36話「穴掘り最前線その2」
遺構の中を魔術で高速で移動する。衝突を防ぐため強めに明かりの魔術を使っているので、稼いだ距離に合わせて、周囲の様子が変わっていくのが良くわかる。
先程までの場所よりも格段の壁画や装飾といった建築物のレベルが上がっている。私の知る文明ではなさそうだ。壁画には自然や動物、巨大な魔物が描かれている。魔物は翼の生えたトカゲといった外見で、見たことの無い種類だった。
残念ながら、それらをのんびり鑑賞している暇はない。ドワーフ女王の援護が先だ。
「道はこれで合っているか?」
「は、はいぃっ。あってますこわいです。か、壁が……」
案内人は心の底から怯えていた。かなりの速度で壁沿いに移動しているから仕方ない。いつ接触してもおかしくないように思えるだろう。対照的にフィンディとピルンは慣れたものなのでまるで気にしていない。
「周囲の雰囲気が変わりましたが、わたしの知るどの文化とも違いますね。先程までの文明が順当に成熟した印象を受けます」
「流石はピルンじゃ。ワシもそのように感じておった。ある意味、未知の種族の歴史そのものじゃのう、ここは……」
このように、のんびり景色を楽しむ余裕すらある。訓練されていると一味違うものだ。
「あ、あれは女王の設置した補給地点ですっ。最前線はこの先、あっちです!」
進路上に場違いな人工物が目に入った。ドワーフ達が持ち込んだ荷物や資材で作り上げた建物だ。簡素な柵もある。私はそれらを無視して案内のドワーフの指差した方向に移動。何人かの武装したドワーフがこちらを驚愕の表情で見ていたが、今は挨拶している暇はない。
「バーツ、その方向で合っておるぞ。む、これはいかんな、かなりの数に囲まれておる」
「少し急ぐぞ……」
「ひぃぃぃっ!」
暗闇に向かって、私達は更に加速した。
しばらくして、たどり着いたのは巨大で壮麗な装飾の柱が立ち並ぶ、とにかく広い空間だった。これまで見てきた場所と違い、天井が見えないくらい高い。どのようにして、そして何のために、これ程の空間を作ったのだろうか。興味深いが、それに答える者はここにいない。
「これは、凄いですね……。天井が見えません」
「バーツ、このまま真っ直ぐじゃ! 飛ばせ!」
フィンディの言葉を受けて、私はさらに加速した。空間が広くなったので速度を上げやすい。周囲の柱を次々と通過して、フィンディの指示した方向に一直線だ。
「ぬおおおおお! 死ぬ! ぶつかったら死ぬ! いくらドワーフが頑丈でも死ぬ!」
案内人の精神を大分削る加速だったが、幸いにも彼がどうにかなる前に、現場に到着した。
我々から少し先、距離にして数百メートルくらいだろうか、淡い光がそちらに見えた。ドワーフの一群だ。フィンディの観測どおり、彼らは包囲されつつあった。
魔物達は床と柱といったそこら中に存在した。何故それがわかるのかというと、連中がうっすらと赤く発光しているためだ。ドワーフ軍団の周りは真っ赤になっている、数百なんてものではない、かなりの数だ。私の魔力感知によると、見えない天井にもかなりの数がはりついている。
「なんだあれは。本当に見たことがない魔物だな」
全身を発光させる魔物はうっすら尻尾の生えた人型の姿をしていた。体毛はなく、巨大な黒目、鼻がなく牙がむき出し。よく見ると体表から火が出ている個体もいた。個性としてはわかりやすい。
「ワシも知らん魔物じゃな。……とりあえず、炎の魔物と呼ぶかの」
「それが適切に思えます」
「な、なにをのんびりしてるんですかっ! 女王の軍団が包囲されてるんですよ!」
案内人が非難してきた。それも当然だ、今はじっくり観察する状況ではない。さっそく援護しなければ、と杖を掲げた時だった。
前方のドワーフの集団の先頭部分から大きな声が聞こえた。
「貴様らに倒されるドワーフは一人もおらん! カザド・アイメヌ!」
大きく、凛々しく、力強い女性の声だった。
その直後、白い光が遺跡内を照らし出した。神々の魔力に似た輝きだ。気になったので視力を強化して詳しく観察してみよう。
白く光輝く斧を持ったドワーフの若い女性が見えた。自分の背丈ほどの巨大な斧を持った鎧姿の黒髪の少女。間違いない、ドワーフ女王ミドリラだ。
私が観察していると、更に驚くべきことが起きた。彼女の斧の輝きが、周囲のドワーフ達に伝わっていき、ドワーフ軍団全体が淡く発光を始めたのだ。
「行くぞ! ドワーフ王国の強者よ!」
「うおおおおおおお!」
女王の叫びと共にドワーフ達がときの声を上げて魔物に襲いかかった。そう、襲いかかるだ。囲まれているのに縦横無尽に戦いを始めている。しかも押している。すごい。守りに入る気が全然ない。
「あれは、神世ドワーフの斧じゃな。まだ使い手がいるとは思わなんだ」
「はい。ミドリラはあの斧を使いこなすことができるから、女王になれたのです」
「凄い斧だな。具体的にどんな力を持っているんだ?」
「簡単にいうと、神世ドワーフが作った斧じゃ。選ばれしドワーフが使うことで強力な力を発揮する」
「なるほど。神世ドワーフか……」
