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34話「ドワーフの地下王国」

 私達の乗る電車が、駅と呼ばれる発着するための施設に到着した。名残惜しいが電車の旅は一時中断である。

 駅の周辺は北方山脈内の僅かな平地を利用した街になっている。周囲を高く厚い壁で囲んだ堅牢な街だ。魔物から街を守るための兵士だけでなく、ここを拠点に北方山脈を冒険する冒険者たちも多いという。

 壁の中は比較的普通の町並みが広がっている。北方山脈は空飛ぶ魔物が多いからか、それを警戒するための塔が多く、他の建物は背が低めだ。

 しかし、何よりも一番の特徴は、街の各所から立ちのぼる白い煙だろう。これらは全て、地下から湧き出たお湯からのものである。

 北方山脈の電車が止まる駅の殆どは温泉の街として作られているそうだ。ドワーフ細工と温泉とそれに伴う宿泊施設のおかげで、商業や行楽の地として高い人気を獲得しているとか。

 

「温泉か……興味深いが、後回しだな」

「そうじゃな。魔物と遺構というのが気になる。ドワーフ王国が優先じゃ」

「お二人とも、こちらにどうぞ」


 ピルンの案内で、駅の外に出て温泉街を歩く。山中だというのに人が多い。王国が存在するだけあって、ドワーフをよく見かける。商店も盛況で食べ物や装飾品など、この地域ならではのものが多そうだ。湯気の立ち上らせた店舗に『おんせんまんじゅう』という謎の文字が踊っていた、何かの食べ物だろうか、気になる。

 しかし、今はドワーフ王国からの依頼が優先だ。

 私達はピルンの案内でどんどん人通りの少ない方に向かって行き、最終的に町外れの山に面した場所にたどり着いた。山の斜面に接した城壁には、巨大な鉄扉があり、武装したドワーフが扉の左右を守っていた。

 明らかに他と雰囲気が違う。ここがドワーフ王国への入り口だろう。

 懐から何かを取り出したピルンが、門番に向かって話しかけた。

 

「グランク王国のピルンです。ミドリラ女王からの依頼で来ました」

「確かに、女王の証じゃな。後ろの二人は仲間かの?」

「はい。私の同行者です」

「ピルン殿の仲間なら大丈夫じゃろう。通るがいい」


 短いやり取りの後、いかにも重そうな音と動きで、鉄扉がゆっくりと開かれた。こうもすんなり入れるとは、流石はピルンだ。

 鉄扉の向こうの通路は、天井に刻まれた魔術陣の灯りで照らされており、実に歩きやすかった。

 しばらく行くと、すぐに次なる扉が現れた。再びピルンが兵士とやり取りし、扉が開かれる。

 

「なんと。これは予想外だ」


 今度の扉の向こうに広がっていたのは、ドワーフの王国だった。

 山中を掘って作られたとは思えないほど、道が広く、天井は高い。天井からは魔術の灯りが強く降り注ぎ、まるで昼間のようだ。衛生面も気を使って色々と工夫しているのか、嫌な匂いもしない。気温も暑くもなく、寒くもなく、快適だ。

 地中にいるのが嘘のような空間。非常に広く、明るく、綺麗な、石造りの王国だ。


「明るいし清潔な印象があるな。正直、もっと不快な場所を想像していたのだが」


 私もこれまでの人生で何度かドワーフに会ったことがある。その誰もが清潔さや明るさにちょっと結びつかないタイプの人物だった。

 

「女王の方針です。ドワーフ王国内は外部からの人が多いから印象は大事ですし、地下空間は衛生面が大事ですから色々やってます。王国内の各所には温泉が設けられていて、入ることができますよ」


 私達が入ったのは特別な入り口だったようだ。高い位置の通路に出て、眼下には地下王国の大通りとドワーフと人間が沢山行き来しているのが見えた。商売の方も上手くいっているらしい。

 

「昔からドワーフは人里から離れた山中に国を作りたがったために、商売が上手く行かずに滅びることが珍しくなかったんじゃが。電車が行き来するこの場所なら長続きしそうじゃな」

