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閑話「バーツさん服を買う」

「これがグランク王国最高の発明の一つと言われる、電車です」


 王都フィラルの一角にある大きな施設。駅と呼ばれている場所に私達は居た。

 目の前には鉄で出来た馬のいない馬車のような乗り物がある。馬車よりも大きなそれは4台ほど連結されていた。底面についた車輪は地面に設置されたレールという金属製の棒の上に乗っており、そのどちらにも魔術陣が刻まれている。

 何でも、魔術の力で車輪を稼働させ、レールの上を移動する乗り物らしい。魔術陣を発動させるための魔力は各所に設けられた施設からレールを伝って供給されるそうだ。

 維持管理に手間はかかるが、一度にかなりの人や物を運ぶことが出来る驚くべき発明だ。グランク国王によって「電車」と名づけられたそうだが、その名前の意味は本人以外わからないらしい。

 隣のフィンディも、驚きながら観察をしている。

 

「わざわざ車輪を使うのはなんでじゃ? この箱を浮かべて動かせば良いじゃろう?」

「魔力の節約のためです。最初は魔術陣を刻んだ道の上に浮かべようとしたのですが魔力が足りませんでした。今でも魔術陣を改良中ですよ」

「新しいものを生み出し、更に改善していくか。人間は凄いな……。これで北方山脈を越えるのだな」

「越えるというより、抜けるという感じですね。北方山脈のそこかしこに掘られたトンネルを抜けていきます」


 それもまた驚きの情報だった。確かに、北方山脈は非常に険しいので越えるのは厳しい。だからといって穴を掘るのはそれ以上の難事に思える。


「それはまた大工事じゃったろうなぁ」

「ドワーフに手伝って貰ったので、かなり早く済みました。詳しくは、見てのお楽しみです」


 なるほど。ドワーフ族か。彼らは穴掘りの達人だ。ドワーフの力を借りたなら、それなりに納得できる話ではある。相当の人員を動員させたのだろうから、グランク王国恐るべしではあるが。


「電車の旅か、楽しみだ」

 

 いろいろ考えるのは抜きにして、初めての電車の旅に思いを馳せることにした。

 電車に乗って越える北方山脈はどのように見えるのか、今から楽しみである。


「出発は3日後じゃな。すまんのう、ワシに仕事の約束がなければ今頃グランク王国なのじゃが」

「あまり気にするな。仕方ないことだ。失敗しない者などこの世にはいない」

「そうです。それに、フィンディ様はあの後色々動いているではないですか」

「優しくされるのも複雑な気分じゃのう……」


 そんな話をしながら、駅から出た。たまに殊勝な態度になるものの、時間が経過したお陰か、フィンディも少し元気になりつつある。元の状態に戻る日も近そうだ。

 

 ○○○

 

 駅を出た私達は、フィラルの市場にやってきた。しっかりした建物の、高級な店の多い通りである。これまでの旅ではあまり縁のなかった場所だ。

 ここに来た目的は私の服を買うためである。ちゃんと理由もある。

 例の件でのフィンディの謝罪の対象に私も入っていたらしく、何か欲しいものはないかと何度も聞かれたのだ。しかし、自分で言うのもなんだが、私は物欲に乏しいタイプなので、これと言った要望が思い浮かばなかった。

 何とか思いついたのが、服の購入である。

 現在、私の所持している服は2種類しかない。いつも着ている黒の上下と灰色のローブに、魔王時代から使っている星柄パジャマだ。どれも悪いものではないし、状態保存の魔術もかかっているから綺麗なものだが、もう少し手持ちの服を増やしても良いと思ったのである。


「皆様、おまたせ致しましたわ。ちょっと道に迷ったんですの」


 通りと店を眺めているとクラーニャがやって来た。この買物には彼女も同行する。道に迷うことを予測していたが、思ったより早かった。

 

「思ったよりも待たなかったぞ。てっきり、道に迷って今日は会えないかと思ったのだが」

「まっ、失礼ですわね。フィンディ様のおかげで、ワタクシも人並みに集合時間に間に合うようになったのですの!」


 軽く怒りながら、クラーニャは小さな石のついた耳飾りを指し示した。フィンディからの詫びの品だ。

 クラーニャからのフィンディへの願いは「方向音痴をどうにかしたい」だった。あの耳飾りは魔力を注ぐと周辺の地形を記憶して、道案内に使えるようになる魔術具だそうだ。何でも、大昔に方向音痴の神世エルフが作ったらしい。


