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25話「勇者の遺産」

 勇者に対する私の思いは複雑なものだ。私自身が直接的に被害を被ったわけではないが、私が魔王になるきっかけを作ったのが勇者である。

 勇者は世界の魔力バランスを保つ仕組みの一つとして生み出される存在だ。世界を循環する魔力の淀みから作り上げられた魔王、そしてそれを消去する勇者。この事情を知らない者にとっては勇者は英雄であり、魔王とそれに率いられる魔王軍は世界の敵となる。


 事情を知る私から見れば、勇者も魔王も世界の仕組みの犠牲者であり、勇者と魔王にそれぞれ協力する種族は被害者である。

 フィンディは世界を維持するために必要なことだと言うが、あまり上等な方法だとはどうしても思えない。

 特に、500年前の勇者によって全滅寸前まで追い込まれた魔王軍を見た後は、その思いが強くなったものだ。

 魔族が全滅寸前というのは、これまでこの世界の歴史でなかったことだ。前回の勇者の魔族への攻撃はとにかく徹底していた。魔族をこの世界に生きる種族だと認めない、そんな執拗さがあった。

 そんな勇者が残した物が、この国に眠っている。しかも、それを良くない魔術師が目覚めさせようとしている。

 王都の守護者、風騎士。ラルツと名乗ったハーフエルフの青年の話を無視することなど、私には出来ようはずも無かったのだ。


 狙われた勇者の遺産については我らが大賢者フィンディが知っているという。クラーニャとラルツを伴って宿に戻った私達は、早速話し合いを始めた。

 テーブル上にはピルンが用意したお茶が置かれた。落ち着く香りのハーブティーだ。時刻は深夜に差し掛かっているが、文句を言う者はいない。


「フィンディ、勇者の遺産について詳しく教えてくれないか。正直、私にはどんなものか想像もつかない」

「そうじゃのう。その前に、お主らは500年前の勇者の戦いについてどの程度知っておる? 当事者の一人だったクラーニャはどうじゃ?」


 問われたクラーニャは、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、当時のことを話す。

 

「ワタクシも全てを見たわけではありませんわ。ただ、500年前の勇者はそれまでと違って、異常なほどの敵意をワタクシ達に向けておりました。通常、勇者は数名の優秀な仲間を伴って魔王を討伐するものですが、あの勇者は違いましたわ……」

「人間と、それに協力する種族の力を結集しての全面戦争だったな。魔族だけでなく、人間にも大きな被害が出た」


 私が当時のことを思い出しながら、クラーニャに続いた。勇者は様々な国家や種族の協力を受けて魔王討伐をするものだが、500年前のそれは規模が違った。あの勇者が起こしたのは、あらゆる種族を巻き込んでの大戦争だった。

 

「うむ。そうじゃな。ワシから見ても酷いもんじゃった。ピルンとラルツも、その点は知っておるな?」


 ピルンとラルツが頷く。500年前とはいえ、そのあたりは伝説としてしっかり残っているようだ。

 

「あの勇者は魔王軍をほぼ全滅まで追い込んだ。これは本当に驚くべきことじゃ。魔族は強い個体が多い。勇者に協力する種族を可能な限り兵力として投入しても、そう簡単に出来ることではないのじゃ」

「それは私も疑問に思っていました。以前少し調べたのですが、勇者と仲間の力で次々と魔族を倒したという伝承があるだけで、具体的な手段についての記述が残されていないのです」

「ピルンが調べてその程度しかわからなかったのか? グランク王国にいたならば色々情報がありそうなものだが」

「それが、不自然くらい詳しいことがわからないのです」


 大国の使者であるピルンは一般の人々と比べて手に入る情報の精度が違う。実際、これまでの旅でピルンの知識には大分助けられている。そのピルンが「わからなかった」というのはただごとでは無い。


「そりゃあ、そうじゃろうなぁ。なにせ、魔王が倒された後に、勇者とワシが全力で隠蔽をしたんじゃからのう」


 その場に居た全員が息を呑んだ。遺産の場所を知っている以上、フィンディが勇者と関わりがあってもおかしくないとは思っていたが、そんな協力までしていたとは。

 

「神世のお方と勇者様は何故、隠蔽などをしたのですか? いや、それほどまでに遺産というのが危険なのですか?」


 ラルツの問いかけの答えを、私とクラーニャは知っている。というか、話の途中で見当がついた。

 隠すことでもないので、答えを教えるべきだろう。

 