「それが女王と陛下の狙いです。王宮は少し地下にあるのでまだ歩きますが、良いですか?」

「問題ない。ところで、ドワーフ女王とはどんな人物だ? 失礼が無いように人柄を知っておきたい」


 礼節は大事だ。フィンディ達と一緒にいると国家の要人から賓客扱いされることが多いので、ついつい礼節をおろそかにしがちで良くない。ここらで一つ、気を引き締めておくのもいいだろう。


「ドワーフ王国の女王はミドリラという名前の比較的若いドワーフです。確か、まだ200歳くらいだったかと」

「ほう、その若さで国を作り上げるとはなかなかの人物じゃのう」

 

 ドワーフの寿命は大体500年、200歳といえばまだまだ若手だ。年長者を率いるだけのカリスマ性を備えた女性ということだろう。

 

「見た目は黒髪の可愛らしい女の子ですね。若い頃にお金で苦労したおかげで金銭に敏感です。ドワーフにしては柔軟性がある人物だと思います。伝統に縛られないといいますか……」

「確かに、このドワーフ王国はその証拠だろうな」

「はい。グランク国王からの意見で一理あると思ったものは全部取り入れています。ドワーフらしいところとしては、戦いになると脇目も振らずに突っ込んでいく傾向があることでしょうか」


 ドワーフというのは無謀に近い勇敢さを持つ者が多い種族だ。内政面は有能で、戦闘もドワーフらしいなら人気もあるだろう。


「戦闘好きか。そこはドワーフらしいな。言ってはいけない言葉など、気をつけるべきことはあるか?」

「特別ありません。お二人ならすぐに気に入られるかと。格式張ったことを嫌いますから、普通に接して問題ないと思います」

「つまり、いつも通りということじゃな。楽で良いのう」

「そうだな。事前に面倒な相手だと教えられるより大分気楽だ」


 ピルンの案内で歩いた私達は、ドワーフ王国の中枢らしき場所に来た。周囲の装飾が豪華になり、巨大な門が見えた。王宮のような役割の地区なのだろう。私達はその中を正面ではなく脇から進んでいく。


「謁見の間ではなく、女王の来客用の部屋に直接行きます」


 流石は女王の昔馴染みだ。ピルンは顔パスで私達を連れて、どんどんドワーフ王宮内を進んでいった。

 しばらくして辿り着いたのは大きめの広間だった。テーブルが並べられ、一段高い場所に女王用らしき椅子が置かれている。ちょっとした謁見の間といったところだろうか。

 室内では多くのドワーフが忙しく動き回り、女王がいるべき場所には一人の老ドワーフがいた。

 130センチくらいのずんぐりした体型に、身体の半分まで伸びた白い髭と真っ白な癖のある髪の毛。質の良い長衣に身を包んでおり、その眼差しに長い時間をかけて蓄えた知性の輝きが見て取れる。

 きっと、政治的に重要なポジションにいる人物だろう。

 

「ピルン殿、よくぞ来てくださった。ちょうど北方山脈を抜けると聞いて、幸運に感謝しましたぞ」

「お久しぶりです、ジャーグリンさん。お元気そうで何よりです」

 

 どうやら彼はジャーグリンというらしい。ピルンとは知り合いのようだ。ここに女王はいないのだろうか。

 それと、テーブルの上に次々と食事やら酒やらが運ばれているのが気になる。周囲のドワーフの一部などは既に食べ始めているのが更に気になる。宴会でも始まるというのだろうか。

 

「む。どういうことだ。私達は依頼の話をしに来たはずだが、宴会でも始めるかのように見えるんだが」

「ドワーフはもてなし好きです。何か理由があれば大いに食べて飲む、それがドワーフです」


 ジャーグリンは厳かにそう応えた。つまり、これから宴会を開催するつもりらしい。


「賑やかなのは良いが、見境ないのはどうなんじゃろな……。ジャーグリンと言ったかの。悪いが先に依頼について話をしたい。宴会はその後じゃ。そもそも、ワシらまだ挨拶もしておらんのじゃぞ」

「おっと、失礼致しました。久しぶりにピルン殿にお会い出来ると聞いて、つい先走ってしまいましたわい。自分はジャーグリン。見ての通り老いぼれですが、この王国の大臣を務めております」


