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29話「宥和の兜、その対策」

 神世エルフ、フィンディ。神話の時代の生き残り、大森林の賢者。

 やや気が短い性格だが、礼を持って接すればちゃんと対応してくれるし、話もわかる。気に入った相手には援助をするなど、親切な面もある。実際、私は何度も助けられた。頼りになる友人だ。

 その実力と知識は計り知れず、本気を出したらどうなるかわからない。可能な限り戦いたく無い相手である。


 その戦いたくない相手と、事を構えることになってしまった。 

 私達の前に立ちはだかる、宥和の兜によってザルマの友人となったフィンディ。

 

 長い付き合いだが、これは初めての経験だ。

 

「駄目じゃ! 限界まで抵抗しておるが攻撃してしまう! バーツ、皆を守るのじゃ!」

「わかっている! しかし、何か手はないのか!」


 フィンディが杖から青い光の塊を次々と撃ち出した。ピルンぐらいの大きさの魔力弾だ。速度は目で追える速さ。いつもの光の魔術と違うが、危険なのには変わりない。

 私は急いで、自分と残りの3人の周囲に防御障壁を展開した。ピルンとクラーニャへ直撃コースだった魔力弾が弾かれる。風騎士は素早く反応し、回避に成功。壁に大穴が空いた。

 フィンディが兜の力に抵抗しているというのは本当だろう。いつもの光線だったら、回避すらさせてもらえない。

 どうにかして、今のうちにこの状況を切り抜けなければ。上に行ったザルマの動向も気がかりだ。

 

「いいかバーツ! 方法は単純じゃ! ワシから兜を取ればいい! 問題は、ワシが自分の身を守ってしまうことじゃ! ええい! 歯がゆいのう!」


 彼女にしては珍しい大声。それに合わせて、魔力弾が連射される。仲間と自分に防御障壁を展開。対処法はわかった。後はどう動くかだ。

 作戦を考えていると、魔力弾を躱しながら、ピルンが近くにやってきた。 

 

「バーツ様、皆さんで引きつけて貰えば、何とかフィンディ様に近づけます。わたしがあの兜を外します」

「しかし、危険すぎる。相手はフィンディだぞ」


 私の指摘に、ピルンは自信ありげな不敵な笑みで答える。見れば、彼が全身に身に着けている魔術具が力を発揮していた。

 

「大丈夫です。私にはバーツ様から頂いた幸運の護符と、フィンディ様に頂いた数々の魔術具があります」


 何にせよ、ここでフィンディを見捨てるわけにはいかない。間違いなく勇者の遺産より危険だ。ザルマの友人として、世界に生きる人々にとって害ある存在になってしまう。そんな彼女の姿は見たくない。

 つまり、やるしかないのだ。

 

「……わかった。私達が何とか隙を作る。ピルンに任せた」

「承知しました。お任せください」


 笑顔と共に、ピルンの姿が消えた。フィンディの与えた魔術具の力だろう。

 

「クラーニャ、ラルツ! ピルンに兜を狙わせる! 出来る限りフィンディを引きつけろ!」

「承知しましたわ!」

「わかりました!」


 返事と共に私から離れる二人。どちらも強いから、しばらくはフィンディの攻撃に耐えられるはずだ。

 

「フィンディ! わかっているな! 頑張ってくれ!」

「う、うむ。迷惑をかけるのう!」


 そんなやり取りもしながらも、フィンディの攻撃が来る。防御障壁の展開を続ける。

 味方を防御するだけでは駄目だ。ピルンが兜に接近できるように行動せねば。しかし、クラーニャと風騎士は避けるのに精一杯に見える。

 となれば、私がフィンディを攻撃するしか無い。

 神樹の枝を握りしめる。この戦場で、フィンディに攻撃できるだけの実力があるのは私だけだ。やらねばならない。


「神樹の枝よ、私の意志に応えよ!」


 神樹の枝に魔力を流し込む。神々の魔力に変換され、枝の先端から魔力のロープが飛び出した。私の意志で自在に操れる、魔力の鞭だ。これなら加減も効くし、フィンディを捕らえることも出来るだろう。

 

「行け! フィンディの動きを止めろ!」


 白銀の鞭がしなり、フィンディに向かって伸びる。

 

「おお、上手いこと考えたのう!」


 フィンディが魔力弾を複数発射。ちょっと楽しそうだ。状況をわかっているのか。

 魔力弾を私の鞭が切り裂いた。フィンディの魔術が四散する。いい感じだ。

 長さを伸ばした鞭に、フィンディの周囲をぐるりと囲ませる。このままロープ代わりにして捕らえさせてもらう。動きを止めれば、あとはピルンが仕事をしてくれるだろう。

 ぐるぐると神々の魔力で出来たロープがフィンディを縛りにかかる。

 しかし、

 

「この程度でワシを拘束できると思わんことじゃ!」


 フィンディの身体から吹き出した魔力がロープを弾き飛ばした。何故ここで大人しくできないんだ。

 

「なんで反撃するんだ! こちらの意図はわかってるだろう!」

「わかっておる! しかし、危機が迫るとザルマのために力を出してしまうんじゃ。すまん!」


 謝罪しながらこちらに向かって更に魔力弾を連射してきた。心なしか、威力と速度が上がっている気がする。もう壁は穴だらけだ。

 なんて面倒な相手だ。拘束は諦めて、隙を作る方向でいこう。

 

「なら、これでどうだ!」


 今度は魔力の鞭をフィンディではなく、その足元に当てた。バランスを崩す作戦だ。

 

「ぬおおっ。こ、これは……」


 狙い通り、フィンディがバランスを崩した。今がチャンスだ。

 

