35話「穴掘り最前線その1」
私達は王宮から離れ、更に地下へと潜っていく施設へ案内された。頑丈な扉と下りの階段、いくつかの部屋があったかと思うと、また扉と階段という具合に、ひたすら地底深く潜っていく施設だ。
勿論、そんな所を徒歩で移動することはなく、実際の施設内の移動は、魔術で上下する仕組みになっている小さな部屋を使った。電車の技術の応用らしい。階段を使うよりも大分楽だし早くて助かった。
「最前線まで、これに乗って移動です」
「小さな電車だな。しかし、ここでも電車を見ることになるとは……」
そこには4台が連結された小さな電車があった。一台の電車は10人も乗れないだろう。北方山脈越えで動いているものと比べるとかなり簡素な物だ。見れば、武器や食糧などが積まれていた。
「車内の装置に蓄えた魔力で車輪だけを回すタイプです。力はありませんが、大きな設備が必要ありません」
言われて電車を乗せているレールを見てみれば、これといった魔術陣が刻まれていなかった。話の通り、車輪や電車本体に色々な仕掛けがしてあるのだろう。
ちなみに、先程から私達に説明してくれているのは案内役のドワーフだ。人数が多いと逆に困るとジャーグリンに言ったら、若くて優秀な人材として彼を寄越してくれた。ドワーフなのに髭もなく、全体的に小奇麗な雰囲気の明朗な若者である。
「前に来た時はこれはありませんでしたね。驚きです」
「出来たのは最近です。人力で運ぶよりも大分効率がいいんですよ。ただでさえ危険なので、出来る限り楽をしないと」
なるほど。安全を確保するために効率を上げるということか。良いことだ。
「ここから南の中央山地の地下へ向かって掘り進んだんですが、何度か大きな空間にぶつかりまして。大概は地底湖だったりしたんですが、先日、よくわからない遺跡に当たったんです」
「遺跡か。フィンディ、何か知ってるか?」
「中央山地の地下には過去に作られた色々な物が眠っているはずじゃ。実際目にしてみないとわからんの」
「最前線以外の場所は安全が確保されております。立ち寄りますか?」
「いや、直接最前線とやらに向かいたい。女王に会って話を聞きたいし、問題がおきているのはそこなのだろう?」
兎にも角にも、現場に行ってみないことは始まらない。何が起きているか予測すらできない状況だ。途中に用件があるわけでもない、無駄に寄り道する必要はないだろう。
「承知しました。すぐに出発しましょう」
私達が乗り込んだ小型電車は、すぐに地下の暗闇に向かって出発した。
○○○
ドワーフ達は発見した地下空間ごとにちょっとした居住地を作り上げていた。どの場所も柵が設けられ、頑丈な扉で出入りを管理されている。また、全ての場所にレールが通されており、電車の通り道にもしっかりとした扉があった。
私達はそれらを開けて貰いながら進んだわけだが、毎回各所で荷物の積み下ろしがあった。せっかく電車を動かすのだから、無駄なく補給もしたいとのことだ。補給は大事なことなので、私達は快く了承した。
目的地には数時間後に到着した。荷物の積み下ろしがなければ一時間くらいで到着しただろう。
最前線、そこは魔術の灯りの数が少なく、他の居住地よりも大分暗い場所だ。土がむき出しの地下空間の中に無理やり作られた集落といった感じの場所だった。扉も柵もまだ頼りない。本当に最近できたのだろう。
「ここから先は徒歩になります。危険もありますので、護衛を増やしましょう」
「不要じゃ。人数が少ないほうが動きやすい」
「え、しかし……」
フィンディの断言に戸惑う案内人。護る相手は少ないほうがいいのは確かなので、フィンディは正しい。
「大丈夫です。このお二人は信じられないくらい強いですから。斧を使った女王が二人いると思って頂ければ」
「な、なるほど。そういうことなら」
ピルンのフォローで納得してくれた。女王の強さが例えになるとは、かなりの戦闘力を持っているということだろうか。
念のため水と食糧を補給することになり、出発まで少しの時間が必要だった。
「準備、できました」
「では、行くとしよう。今日は沢山歩く日だな」
「全くじゃ。ワシらにしては珍しいことじゃのう」
電車を降りてから、ドワーフ王国内をかなり歩いた。途中の移動を小型電車などで省略してはいるが、私達にとっては珍しいくらい歩いている。
「お気をつけて」
居住地のドワーフの見送りに手を振って応えた。どういうわけか、私を睨んでいた気がする。何か失礼なことをしただろうか?
