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22話「捕獲作戦」

 風騎士は王都フィラルを中心に活動している謎の人物だ。冒険者として登録されていないが、王都やドーファンに危機がある度に姿を現し、その力で国を救っている。

 ピルンが持ってきてくれた書物によると、これまでに魔術実験で生み出された巨大な魔物、遺跡探索の結果開放された古代遺跡のガーディアン、邪悪な企みをする魔術師などと戦い、見事勝利したという。

 銀色に緑の線が走る全身鎧の中心には緑の宝玉が輝き。飛行、風の刃、光の剣など多彩な魔術と鎧の能力と思われる怪力で敵を打ち倒してきたそうだ。

 その活躍から、王都の守護者として人々に愛されているという。


「風騎士について大体理解したが。彼は自分の手の内を書物にして流布されても大丈夫なのだろうか?」

「ワシもそう思っておった。みろ、この本など『緑の宝玉から光を放つとパワーダウンするぞ』と堂々と書いておるぞ。王都の守護者の弱点が丸わかりじゃ」

「そうだな。もし相対することになったら、宝玉から光を放たせるように距離を取って戦おう」


 そして弱ったところを素早く捕獲。我ながら適切な戦法だ。


「これだけ情報が公開されてもなお強いのが、風騎士の特徴なのです。どの資料も少しずつ外見が違うのに気づかれましたか?」

「そういえばそうだな。そうか、鎧に改良を加えているのか」

「守護者というのは地道な努力家なんじゃのう……」


 夜の王都フィラル。その上空で、私達3人は風騎士について話していた。今回はピルンも一緒だ。彼も一緒に飛行魔術で移動して、必要に応じて行動してもらう予定だ。


「それでバーツよ。なんぞサキュバスなり風騎士なりは見つかりそうかの?」

「ピルン、住宅地はどのあたりになる? 可能性が高そうな場所があればなお良い」

「目撃情報が集中しているのは裕福な人間の多い地区です。印をつけておきました」

「わかった。やってみよう」


 ピルンから印つきの地図を受取り、該当地区に向かって意識を集中させる。時刻は深夜、サキュバスが活動するには最適な時間だ。 私の感覚が、閑静な高級住宅地に伸びていく。強い魔力を感じるが、どれも人間のもの。

 次の地域を、と思った所で、私の感覚に引っかかるものがあった。

 

「いた。恐らく、風騎士だ」

「どこじゃ? 方向を教えるのじゃ」

「あっちだ。私達と同じく、空中にいる」


 私が方向を教えると、フィンディが杖を軽く振った。すると目の前に遠くの様子が映し出される。緑の線が走る銀色の鎧。噂通りの外見の風騎士だ。


「あちらもサキュバス探しなのでしょう。何かするつもりなのかもしれません」

「すぐに動けるようにしつつ、様子を見よう。サキュバス狩りに関しては、風騎士のほうが先輩だからな」

「上手く見つけ出してくれたところを横からか。ワシら、案外セコい手段を狙っとるのう」

「そこは効率的だと言って欲しい。セコいのは否定しないが」

「進んで危険や苦労を選ぶ必要は無いと思いますよ、わたしは」


 ピルンの言うとおりだ、と私とフィンディが同意した辺りで、風騎士が動いた。

 流れるような外見の全身鎧、流麗な形の指先に緑の光を灯らせ、空中に魔術陣を描き出したのだ。


「風騎士さん、自分の行動が筒抜けなこと気づいてませんね」

「何をしているかわかるか、フィンディ?」

「もう少し全体図が出てこないとわからんな。しかし、あの鎧は……」


 私達の存在に気付くこと無く、風騎士は魔術陣を完成させた。出来上がったのは、私でも理解できる魔術陣だった。

 

「探索魔術か。クラーニャを見つけ出すためのものだな」

「少し独自解釈しておるようじゃな。サキュバス用に作ったのかもしれん」


 風騎士が完成させた陣を軽くつつくと、淡く輝く緑色の霧が、住宅地全体に降り注ぐ。目的の人物や種族に反応する型の探知魔術だ。私達の方にも霧が来るが、勿論、効果はない。

 

「あちらの方、反応があったようです!」


 ピルンが指し示した方向で、細い一本の光が空に向かって立ち上っていた。

 その光に導かれるように、人影が上空に上がってきた。


「自分から出てきたようじゃな」


 フィンディがそちらも魔術で拡大してくれた。

 人影は、女性だった。長身、長く癖のない金髪、強く主張する胸を始めとした魅惑的な体つき。背中には翼。着ている服は、身体にぴったり張り付く布地であり、露出度が非常に高い。そして、男性に安心感を与えるという、優しい顔つき。

