40話「神話の遺構」
頭数が増えると守らなければいけない状況に陥った時に私とフィンディの負担が増えるので、人数は少ない方がいい。
話し合いの結果、我々の一行に女王を加えて先に進むことになった。神世ドワーフの斧を持つ彼女なら、十分な戦力になる。
当たり前だが、同行者は女王一人と言うとドワーフ達は難色を示した。そこで緊急時の対策として補給地点に転移魔術陣を刻み、ミドリラには魔術具を持たせて、いつでも帰還できるようにすることで納得してもらった。
半日ほど休憩した後、魔術陣を設置した上で、私達は魔術で姿を隠してこっそり出発した。そうしないと、心配したドワーフ達がついてくる恐れがあると、ミドリラから教えて貰ったからだ。
「あいつら、こうも簡単に出し抜かれるとは思ってもいなかったろうな」
「ワシはお主が喜んで付いてきた方が驚きじゃ。あそこで待っていても良かったんじゃぞ?」
楽しそうに言うミドリラに対して、フィンディが呆れた様子で言った。
私達は柱が立ち並ぶ大空間を歩いていた。話していて声が反響することもない広大な場所だ。
「何があっても女王だけは無事に返さねばな。責任重大だ」
国家元首を護衛なしで連れ出すとか、冷静に考えると責任の重さに不安になってきた。
「バーツ様とフィンディ様が一緒にいて何か起きたなら、世界中の誰が護衛しても無駄だと思いますが……」
そう漏らすピルンを先頭に警戒しながら進む。
周囲に浮かべた魔術の明かりが細かな装飾を施された柱を照らす。改めて見ると荘厳な神殿のような空間だ。
私達は魔術で最大限警戒しながら進んでいる。横ではフィンディが杖の宝玉を光らせて、周囲を分析している。明かりを頼りに攻撃される恐れもあるのだが、今のところ何かがいる気配はない。
「何でこんなにも広い空間を作ったのだろうか?」
「それを教えてくれる者はいなそうじゃのう。ふむ……こっちに何かあるようじゃ」
杖の反応を見ながら、フィンディが左の方を指差した。明かりでも照らしきれない暗闇の先に、何かあるようだ。
「選択の余地はないな。この場所の手掛かりを知るためにも、そちらに行こう」
向かった先には、建物があった。巨大柱の小型版を並べて屋根をつけた神殿のように見える建造物だ。入り口へ向かう通路の左右には台座があり、その上にはかつて置かれていた何かが砕かれて残っている。
「神殿のように見えるな……」
「そうだね。少なくとも住居ではないね。あの台座は石像の痕跡かな? 近づいても平気か?」
「特別、魔力は感じないのじゃ。念のため、ピルンと共に調べるが良い」
ミドリラとピルンが台座に近づいて調べるも、特別な発見はなかった。罠もなければ、文字もない。台座の上に置かれていたものは、念入りに壊されたことがわかったくらいだ。
「ここまで来た以上、内部を調べない理由はないな」
「うむ。奥の方に魔物の反応があるのじゃ、油断せぬようにな」
○○○
神殿内部は、外より天井は低いものの、殆ど部屋が区切られていない広い空間だった。
フィンディの言う通り、奥の方に炎の魔物が数十匹いたが、あっさり殲滅した。この前の残党だろうか。
「結構傷んでいるが、無事なところも多いな」
「ええ、これほど綺麗な状態の壁画があるとは思いませんでした」
内部を調べると無事な壁画が見つかった。文字はないが、非常に精緻な絵が描かれている。どうやら、これを作った文明の人々の歴史か神話を表したもののようだった。
壁画には空を覆わんばかりの巨大なトカゲのような魔物と複数のエルフらしきものの戦いが描かれていた。エルフ達の中に一人だけ身体の小さな者がいるのが目を引く。
「ふむ……魔物の方は見当が付かないが。こちらはエルフのようだな。一人だけ身体が小さく描かれているが、何か意味が……」
「それはワシじゃ」
