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39話「ドワーフ女王 その3」

 手っ取り早く私の実力を示すため、模擬戦を行うことになった。

 広い場所に移動することになり、補給地点にある広場に見張り当番以外のドワーフが全員集まってきた。良い見世物になっている気がするが仕方ない、必要なことだ。

 私とピルンを中心に円になってドワーフ達が楽しそうに眺めている。観客の中にミドリラとフィンディがいるが、どちらも微妙な顔をしていた。

 

「バーツ様と対戦するのはドワーフの代表者一名、それでいいですか? わたしが言うのもなんですが、もっと多いほうがいいですよ」

「ふん。女王直属の戦士がよってたかって魔術師に襲いかかるなど出来るわけないわい。一対一の戦いで十分じゃ」


 ピルンに対して一番偉そうなドワーフが自信満々な様子で応えた。どうやら勝つつもりらしい。


「バーツ様はそれで良いですか?」

「それで彼らが納得するなら良いだろう」

「承知しました。審判はわたしが務めさせて頂きます」


 ドワーフ達もピルンならばと納得した。ピルンの実力は彼らも認めているらしい。すると、私だけが侮られているのか。実績が少ないというのは大変だ。

 

「では、ドワーフの代表者、出てきてください」

「よし、シュレッガ。行け」


 周囲がどよめいた。「まさか、魔術師相手に疾風のシュレッガを」「隊長は本気だ」「流石会員ナンバー2だ」とか聞こえる。あの偉そうなドワーフは隊長で『神世エルフ、フィンディ様を見守る会』の会員らしい。それはそれとして、察するにシュレッガというのはかなりの実力者のようだ。

 「シュレッガ! シュレッガ!」とドワーフ達が叫び始めた、会場の熱気は最高潮だ。

 しばらくして一人のドワーフが輪の中から現れた。

 シュレッガはバランスの悪い男だった。なんというか、こう、身体のバランスが悪い。茶色い髪の細面のイケメン顔なのだが、体型がよくあるドワーフの樽的なそれなのだ。見ていて不安になる外見だ。

 

「模擬戦にはこの身代わり人形を使います」


 シュレッガの外見を気にする様子もなくピルンが小さな人形を二つ取り出した。身代わり人形の魔術具で、契約者の傷を代わりに受けてくれる優れものだ。割と珍しい魔術具なのだが、フィンディがその場で作ってくれた。


「ワシが作った魔術具じゃ。ちゃんと動作するから安心して戦うがいいのじゃ」

「フィンディ様の製作された魔術具を使えるなど、身に余る光栄です!」

「まあ、こういうのがあると安心でいいな」


 私とシュレッガでかなりの温度差が見せつつも、双方ともに身代わり人形の頭にある魔術陣に指を触れる。人形が一瞬だけ輝き、無事に動いたことを知らせた。一瞬、シュレッガがこちらを睨んでいた。どうやら、彼もフィンディのファンらしい。きっと会員ナンバーも若いに違いない。

 

「では、双方準備を」


 距離を取って向かい合う。シュレッガは動きやすそうな鎧、右手に手斧、左手にレイピア。背中には背丈くらいある幅広の剣を背負い、腰には手斧が更に二つぶら下げているという、どんな戦い方をするのかよくわからない装備だ。

 先程の周囲の反応を見るに、かなりの手練であるのは間違いない。この場にいるドワーフの戦士は全員が女王の直属。精鋭中の精鋭だ。

 油断はできない。

 

「バーツ殿! 貴殿がフィンディ様の隣に立つに相応しい人物か、確認させて頂く!」

「わかった。善処しよう」


 シュレッガから物理的な力すら感じるくらいの凄い気迫が伝わって来る。これが嫉妬の力か。とりあえず、ドワーフ達を納得させるだけの力を示しておけば、これからの行動が楽になるだろうから上手く勝っておきたいものだ。護衛の部下などピルン以外いらないという本音は後で女王に話そう。

 

「では、はじめ!」


 ピルンの合図と共に、場が静寂と緊張に包まれた。流石は精鋭部隊、宴会で酔っていても戦いへの態度は真剣だ。一同が私達に注目している。

 

「悪いが手加減しませぬぞ!」


 叫びと共に、シュレッガが手斧を投擲。ドワーフの怪力で投げられた手斧は高速回転しながら私を大きく外して後ろに飛んでいった。

 私は落ち着いて防御障壁を展開した。今の手斧は魔力の反応があった、間違いなく魔術具だ。手元が狂ったわけではなく、途中で進路を変えて私の背中辺りを狙うに違いない。

 

「我が身に・疾風の翼を・刹那の刻に!」


 間髪を入れずに短文詠唱を唱え、魔術の力で高速で突撃をしてくるシュレッガ。左手のレイピアで私を貫く算段だろう。なるほど、手斧とレイピアの同時攻撃、更に状況に応じて武器を変えて戦う軽戦士か。

 

「覚悟っ!」


 防御障壁を展開しているのも構わずに、シュレッガのレイピアが私の胸目掛けて放たれた。魔術の加速と彼の技術、威力は申し分ない。

 レイピアの一撃と同時、背中側にも魔力の反応が近づいてきた。最初に投擲された手斧だろう。レイピアと手斧の攻撃が、同時に私に直撃した。

 

