43話「彼らの事情」
とりあえず、平服しながらも興奮覚めやらぬ彼らと情報交換することになった。
奇天烈な儀式をしていたが、彼らは交渉可能な種族のようだ。冷静じゃないのはフィンディくらいだが、こちらは問題ない。
我々は用意して貰った椅子に座り、彼らは地面という、ある意味、上下関係のはっきりした構図で話は始まった。
「と、いうわけでワシらはドワーフ王国が地下を拡張した中で起きた事件で調査しておったら、お主らを見つけたというわけじゃ」
一番話を通しやすそうなフィンディが私達の紹介と状況説明を行う。こちらとしては隠すことはないので、ありのままを伝えた
「なるほど。てっきり我らの祈りが通じて降臨なされたのかと……」
「申し訳ないがそれは勘違いじゃ。そもそもワシは神ではないので、祈りを捧げられてもそれに気づくことができんからのう」
「しかし、祈りは通じました……。これは最早、フィンディ様が神に等しいという証拠では……」
「違うと言っておろうに。たまたまたじゃ、たまたま」
フィンディが嫌そうな顔で否定する。
このままだと話が進まなそうだ。今大事なのはフィンディが信仰に値する存在かどうかではない。
「話に割って入ってすまないが、貴方がたは何者なのだろう? 正直、こんなところに意思疎通が図れる種族がいるとは思っていなくて驚いているのだが」
「ああっ、失礼致しました。守護者様とお話しできるのが嬉しくてつい余計なことを……。今度は私達の事情を説明する番ですな」
余計な話しをしている自覚はあったのか。なかなか侮れない種族である。
「私達は自らを竜人と呼ぶ種族です。竜とはかつてこの世界に存在したドラゴンの別名でして。私達は、奉仕種族として彼らに作り出されました」
「ドラゴンの奉仕種族じゃと。そんなものがおったのか……」
どうやら、フィンディも知らない種族だったようだ。なるほど、小さな角や翼などの彼らの身体的特徴がドラゴンに連なるものである証明か。神世エルフに匹敵する古い種族に出会えるとは、冒険というのは面白い経験が出来るものだ。
「フィンディも知らないのかい? 奉仕種族ってんなら、大昔に戦ったことがありそうなもんだが?」
「私達はドラゴンに生み出され、身の回りの世話をするためだけの消耗品でしたので、戦場には出ませんでしたので、ドラゴンの住処から出ることは無かったのです。フィンディ様達は外の世界で直接ドラゴンと戦いましたから、気づかなくても仕方ないかと」
文字通りの奉仕種族だったのか。しかも消耗品扱いとは、あまり幸せな境遇ではなかったようだ。事情は違うが、追い詰められて全滅寸前だった魔王城の皆を思い出す。
「ここに来るまでにフィンディ様から、古代の話を聞きました。ドラゴンが倒された後、神々がその痕跡ごと処分したそうですが」
「私達はその際の生き残りです。ドラゴンの世話をするために生み出された私達は建築や生活に関連した魔術に長けているので、その技で生きています。また、かなり丈夫な種族ということが幸いしまして」
「すると、神々によって中央山地に封じられた後、何万年もひっそりと地下で暮らしていたっていうのかい?