フィンディの言葉に壁画を見ていた全員が一斉に彼女を見た。言うまでもなく、驚きの表情で。
「フィンディ様、あの、この壁画についてご存知なのですか?」
「これはワシら神世エルフが生まれた後、ドラゴンという魔物が生き残っていた時代についての壁画じゃな」
「ドラゴン? この巨大な羽つきのトカゲのようなやつのことかい?」
知らない魔物だ。私……いや、この場にいるフィンディ以外、ドラゴンという魔物についての知識はない。神話伝承に残らないくらい過去の話しということだろう。
「ドラゴンは魔物の王として創造された生物じゃ。見ての通り、翼を持ったトカゲのような外見をしておる。見た目に反して知性は高く、高度な魔術を操る強大な存在じゃった。それこそ、神世エルフに匹敵するほどじゃ」
神世エルフに匹敵する力を持つ魔物。恐ろしい、想像するだけで恐ろしい。脅威としては魔王よりも大きいだろう。ピルンとミドリラも同じことを考えたらしく、深刻な表情だ。これもひとえに、フィンディの日頃の行いの賜物と言える。
「しかし、見たことも聞いたこともないな。それほどの強力な魔物の存在を、伝承ですら私達は知らないぞ?」
「それは全てのドラゴンがワシらによって徹底的に滅ぼされたからじゃよ」
「……すまん、どういう意味だ?」
私を含めて、フィンディ以外の全員が硬直した。今、この神世エルフはとんでもないことを言った。一つの種族を滅ぼしたというのか? 神世エルフ並の強壮な種族を?
「む、信じておらんな? 幸か不幸か、壁画が上手いこと残っておるようじゃ。ほれ、こっちから順番に見るが良い」
フィンディに促されて後をついていくと、ドラゴンが人々に君臨している壁画があった。見事な職人技でドラゴンの凶悪さと強大さが表現されており、人々は宝物を捧げたり生贄を捧げたりと、とにかく苦しめられていた。
「うん、ドラゴンとかいうのが人間を苦しめているように見えるな」
「その通りじゃ。神々が最上位の魔物として生み出した5匹のドラゴン。獰猛で知恵ある強大な魔物である彼奴らは世界を5つに分けて支配しておった」
魔術の明かりで壁画を照らしながら、ゆっくりと歩くフィンディ。壁画の伝える物語上には人間以外の種族も描かれるようになり、やはり苦しんでいた。5つのドラゴンが壁画の中央と四隅から、とにかく世界中を苦しめている。
「おお、今度は色んな種族が苦しんでる壁画になったぞ。ドワーフもいるな」
「ドラゴン達の支配は酷いものじゃった。戯れに国同士の戦争を起こして死人の数を競ったり、無益な労働で人々を苦しめたり、生贄を要求してみたりと、やりたい放題じゃ」
「そ、それは酷いですね」
次の壁画の内容は更に別物だった。人とエルフとドワーフが手を携えて武器を取り、ドラゴンに立ち向かう絵だ。どの種族も決意と覚悟の表情がよく現れている。
「そして、人々がドラゴンを退治するために立ち上がったというところか?」
「うむ。人もエルフもドワーフも無力ではない。この時は魔族すらも協力して、ドラゴンに立ち向かったのじゃ」
「でもこれ、負けていますね」
ピルンの言う通り、次の壁画でいきなり人々はドラゴンに負けていた。火を吹いたり雷を落とすドラゴンを相手に右往左往したり力尽きている各種族が描かれている。
「そうじゃ。ドラゴンは強すぎたのじゃ。当時の大地に生きる人々ではとても太刀打ちできんかった。それどころか、この戦いが原因で、ドラゴン達は地上の生命を一掃しかねない勢いで図に乗ったのじゃ」
このまま絶望的な終焉を迎えるかに思えた壁画だが、次の場面で大きく様相が変わっていた。地に生きる人々は姿を消し、大地にいるドラゴンと、天空から降り立つエルフ達の絵になった。全然出てこないと思っていたら、神世エルフはこのタイミングで登場のようだ。
「そこで、神世エルフの出番か。思ったより遅かったな」