「勇者が魔族を全滅寸前まで追い込むことが出来たのは、強力なゴーレムを量産したからだ。足りない戦力を作り出すことで補ったのだな」

「恐ろしいゴーレムでしたわ。3体いれば並の魔族なら倒されてしまうものが、空を埋め尽くすほど飛んでおりましたの」


 勇者達の大量生産したゴーレムは高性能な上に、強力だった。ゴーレムは人間より一回り大きいサイズの金属で覆われた人形で、飛行能力や強力な魔術など、かなりの戦闘能力を付与されていた。何より恐ろしかったのは生産性で、おびただしい数が生産されていたのを覚えている。クラーニャの言葉は比喩ではない。

 勇者のゴーレムが数千、数万単位で戦場に投入された結果、魔王軍は追い込まれた。ゴーレムが命令の通り行動する人形だったのが、魔王軍の被害を大きくした原因であったように思える。

 

「つまり、そのゴーレムの生産施設が、勇者の遺産だと?」


 風騎士が問いかけ。ピルンはメモを走らせる。ピルンはちょっと嬉しそうだ。歴史の新事実に触れたからかもしれない。最近わかったのだが、彼は情報が大好きなようだ。

 

「その通りじゃ。勇者の遺産とは、この地方に作られたゴーレムの生産工場じゃ。魔王討伐後、悪用されることを恐れた勇者がワシのもとを訪れ、隠蔽を依頼したのじゃ」

「何故、破壊しなかったのだ? 悪用されたくないなら、使えなくしてしまえば良いだろう?」

「ワシもそう言ったんじゃが。次の勇者のために残しておきたいと懇願されてのう。断りきれなかったんじゃ」


 フィンディは自分に敬意を向けてくる相手には甘くなるところがある。特に寿命が短い種族が相手だと、それが顕著だ。今回はそれが裏目に出たわけか。


「しかし、勇者の残した遺産が悪用されつつあるというなら話は別じゃ。ここは景気良く破壊してしまおうと思うのじゃ」

「神世のお方、その施設というのは、簡単に利用できるものなのでしょうか?」

「簡単には無理じゃ。しかし、優秀な魔術師が時間をかければそれなりに稼働させることは出来るじゃろう。施設で出来上がる強力なゴーレムは特別な制限がかかっておらん、命令次第で無差別に攻撃をするぞ」


 それは大変だ。どうせ隠蔽するなら強力な封印でも施してくれれば良かったのに。いや、当時の詳しい事情を知らない私がどうこう言うべきではないだろう。今は、出来る限りの対処をするべきだ。


「それは壊してしまうべきだな。そんな危険なもの、この世界に必要ない」

「ワタクシとしても、忌々しい存在がこの世から消えるなら、大歓迎ですわ」

「私も賛成です。話を聞く限りだと、無い方が良いものに思えますし」


 フィンディが頷く。見れば彼女にしては珍しく、神妙な顔をしていた。


「すまんのう。これはワシの不手際じゃ。当時は、戦いで荒れた世界を勇者達が立て直しておるのを間近で見ておってのう。そのうち何かの役に立つかと思ったんじゃよ。世の中が落ち着いた段階で、処分しておくべきじゃった」


 どうやら責任を感じているようだ。自分の行為が今を生きる人々に迷惑をかけてしまっているのにショックを受けているのだろう。傍若無人な行動に目が行きがちな彼女だが、責任感が無いわけではない。


「神世のお方は悪くありません。悪いのはザルマです」

「それに、幸いなことに、まだ勇者の遺産は稼働していないようだ。犠牲が出る前にどうにかしてしまえばいいだろう」


 私の言葉に、ピルンとクラーニャも頷く。我々は運がいい。


「そうじゃな。悪いが、手を貸してくれると嬉しいのじゃ」


 フィンディの申し出を断る者など、この場にいるはずがなかった。

そんなわけで、勇者の遺産に向かいます。その前に、もう1話説明回が続きます。


次回は「精霊の鎧」になります。


※いつの間にか、総合PVが100万を超えていました。こんなに読まれることになるとは思っていませんでした。本当にありがとうございます。

宜しければ、これからもバーツさん一行の旅にお付き合いくださると幸いです。

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