「……流石、やりますな」


 当然ながら、どちらの攻撃も私に届いていない。余裕めいた口調だが、シュレッガの表情には若干の焦りが見える。障壁がびくともしなかったからだろうか。

 

「まだ続けるか?」

「勿論です。我が戦法がこの程度だと思って頂いては困ります!」


 シュレッガは素早く私から距離を取る。実に機敏なドワーフだ。

 そして、レイピアを捨て背中に背負った剣を抜き放った。彼の身長ほどもある剣は、柄と刀身に複雑な魔術陣が刻まれていた。

 

「これぞ魔剣マジックスラッシュ! あらゆる魔術を切り裂くドワーフの魔剣! バーツ殿がいかに優秀な魔術師でも、抗えますまい!」

「それは凄いものだな」


 素直に感想を言う。しかし、なんで彼は自分の魔剣の能力をベラベラ喋るのだろうか。魔術師殺しともいえる素晴らしい剣を持っているのだから、説明せずに無言で斬りかかるべきだと思うのだが……。

 また、残念ながら彼の魔剣は私には通用しない。あの手の魔剣は相手の魔術を解除して、純粋な魔力に戻す陣が刻まれている。ドワーフ造りの魔剣とはいえ、私の膨大な魔力に耐えきれず崩壊するだろう。

 

「よし、私の魔術と力比べだな。かかってくるがいい」

「加減はしませんよ! 疾風の翼よ!」


 再び短文詠唱と共に斬りかかってくるシュレッガ。目にも留まらぬ速さで私の肩口を狙っての斬撃が来た。


「な、なんと。我が魔剣が……届かないとは!」


 私の防御障壁と魔剣がぶつかり、発光していた。私の防御障壁が剣を押し戻すことで起きる魔力反応の光だ。魔剣は刻まれた魔術陣の通りに防御障壁を魔力へ変換しているが、私の無尽蔵な魔力によって作られる防御障壁の速度がそれを上回っているのだ。

 

「流石はドワーフ造りの魔剣、良い出来だ。しかし、このままだと負荷に耐えきれずに剣が砕けるが?」

「く、おのれ……」


 既に刻まれた魔術陣に無理が出てきているようで、少しずつ剣が崩壊し始めていた。それに気づいたシュレッガは慌てて距離を取る。

 すかさず私は、鎖の魔術で彼を絡め取った。ラエリンで見て以来よく使うが、実に使い勝手の良い魔術である。

 

「な、なんと。くっ、動かない」


 その様子を見た周囲の見物のドワーフ達が沈黙をやめて騒ぎ出した。なんとか切り抜けろとか言っているが、なんともなるまい。

 

「悪いが、この鎖の魔術はそれこそフィンディでもなければ解除は出来ない。負けを認めてくれ」

「ま、まだ負けてはいません! 身代わり人形が砕けるまでは……」


 いや、負けているだろう。観客は根性出せとか適当なことを言っているが、これは根性ではどうにも出来ない。どうしたものか。流石にもう、ドワーフ達も私の実力はわかってくれたと思うのだが。

 

「では、この状態で攻撃をしかけるぞ。電撃の魔術だ。ラエリンの戦いでフィンディが魔族相手に使ったもので、死にはしないが、苦痛は凄い。最後は精神的に完全屈服していたぞ」


 ドワーフ達がどよめいた。「最後は尊厳まで奪われたという、あの魔術か」などと震え声で言っている。ラエリンの王城での戦いは、いつの間にか凄い話になって広まっていたらしい。


「負けは認めませぬ! 電撃くらい耐え抜いてみせます!」 

「見事な覚悟だ。なら、遠慮なくいかせてもらうが」


 私がシュレッガに「んほおおおお!」とさせる電撃を叩き込もうとした時だった、

 

「それまで! この勝負、バーツ殿の勝ちだ!」


 女王が声と共に割って入った。手には輝く斧を持ち、女王としての威厳と共に登場だ。彼女は周囲に向かって、力強い声で言い放つ。

 

「皆の者、文句はないな? バーツ殿はシュレッガを相手に一歩も動いておらんのだぞ」


 その通りだ。私は戦いが始まってから、一歩も動いていない。

 そこを指摘された隊長をはじめ、ドワーフ達は「ぐぬぅ」みたいなことを言ってうめき声を上げる。納得行かないが、認めざるを得ないというところだろうか。

 

「シュレッガ、お前の負けだ。アタシも他の者も、これは認めるしかない。何か文句はあるか?」

「女王陛下の仰る通りです。バーツ殿は、フィンディ様の隣にいるに相応しい、強者です……」


 その一言が決定的になり、戦いは終わりを告げた。

 

「なんというか。面倒なもんじゃのう」

 

 最初からこの結果がわかっていたので、ずっと冷めた目で見ていたフィンディが、そんな感想を一言漏らした。

書籍化作業と並行して書き溜め出来たおかげで、1月の残りの週は月・木の2回更新ができそうです。

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