神世エルフがいるのだから、神世ドワーフもいるだろう。しかし、私もそれなりに長く生きているが、その存在について聞いたことがなかった。何か理由があるのかもしれない。今度、フィンディに聞いてみよう。
「あの、お話していないで女王の援護にいきませんか? 斧の力に頼っていても、あの数は流石に不味いと思いますので……」
案内人が遠慮がちに進言してきた。たしかにその通りだ。ドワーフ軍団は奮戦している。女王に関しては斧を振り回して大暴れだ。身体能力が向上しているらしく、斧の一撃で何体もの魔物を吹き飛ばしている。
しかし、魔物の数は無尽蔵に見える。ドワーフがどれだけ処理しても、奥の通路から次々と現れて来ている。今はドワーフ達が押しているが、近いうちに数に負けて劣勢に陥るだろう。
「ふむ。あの斧の使い手と話してみたくなった。一気に終わらせるのじゃ。バーツ、狙いをつけて貰って良いか?」
杖を掲げ、宝玉内で魔術陣を輝かせながらフィンディが言った。確かにそれが良さそうだ。あの魔物を片付けた後、ドワーフ達と一緒に補給所まで撤退して、話を聞きたい。
「わかった。一気に片付けよう」
私の返事に呼応するように、フィンディの頭上に魔術陣が生まれた。
ドーファンでゴーレムを退治した時のように、私が探知した敵に魔術を叩き込むということだろう。
「念のために言うが、ドワーフは巻き込むなよ?」
「勿論じゃ。二人は、ワシらの周囲を警戒していて欲しいのじゃ」
「承知しました」
「えっ、あ、はい」
ピルンと案内人が答える。直後、炎の魔物の一部がこちらの魔術陣に気づいてこちらに向かってきた。そちらを気にしながら、私は魔力感知でこの空間にいる全ての敵の位置を把握を始める。戦いで激しく動いているが、狙いを付けるのに困難なほどではない。
魔物の一部がこちらに向かって走って近づいてくる。私の魔力感知によると、奴らはこの空間に数千匹以上いる。それが床と柱と天井を使って一気に襲い掛かってくるのだ、たまったものではない。
というか、こいつら見た目は人間のようだが、壁や天井に張り付いて移動という獣か虫のような動きをして、正直気持ち悪い。
「見た感じ、知性は感じられないな。交渉は無理か」
「ええ、我々も何度か話し合おうとしたのですが、そもそも会話すら出来ない有様で」
殺生は好むところではないが、仕方ない。交渉すら出来ない上に、こちらの命を容赦なく奪いにかかってくる以上、こちらも容赦なくいかせて貰う。攻撃するのはフィンディだが。
「フィンディ、どうやら容赦はしなくて良さそうだ。やってくれ」
「うむ。ちょっと待っておれ。調整がの……」
宝玉の内部で複雑な魔術陣を何重にも展開させながらフィンディが言った。頭上の輝きは増していて、物凄く目立つ。このエルフ、地下空間で、どんな魔術を使うつもりだ。中央山地を山体崩壊でもさせなければいいが。
敵が迫ってくる。ピルンと案内人が武器を構えて油断なく待ち構える。だが、正直、二人で支えきれる数ではない。
「フィンディ、そろそろ不味いぞ。近づいてくる」
目の前に炎の魔物が落下してきたのをピルンが迎撃した。目で見えないくらい高い天井から落ちてくるのは殆ど奇襲だ。流石に不味い。こうなったら私がやるか。
「よし。準備できたのじゃ! 凍てつき崩れ去るが良い! 炎の魔物よ!」
言葉と同時に、魔術陣から無数の青い光条が飛び出した。その全てが一瞬でこの空間の魔物だけを撃ち貫く。どれだけ魔物が素早かろうと、光の速度は回避できない。しかも、フィンディの魔術はピルンやドワーフ達の身体をすり抜けていった。敵と味方を識別する攻撃魔術だ。
瞬きするよりも短い時間で無数に発射された青い光条を回避できた魔物は一匹もいなかった。
炎の魔物は魔術を受けた端から一瞬で凍りついていった。
時間にして一分もかからずに、炎の魔物は全滅した。不気味な程の静寂が空間に訪れる。
「やれやれ、敵と味方を識別する設定は久しぶりだから手間取ったわい。すまなかったのう」
一仕事終えたフィンディが、得意気な顔をしながら私達にそんな謝罪を口にした。
「こ、これが神世エルフの魔術ですか。凄まじいですね……」
「一緒に旅をしていて、今でも驚くことがありますからね」
目の前で起きた出来事に戦慄する案内人に、ピルンがフォローにならないことを言っていた。
「お、ドワーフ女王がこちらに来るのう。あの斧の使い手じゃ、ちゃんと挨拶せねばな」
フィンディにしては珍しいことをいうな、と思った時だった。はらはらと、上から冷たい物が降ってきた。
「これは……雪か? なんでまた、いや、まさか……」
「炎の魔物の残骸じゃ。魔術で全身氷になった後、雪となって散るようにした。死体が残ると面倒じゃろう」
凍結させるのではなく、氷にする魔術を使った上に、そんな演出まで付与していたとは。敵味方の識別よりもそちらに手間がかかったんじゃないだろうか?
私のそんな疑問を口にする間もなく、フィンディは雪の降る遺跡内をさっさと歩いて行ってしまった。
フィンディの言う通り、とりあえずは女王に挨拶だ。
攻撃に関しては自重しないフィンディ。ドワーフ女王と合流です。
次回は「ドワーフ女王その1」に続きます。




