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33話「ピルンからの依頼」

「こうして見ると、北方山脈は実に壮麗だな」

「うむ。空から眺めるのと違って、なかなか味わいがあるのじゃ」


 窓の外に広がるのは、雄大な山々だ。その山々の間を縫うように設置されたレールの上を走る電車に私達は乗っていた。

 ガタンゴトンという規則正しい音と共に、馬車よりも早い速度で走る電車によって、北方山脈越えは順調に進んでいた。

 山越えの旅は2日間の予定である。北方山脈の各所に電車の整備と観光のために設けられた村や町があり、その一つで宿泊する予定になっている。

 私達が乗っているのは車内で宿泊可能な2階建ての特別な車両だ。ピルンはその中でも一番良い部屋を用意してくれたらしく、私とフィンディは最前列の2階にある、前方が見渡せる部屋に居た。

 別にここで宿泊するわけでもないのに過剰なくらいの計らいである。やり過ぎではと思ったが、景色を見てそんな思いも吹き飛んだ。空を飛べる生物しか寄せ付けない、大地に生きる者を睥睨する北方山脈の景色が移り変わる様子を眺めながらこうして移動するのは、これまでにない経験だ。結構頻繁にトンネルに入るのは、場所柄仕方ないと言えよう。


「食事も美味しかったし文句無しだな。完全な観光気分になってしまっているのは問題だが……」

「うむ。グランク王国に入ったら少し気を引き締めていきたいのう。新魔王や魔王城も本気で探さねば……」


 食事を終えた私達が、お茶を楽しみながらそんな話をしていると、扉をノックする音があった。

 

「ピルンです。少し、宜しいでしょうか」

「問題ない。ちょうど今、食事を終えたところだ。どうかしたのか?」


 入ってきたピルンをテーブルに誘う。横ではフィンディが手早くお茶の用意を始めた。この3人での旅もそこそこ日数が経ったのもあり、手慣れたものだ。

 

「バーツ様、フィンディ様。少々、真面目な話をしても宜しいでしょうか」

 

 席につき、お茶を前にしたピルンが真剣な様子でそう言った。

 元々真面目な話が多い彼が、あえて言い出すような話題だ、これはただごとではない。

 

「何か不味いことがあったのか? 大分深刻な様子だが」

「ちょっと、話すのに覚悟がいる情報でして……」

「ピルンがそれほど緊張する情報か。大丈夫じゃ、悪いようにはせん」


 私とフィンディも居住まいを正す。カップを置き、お茶を後回しにして聞く姿勢だ。


「これから話すのは、ある人から依頼なのですが。その前に私自身についてのことを聞いて貰いたいのです」

「む。どういうことじゃ? 察するにピルン自身にもよほど関わる依頼ということかのう?」

「はい。依頼というのが、私の立場やこれまでについて、かなり関わっておりまして。それに、グランク王国が目の前に来たこともあり、話すべきことでもあるのです」

「わかった。私達もしっかり聞いた上で判断しよう」

 

 私達の答えにピルンは頷き、少し間を置いてから、意を決したように口を開いた。


「お二人には黙っていたのですが、わたしが連絡を取っている本国の相手とは、グランク王国の国王陛下なのです」


 いきなり大きな話が出た。ピルンは王国の使者として各国を回っており、時折情報収集を兼ねて本国と連絡を取っているのは把握していた。てっきり上司がいて、そちらと連絡をとっていると思っていたのだが、国王直通だとは思わなかった。


「……つまり、ピルンの上司はグランク国王ということか? そんなに偉かったのか……」

「偉いというか、国王は私の古い友人なのです。少し長くなりますが、最初から話します。全ての始まりは20年前のことです……」


 そう言って、ピルンの昔話が始まった。要約すると次のとおりになる。

 20年前、ピット族として成人となる35歳になったピルンは自分探しの旅に出た。他にすることもなかったので。

 旅に出てすぐ、森の中を歩いていると不思議な格好をした少年と出会った。それが、後にグランク国王となる人物との出会いだった。この世界のことに疎い少年をピルンは助け、すぐに二人は友人になった。

 そして、少年とピルンは様々な冒険を繰り広げ、多くの成功や失敗、出会いと別れを経験した。

 二人の最後の冒険でグランク王国の姫君を助けた少年は、そのまま流れで国王となり、現在に至る。

 そして、ピルンは単独で動ける使者として現在も国王を支え続けている。非常に特別な立場であることは言うまでもない。

 詳しくは、グランク王国内で書物として出版されているとのことだった。今度読もう。

 

「そうか。使者なのに共を連れておらんからおかしいと思っておったのじゃが……」

「陛下からの私に対する信頼の証です。それに、一人の方が楽だったりしますので。あ、勿論色々と備えはしていますよ」


 ピルンの実力ならそんなものだろう。彼を捕らえてどうにか出来る存在はそういない。

 

