38話「ドワーフ女王 その2」
ドワーフの補給所はちょっとした集落くらいの広さが有り、防衛のことも考えてか壁を多く設けられていた。おかげで宴会の中心から逃れるのは割と簡単だった。
宴会の主役である私達だが、ドワーフ達が異常なほど飲んで盛り上がっていたので、隙をついて逃げ出すことが出来た。
喧騒からちょっと離れた地面に腰を降ろして、私達はこっそり持ってきた料理を広げていた。フィンディが例のポケットからテーブルなどを取り出し始める。旅の途中の休憩用のピクニックセットだ。
「移動中のピクニック用に買っておいたテーブルやらがこんなところで役に立つとはのう」
「世の中何が役に立つかわからないものですね。せっかくだから、お茶を淹れましょう」
「面倒だから湯は魔術で作ろう、ピルン、容器を貸してくれ」
3人で手早く準備をして、静かに食べ始める。宴会を否定するわけではないが、賑やかなのはやはり苦手だ。
「いいのかピルン、ピット族は宴会が好きだろう?」
「確かに宴会は好きです。しかし、あれほどの狂宴はちょっとついていけません……」
「ちょっと先が得体の知れない魔物で溢れていたというのに、よくもまあ、あんなに騒げるのう」
茶を飲んで一息ついたフィンディが言った。私も料理と飲み物に手を付けながら、ようやく落ち着いた気分だった。電車に乗ってからここに至るまで、実に慌ただしかった。流石に一休みしても良い頃合いだ。
「いくらアタシの配下だからっていつもあんなにはしゃぐわけじゃないよ。そこは理由があるのさ」
私達の静かな宴の場所にミドリラが現れた。連れ戻しに来たのかと思ったが、手には飲み物の瓶と、食べ物を持っている。どうやら、宴会に戻される心配はなさそうだ。
「いいのですか? 女王なのに宴会から離れても」
「派手にご活躍した二人がいなくなったんで探しに来たことになってる。ま、少ししたら戻るよ」
「やはり抜け出したのはまずかったか? 申し訳ない」
「気にしないでいいさ。飲んで騒げればドワーフには十分。珍しい客人がいれば更に面白くなるけど、必須じゃない。実のところ、アタシはここにいる限り酒が飲めないから、ずっと中心にいるのは辛いのさ」
「女王は辛いのう。それで、ドワーフ達がいつも以上にはしゃぐ理由があるというのはどういうことじゃ?」
フィンディが椅子を一つ取り出しながら問いかけた。椅子に座り、自前の飲み物を飲みながら、ミドリラが答える。
「理由はアンタだよ、フィンディ。一週間くらい前だったかね、ドーファンからの新聞にこんな記事があってね」
言いながらミドリラが取り出したのは新聞の切り抜きだった。「神世エルフの講義」という記事でドーファンでフィンディが研究者相手に歴史の講義をしたことが書かれている。記事にはとても上手に描かれたフィンディの絵が添えられており、絵の作者は研究所で働く女性、クラーニャさんによるもの、とあった。
「クラーニャさん、物凄く絵が上手なんですね。そっくりです」
「なんでも器用にこなすとは思っていたが、これほどとは驚きだ」
今度会うことがあったら褒めよう。ついでに何か描いて貰うのもいいかもしれない。
「あのサキュバスめ、いつの間にこんなものを……。というかドワーフ女王がなんでこんなものを持っておるんじゃ?」
「ここのドワーフの大半は後生大事にこの切り抜きを懐に収めてるからね。ちょっと貰ってきたのさ」
「む? 意味がわからないのだが?」
理解の追いつかない話だった。この記事にドワーフ達が注目するような理由が思いつかない。そんな歴史好きな種族だったか?
