24話「それぞれの事情(風騎士編)」
眠っている風騎士を起こすにあたって少しだけ話し合う必要があった。
彼の主観では不意打ちで倒されたわけなので(やったのは私だが)、目覚めた瞬間にこちらに襲いかかって来ても不思議ではない。そうでなくとも、友好的な態度は望めないだろう。
そんなわけで、風騎士は事前に私が鎖の魔術で拘束し、フィンディが真横で杖を出して待機することになった。クラーニャ曰く、「イケメンの気配がする」らしいので、フィンディは電撃の魔術を準備している。イケメンには電撃をするという変な趣味に目覚めたのかもしれない。
「そうじゃ、目覚めさせる前に、兜を外しておくのはどうじゃろう」
「いいですわね。王都の守護者の素顔と寝顔を拝見致しましょう」
言いながら、クラーニャが風騎士の兜を外した。
兜の下は、イケメンだった。ほっそりした顔立ちと漆黒の髪、それと尖った耳。恐らく、ハーフエルフだろう。エルフの髪の色は金か銀で、別の種族と混ざらない限り、それ以外の髪色にはならない。見た目では、何の種族とのハーフかはわからなかった。
「おお、ハーフエルフのイケメンじゃな」
「何の種族とのハーフでしょうか?」
「それは、本人に聞くことにするのじゃ」
ピルンに答えながら、フィンディが軽く杖を振った。一瞬だけ宝玉が輝く。
効果はすぐに現れ、イケメンが目を開いた。
「うっ……。ここは? 貴様らか! 俺をいきなり攻撃したのは!」
目覚めた風騎士が拘束から抜けようと力を入れた、鎧の緑のラインと胸の宝玉が一瞬輝く。
なかなかの力だ。残念ながら、私の魔術はびくともしないわけだが。
「くそっ、頑丈過ぎるぞ。なんだこの鎖は」
「いくらお主が精霊の鎧に選ばれた者でも、その鎖を引きちぎるのは無理じゃろうなぁ」
拘束を解こうとする風騎士に対して、フィンディが杖を輝かせながら話しかける。何かの拍子にやりすぎないか心配だ。私としては友好的にいって欲しい。
「何者だ。エルフが何故サキュバスと共謀している。ザルマの仲間か」
「何の話じゃ? まずはお主から名乗るのが良かろう、さもなくば……」
「やめろ、フィンディ。彼の態度はもっともだ、こちらから名乗るべきだろう」
詳しい事情はわからないが、風騎士にこれ以上不信感を植え付けるのは良くない。ここは我々の方から友好的な態度を示すべきだろう。
「私はバーツ。冒険者として諸国を旅する者だ。そこのサキュバスとは古い知り合いなのでな、襲われているところを助けたという次第なのだが」
「ワシはフィンディ。同じく冒険者じゃ。バーツと共に旅をしておる」
「ピルンと申します。お二人の道案内を務めるものです」
「ワタクシはクラーニャ。挨拶するのも今更ですわね」
私が名乗ると、フィンディ達も続いてくれた。
「…………」
それぞれが名乗ったはいいが、風騎士は無反応だ。これは対応を誤っただろうか。
「む。すまないが、何かしら反応をしてくれないと困るのだが。説得力はないかもしれないが、私達は君にこれ以上害を与えるつもりは……」
「一つ、聞きたいことが。いや、伺いたいことがある」
いきなり風騎士が言葉使いを変えてきた。拘束された状態で、居住まいを正そうとしている。
「な、なんだ。答えられるようなことか?」
「そちらのフィンディ……様というのは。もしや神世のお方か?」
なんか震えながら聞いてきた。
質問には本人であるフィンディが答えた。
「いかにも。そのフィンディじゃ。この杖と宝玉が証拠になるかのう」
言いながらフィンディが杖の宝玉輝かせた。一瞬だが、強大な魔力の片鱗が見える。何故か風騎士の鎧も反応し、全身の緑の線と宝玉が輝いた。
「ま、まさか。このような所で、神世のお方とお会いすることが出来るとは……。エルフの血が流れる者として、身に余る光栄にございます」
鎖で縛られたまま、頭を下げる風騎士。そうか、エルフから見れば、フィンディは特別にもほどがある存在だ。一緒にいると忘れるが、神にも等しい扱いをされてもおかしくないのだ。
「大げさにするでない。皆が驚いておるではないか。あまり畏まらなくて良い。バーツ、風騎士の拘束を解くのじゃ。こやつに害意はなかろう」
「そのようだな。それに、その姿勢のまま話されるのは困る」
「神世のお方に慈悲をかけて頂くとは、なんと恐れ多い……っ」
「だからそれを止めろといっとるのじゃ……」