「魔術具を上手く使いこなしているようで何よりじゃ」

「本当に感謝していますわ。これのおかげで研究所の中で迷うことが無くなりましたの」

「毎日働いている場所でも迷うんですか。筋金入りですね」

「あら、私でも数百年住めば迷わなくなるんですのよ。そうですわよね、バーツ様?」

「ああ、言われてみれば魔王城では迷わなかったな。しかし、数百年か……」


 確かにクラーニャが魔王城の中で迷ったのは見たことがない。とはいえ、数百年がかりで道を覚えるとは難儀なものだ。

 

「そうそう、ラルツからフィンディ様へ伝言がありますの。「良い胃薬があれば、出来れば頂きたい」とのことでしたわ」

「あやつ、まだ一週間もたってないのにそんなに心労が……」

「先が思いやられるな」


 生真面目なラルツのことだ。個性的な新しい仲間に振り回されているに違いない。この国にいるうちに、何か差し入れでもしてやろう。

 

「今日はバーツ様の服を買うということで、楽しみにしていますわ。良いお店をご案内致しますの」

「クラーニャが良い店を知っていると聞いたので頼んだのだが。大丈夫なのか?」

「ご安心くださいませ。グランク王国から最新の流行を取り寄せているお店ですの。今着ている服も、そこで買ったんですのよ」


 今日のクラーニャは白いブラウスに黒いスカートという出で立ちだった。組み合わせはシンプルだが、全体的に体の線が強調されている。よく見れば、周囲の男性が彼女をチラチラ盗み見ている。最新の流行のアピール効果は抜群のようだ。

 

「この服、『童貞を殺す服』という触れ込みで、グランク王国で流行っているらしいんですの。ワタクシにピッタリの名前だと思いません?」


 酷い名前の服もあったものだ。サキュバスが着るには相応しいと思うが。


「確かに、名前だけはピッタリじゃな……。しかし、可愛らしいのに物騒な名前の服じゃのう」

「わたしが国を出る時には流行っていませんでしたね。いつの間にそんなものが……」


 店員が嘘を言っていないなら、ピルンも知らない最新の流行が買える店ということだろう。しかし、私は別に流行を追いかけた服を買いたいわけではないのだが。


「あんまり流行に乗った服は嫌だぞ。旅の間に時代遅れになって恥ずかしい思いをしそうだ」

「お主、服に無頓着な癖に、そういうところは気にするんじゃのう」


 私は一着の服を大事に着続ける習性がある。だから出来るだけ無難なデザインが好きだ。センスも悪いし。


「大丈夫ですわ。バーツ様はややイケメンですから、大抵の服は似合いますもの」

「うむ。ややイケメンじゃからな。多少見た目を良くする程度でも、かなり良くなるじゃろう」

「その微妙な表現は傷つくからやめてくれないか……」

 

 ピルンに目線で助けを求めるが、申し訳無さそうな表情で頭を下げられた。どうやら、助ける術がないらしい。ややイケメンか、何とも言えない評価だ……。

 

「とにかく、店に入ろう」


 ○○○

 

 クラーニャ推薦の店は、豊富な品揃えと教育の行き届いた店員のいる良い店だった。私の「あまり流行に左右されない、ちょっと畏まった場所でも着られるような魔術師風の服が欲しい」という要望に見事に答えてくれた。

 用意されたのは今までと同じ灰色だが装飾が入り高級感があるローブ、それに合わせて服の方も何種類か見繕ってくれた。おかげでローブの下は黒の上下だけという状況を卒業できるわけで、私のファッション面はかなりの成長を見せたと思う。

 ついでにパジャマも買った。これは今あるのと同じ星柄のものがいくつかあったので、そちらを適当に選んだ。

 選んでいる最中、フィンディとクラーニャが次々と色々な服を紹介してきたのだが、それは極力流した上で、私は店員のお勧めを選ぶことにした。何故か彼女たちは変な装飾があるやつとか勧めてくるからだ。


