27話「遺跡探索その1」
北方山脈。それは、大陸中央の山地から北に伸びた山並みのことを指す。中央山地から東西南北に伸びる山脈の中でもっとも高く、大きい。古くから難所として有名であり、大陸北方を二つに分断する存在でもあった。
その山裾の一部に、勇者の遺産は存在した。
というか、山体の一部にしか見えないくらいの巨大な施設だった。
「これが勇者の遺産か。山の一部じゃないのか?」
「そう見えるように隠蔽したんじゃ。ここに来るまでも色々してあったじゃろう?」
「うむ。確かに念入りな仕掛けが施されていたな」
「そうなのですか? 一緒に飛んでいて、まるで気づきませんでしたが」
どうやら、ピルンは気づかなかったようだ。彼は私の魔術に同乗しただけなので、自力で飛んでいる他の面々よりも気づきにくかっただろう。
「私の見た限りでは、眼下の森と、この周辺の空間に認識を狂わせる魔術が仕掛けられているな。かなり大規模で綿密な奴だ」
「仰る通りです。この辺りは迷いの森として有名で、誰も近づかない地域です」
風騎士ラルツが驚いて言う。魔力感知は私の数少ない取り柄なのだ。
「ワタクシや風騎士さんが自力で来ようと思ったら、こんなにすんなり到着しなかったでしょうね。流石はフィンディ様ですわ」
「褒められるようなことではない。自分も関わった魔術じゃ、引っかかったら間抜けじゃろうが」
いつもなら調子に乗りそうな場面だが、フィンディは真面目な態度を崩さない。手に持った杖の宝玉を青く点滅させながら、周囲を観察している。
「どうだ。何かわかったか?」
「人が入ったのは間違い無さそうじゃ。ただ、ここまで近づいて動きがないのを見ると、施設を掌握していないようじゃのう」
確かに。魔術師ザルマが勇者の遺産を完全の制御していれば、近づく私達に対してゴーレムの軍勢をけしかけることが出来るだろう。
それが無いということは、まだ間に合うということだ。
「急げば何とかなりそうだな。……それで、入り口はどこだ?」
私は目の前にある山を見ながら言った。フィンディの話によると、山一つ丸ごと施設らしい。とても大きい。この場合、向こうの山脈まで工場になってますと言われなくて良かったと考えるべきだろうか。
「待っておれ。すぐに入り口を出す。油断するで無いぞ。過去の遺物とは言え、かなりのものじゃ」
フィンディが掲げた杖の宝玉から一筋の光が伸びると、山の一部が崩れて、入り口が姿を現した。
「凄い。まるで入り口がわかりませんでした。しかし、ザルマという人はどうやってここまでの情報を知り得たのでしょうか」
ピルンがそんなことを呟いた。確かにそうだ、勇者とフィンディによって隠蔽された情報を手に入れ、ここまで辿り着くのは容易ではない。
「……恐らく、大陸南西部にある神殿などを調べたのじゃろう。丹念に調べて回れば、ここまで辿り着けるはずじゃ」
「あら、大陸南西部は内戦状態ですのよ。そんな危険の中に飛び込むなんて相当ですわね……」
「それほどの執念がある相手ということだな。ラルツ、私は極力命は取らない主義だが、覚悟は決めてくれ」
「わかっています。出来れば捕まえたいのですが、もしもの時は俺が引導を渡します」
自身の覚悟を口にするラルツ。これで方針は決まった。出来るだけ生け捕り、どうしようもなかったら命を頂く。出来れば後者の方法は取りたくないものだ。
「どうやら、先に歓迎の者が出てきたようじゃのう」
私達の前にある入り口から、出て来る影があった。
現れたのは全長2メートル程度の金属の人形。外見は風騎士の鎧に少し似ているが、中に人も精霊もいない。ゴーレムだ。
入り口から出てきたゴーレムの数は10体。更に、周囲の山の中から10体が飛んできた。このゴーレムは背中の魔術陣で空を飛ぶことが出来る。
施設の防衛用にザルマが配置したのだろう。既にある程度は、遺跡を掌握しつつあるということだ。
「間違いない、あのゴーレムですわ。500年ぶりですけれど、別に嬉しくありませんわね」
「そうだな。当時は人のための存在だったかもしれんが、今では単なる凶器だ」
