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26話「精霊の鎧」

 勇者の遺産に出発する前に、確認したいことがあった。

 風騎士ラルツ。彼についてもう少し詳しく知っておきたい。仲間の戦力の把握はとても大切なことだ。


「そういえば、ラルツは何の種族のハーフエルフなのか聞いても良いだろうか?」


 個人的な興味もあり、そんな質問から入ってみた。ハーフエルフというのは迫害されることが珍しくないので繊細な話題なのだが、彼が何の種族のハーフなのか見当がつかないので、気になっていた。一見、人間とエルフのハーフに見えるのだが、持っている魔力が少し不思議な感じがする。

 ラルツは特別逡巡する様子もなく、答えてくれた。

 

「私はエルフと魔族のハーフです。あ、だからといってそれほど差別されていませんよ。この国で両親に育てて貰いました」


 驚きだ。私もそれなりに長く生きているが、魔族とのハーフエルフは初めて見た。しかも、それほど差別を受けていないという。魔族の立場も変わったものだ。


「エルフと魔族が、共に暮らしたのか。この国で」

「はい。俺は父が魔族で母がエルフなんです。両親とも国の研究機関で勤めていて、俺もその中で育ちました」

「この国の研究機関は能力さえあれば種族は問わない、ある意味閉じた環境だそうですからね。それが良い方向に働いたのでしょう」


 私の疑問に答えるようにピルンが補足してくれた。なるほど、実力主義の社会だからこそ、魔族が生きていけたわけか。


「そんな幸せに育っていた人が何故、風騎士なんてやってるんですの? そのまま研究者にでもなれば良い流れに聞こえますわ」

「それは……」

「鎧に選ばれたのじゃな。お主は」

「はい……」


 言葉を濁したラルツに代わり、答えたのはフィンディだった。そういえば、彼女は風騎士を見た時、何かに気づいた様子だった。全く彼女の持つ知識の膨大さには恐れ入る。せっかくだから教えて貰おう。


「そういえば、フィンディは風騎士の鎧について知っているようだったな。詳しく教えてくれないか、味方の戦力は知っておきたい」

「バーツでもわからぬか。まあ、この世界でも非常に珍しい品じゃしな、説明しておいても損はなかろう」


 フィンディがラルツに向きながら、断言するように聞く。


「ラルツ、それは精霊の鎧で合っておるな」

「はい。風の精霊の鎧です。我が家に代々伝わる品で、俺が倉庫の中で見つけた時に気に入られました」


 精霊。勇者に続いて意外な言葉が出た。話に聞いたことはあるが、見たこともないし、詳しくも無い存在だ。

 

「あの、精霊とは、あの御伽噺に出てくる精霊ですか? 本当に存在するとは思いませんでした」


 ピルンも少し戸惑っているようだ。精霊というのは伝承の中でしか語られない存在だ。同じ伝説の存在でも、所在がはっきりしているフィンディとは大分違う。


「精霊というのは、世界を循環する魔力が特定の条件を持った場合に、意志を持って生まれる存在じゃ。火とか水とか、自然の精霊が有名じゃのう」

「たしか、数も少ないし。意志も薄く、人前に殆ど姿を現さないと聞いたが」


 私のこの知識も、しっかりとした文献で得たものではなく、昔聞いた伝承によるものだ。正しいのか間違っているのかすらわからない。


「バーツの言っていることは正しい。強大な力を持つ割に精霊は臆病じゃし、数も少ない。じゃが、たまに人間に接触する精霊もおる」


 そう言って、フィンディはラルツの鎧を指さした。フィンディの指先に魔力が灯る。白銀の、神々の魔力だ。それに反応して、鎧の宝玉が淡い緑色の光を放った。

 