「新しい服とは嬉しいものだな。ありがとう、フィンディ」


 店を出て、買ったものをローブ内の魔術具に収納してから、礼を言う。


「もっと良いものを選んでいいんじゃぞ。見た目も性能も無難なものを選びおって」


 思ったよりも無難な買い物に終わったのが気に入らないのか、フィンディは不満顔だ。


「性能についてだが、魔術で強化をお願いできないか? 出来れば長く使いたいと思うのだが」

「わかった。任せておくのじゃ。そういえば、パジャマは今のと似たような絵柄を選んだんじゃの。気に入っとるのか、星柄」

「そうだな。案外、思い入れがあるのかもしれない」

「星柄パジャマは、バーツ様が魔王になった後、初めて貰った贈り物ですものね」

「あれ、贈り物じゃったのか」

「面白そうな話ですね。詳しく聞かせてくれませんか?」


 ピルンが話を催促してきた。彼は私達にまつわる出来事をメモしながら旅をしている。ネタになると思ったのだろう。

 別に隠すようなことでもないので、私はクラーニャに話をするように促した。


「魔王城にはヨセフィーナという魔族がおりますの。魔王になったバーツ様が最初に仲良くなった魔族で、寝る時も着替えないバーツ様に気づいて贈ったのがあのパジャマなのですわ」


 懐かしい話だ。汚れも魔術でどうにか出来る私は、究極的には着替える必要がない。北の果ての魔王城は、配下も少ないし、物資もないので、節約生活していたのだ。


「なんと。あのパジャマにそのような事情があったとは……。して、ヨセフィーナとはどんな魔族なんじゃ?」

「魔王城の化身ともいえる魔族で、城内にのみ現れることが出来ますの。見た目は可憐で健気な庇護欲をそそる少女ですのよ」


 パジャマを貰った後に知ったのだが、彼女に魔力を供給することで城の機能を拡張したり物資を生産したりできる。その能力のおかげで本当に世話になったものだ。

 

「可憐で健気、ワシのライバルじゃな」

「…………」


 誰も反応できなかった。ヨセフィーナは魔王城の中に現れる時は、銀髪で華奢なフィンディと同じくらいの体型の少女の姿をとる。確かにフィンディに近い外見ともいえるのだが、なんというか、根本的なところが違う。普段の行いとか。

 どちらが可憐で健気かと聞かれれば、ヨセフィーナだろう。


「なんじゃ、その微妙な表情は、何か変なことを言ったかのう?」

「……いや、何でもない。かなり強力なライバルだぞ、フィンディ」

「それほどか、そのうち会ってみたいのう」


 会った瞬間、勝ち目がないと悟って崩れ落ちないか心配だ。

 

「さて、この後はどうしたものか。私はこれといって用件はないのだが」

「そうじゃな。ワシも研究所に戻ると質問攻めにあってしまうので、もう少し……む、あれは」

「どうかしたんですの?」


 仕事をサボる口実を考え始めたフィンディが何かを見つけた。しかも、口元を上げて好戦的な笑みを浮かべた。悪い兆候だ。


「ピルン、あそこに見えるのは、以前ワシのことを猛獣扱いした記事を書いた新聞社に見えるのじゃが」

「そ、そうですね。あの、抗議はやめてくださいね。きっとそれも記事に書かれてしまいますから……」


 二人の視線の先の建物には新聞社の看板がついていた。ラルツと話した時に話題になった例の新聞社だ。


「抗議はせん、ちょっと記事の方向性について話し合ってくるだけじゃ」

「落ち着けフィンディ。言ってることは変わらないぞ」

「そうですわ。というか、フィンディ様は起こしたことをそのまま書くだけで大スクープになってしまうから、ある程度は仕方ないと思いますの」

「あの、恐らくですが、勇者の遺産の件が公表されれば、フィンディ様に対してそれなりに好意的な記事を書かれると思います。宥和の兜のことは話していませんし……」


 ピルンの言葉でフィンディの動きが止まった。一応、宥和の兜のことは世間には公表していない。あれは存在を知られるだけで危険な代物だ。フィンディに効くということは、この世界に抵抗できる者はいないということに等しい。


「そうか、そうじゃな。では、あの新聞社への対応は今後の記事を見てということにするのじゃ」


 どうにか、フィンディは突発的な行動力の発揮を思いとどまってくれた。

 

「危なかったですね。新聞社的にはスクープ記事を手に入れそこねたかもしれないですが」


 ここでフィンディが怒鳴り込んでいたら、明日の新聞はさぞ賑やかな内容になったに違いない。


「まあ、フィンディが元の調子を取り戻しつつあるようで何よりだ。殊勝な彼女は、調子が狂う」


 機嫌を直してクラーニャと共に歩く神世エルフを見て、私はそんな感想を漏らすのだった。

何となくノリで書いた割には好評だった星柄パジャマに設定がつきました。

この話には出てきませんが、ラルツ君はクラーニャとザルマに振り回されながら胃薬が手放せない生活を送ります。


次回からは新エピソードの「ヒャッハー! ドワーフ王国編」の予定です。

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