「数が多いですね。急いで破壊しましょう」
私とクラーニャ、そしてピルンが戦いの準備に入る。ラルツも風騎士の鎧に力を発揮させたらしく、全身が緑色に発光する。
さて戦いだ、と思った瞬間だった。
「すまんが時間が惜しいのじゃ、失せるが良い!」
フィンディの杖から青い光が放たれ、その場にいた全てのゴーレムに大穴が空いた。
過去の勇者が作り上げたゴーレムといえど、ひとたまりもない。ゴーレム達は一瞬で鉄くずへと変化した。
「終わったな。目指すは制御室じゃ。とりあえず施設を止めなければ安心できん」
「あ、はい……」
フィンディの実力の片鱗を見せつけられた私達は、頷いて着いていくしか無かった。
○○○
遺跡の内部は城の中のような空間になっていた。黒っぽい石造りの通路に時々扉があり、中を覗くとゴーレム製造のための設備だったり、人間用の部屋だったりと様々だ。ただ、見た感じ、内部の機構は全力稼働しているわけではなさそうに見えた。
「どうやら、まだゴーレムを製造しているわけではないようだな」
「とりあえずは安心じゃな。先程のやつも、製造済みのを制御下に置いたのじゃろう」
「あの、フィンディ様。いっそのこと、この山ごと、施設を破壊するわけにはいかないのでしょうか?」
遠慮がちにピルンが質問をした。フィンディが珍しくピリピリしているからだろう。今の彼女は話しかけにくい雰囲気だ。
「ワシも出来るならそうしたいのじゃが、山を崩したくらいでは、この施設の魔術陣が生き残り、多少なりともゴーレムの製造が出来てしまうかもしれん。制御室と呼ばれる部屋で設備の全てを止めてからがいいのう」
「見た感じ、この施設全体が高度な魔術陣になっているようですわね。下手に触ると危険そうですわ」
「目指すは制御室。そこにザルマもいるのでしょう」
クラーニャの言うとおり、たしかに施設全体に高度な魔術陣が張り巡らされている。下手に触ったり壊したりしても、どうにか稼働し続けるような仕組みも設けられているように見える。フィンディならば施設ごと吹き飛ばすのは難しくないのだろうが、念には念を入れたいということだろう。
私も移動しながら得意の魔力探知で施設全体を探っているのだが、今ひとつ全体が掴めない。なかなかよく出来た施設だ。というか、この黒っぽい壁が邪魔だ。直接魔術陣の一部に触れることが出来れば、もう少し詳細が掴めそうなのだが。
ああ、壁を壊せばいいのか。
「すまんフィンディ。試したいことがある。ちょっと止まってくれ」
「何を試すのじゃ? 手短に頼むぞ」
「それほどかからない。ふんっ……と上手くいったな」
神樹の枝に魔力を込めて、魔術陣に傷がつかないように壁を削る。
削ったところは、壁の内部に走る白い線が露出していた。素材はわからないが、間違いない、魔術陣の一部だ。
「な、なにをする気ですか? その棒きれ、ではなく杖を見て、精霊がちょっと怯えたのですが」
精霊の鎧はその棒きれにやられたからだ。怯えもするだろう。とりあえず、ラルツの発言は気にしないことにする。
「この白い線は施設の魔術陣の一部だ。壁ごしだと今ひとつ全体像が掴めなかったので、直接触れたかった」
「まさかお主、この施設の魔術陣を把握できるのか? 人間が作り上げたものの中では最上位のものじゃぞ」
私の発言から意図を理解するとは流石はフィンディだ。確かにかなりの魔術陣だが、取り扱いが不可能なものではない。神樹の杖を持つ今ならば、私はより精密な魔力操作が出来る。
「それを今から試してみたい。念のため、少し離れていてくれ」
全員が一斉に距離を取った。それを確認してから、魔術陣の一部に触れる。
精神を集中し、魔術陣の全体像を把握していく。やはり施設全体にかなりの密度で広がっている。少し陣をいじったくらいでは停止は難しそうだ。それと、一部の魔術陣に何者かの魔力が流れ始めている感触がある。恐らくザルマが掌握しつつある部分だろう。
数分で、私はこの施設の魔術陣の全体を把握した。