「単純な話でね。フィンディは神世エルフというエルフの上位種族なのに、アタシ達ドワーフと背格好が近いだろう? そのおかげで、ドワーフからはとんでもない絶世の美女に見えるのさ。その上、とびきり強い魔術師と来てる。ドワーフ族の戦士は噂とこの絵だけで、全員フィンディの熱心なファンになっちまったってことさ」
「なん……じゃと……」
フィンディがうめき声を上げて固まった。驚きすぎてそれ以上言葉が出ないようだ。
「そ、そういうものなのか、ピルン」
念のためピルンに聞く。ドワーフに体格の近いピット族なら、感覚も近いだろう。これは確認が必要な事項だ。
「はい。なんというか、ピット族からも信じられないくらいの美女に思えます。こう、神秘的な美しさがあるので、思わず祈る人がいてもおかしくないくらいかと」
「そ、それほどか……」
長く一緒にいるからまるで意識していなかったが、そもそも神世エルフというのは美しい上に尊ばれる種族だ。ハーフエルフの風騎士ラルツもフィンディには敬意を払っていた。こういった対応をされてもおかしくないのかもしれない。
「し、しかしじゃの。ドワーフ王国に入ってからそんな気配は微塵も感じなかったぞ。至って普通じゃった」
「大臣のジャーグリンがいたろ。アイツは記事を見るなり『神世エルフ、フィンディ様を見守る会』を立ち上げたくらいの猛者だ。あいつがフィンディが現れてもおかしなことをしないように、目を光らせてたんだよ」
あの大臣にそんな秘密が……。私達が会った時はおかしくなかったが、もしかしたら心中穏やかではなかったのかもしれない。
「と、そんな話をしにきたんじゃない。食べながら、これからのことを決めてみた。それを聞いて欲しい」
「もう決めたのか。決断が早いな」
せっかちなのがアタシの取り柄で欠点だ、と苦笑しながらも、真面目な顔でミドリラは言う。
「アタシ達は先に進む。とりあえず、さっきの遺構の奥までは見極めておきたい。魔物の出処が気になるんでね」
確かにあの魔物は気になる。ここで引き返して将来地上に大量発生でもされたら厄介では済まない。危険を防止する意味でも先に進むのは良い判断に思えた。
「そうか。では、私達も付き合うとしよう。もし、危険な何かがあったら止めさせて貰うが、良いだろうか?」
「構わないさ。アタシらで手に負えないと判断したら言ってくれ。バーツとフィンディの実力なら納得できる」
「しょ、承知したのじゃ。話はそれで終わりかのう? ワシ、急に疲れが出てきたんじゃが」
何やらフィンディは気疲れしているようだった。そういえば、彼女は敬意を向けられることは慣れていても、好意を向けられることには慣れていないのかもしれない。
「あと一つ、先に進むにあたって、護衛としてバーツ達にも部隊を預けようと思うんだけどさ」
「それは……」
私達に部下は必要ない。そう答えようとした時だった。
「納得いきません!」
いきなりドワーフ達が乱入してきた。それもかなりの数だ。隠れて見物していたらしい。
「ど、どういうことじゃ?」
珍しく取り乱しているフィンディが私に問うが、答えられるわけがなかった。
なんだこの状況。
○○○
周囲に次々とドワーフが現れる。壁で囲われた狭い場所の通路や壁の上やら、とにかくそこら中だ。思った以上の数のドワーフが私達の会話を盗み聞きしていたらしい。
ドワーフ達は、何故か憤っていた。
「納得いきません! 納得いきませんぞ!」
「な、なんじゃこやつら。こんなに隠れて何をしておった」
「ん、まあ、なんだ。隙あらばフィンディと挨拶とか握手とかして貰うために隠れてたんだと思うぞ。酔ってるし」
「め、迷惑な話じゃ……」
フィンディは本当に迷惑そうだ。今回の件が終わったら、何らかの形で労ってあげようと思う。
「彼らは何が納得いかないんだ? 私やフィンディといった部外者の下に付く話になっているのが気に入らないというなら……」
そもそも部下など必要ない、という続きの言葉はドワーフの大声でかき消された。
「そんなことではない! 麗しのフィンディ様とご一緒できるだけで終生までの誉れである!」
一人が叫ぶと、そうだそうだ、と周囲のドワーフが同調した。
「もしかして、納得いかないというのは、私に対してだろうか?」
ドワーフ達は会話が難しそうなテンションなので、素面であるミドリラに問いかける。彼女は頷いて肯定した。
「何とも情けない話しだが、概ね嫉妬からくるものだ。ほら、バーツはいつもフィンディと一緒にいるだろう? 大森林の賢者ほど高名でもないのに、隣にいるのが気に入らないのさ」
嫉妬とな……。これは初めての経験だ。興味深くない、迷惑だ。
「それだけではありませんぞ! フィンディ様に関しては先程の魔物を殲滅した折、噂に違わぬ魔術を見せて頂きました! 我ら一同、一層の敬意を覚えましたぞ!」
そうだそうだ、と周囲のドワーフも同調した。周りのドワーフ、それしか言えないのだろうか。
あの魔術、狙いをつけたのは私なのだが。そうか、ドワーフ達には私が横で突っ立ってるだけに見えたのかもしれない。
「それに対して、そちらのバーツ殿は立っているだけで何もしておらなんだ。魔人と呼ばれるだけの実力があるのか疑わしい! そして羨ましい!」
そうだそうだ、と周囲のドワーフが同調して叫ぶ。このドワーフ達、大分酒が回ってるな。
「あの、バーツ様。黙らせましょうか?」
ピルンが低い声で言った。どうも、私が侮られていることに怒ってくれているらしい。やり過ぎそうでちょっと怖い。
「落ち着けピルン。これはつまり、私が実力を示せばいいということだろう?」
「ドワーフ的には、そうしてくれると手っ取り早いな」
男ドワーフたちを冷たい目で眺めながら、ミドリラが言った。
ここは一つ、手早く行こう。