「ピルン! 今だ!」


 返事は行動として現れた。

 ずっと機会を伺っていたのだろう。フィンディの直ぐ側、真後ろ、頭上に、ピルンが姿を現した。すぐにでも兜を取り上げられる位置だ。

 ピルンは無言のまま、フィンディに接近する。彼の技術なら、一気に兜を取れるはずだ。

 その瞬間だった。フィンディの杖に魔力の高まりを感じたのは。


「不味い! ピルン!」


 本能的に身体が動いた。鞭をピルンに向けてしならせる。そのままロープ代わりにして彼を拘束し、釣りでもするかのような形で、一気にこちらに引き戻した。

 その直後、フィンディの杖からピルンのいた位置に向けて、青い光条が発射された。

 直撃していたら、ただでは済まない。


「……すまん、バーツ。おかげでピルンを傷つけずに済んだのじゃ」


 バランスを崩したはずのフィンディは、空中に浮かんでいた。

 彼女は戦闘経験が豊富だ。この程度でバランスを崩すことなど、ないということだろう。

 

「申し訳ありません、バーツ様。私の力が及ばずに」

「いや、ピルンのせいではない。これは相手が悪すぎる」


 魔力のロープを解いて近くにピルンを降ろす。フィンディの攻撃が止んだので、クラーニャとラルツも近くに来た。自力で回避していた二人はそれなりに傷を負っているが、どうやら無事だ。

 

「……バーツ。一度出直せ。ワシが頼まれたのは「追い払え」じゃ。お主らを深追いすることはない。多分、お主一人で来るのが良いじゃろう」


 杖の宝玉を明滅させながらフィンディが言った。表情に疲れが見える。彼女も、かなり無理をしているのだろう。

 ここは、対策を練った上で出直すしかないか。

 

「フィンディ、必ず助ける。待っていてくれ」

「うむ。ザルマの奴が移動しない限り、ここにおるじゃろう」


 わかった、と私は頷き、3人に指示を出す。

 

「撤退だ。壁に空いた穴から外に出る。クラーニャ、ピルンを頼む」

「無念ですわ……。けど、仕方ないですわね」


 ピルンを持ち上げながら、クラーニャが言った。


「ま、まだ俺は戦えます! 全力を出せば少しは!」

「駄目だ、撤退だ。ピルン、頼む」

「……はい、わかりました。惑わしの霧よ」


 ピルンが懐から丸い玉をいくつか放り投げつつ、短い呪文を詠唱した。

 直後、室内が猛烈な霧に包まれた。フィンディが完全に見えなくなる。

 

「フィンディ様相手では目くらましにもなりませんが……。あちらの壁から脱出を」

「わかった、いくぞ」


 すでに、霧の向こうで魔力が膨れ上がるの感じる。全員分の防御障壁を展開しつつ、脱出口に向かう。


「フィンディ、すぐに戻る!」


 霧の向こうから、返事代わりに魔力弾が飛んできた。

 

 ○○○


 勇者の遺産から脱出した私達は、近くの森に逃げ込んだ。私以外の3人はかなり消耗したらしく、ボロボロだ。神樹の枝を使って、傷を癒やし、魔力を補給しておいた。

 

「これで、とりあえずは大丈夫だろう」

「ありがとうございます。ですが、わたしたちの治療に力を使っては……」

「私は殆ど消耗していないから大丈夫だ」


 フィンディはかなり手加減してくれていた。あの程度ならば私が負傷したり消耗することはない。

 

「それで、どうするんですの? 正直、勝てる気がしませんでしたわ」


 身体の調子を確認しながら、クラーニャが言う。彼女の傷が一番深かった。戦闘向きの種族ではないのに、かなり頑張ってくれていたのだ。


「うむ。それなんだが、悪いがフィンディの相手は私に任せて欲しい」

「それは……いえ、そうですね。バーツ様は俺達を守りながら戦えましたからね」


 ラルツが何か言いかけたが、すぐに納得したようだった。

 正直なところ、フィンディを相手に戦うなら、私一人の方が楽なのだ。ピルン達を守ることを考えずに戦えるならば、強引に接近して宥和の兜を引きはがせるだろう。

 フィンディの件は私に任せて貰うとして、3人にはザルマへの対応をお願いしておくのが適切だろう。


「ザルマは残ったゴーレムを稼働させると言っていた。私がフィンディを助けるまで、3人はそれを阻止して欲しいのだが」

「それがいいでしょう。無念ですが、お二人の戦いにあっては、わたし達は足手まといにしかならなそうです」

「確かに、ゴーレムと戦う方がまだ楽ですわ。でも、早めに二人揃って助けに来てくれることを願いますわ」


 ゴーレムの相手も楽ではない。3人では数百はいるというゴーレムの相手は難しいだろう。本来なら、私とフィンディが二人がかりで一気に破壊するべき相手だ。


「出来るだけ早く助けられるように、頑張ってみる」


 そうとしかいえなかった。あの神世エルフは次の行動が読めないところがある。先程くらいの戦いならば、何とかなるのだが。


「あの、バーツ様。なにか作戦はあるんですか? 手加減しているとはいえ、神世のお方ですよ」


 気弱な考えが伝わったのか、ラルツが聞いてきた。私の実力に疑念を持っているのではなく、単純に生命を心配しているようだ。

 ここは一つ、自信を持って何か言って、安心させてやらねばならない。


「勿論、作戦ならある」


 私の言葉に3人の顔が希望に満ちた。それを見て、更に力強く言葉を続ける。

 

「作戦は一つ。力押しだ」


 3人が同時に、不安そうな顔をした。

 ゲームの強キャラって常に浮いてる奴がいますよね。

 バーツさんの「レベルを上げて、物理で殴ればいい」並の発言で、次回、「バーツの戦い」に続きます。

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