私達は薄暗い地下の道を進んだ。下りの道はむき出しの地面が踏み固められて階段状になっている。壁には一定の距離ごとにドワーフが設置した魔術具が朧な明かりを放っており。曲がりくねった下りの階段を不気味に照らしていた。
とりあえず、暗くて足元が危ない。きっと転んだら大怪我をする。私とフィンディが魔術で光の球を作り、少し前方と自分たちの周辺を照らすことにした。これで安心だ。
「この通路はドワーフが掘ったものなのですか?」
「いえ、ここからは元からあった道を使っています」
「するとこれは地下に棲む魔物の道か、あるいは別のものか……。フィンディ、わかるか?」
どうやら、ここに何かが居たのは間違いない。謎の魔物とやらが関係しているのか、それとも遥か昔の名残なのか……。
「神話にあるように中央山地は神々が最初に創造した大地じゃ。正直、何が埋まっているか、ワシでも見当がつかんのじゃ。この道だけでわかるわけがなかろう」
「ここまで来て恐ろしい事実を言うな。フィンディですら知らないものだらけなのか、ここは」
中央山地は神々が世界創造の際に最初に作った大地だと言われる。神話の時代を具体的に知っているフィンディなら、何かしら知っていると思ったのだが、まさか把握していないとは。いや、彼女は神世エルフの中では最も若いと言う。仕方ないことかもしれない。
とにかく気を引き締めていこう。
「まあ、この通路は静かなものですよ。問題はこの先です」
案内人のそんな言葉の後、道の様子が変わった。足元がむき出しの地面から、石造りの階段になったのだ。壁には壁画まである。残念なことに、かなり傷んでおり、何が描かれているのか把握するのは難しい。
「なんか、明らかに雰囲気が変わったな……」
「しっかり文化がある生物の痕跡に見えますね。壁画の方はほとんど理解できませんが」
「我々の学者に見てもらったのですが、具体的には何もわかりませんでした」
「フィンディ、何か知らないか?」
「ふむ……わからん。恐らく古代の種族が遺した壁画だと思うのじゃが、大分傷んでおるからのう」
時間をかけて魔術で解析すればどうにかなるかもしれん。フィンディはそう言ったが、今は女王に会うのが先決だ。
「大丈夫です。下に進むに連れて壁画は綺麗になっていきます。よくわからない魔物も出て苦労していますが」
「そうか。その魔物とやらも気になる。先に行こう」
それなら話が早い。先に進めばドワーフ女王に会えるし、問題の魔物もいる。更に遺跡の情報を収集しやすくなるだろう。
「ふむ。念のため、魔術で警戒するのじゃ。少し待っておれ」
フィンディの杖の宝玉が一瞬だけ青く輝いた。警戒用の魔術を発動したのだろう。私も念のため、魔力感知を使いながら行くことにする。今のところ、周囲は安全だ。
幸いなことに、一度も危険なことには遭遇せずに、私達はボロボロの遺跡を下っていった。
少し歩くと再び地面が土に戻った。この遺跡は終了だろうか。
「ここから先はまた土の地面か?」
「行き止まりにあたったので、我々が掘ったのです。すぐに次の遺跡があって、そこが問題の地点です」
「女王がいるのはそこじゃな。ふむ、確かにドワーフの反応があるのう」
フィンディが杖を輝かせながら、そんなことを言った。ついでにいうと、宝玉がこれまでにない感じに明滅している。どうも、私の魔力感知の範囲外で何かが起きているようだ。
「あの、フィンディ様。なにか反応があるようですが」
「うむ。かなり距離があるが、ドワーフが何かと交戦中のようじゃ。急いだほうが良いかもしれん」
「きっと女王が戦っています。急がないとっ!」
案内人が慌てる。それはそうだろう。ここは地下深く、女王と率いられた軍団は実質孤立無援だ。戦力は多いほうがいい。
「この先の道は迷宮か? それともわかりやすい通路か?」
「ぜ、前線までなら取り付けた灯りがあるのでほぼ一本道ですが……」
「よしわかった。魔術で移動する。道案内は頼んだぞ」
幸い、ドワーフの掘った天井は私が余裕で歩けるほど高い。これなら軽く空中を浮かびながら移動しても良さそうだ。走るよりは早い速度が出せるだろう。
神樹の枝に魔力を込める、周囲が魔力に包まれた。飛行魔術が発動し、全員が軽く浮かぶ。
「バーツ、あまり飛ばさないように頼むのじゃ」
「了解した。行くぞ」
私達は一気に加速した。天井に頭をぶつけないように、低空飛行で。
移動するのが面倒になったバーツさんがホバー移動を始めました。
次回、「穴掘り最前線その2」に続きます。




