31話「流星の魔術」
三人称から視点が変わります。ご注意ください。
勇者の遺産。かつて、勇者が対魔族のために作り上げたゴーレム製造施設だ。その恐るべき過去の遺産はバーツの手によって機能を停止したが、魔術師ザルマの制御下にあった数百のゴーレムは未だ健在である。
フィンディを救うために再び遺跡に入るバーツ。それを見送ったピルン達は、王都フィラルに向かって飛び立とうとするゴーレム達にたった3人で立ち向かっていた。
グランク王国の使者ピルン、大淫魔クラーニャ、風騎士ラルツ。3人とも世界で屈指の実力者である。高性能なゴーレムの一つや二つならば、問題なく破壊可能だ。
しかし、数が多すぎた。
空を戦場として3人は戦っていた。
「クラーニャさん! わたしを上に放り投げてください!」
「わかりましたわ!」
ゴーレムから放たれる魔術を回避しながら、クラーニャがピルンを放り投げた。
「我が身に翼を・雫堕ちる時で・疾風の如く」
ピルンが短文詠唱を行い、一気に空中で加速する。ゴーレム達が反応できない速度で空中を移動したピルンは、上方の一群を足場代わりにしながら、次々とその手の短剣で切り裂いていく。
ピルンが手にするのは神世エルフの短剣。金属製のゴーレムを紙のように切り裂ける上、攻撃の瞬間だけ刃が伸びる優れものだ。ピルンの通った後に動くゴーレムは残らない。
「終わりました、お願いします!」
最後のゴーレムを切り裂いて、ピルンが飛び降りた。だが、その経路を塞ぐように、ゴーレムが現れる。
「邪魔ですわよ! 鉄くずが!」
ピルンの眼前のゴーレムが、黒く細長い針を無数に受けて串刺しにされて墜落した。クラーニャの攻撃魔術だ。戦いを得意としないサキュバスだが、上位種ともなれば、かなりの戦闘能力を有する。
「助かりました。流石はクラーニャさんです」
「あなたならば放っておいても自分で何とかしたでしょう? でも、褒め言葉は受け取っておきますわ」
笑顔を振りまきながら、ピルンをキャッチして、次なるゴーレムの団体に向かって飛んでいく。
急造コンビだが、二人はなかなかの連携でゴーレムを撃破していた。
「ラルツさん、頑張っていますね」
「ええ、王都の守護者は伊達ではありませんわ」
ピルン達の視線の先では、風騎士ラルツが縦横無尽に空を駆け、ゴーレムと戦っていた。
襲い来るゴーレムの攻撃を躱しながら、風の刃を飛ばして迎撃、時には光の剣を生み出して直接切り裂く。
空中という戦場と相性が良いのだろう、一人でピルンとクラーニャのコンビと同等の活躍をしている。
「しかし、きりがありませんね。わかっていたことですが」
ピルン達の周囲に新手のゴーレムが現れて来た。ザルマの制御下のゴーレムは数百、撃破しても次々と辺りから現れる。
3人は頑張っているが、10体近く取り逃してしまった。
「ワタクシ達の攻撃から逃れて王都に向かったゴーレムも多いですわ。無念ですが、これが限界……」
次々と放たれる攻撃魔術を回避しながらクラーニャが漏らす。
ピルン達3人は手練ではあるが、数百のゴーレムを相手にするのは不可能だ。上手く立ち回って100体迎撃できるかどうかだろう。
このまま状況に変化が無ければ、かなりの数のゴーレムが王都に到達し、暴れることになる。
「わたし達に出来るのは、バーツ様達の帰りを信じて、出来るだけ数を減らすことだけです」
「わかっているつもりでしたけれど、厳しい話ですわねっ」
クラーニャがピルンを投げて、ピルンが魔術で移動しながら攻撃。その戦法を繰り返すが、ゴーレムは次々と追加される。バーツによって回復しているので3人とも上手く戦えているが、数で押される内に実力的な優位は崩されてしまうだろう。
二手に別れて戦うのはやめた方が良さそうだ。ピルンはそう判断した。
「ラルツさんと合流して3人で連携して戦いましょう。ゴーレムの数が多すぎです」
「わかりましたわ、と言いたいですけれど、そうもいかないようですわ……」
空中での機動を止めて、クラーニャが焦りを含んだ声音で言った。
勇者の遺産の周辺から、一斉にゴーレムが上昇して来ていた。その数はゆうに100を超える、200以上かもしれない。これまで10体単位で上がってきたのとは明らかに違う動きだ。
「これは、一気に来ましたね……。森の中に逃げ込みますか?」
「ご冗談を。配下というのは主を信じて戦うものですわ」
「わたしもそう思います」
ピルン達の向こうで滞空している風騎士も、これまでの以上の光を放っていた。
どうやら、この場に逃げようとする者はいないようだ。
「バーツ様は命が失われるのを嫌います。死なないようにしましょう」
「勇者の忘れ形見に殺されるなんて冗談にもなりませんわね」
ピルンが短剣を、クラーニャが両手に魔術を準備した時だった。
空に、巨大な魔術陣が現れた。勇者の遺産上空を覆う巨大さだ。
これほどの大きさの魔術陣を一瞬で展開できる者など、そうはいない。