「ザルマのものと思われる魔力の感触があった。微々たるものだがな。神樹の枝を使えば、魔術陣の解除や変更も出来そうだが面倒だ。いっそ、破壊したほうが楽に思える」
神樹の枝を使い、神々の魔力で施設の魔術陣を満たし、破壊する。魔術陣に手を加えるよりも、早くて確実だ。
「流石じゃのう。神樹の枝を使うとはいえ、かなり高度な魔力操作じゃぞ。ワシにも出来ん。いや、ワシが大雑把すぎるだけなんじゃが……」
「フィンディに褒められるのは本当に珍しいな。自慢できそうだ」
「うかつじゃった。成功したら改めて褒めるとするのじゃ」
そういうフィンディの表情は、先程までより柔らかいものだった。懸念事項がこの場で一つ無くなるかもしれないからだろうか。これは、頑張りどころだ。
「反対意見がなければ、この場で魔術陣を破壊にかかりたいのだが」
「わたしは異論ありません」
「ワタクシもですわ。でも、出来れば魔術陣と一緒にこの建物が崩壊しないようにお願いしたいですわ」
「あの、出来ればザルマは生かして捕らえたいので、お手柔らかにお願いします」
他の面々の言うことも最もだ。自分の力で山崩れを起こして巻き込まれてはかなわない。ただ、ザルマの安否に関しては保証は難しい。
「承知した。出来るだけ建物を壊さないように威力を加減する。ただ、ザルマがいるであろう制御室は魔術陣が集中している箇所でもある。派手に爆発するかもしれん。それでいいか、ラルツ」
「……わかりました。最悪の事態は覚悟しています」
「よし、バーツ以外はワシの近くに集まるのじゃ。守ってやろう」
ピルン、クラーニャ、ラルツがフィンディと共に少し離れた場所に集合する。それを見ながら、私は壁に走る白い線に神樹の枝を押し付ける。慎重に、だが素早く、白銀の魔力を施設全体に満たしていく。
神樹の枝は私の思いに答え、準備はすぐに出来た。
「準備が出来た。いくぞ!」
施設の魔術陣に満たされた神々の魔力を、一斉に破裂させる。爆発ではなく、破裂だ。大きな力ではないが、陣を破壊するには十分な威力をイメージした。
直後、私達のいる廊下の壁に、内部を走る魔術陣の形に亀裂が入った。少し遅れて、施設全体から破壊の音が響く。巨大な設備もあったのだろう、何かが崩れて崩壊する音なども響いてくる。
「思ったよりも大きな音がしているな。かなり手加減したのだが」
念のため、私は自分の周りに防御障壁を張った。フィンディも、仲間達を守るべく同様の魔術を展開している。
崩壊の音は、10分くらい続いて終わった。幸い、建物は崩れなかった。
「……終わったようですね。施設は沈黙したと見て良いのでしょうか」
「少し待つのじゃ。ワシが見てみる」
フィンディの杖の宝玉が一瞬だけ青い閃光を放った。
「……驚きじゃ、魔術陣が綺麗に消し飛んでおる。バーツ、やはりお主は、魔力の扱いに関しては、ワシよりも上のようじゃな」
世界広しと言えども、魔術に関してフィンディにここまで褒められた者はそういないだろう。そのうちどこかで自慢しよう。
「上手くいって何よりだ。気負っているフィンディは、見ていて楽しいものではなかったからな」
「なんじゃ。気を使わせてしまっておったのか。すまんのう」
「気にするな。これでいつも通り、傍若無人に振る舞っても大丈夫だ。安心して暴れてくれ」
「いつも通りとはどういうことじゃ! ワシはいつも熟考を重ねた上で行動しておる!」
絶対嘘だ。見れば、ピルンも似たようなことを思ったらしく目を見張っている。
「あの、すみません。ザルマが気になるので制御室に向かって頂きたいのですが……」
ラルツの言葉に、自分達の目的を思い出させられた。そうだ、ここでフィンディと問答している場合ではない。施設に入った主犯を捕まえなければ。というか、先程の破壊音、制御室の方じゃなければいいが。ザルマの無事を祈る。
「制御室はこっちじゃ。ついて参れ」
気を取り直したフィンディの案内で、私達は制御室に向かって出発した。
バーツさんが予定より数話早く遺跡を破壊しました。
次回は「遺跡探索その2」になります。