「その通りでございます。我々、寿命も長いですし。戦いも嫌いですので、ここで細々と暮らしていければ満足ですから」
「そこまでは把握したのじゃ。それで、なんでお主らがワシを信仰しておるんじゃ。ドラゴンの奉仕種族なら、むしろ憎い敵じゃろ」
その通りだ。扱いはどうであれ、神世エルフは主人であるドラゴンを殺した上に、神々によってこんな地下深くに閉じ込められることになったのだ。それがよりによってフィンディを信仰するなど、不可思議にも程がある。
「……奉仕種族といえど、こうして会話できる知性も感情もあります。有り体にいって、ドラゴンの奉仕種族でありながら、ドラゴンは恐怖と嫌悪の対象でしか無かったのです」
それからドラゴンへの竜人への扱いの話をいくつか聞かされた。死ぬまで命じられる過酷な労働、戯れに要求される生贄、ドラゴンの魔術の実験台。それはもう酷い話だった。ちなみに代表として話している彼が現在の竜人族族長とのことだ。
「そうか、その状況から救ったのがフィンディと神世エルフ達なのだな」
「はい。上の神殿の壁画にあったように、地に生きる人々がドラゴンとの戦いに敗北し、絶望した時に空から降臨されたのが神世エルフ様達なのです。なかでもフィンディ様の活躍は目覚ましかったので、もっとも神に近い力を持つエルフとして我々は信仰することにしたのです」
「ワシの知らないところでとんでもないことが起きておったんじゃな。なんか頭痛がしてきたのじゃ……」
納得をしたようだが、げっそりしてるフィンディ。本当に頭痛がするらしく、深刻な様子で頭を押さえている。
「アンタ達、先程からまるで見てきたみたいな話し方だけど、とんでもなく長生きなのかい?」
「いえ、私達の寿命は千年程度です。他にすることもなかったので、過去の伝説を口伝で伝えたり、このような儀式を行っていたのです。地下は争いもなく静かに暮らせて平和でしたので」
竜人族は神々に地下に閉じ込められたことは少しも恨んでいないようだ。建設や生活に関連した魔術に長けているというのは伊達ではないらしい。
「えっと、後で詳しく皆さんの知る伝説をお聞きしたいのですが、その前に確認したいことがあります」
「知っていることなら何でもお答えしますよ。フィンディ様のお仲間なら断る理由がありません」
メモする手を止めたピルンが会話に加わる。話を本筋に戻す気だ。竜人達について知ることが出来たなら、次は彼らが祈る理由について聞かねばならない。
「では、遠慮なく。皆さんはフィンディ様に「危機を救ってくれ」と祈っているようでしたが、この地下で何か起きたのでしょうか?」
そう、そこが気になるところだ。族長の後ろにいる竜人達は必死に、すがるような目でこちらを見ている。彼らは相当の深刻な事態に巻き込まれているのだ。
そして、恐らくそれは、私達がここにいる原因と関係がある。
「皆さんは、ここに来るまでに炎を身にまとった魔物と戦いませんでしたか?」
「うむ。かなりの数と遭遇したが、全部倒してやったわい」
おおっ、と竜人達から歓声があがった。こういうことを言うから、信仰されるような事態になると思うのだが。
「上にあった広い空間、大空洞と呼んでいるのですが、元々私達はあちらに住んでいました。しかし、少し前からあの魔物が現れるようになり、とうとう対処できなくなり、ここに避難してきたのです」
「む。するとこの建物は避難所なのか?」
「はい。この神殿から更に下りた先に私達の集落があります。全部で200人程度なので暮らしていけないわけではないのですが、あの魔物が扉を破ってきたら終わりなのです」
思った以上に深刻な状況だった。絶滅の危機じゃないか、竜人。全くの偶然ではあるが、私達が訪れたのは本当に運がいい。祈りが通じたと思っても仕方がない。
「なるほど。それで一心不乱に祈りを捧げていたのですね」
「はい。そして、祈りは天に通じました」
澄んだ瞳で一斉にフィンディを見る竜人達。これはもう、フィンディが信仰されるのを止めるのは無理だろう。
「少し前、少し前かぁ……」
横でミドリラがブツブツ言い始めた。彼女との付き合いは短いが、何かやらかしたことに気づいた様子なのはよくわかった。心当たりがあるなら、全部吐いてもらおう。今は情報が必要だ。
「どうしたんだ、ミドリラ。何か気になることがあるなら言ってみるといい」
「いや、ちょっと気になってさ。竜人さん、少し前ってのは、何日くらいだい? いや、地下だからわからないか」
「日付なら魔術具などで知ることが出来ます。そうですね。2ヶ月程前でしょうか」