「うむ。この時代は神々も神世エルフも極力世界に干渉しない方針じゃった。しかし、流石に看過できんでな。ワシらが地上に遣わされ、神々の加護の下に、ドラゴンを退治することになったのじゃ」
そして最初に見た壁画に戻ってきた。絵の中ではエルフたちが派手に魔術を使ってドラゴンを退治している。
「そして、この壁画か。……この身体の小さな神世エルフがフィンディだとはな」
言われてみれば壁画の中の小さな神世エルフはローブと杖が彼女のものに似ている。天空から降り注ぐ光は神々の加護の表現だろうか。同等の実力を持つ相手に対抗するためとは言え、神々の力を借りるとは、豪快な話だ。
「そうじゃろうのう。こんなところで昔の記憶を呼び起こされるとは思わなかったわい」
感慨深げに壁画を見るフィンディ。彼女も長命だ、胸に去来する感情があるのだろう。
「なあピルン、なんかこの壁画。フィンディだけが笑顔でドラゴンを倒してるように見えるんだけど……」
「わたしにもそう見えます。あの、ドラゴンはフィンディ様お一人に退治されたのですか?」
しんみりした様子のフィンディの隣で野暮な指摘を始めたミドリラとピルン。確かに、壁画の中のフィンディは良い笑顔をしている。ここまで真面目な内容が多かっただけに、彼女の表情が悪い意味で目立っている。
「ちゃ、ちゃんと他の神世エルフも手伝っておったわい! ただ、ドラゴン共がちょっとワシを馬鹿にしたのと、あまりの惨状に若き日のワシの怒りが爆発しただけじゃ!」
怒りが爆発というのは今も割とある気がするが私はあえて指摘しなかった。好戦的なのは今も変わらない気もするが、フィンディにも若い頃があったということにしておこう。
「ドラゴン、フィンディに滅ぼされた哀れな種族か……」
「だからワシ一人の仕業ではないというに。まあ、この後、ドラゴンについての記録はワシらが出来る限り抹消したのじゃよ。神々もとんでもない物を生み出してしまったことに対して、バツが悪かったみたいでのう」
「神々が証拠隠滅かー。その辺はアタシ達と変わらないな」
「い、一応その後、生き残った人々が世界を立て直せるように協力したんじゃぞ。実は、神話にある暗黒時代とかの真相がこれなんじゃ」
「まさかこんなところでこの世界の歴史の真実に触れることが出来るとは思いませんでした……」
ピルンが呆れながらメモをとっていた。珍しい情報は出来る限り記録した上で本にしている彼だが、今の話は掲載されるのだろうか。神々の威厳がかなり落ちそうだ。
「なかなか興味深い話が聞けたな。さて、この神殿、先があるようだぞ」
気を取り直して、私は壁画のある部屋の更に向こうにある暗闇を指し示した。フィンディ先生の歴史講座はこの辺で良いだろう。
「そうですね。調べてみましょう」
「周囲に魔力の反応は無いが、何が出てくるかわからない。気をつけよう」
「次に魔物が出た時はアタシの分を残しておいておくれよ?」
「お主ら、ワシのことを誤解しとらんか? なあ?」
しつこく聞いてくるフィンディを受け流して、私達は神殿内部を探索した。
壁画の向こうは小さな部屋になっており、更なる地下へと続く階段があった。明かりで照らしてみると、降りた先に扉が見えた。
「どうしましょう。このまま進みますか?」
「フィンディ、念のために聞くが、この階段に見覚えはないか?」
「残念ながら、相変わらずワシの知らぬ場所じゃ。そうじゃの、少し休憩してから先に進まんか?」
「ありがたいね。戦いでは楽をさせて貰ってるけど、思ったより神経を使って疲れてるよ」
「では、休憩だな。私が結界を構築しよう」
返事を待たずに私が周囲に休憩のための結界を展開すると、ピルンが荷物から食糧を取り出し始めた。こまめな休憩は大事だ。
失われた記録が残る遺構。謎の魔物。その答えが、扉の先にあると良いのだが。




