代魔獣を丹念に観察してみた。魔力量だけならフィンディを超えるのは私も同じだ。強力な武器である神樹の枝を持っていることも考えると、魔獣を倒せる可能性はあるように思える。

 さて、私の力でどうにかする方法はあるだろうか。

 見たところ、古代魔獣の中で莫大な魔力が全身を駆け巡っている。まるで、魔力がもう一つの血液として体を支えているようだ。大抵の生物はここまで大量の魔力を巡らせる必要はない。普通は体内に留めているもので、魔力を運用すること無く生きる生物も珍しくない。

 しかし、古代魔獣は話が違う。あの莫大な魔力は巨体を維持するために運用されているのではないだろうか。眷属の製造を自分を守るため、身体強化はあの巨体を支えるためだ。

 つまり、古代魔獣にとって魔力は生命維持の手段なのではないだろうか?

 例えば人間が魔力を使い果たしても気絶する程度で済むが、古代魔獣はそうなったら体を維持できずに死に至るのではないだろうか?

 仮説に仮説を重ねた話だが、試す価値はありそうだ。幸い、私には良い手段がある。

 

「私の見たところ、古代魔獣は生命の維持を魔力に依存しているようだ。魔力吸収をすれば倒せるのではないだろうか」

「おお、凄いな! そんなことが出来るのかい。フィンディ、今の作戦はどうだい?」

「む……。悪くないのう。確かに古代魔獣は生命活動のかなりの部分を魔力に依存しておる。ワシらが援護して、魔獣に接近したバーツが魔力を吸収というところかのう。……ところでバーツ、ワシくらいの魔力量を吸収したことはあるか?」

「ないな……。自分に限界があるのか知りたい気持ちもあるが、ここで試すのは嫌だ」


 古代魔獣を倒せるくらいの魔力吸収を行った結果、自分が爆発でもしたら嫌過ぎる。もう少し手段を考えよう。

 そうだ、神樹の枝を使えばいい。これを通して周囲に魔力として放出してしまおう。神々の魔力をばらまくことになるが、問題ないだろうか。

 私は神樹の枝を示しながら、皆に相談する。

 

「神樹の枝を経由して魔力吸収を行い、私の体に取り込むのではなく、この枝から周囲に魔力を放出するのはどうだろう? この空間に神々の魔力が満ちることになるが、悪影響はないだろうか?」


 全員の視線がフィンディに集中する。ここは彼女の知識が頼りだ。


「その作戦はいけそうじゃ。神々の魔力の影響で周囲が神域のようになるかもしれんが、それで悪影響はないはずじゃ」


 おお、と全員の表情が少し緩んだ。一撃必殺の大魔術に賭けるよりも、まだやりやすそうな作戦だ。失敗しても、魔力吸収で魔獣が弱まる可能性があるのもいい。

 

「作戦は決まりだね。すると、アタシ達はバーツの援護をすればいいかな?」

「私が古代魔獣に直接触れられるように援護して欲しい。あれだけの大物相手だと、周囲に気を配る余裕がないだろう」

「バーツとミドリラが前衛、ワシとピルンと族長が後衛という配置でどうじゃ? ピルン達に守って貰えば、ワシが後方から攻撃と援護の魔術を飛ばして、前衛二人が魔獣に専念出来るようにしてみせるのじゃ」

「あとは状況を見ながら対処だな。無理だと思ったら撤退しよう」


 ドワーフの斧と神世エルフの魔術具で武装したミドリラは強力な戦力だ。フィンディの援護があれば古代魔獣が相手でも前に出て行ける。こちらの予想より古代魔獣が手強かったら迷わず撤退して作戦の練り直しだ。


「古代魔獣の相手はバーツ様とミドリラが、炎の魔物はわたし達が担当ということですね」

「私は空中から戦うつもりだからいいが、ミドリラは炎の魔物の相手もしなければならないのではないか?」

「ワシを誰じゃと思っとる。炎の魔物如き、次々と薙ぎ払ってくれるわ」

「フィンディ様の盾となることが出来る日が来るとは、竜人としてこれ以上の誉れはありませぬ」


 周囲は魔物だらけだ。四方八方から私達に殺到するだろう。フィンディが魔術に集中できるのはとても大切だ。ピルンと族長の奮戦に期待しよう。

 

「よし、作戦は決まりだな。まずは隠形で出来るだけ近づいて、奇襲を狙ってみるか」

「うむ。全員に援護の魔術をかけるのじゃ。少し待っておれ」


 フィンディが我々に次々と魔術をかける。私以外の面々は身につけた魔術具も発動させた。身体能力強化、武器防具の強化、神世エルフの魔術によって、とにかくありとあらゆる力が増していく。

 準備が整った。言うまでもなく全員の士気は高い。

 

「では、行くぞ」


 言葉と共にこっそりと魔獣に近寄るべく、歩みを始めた。

 さあ、古代魔獣狩りの始まりだ。

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