「事情はわかった。それで、どうしてピルンは国王の友人であることを私達に黙っていたんだ?」

「わたしがグランク国王の古い友人であることは、一部の人々しか知らない秘密でもあるのです。その、お二人は口が軽いわけではないのですが、うっかりどこかで情報を漏らしそうで……」

「…………」

 

 フィンディと目を合わせる。ピルンの言葉に怒るかと思った彼女だが、表情に納得の色が見えた。私も口が軽いわけではないが、情報の扱いについては不得手なところがある。うっかり口を滑らせる可能性は無くはない。

 

「情けないが、否定できないな……」

「ワシら、口は硬いつもりなんじゃがなぁ……」


 二人まとめて、ピルンの言うことを嘆息しながら認めるしかなかった。

 

「お二人を騙すようなことをして本当に申し訳ありませんでした。ここで任を解かれるのも覚悟の上です。しかし、これから話す依頼だけは、どうか受けていただきますようお願いします」


 頭を下げて私達に懇願するピルン。恐らく、彼の中では私達にこの件を黙っていたのが、かなりの負い目になっていたのだろう。正直、何か不味いことが起きているわけでもないし、こちらからグランク王国に働きかけて欲しかった案件もない。

 つまり、ピルンを責める理由はない。むしろ、古い友人であるグランク国王を裏切るような立場にさせて申し訳ないくらいだ。

 

「いや、別にこの程度で任を解いたりしないぞ。そもそも、ピルンが秘匿した情報で私達はこれといって不都合が生じていない。ピルンの方で何か問題が生じたのか?」

「いえ、バーツ様達の行動はグランク王国に不利益をもたらすものではありませんから。陛下にバーツ様達のことを伏せていることがちょっと後ろめたいくらいです」

「それなら問題なしじゃな。ピルンの見たところ、ワシらとグランク王国の利害は一致しておるわけじゃ。これまで通りで問題あるまい」


 フィンディも同意見だった。このピット族の男に私達を害する気がないのは明らかだ。


「ありがとうございます。一族の恩人がバーツ様で本当に良かったです。正直、陛下も古い友人なので、騙したり敵対するのは嫌だなと思っておりました」

「今のところ、グランク王国と敵対するつもりはないな。せいぜい、現地についたら観光させて貰うくらいだ」

「そうじゃのう。それでピルン、依頼というのは何じゃ?」


 フィンディがお茶を飲みながら話を促す。深刻な話はこれで終わりということだ。私とピルンもお茶やお菓子に手を出し、ゆったりとした雰囲気の中、ピルンから依頼の話が始まった。


「北方山脈にトンネルを掘ったのはドワーフだという話はしましたね」

「ああ、これだけの大工事だ。かなりのドワーフを動員したのだろう。よくそんなにいたな」

 

 ドワーフは国家を持たない種族だ。昔はあったのだが、私が魔王になった頃には全て崩壊してしまっていた。原因は鉱山を掘り尽くしたとか、魔物に襲われたとか、色々だ。その後、ドワーフは各地に離散し、場所によってはエルフよりも見かけない種族になった。数は多いはずなのだが、分布が偏っているのだ。

 

「元々北方山脈はどこの領土でもありませんでした、そこで、グランク国王はドーファンと交渉してあることを決めたのです」

「あること?」

「このトンネルを掘る代わりに、北方山脈の地下にドワーフ王国を作ることです」

「ドワーフの王国じゃと。無事に出来たのか?」

「はい。トンネルや村など各所から王国に通じる道が掘られています。そして依頼は、ドワーフ王国からなのです」


 これは驚きだ。いつの間にか北方山脈の地下にドワーフ王国が作られていたとは。ドワーフでもなければ国なんて作れそうもない北方山脈を選ぶ辺り、グランク国王は目の付け所がいいと言うべきだろうか。普通に考えると、無謀な挑戦にしか思えないのだが、よくぞやり遂げたものだ。


「ふむ。どのような依頼じゃ? ドワーフ達が穴掘りで困ることなんぞあるんじゃろうか?」

「依頼主は王国の女王。グランク国王と共に冒険をした、古い友人です。彼女が言うには、地下へ掘り進んでいくうちに知らない魔物や遺構が現れて困っているそうです」


 ドワーフ王国は女王によって治められているらしい。それもまた興味深い。


「未知の魔物に遺構か……。フィンディ、何かわかるか?」

「実際に見ないと何ともいえないのう。良くないものを掘り当てていなければ良いが」


 ここで無視した結果、ドワーフ王国が崩壊なんてことになったら後味が悪い。それに、ドワーフ女王はピルンの昔からの仲間だと言う。この段階で、私には断る理由が無い。


「よし、ドワーフ王国に行こう。電車の旅は、そちらが解決してからだな」

「うむ。楽しみは後に取っておくのじゃ」

電車(電気で動かない)の旅もそこそこにドワーフ王国に向かいます。

北方山脈の各所に作られた村や町は温泉郷になっています。入浴シーンはお預けです。


※活動報告、あらすじにも記載しましたが、アース・スターノベル様から書籍化が決まりました。皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

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