ミドリラは懐から紙の束を出したり、指で何かを数えてから、申し訳なさそうに竜人達に頭を下げた。
「……それ、アタシ達ドワーフがあの大空間までトンネルを掘り進めた日だ。もしかしたら、アタシ達が原因かもしれない」
「…………」
私達には否定も肯定も出来ない情報だ。回答できるとしたら竜人達だが。
「実際どうなんじゃ? ドワーフが何かしたのが悪かったのかのう?」
「わかりません。もしかしたら、外の空気の気配にあの魔物とその主人が反応したのかもしれませんが……」
「主人? あの魔物には主人がいるのか?」
驚いた。彼らはあの魔物の正体に心当たりがあるようだ。ここに来て核心に迫ることが出来るとは、何ともありがたい。
「はい。あの魔物達は、一体の巨大な魔物から生み出されたものです。最初は数が少なかったので、私達もその「主人」のいる場所まで近づくことが出来たのです」
「すると、お主らはあの魔物達の親玉の正体を見たのじゃな? どんな感じじゃった?」
「はい。とても大きく、強大でした。恐ろしくて手が出せませんでした。とても古い存在だと思います。竜人よりも古いかもしれません」
恐れを含んだ声音で、竜人は言った。他の者達も口々に似たようなことを言う。具体的な能力などは不明だが、あんな魔物を生み出す時点でろくな存在ではないだろう。
「フィンディ様によると、中央山地は神々が世界創造の際に上手く行かなかったものを封印した場所だといいます。そういった類では? ……あ、失礼しました」
「いえ、構いません。実際、ドラゴンはこの世界に何ら益をもたらしませんでしたから」
中央山地で暮らしていた竜人に失礼なことを言ってしまったことに気づいたピルンの謝罪に、族長は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。彼らはドラゴンという凶暴な存在から生み出されたとは思えないほど穏やかな種族だ。
「ふむ……古代の魔物かもしれんのう。ワシら神世エルフが生み出される前に作られた存在の生き残りじゃ。竜人のように生き延びていた個体が外の気配を感じて動き出したのかもしれん」
全て推測じゃから具体的な話はできんがな、とフィンディが付け加える。彼女の言う通り、中央山地にいたのなら、古代の存在に違いないだろう。
「魔物を生み出し続ける古代の魔物か。放置しておくと、厄介だな」
「そうじゃのう。大災害になりかねん」
放っておけば、古代の魔物は大量の炎の魔物を生み出しながら、ドワーフのトンネルを出て外の世界に出て来るだろう。少なくともドワーフ王国には多大な被害が出る。最悪、国が無くなりかねない。
相手の実力は未知数だが、これは退治すべきだ。
「フィンディ様。勝手に信仰されてご迷惑なのは承知の上でお願い致します。私達をお助けください!」
私が魔物退治を決めかけたところで、竜人達が一斉に頭を下げた。
切実な願いだ。何故か、彼らの姿が、全滅しかけたかつての魔王軍と重なる。
更に、ミドリラが竜人達の前に出て、私達に頭を下げた。
「アタシからもお願いしたい。これはドワーフ王国の責任だ。アタシ達の拡張政策がとんでもないものを呼び起こし、地下で静かに暮らしていた竜人に迷惑をかけてしまった。バーツ、フィンディ、ピルン、ドワーフ王国から古代の魔物討伐を依頼したい。頼む、力を貸してくれ」
これは断る理由はない。
ここに私達が来たのは幸運といえるだろう。古代の魔物とやらを見ないとはっきり言えないが、かなり強力な存在のはずだ。地下という軍隊が送り込みにくい環境なら、単独の強者を送り込むのが退治するための最上の戦法となる。自分で言うのもなんだが、私とフィンディは世界有数の戦力といえるので、これ以上ない人選だ。
しかし、勝手に信仰されていて迷惑そうなフィンディが受けてくれるだろうか。
「フィンディ、どうする? もし嫌なら私だけでも……」
「見くびるでないわ。確かに勝手に信仰されておったのは迷惑じゃが。それはそれじゃろう?」
私の言葉は、フィンディの叱責を含んだ叫びで遮られた。
「とても見殺しにできる状況ではなかろう。喜んで依頼を受けるわい」
竜人達が喜びにざわめいた。彼らとて、守護者が現れても、本当に古代の魔物を退治してくれるかどうか、不安だったのだろう。 フィンディに失礼なことを聞いてしまった。たしかに彼女は短気で喧嘩っ早いが、悪人ではない。このような状況を放っておくはずがなかった。
「すまない、フィンディ。変な気遣いをしてしまった。古代の魔物討伐、喜んで引き受けよう」
私が宣言すると、竜人達は喜びに沸いた。