 久しぶりに見る、懐かしい、私の配下。

 大淫魔クラーニャが、王都フィラルの上空に現れた。

 それに気づいたらしい風騎士が、飛んでいく。


 すぐにクラーニャと風騎士の空中戦が始まった。双方、魔術を打ち合っての射撃戦だ。


「間違いない。クラーニャだ。両方捕まえよう」

「大当たりじゃな。しかし、住宅地の上で派手にやるのはちと不味いのう。王都の守護者を倒す現場を目撃されそうじゃ」

「普通はそういった心配はしないと思うのですが」


 その方が手っ取り早いじゃろう? と言うフィンディ。既に彼女はやる気だ。


「よし、念話でクラーニャに郊外まで風騎士を誘導するように言おう」


 二人から特別反対がなかったので、私は風騎士と戦闘中のクラーニャに念話を送る。


『お忙しいところすみません。バーツですが、少し宜しいでしょうか』


 配下とはいえ久しぶりに会う相手なので、礼儀正しくいってみた。礼節は大事だ。

 念話を送った直後、クラーニャの動きが止まって風騎士の一撃を受けたが、まあ、彼女なら大丈夫だろう。


『バッ、バーツ様! どこにいるんですの! あと、見ての通り、取り込み中ですのよ、ワタクシ!』


 あ、返事が来た。元気そうで良かった。


『手短に言うが、お前と風騎士の両方から話を聞きたい。助けるから上手い具合に人の少なそうな郊外まで風騎士を誘導してくれ』

『どうせならこの場で助けてくれてもいいんですのよ?』


 風騎士の攻撃を回避しながら返事が返ってくる。念話の声にも、余裕が少ない。情報通り、戦いやすい相手ではないようだ。

 

『ここで私が風騎士を倒すと、この国では悪人になってしまうだろう。目撃者がいない方がいい』

『その考え方がすでに悪人だと思いますが、わかりましたわっ』


 返事と同時に、クラーニャが風騎士から距離を取った。適度に攻撃を交えて交戦しつつ、住宅地の上空から離れていく。


「よし、後は適当なところで風騎士を倒せばいいぞ」

「見た感じ、逃げに専念すれば、何とかなりそうに見えますね」

「では、追いかけるとするかのう」


 ○○○

 

 眼下の風景がどんどん変わっていく。建物が減って、農地や林が増える。クラーニャと風騎士の戦いは、高速で移動しながら繰り広げられていた。

 戦闘の内容は、風騎士の攻撃をクラーニャが躱し続け、たまに反撃するというのの繰り返しだ。正直、クラーニャが何らかの時間稼ぎか誘導を行っているのが丸わかりだと思うのだが、風騎士が追撃を緩める様子はない。実力に自信があるのか、気づいていないだけなのか、私には判断が出来なかった。

 しかし、別の判断は出来る。

 

「そろそろ、攻撃してもいい頃合いかな?」

「そうですね。もう農地も見えませんし。この辺りなら、人もいないでしょう」

「よし、ワシの出番じゃな」

「いや、すまないが。私にやらせてくれないか? これを試したいんだ」


 言いながら、私は神樹の枝に魔力を通す。ただの棒きれに見えるそれが、淡い白銀の光を放ち始めた。


「バーツから仕掛けたいというのは珍しいのう。お手並み拝見じゃ」

「はっ。目に焼き付けます」


 期待されたところで申し訳ないが、私は大したことをするつもりはない。


「いけ、神樹の枝よ。死なない程度に痛めつけてこい」


 言葉通りの力を込めて、私は神樹の枝を放り投げた。

 

 空中に投げ出された神樹の枝は、高速で回転し、白く輝く円となって、一直線に風騎士に向かっていった。それもかなりの速さで。

 私達が隠形の魔術を使って隠れていたのもあり、風騎士にとっては完全な不意打ちになる。

 

 高速回転する神樹の枝が、風騎士に直撃。

 何となく、甲高い金属音が聞こえた気がした。

 それまで元気よく空を飛んでいた風騎士が、いきなり真下に落下した。


 役目を果たした神樹の枝は、すぐに私の手の中に戻ってきた。

 

「よし。上手くいったぞ」

「ワシ、長いこと生きておるが、神樹の枝を放り投げてぶつけた奴を見たのは初めてじゃ。一応、神世エルフの秘宝なんじゃぞ……」

「そうなのか。それは悪いことをしたな」


 以後、気をつけよう。こういう使い方をする時は、フィンディが見ていない時だけにしようと思う。


「それよりも風騎士は大丈夫でしょうか? いきなり垂直に落下しましたが……」

「飛んでる鳥を射落とすとあんな感じになるのう。まあ、大丈夫じゃと思うが。よし、ワシは風騎士を見てこよう。バーツはあのサキュバスを連れてくるのじゃ」

「わかった。ピルン、適当な場所で野営の準備を頼む。二人から話を聞きたい」

「承知致しました」


 隠形の魔術を解除し、ピルンを地上に下ろすと、私達はそれぞれの行動に移る。

 ちょっと危ない落ち方をした風騎士が心配なこと以外は、順調と言っていいだろう。

見えないところからの容赦ない不意打ち。

バーツさんの棒きれによる凶行で風騎士は撃墜です。


次回はクラーニャとの会話です。

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