 想像通り、彼はドワーフ王国の要人だった。きっと、ピルンとも古い付き合いなのだろう。

 失礼があってはいけないので、久しぶりに敬語を使うことにしよう。


「バーツです。ピルンの旅の仲間をしている冒険者です」

「フィンディじゃ。同じく旅の仲間じゃ」

「バーツ殿とフィンディ殿……。もしや、噂の魔人と神世エルフのお二人でございますか!」


 私達の名乗りに、ジャーグリンは過剰なくらい驚いて反応した。

 どうやら私達の移動速度よりも新聞の情報の方が圧倒的に早いようだ。ピルンがどうしたものかと視線を向けて来た。否定するべきか肯定するべきかの問いかけだろう。とりあえず、頷いた。この場は正体を明かしたほうが話が早く進みそうだ。


「そのお二人です。事情があって、私も同行させて頂いております」

「なんとなんと、ピルン殿だけでも頼もしいというのに、このように素晴らしいお仲間まで一緒とは。これは宴会しかありませんな」

「いや、先に詳しい依頼の内容を教えてくれませんか。それと、ドワーフ王国は女王が治めていると聞いたのですが、見当たらないような……」


 この老ドワーフ、隙あらば宴会を始める気のようだが、そうはさせない。

 

「では、宴会の前にお話しましょう……」

 

 若干残念そうな様子で、ジャーグリンは依頼について話し始めた。

 

「我らが女王、ミドリラ様はドワーフ王国の最前線にいらっしゃいます。あ、それと、敬語は結構ですぞ。ドワーフは堅苦しい物言いは好みませぬ」

「では、そのように。助かります、敬語は苦手なので」

「王国の最前線とはどういう意味じゃ?」


 私が礼を言っている間にフィンディが話を進めてくれた。ありがたい話だ。


「このドワーフ王国は現在進行形で北方山脈の地下を拡張中です。この国を切り開いた女王は王国拡張工事の先陣を切って戦っているのです」

「拡張工事で戦う? 話にあった未知の魔物のことか?」

「その通りです。現在、王国拡張部隊は地下深くを中央山地の方向へ向けて拡張中。その最中、いくつかの地下空間にぶつかりましてな。見たこともない魔物との交戦が増えているのです。女王が指揮をとっているから安心なのですが、流石に気になるということで……」

「フィンディ、ここで宴会をしている暇が無さそうな話題に思えるのだが」

「そうじゃな。中央山地というのが気になるのう……」

「おお、流石は大賢者殿、何か知っていらっしゃる様子。神世エルフの知恵を是非とも自分らに貸してくださいませ」

「勿論そのつもりじゃ。詳しくは、しっかり見ないと何とも言えん。急いで行きたいのじゃが、お願いできるか?」

「なんと。素早い決断は有り難いのですが、このままでは宴会が……」


 ジャーグリンは物凄く残念そうだ。そんなに大事か、宴会……。まあ、緊張感が無い程度には最前線とやらも安全な状況だと思うことにしよう。


「申し訳ないが、宴会は私達抜きでやってくれ。フィンディがこう言うなら、急ぎたい」

「ジャーグリンさん、そんなわけで宴会はわたし達無しでお願いします。そのかわり、全てが終わったら、この宴席が食事会に見えるくらいの大宴会を開きましょう」

「ふーむ……。大宴会、良い響きですな!」


 しばし考えた後、ジャーグリンは笑顔で頷いた。ピルンの表現が気に入ったらしい。

 

「よし、客人を女王の所にお連れするのだ! 安全かつ、迅速にな! 残ったものはとりあえず宴会だ!」


 ジャーグリンの声に答えるように、周囲のドワーフ達が雄叫びを上げて杯を掲げた。

 どうやら、ここのドワーフは宴会大好きな性格らしい。これが女王の影響だとしたら、これから会うのがちょっと心配である。

この世界のドワーフは男性は髭ぼうぼうで屈強で頑固ないかにもなドワーフが多く、女性は若いうち(かなりの期間)は可愛らしい少女のような外見です。その、なんというか、イラストになるのを祈願してです……。

また、地下のドワーフ王国はイオンモールなんかが地面の下にあるのを想像して頂けると、概ねそんなイメージです。

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