いきなり敬意を向けられて困るフィンディと、ひたすら平服する風騎士。フィンディのおかげで友好的に接することは出来そうなのは有り難いが、これはこれで困る。なんか、喜びに打ち震えてるし。
○○○
「改めてご挨拶致します。ラルツと申します、鎧を着ている時は風騎士と呼ばれます。神世のお方と、仲間の方々に失礼致しました」
拘束を解かれ、気持ちを落ち着けた風騎士は丁寧に頭を下げながら、自分から名乗ってくれた。
「いや、頭を下げなくていい。何か事情あってのことだと思っている。それに、サキュバスが好き放題していれば、討伐したくもなるだろうしな」
「ひ、酷いですわっ。サキュバス差別ですわっ」
「そう言って頂けると、有難いです」
しれっとクラーニャを無視するラルツ。どうやら、なかなかの人物のようだ。
「ところで、今頃気づいたのですが。貴方が噂の魔人バーツ様ですね」
驚いたことに、ラルツは私のことをしっているようだ。だが、魔人とは聞き覚えのない呼ばれ方だ。
「魔人とはどういうことだ? 私は全然有名ではないし、そんな呼ばれ方をされたことはないが」
私達3人の旅の仲間で最も知名度と身分が低いのが私だ。どこで私のことを知ったのだろう。
「最近の新聞で読んだのです。双子の国で、神世のお方と共に活躍したと記事に書かれていました。たしか、神世のお方を御することの出来る唯一の存在だとか」
「なるほど、新聞か……。便利なものだ」
「なあ、その話だとワシが猛獣みたいな扱いをされているように思えるんじゃが。ピルン、後で新聞を作ってる所を教えてくれんか。話し合いにいきたい」
「あ、あまり過激なのはちょっと……」
なんか怒ってるフィンディは放って置いて本題に入ろう。
「それで、クラーニャと戦っていたのは、王都を騒がすサキュバスだからという理解で良いだろうか。それならば、彼女にはこの国を去るように言うが」
「それも理由の一つです。えっと、質問を返して申し訳ありませんが、魔術師ザルマという者はご存知でしょうか?」
知らない名前だ。フィンディ、ピルン、クラーニャを見るが、全員首を横に振った。
「いや、知らない名前だな。君と関係のある人物か?」
「俺の兄弟子です。行方知れずだったのですが、最近姿を現しまして。どうにも良くないことを企んでいるようなんです。そちらのサキュバス……クラーニャも仲間かと思いまして」
「なるほどな。そのザルマとやらは何を企んでいるのかわかるか?」
「ザルマは野心的な魔術師です。自らの価値を証明しようと頑張っていたのですが、その研究内容に問題があり、追放されていまして」
「問題のある研究とは、一体何を?」
「勇者の遺産です」
「よりによって勇者ですのっ。ワタクシ、そんなのに死んでも協力など致しませんわっ」
勇者の名前を聞いてクラーニャが強い拒絶を示した。当然だ。500年前、勇者によって魔王軍は全滅寸前まで追い込まれている。クラーニャはそれを体験した一人だ。勇者とそれに関するものに積極的に関わりたいとは思わないだろう。
「ザルマはこの地域に残された勇者の遺産を探していました。遺産の正体はわかりませんが、500年前の伝説を聞く限り、相当危険なもののはずです。ザルマはそれで自分を追放したこの国に復讐を考えているようです」
勇者の遺産とは意外な名前が出てきた。名前通りの物なら、個人が国家に復讐できると思える程のものである可能性は高い。この件は関わった方が良いかもしれない。
こういう時は、頼れる大賢者、フィンディに相談してみよう。
「私も勇者の遺産については知らないが、素通り出来る話では無さそうに思える。フィンディ、どう思う?」
問いかけると、フィンディが割と軽いノリで答えを返した。
「ワシ、勇者の遺産のことなら知っておるぞ」
「な……っ。流石は神世のお方、そのお知恵を是非、俺に貸してください」
私とピルンとクラーニャが呆気にとられるなか、ラルツだけが反応を返した。早い。
「どうやら無関係というわけにはいかなそうじゃ。ここではなんじゃし、宿に戻って詳しい話をせんか?」
フィンディの提案に、ここにいる誰も異論を挟まなかった。
どうやら、かつての配下との再会を喜ぶだけで終わるわけにはいかないようだ。
敬意を示すことで、フィンディからの被害を回避した風騎士。「んほおおお!」せずに済みました。貴重なイケメン枠です。
ちなみに、バーツさんはややイケメンというのが周囲の評価。
次回は「勇者の遺産」になります。




