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32話「黎明の国の後始末」

「ここがラルツの生まれ育った場所か」

「はい。この地域一帯は魔術の研究施設と居住区と学校がまとまっています。研究者や学生が多い特殊な地域ですね」

「なるほど。確かに町の様子が他と違ったな」


 私とピルンは王都フィラルの郊外にある研究施設や学校を中心とした地域に来ていた。

 勇者の遺産での戦いから既に3日経過している。あの後、ザルマはラルツによって裁きを受けるべく連れて行かれた。私達も一緒に事後処理を手伝っているうちに思ったよりも時間が経過したのだった。

 一応、全てが片付き、ザルマの処分も決まったこともあって、ラルツの所属する研究所にやって来たのである。


「先に出かけたフィンディは中にいるのだろうか」

「ええ、ザルマのところに行ったのでしょう。まずは、そちらですね」


 話しながら私とピルンはこの地域で最も大きな施設に入った。石造りの重厚な印象を受ける建物だ。ここがラルツの働く研究施設である。隣には学校も有り、彼はそこを卒業後、そのまま研究員になったらしい。

 中に入ると、ここの制服らしい白いローブを身につけたラルツが出迎えてくれた。入り口で待っていてくれたようだ。

 

「バーツ様、ピルン様、よく来てくれました。もうフィンディ様が来ていますよ」

「フィンディが先に行ったんだが、既に済ませたわけだな」

「見ればわかるかと……。こちらです」


 ラルツに案内された部屋に行くと、黙々と働くザルマとそれを見守るフィンディの姿があった。


「生かして貰えて良かったな、と言うべきだろうか?」

「皆さんのおかげです。犠牲者が出なかったとは言え、許される悪事ではありませんでしたから」

「研究者としての能力だけは確かということでしたから、何とかなりましたね」

「ええ、神世のお方のおかげです。あれなら余計なことは考えられないでしょう」


 目の前で命令を受けたザルマが部屋から駆け出ていった。どういうわけか、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。不気味だ。


「あれ、大丈夫なのか? こっちを見て笑っていたが」

「安心せい。大丈夫じゃ」


 私達の方に歩いてきて、フィンディが言った。


「なにが安心なんだ? ちょっと怖い笑い方だったぞ」

「取り決め通り、ザルマには隷属の首輪をつけた。ラエリンで使ったのと同じやつじゃな。この研究施設でずっと真面目に働くじゃろう」

「複数あるのが怖い魔術具だな、アレは。しかし、それだけだとさっきの笑顔が説明できんぞ?」

 

 そんな私の問いに答えたのはラルツだった。彼もザルマが隷属の首輪を着ける瞬間に立ち会ったのだ。

 

「実は、隷属の首輪をつけたら「こんな身近に神話の時代の遺物があるなんて、生涯の研究対象だ!」と大喜びしまして」


 方向性さえ間違えなければ研究熱心な人なんです、とラルツ。


「それは、何よりだ……。何よりなのか?」


 研究者というやつの心理はわからない。ザルマは人間なので、隷属の首輪を解析する前に寿命が尽きる可能性のほうが高いと思うのだが。


「本心はわからんが、今は首輪とここでの仕事に意味を見出しておる。万が一、隷属の首輪を解析できた場合は関係者に連絡するように命令しておいたのじゃ」

「ここで働くうちに心を入れ替えて貰えれば良いですね」

「ええ、俺もそう思います。皆さん、本当にありがとうございました。おかげで誰も傷つかず、兄弟子も命が助かりました」

「礼を言われることではない。私達にとっても必要なことだったからな」

「全てはワシの不始末じゃ……。本当にすまんかったのう。それで、ラルツの望みはこれだけで良いのか? お主の師匠は最初からザルマの命を取る気はなかったようじゃが……」

 

 勇者の遺産の一件の後、フィンディは自分の不始末の詫びとしてピルン達3人の願いを聞くと言い出した。一番最初に願い出たのはラルツで、ザルマを命を助けるための協力を頼んできたのである。

 

「師匠はともかく、他の人はそうでもありませんでしたから。特に勇者の遺産を破壊したことを正当化して貰えたのは助かりました」


 私達はラルツ達と共にドーファンの重鎮や研究者に今回の件を報告した。当然のように勇者の遺産を破壊したことに対する批判もあったが、フィンディは謝罪した上で遺跡そのものの危険性を説明した。

 更に神話時代の魔術具をいくつか研究対象として提供した上に、一週間程ドーファンに滞在して、歴史や魔術に関しての研究に協力する約束までした。

 また、その場にグランク王国の使者であるピルンがいたのも大きかった。両国の関係も考えてとか、何やら政治的な判断があったらしい。

 そんな話し合いや取引をした上で、ザルマの処罰は研究施設で監視されながらの労働となったのである。


「偉い人達はなかなか理解してくれませんでしたが、勇者の遺産は危険なだけのものです。今の時代を守るのは、今を生きる者であるべきだと思いますよ」

「お主のような者がいるならば、勇者も自分の遺した物が壊されても文句は言うまいよ」

「立派な考えだが。あまり無理をしないようにな」

「はい。精進します」


 ラルツの立派な志にそれぞれ反応を返した後、あることに気づいたのはピルンだった。


「ところで、ここにはクラーニャさんがいるはずですが。どこに行ったのでしょうか?」


 勇者の遺産から出た後、クラーニャはラルツにくっついてこの施設に入り浸っているのだ。どうやら、ラルツを気に入ったらしい。てっきり一緒にいるかと思ったが、一向に姿を見せない。