「古い精霊のようじゃな。ワシを神々の眷属だとわかっておる」

「風の精霊が喜んでいるのがわかります。すごい、ここまではっきり意志を感じるなんて滅多にないのに」


 驚くラルツ。どうやらこの非常に珍しいことが起きたらしい。


「どういう事情かわからぬが、その鎧は風の精霊が宿っておる。ラルツを使い手として選び、力を与えておるんじゃな」

「こいつが俺に力を貸してくれるようになったのは最近なんです。両親や、この国を守りたいと思った時に、急に強い力を出すようになって……」

「お主の心に応えたのじゃろう。精霊は純粋な存在じゃ、種族ではなく、心を見るのじゃ」


 精霊に選ばれたから悪人ではない。そう判断したから、風騎士をすぐに開放するように言ったわけか。


「なるほど。精霊に選ばれた者だと知っていたから、すぐに拘束を解いていいと言ったのか」

「いや、あれはワシに敬意を表したからじゃ。襲い掛かってきたら電撃するつもりじゃった」


 どうやら、いつも通りのフィンディだったようだ。真面目ぶって賢者らしく知識を披露してくれた後に、このような言動をされると、ちょっと安心する。


「ともあれ、精霊に気に入られる者に悪人はおらんよ。狂った精霊なら話は別じゃが、こやつの鎧に宿る精霊は、正常な上に強力じゃ」

「ありがとうございます。でも、まだまだだと自分でもわかります」

「精霊の声に耳を傾けることじゃ。自己主張の強くない連中じゃが、しっかりと意志はある」

「はい。精進します」


 深い知識があれば、あいまいな言葉でもアドバイスっぽくなるのはずるいと思う。仮に私がクラーニャに似たような話し方をしても「もっと具体的にお願いしますわ」とか言われると思う。これが貫禄の差というやつか。今度コツがないか聞いてみよう。

 

「さて、話を聞く限りだと、急いで出発した方が良さそうだが。……少し休むべきだろうな」


 色々と状況が変わってきたが、私達は戦闘直後だ。私とフィンディとピルンはそれほど消耗していないが、クラーニャとラルツは少し前まで本気で戦っていたので消耗が激しい。特にラルツは私の攻撃が直撃している。このまま徹夜で敵の居場所に乗り込むのは不味いだろう。

 

「大丈夫。いけます!」


 ラルツはそう言うが、彼が一番疲れているのは間違いない。一番ダメージを与えたのは私だが。


「ふむ。確かに休憩したいところじゃが、その間に遺産が全力稼働でも始めたら笑い話にもならんのう。よし、ワシとバーツ以外はこれを飲むのじゃ」


 言いながら、フィンディが例のポケットから3本の瓶を取り出した。手の平サイズの白い清楚な装飾のされた瓶で、中に琥珀色の液体が入っている。

 

「これは?」

「神世エルフの薬じゃ。飲めば立ち所に傷と体力が回復し、絶好調になる」


 神世エルフの名前だけでは払拭しきれないくらい、危険な感じのする薬だった。


「それ、大丈夫なのか? 健康に影響がないか心配なのだが」


 私の発言に、ピルン達三人が無言で同意した。正しい判断だと思う。

 

「神世エルフの作った飲み物じゃぞ、信用せい。それとも疲れた状態で戦いたいのか? ワシは構わんがの」

「失礼しました。神世のお方を疑うなど、恥ずかしいことです」


 言いながらラルツが瓶を受取り、すぐに飲み干す。素直な男だ。


「ピルン、クラーニャ。安心しろ、大丈夫だ」

「はっ。申し訳ありません、効果があまりにも劇的すぎまして……」

「嘘くさいと思ってしまいましたわ」


 ピルンとクラーニャも薬を受け取った。二人共、ラルツの体に変化がないのを横目で確認しながら、ゆっくりと薬を飲み干した。


「あら、本当ですわ。傷が治って、疲れが取れて、魔力まで回復しましたの」

「それに美味しい……」

「流石は神世のお方」


 薬の効果はすぐに現れたらしく、3人とも驚いている。


「全く、変な警戒をしおって。ワシが信用できんのか」

「すまない。私も少し疑ってしまった」

「……最初に疑ったのはお主じゃったな。よし、この件はバーツへの貸しにしておくのじゃ」


 またフィンディへの借りが増えてしまった。もう返済不可能な気がする。


「フィンディ、勇者の遺産は近いのか?」

「うむ。ワシらが飛んでいけばすぐじゃ」

「よし。出来るだけ素早く片付けてしまおう」


 その後、少し準備を整えてから、私達はフィンディの案内で深夜の王都を文字通り飛び出した。

 実に忙しい一日だ。

神世エルフの薬は安全、安心。

そんなわけで、次回からダンジョン的な場所に殴り込みます。


次回は「遺跡探索」になります。

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