ピルンは魔術具で視覚を強化して、魔術陣の発生源に目を向ける。
勇者の遺産の最上階。恐らく制御室があったであろう場所、その上となる屋上に、二つの人影があった。
「バーツ様とフィンディ様です!」
ピルンの主と神世エルフがそこにいた。どちらも元気そうだ。
フィンディは宝玉のついた杖を、バーツは棒切れを、それぞれ天に向かって掲げている。
あの二人のことだ、すぐにでもこの場を終わらせる魔術を使うに違いない。
「勝ちましたわね」
クラーニャのそんな呟きに、ピルンは頷いて同意した。
○○○
魔力探知を発動して、起動しているゴーレムの数を確認する。勇者の遺産の周辺に200程度、少し遠くに10程度、思ったよりも数が少ない。ピルン達の活躍によるものだろう。
「ピルン達は頑張ったようだ。取り逃したゴーレムも、それほど遠くに行っていない」
「そうか。3人にも何か礼をせねばのう……」
私とフィンディは制御室から行ける、施設の屋上に立っていた。
制御室にいたザルマはフィンディによって叩きのめされた。正直、言葉で表現できない状態にされるかと思っていたのだが、意外にもフィンディのとった手段は穏やかだった。杖で物理的に(何度も)殴りつけて終わりだ。
ボコボコにされたザルマは、魔術で眠らされて、制御室に放置されている。
あとは、最後の仕上げだ。ザルマの命令を受けて空に飛び立った200と少しのゴーレム達。これを破壊すれば、今回の件は終わりといえるだろう。
「バーツ、力を貸してくれ。お主の魔力探知で狙いを付けて欲しい」
「承知した。攻撃は任せる。あまり自然を傷つけないでくれ」
「ワシは神世エルフじゃぞ。自然は愛すべき存在じゃ。ゴーレムだけを片付けて見せるのじゃ」
それもそうだ、彼女が自然を傷つけるわけがない。フィンディにとって自然とは愛でたり育てる対象なのだ。どうも最近、戦っている姿ばかり見ているから、失念していた。
「今、ワシに対して失礼なことを考えておらんか? 手を貸して欲しいんじゃが」
「む、すまない。それと、失礼なことなど考えていない」
私は神樹の枝を空に向かって掲げる。それを見たフィンディも杖を掲げ、先端の宝玉が青く輝いた。
頭上の空一面に、巨大な魔術陣が現れた。
私は神樹の枝を通して、魔力感知で確認したゴーレムの位置を、魔術陣経由でフィンディに伝える。
「やはりバーツの狙いは正確じゃのう。これなら確実にゴーレムだけを撃ち抜けるのじゃ」
「私がいなかった場合はどうなったんだ?」
「少し時間をかけて、狙いをつけながらゴーレムを攻撃するのじゃ。辺り一面を吹き飛ばすなら楽なんじゃがな」
どうやら私がここにいて良かったようだ。危うく大自然ごと吹き飛ばされるところだった。
「では、始めるとするのじゃ。流星よ!」
フィンディの叫びに呼応するように、魔術陣から青く輝く光が降り注いだ。その数はザルマの放ったゴーレムの数と等しい。
上空から降り注ぐ青い光は、フィンディの言う通り、まるで流星だ。その全てがゴーレムを一撃で撃破するに十分な威力であり、確実に命中するという凶悪さである。
ゴーレムが次々と流星の魔術に撃ち抜かれ破壊されていくのを、フィンディと同期している魔力感知が教えてくれる。
攻撃に気づいて回避機動を取っている個体もいるようだが、この魔術はそれを許すほど甘くはない。私の感知した個体を確実かつ丁寧に掃除していった。
フィンディが魔術陣を展開してから5分と経たずに、勇者の遺産から放たれたゴーレムは全滅した。
「む。どうやら全滅したようだな。私の感知に取りこぼしがなければだが」
「念のため、ワシも魔術で確認してみよう。まあ、お主の能力なら大丈夫じゃよ」
杖の宝玉を輝かせながら、穏やかな表情でフィンディが言った。ことが片付いて、彼女も一安心ということだろう。
「ピルン達がこちらに来るな。傷ついているだろうから、私が癒そう」
クラーニャに抱かれたピルンとラルツがこちらに近づいて来た。流石に3人とも、無傷とはいかなかったようだが、大事なさそうだ。
「バーツ。今回は本当に迷惑をかけてしまったのう。すまぬ」
私が神樹の枝に回復用の魔力を込めていると、ゴーレムの全滅を念入りに確認しているフィンディが沈んだ調子で言った。勇者の遺産は彼女にとって苦い思い出になってしまったようだ。
落ち込むのはわかるが、私に対して謝る必要はないだろう。
「気にしないでいい。少しばかり借りを返しただけだ」
彼女は私が困っている時に、いつも力を貸してくれる。この程度、大したことではない。
「だが、ピルン達には礼を言った方がいいな。彼らは命がけで手伝ってくれたわけだし」
私の言葉に、フィンディは神妙な顔つきで頷きながら言った。
「そうじゃな。全く、いい勉強になったわい」
どうやら、何万年生きても学ぶことは尽きないらしい。
バーツさん&フィンディ「パワーが全てだ」
そんなわけで、次回からは後始末と閑話へと進んでいきます。