 

「いや、それなんですが……」

「バーツ様、フィンディ様、ピルン。ようこそですわー」


 洗濯物の山を荷車に入れて引いているクラーニャが、私達の前に現れた。

 どういうわけか、彼女はメイド服を着ていた。

 

 ○○○


「何でメイド服を着ているんだ、その洗濯物の山はどういうことだ?」


 言葉が出ない様子のフィンディとピルンを置いて、私が質問した。


「メイドとして、この研究所で働いているに決まっていますわ! ワタクシ驚きましたの。ここにいる方々は研究という繊細な仕事をしているのに、あまりにも日常生活を雑然と過ごしていることに!」


 両手を広げて、私達にアピールする。そう、クラーニャはかなりの綺麗好きなのだ。整理整頓についてうるさく言われた魔王城での日常が思い出される。後片付けをしなくて怒られた魔王は私くらいだろう。


「なるほど。それでその姿か。クラーニャのそちらの能力に疑いはないが、いいのか、ラルツ」

「ま、まあ。平気です。それに、男の職員には喜んでいる者もいまして……」

「そっちの活動はまだしていないから、ご安心くださいませ」


 にっこり笑うクラーニャ。サキュバスによって施設が汚染されないか心配だ。


「まだ、ということはそのうちするということですね……」

「いいのか、ラルツ?」

「それはちょっと……困ります」

「あら、それならラルツがしっかりワタクシを見張っていてくださいませ」


 そう言いながら、クラーニャがラルツの腕を取って、自己主張の激しい胸に押し付けた。

 ラルツは赤面した。純情なイケメンだ。

 

「お主ら……いつの間にそういう関係に……」

「ご、誤解です。こいつが勝手に言い寄って来ているだけです」

「ワタクシ、この国と彼が気に入りましたの。飽きるまで、ここでメイドをしながら過ごすつもりですわ」

「ラルツは13歳位の気弱な美少年ではないが、いいのか?」

「あら? 別にワタクシは美少年限定というわけではありませんわ。生真面目なイケメンも好みですの」

「なら良し。あまり迷惑をかけないようにな」

「承知いたしましたわ」

「ちょっと、俺の意志は、俺の意志はどうなるんですか!」

「イケメンはモテるので羨ましいことです」


 恋愛は自由だ。あとはそれぞれの自主性に任せよう。

 ラルツの叫びとピルンの投げやりな感想を聞きながら、私はそんなことを思うのだった。

 そんな会話の後、クラーニャは洗濯物を片付けるために去っていった。彼女ならば、ここでメイドとして活躍することだろう。

 

 とりあえず、私達はラルツと共に休憩室に移動した。テーブル上にお茶が並ぶ。

 

「ザルマのことでただでさえ忙しいのに、サキュバスまで加わるなんて……」


 いきなりラルツが頭を抱えていた。どうも、ザルマもクラーニャも彼の担当になるようだ。是非とも頑張って頂きたい。


「敵対しているよりマシだろう。それにああ見えて、クラーニャは有能だ。風騎士の活動にも協力してくれるだろう」

「そこは期待します。まあ、俺はいいんです。バーツ様達はこれから先、どうするんですか?」


 フィンディとピルンに目配せする。二人共、口を開く様子はない。どうやら、私に話せということらしい。

 

「当初の予定通り、グランク王国を目指す。新しく生まれた魔王を探しながらな」

「噂の新魔王ですか。魔族を率いる可能性は低いそうですが、どんな性格なのかは気になりますね」


 事件の後、ラルツには私が元魔王であることを明かした。彼には話しても問題ないと判断したからだ。実際、少し驚いただけで、ラルツはそのことを受け入れてくれた。フィンディやクラーニャとの関係を見て、もしかしたらと思っていたらしい。


「ここで情報を集めつつ、北方山脈を越える準備をしたいと思います。フィンディ様の研究の手伝いが終わり次第、出立できるかと」

「クラーニャがここに残るなら、それまでに願いを聞いておかねばのう」

 

 フィンディがそんなことを言った。私達はもう気にしていないのだが、彼女はまだ少し落ち込んでいる。自分の慢心で仲間を危険に晒したのがかなりショックだったらしい。ドーファンに滞在している間に、元気を取り戻してくれると良いのだが。 

 

「そんなわけで、私達はもうしばらくこの国にいる、何か困ったことがあったら連絡してくれ」

「……とりあえず、クラーニャの弱点を教えてください」


 真剣な顔でラルツ言った。どうやら本気で困っているらしい。

勇者の遺産に関する話はこれで終わりです。


次回は閑話、北方山脈越えの説明とバーツさんの服を買いにいく話の予定です。

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