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閑話「黎明の国へ」

 私達は国境を越え、次の国であるドーファンに入った。

 黎明の国ドーファン。学問と芸術の国だ。国土の東側に北方山脈が存在し、王都であるフィラルもそちら側にある。昔は北方山脈が難所だったこともあり、向こう側の国との付き合いが少なかった。だが、近年は新たな技術の発達により、山向こうにある大国、グランク王国との関係が深まっているらしい。

 

 私達がいるのは王都フィラルに近い、内陸にある比較的大きな町だ。織物や美術品が名産で、市場にはその手の露店が立ち並んでいるのが特徴である。

 この町には、王都に入る前の情報収集と休憩を兼ねて立ち寄った。

 

 私は現在、一人で市場を歩いている。普段は3人、少なくともピルンを伴っていることを考えると珍しいことである。

 今日は個人的に欲しいものがあったので、単独行動しているのだ。

 そこそこ人通りのある道を歩いているうちに、目的の地区に着く。

 私の前に立ち並ぶのは装飾品を扱う店の数々だ。外に売り場を向けている店舗、天幕を張って販売している露店、地面に商品を並べている者、そのどれもがアクセサリーを扱っている。なかなか綺羅びやかな光景であり、客も店員も女性が多いように見える。かと思えば、男臭い冒険者が真剣に商品を物色していたりもする。魔術具目当ての者も少なくないのだろう。


 私はここに、普通のアクセサリーを求めて来た。用途はプレゼント。日頃世話になっているフィンディとピルンへの感謝の贈り物だ。

 

 実をいうと、ここに来ることを決めた要因は神樹の枝(棒きれ)にある。

 神樹の枝を貰ってすぐに、私は仲間達に贈り物として、ちょっとした装飾品を送るというアイデアを思いついたのだが、それがどうしても上手くいかなかったのだ。

 

 原因ははっきりしている。私に芸術的センスが皆無だからだ。

 酷い物だった。私なりに工夫を凝らした装飾品を作ろうと神樹の枝を使うのだが、出来るのはどうしようもなく出来の悪い品ばかり。いっそ酷すぎて前衛的になってくれればいいのに、その域には決して到達しない。何の装飾もない、無地の腕輪や指輪が一番マシに見えるという残念な結果だった。

 

 仕方ないので私は考え方を変えた。既に出来上がっている装飾品に、神樹の枝の力で加護を付与することにしたのだ。これなら確実だろう。

 加護の内容は、幸運にするつもりだ。変に攻撃的な護符を作ったりすると、どう暴発するかわからない。その点、幸運なら安全だ。効果の確認が難しいのが問題だが、まあ、最初だからいいだろう。

 

「ちょっとそこのお兄さん、何をお探しだい?」


 ピルンとフィンディに似合いそうな装飾品を探していたら、声をかけられた。若く、元気の良い女性の露店主だった。


「旅の仲間に日頃の感謝を込めて何か渡そうと思い、装飾品を探しているのだが」

「ふぅん。お兄さん、冒険者だろ? 魔術具じゃなくてもいいのかい?」

「魔術具は間に合っているんだ。邪魔にならない、程よいものを探している」

「それならうちの商品はどうだい? お値段は手ごろだし、邪魔にならないものばかりだよ?」


 並んだ商品を見てみる。確かに彼女の扱っているのは比較的安価で、小さな装飾品ばかりだった。目利きに自信はないのだが、価格の割に品質が良いように見える。


「意外と良いものが揃っているように見えるな」

「もちろんさ! なにせ、北方山脈のドワーフが作った装飾品だからね」

「ドワーフが作ったものにしては精密さが足りないように見えるが」

「お、わかっちゃったかい。実はこれは若いドワーフの試作品でね。だから安いんだよ」

「そういう情報は隠した方が良いのではないか?」

「この街で、そんな嘘をついてもすぐばれちまうからね。下手に隠さない方がいいのさ」


 明るい笑顔で笑いとばす店主。わざわざ試作品とばらすこともあるまいに、実に清々しい態度だ。

 なんとなく、私はこの店が気に入ってしまった。


「二つほど、何か買わせてもらおう。お勧めはあるか?」

「そうだねぇ。このブローチなんかどうだい? 性別問わず使えると思うよ。安いわりにいい金属使ってるし」


 店主が選んでくれたのは、木の枝をモチーフにした金属製のブローチだった。品良くデザインされていて、悪くないように見える。

 私の芸術センスでは、選択の余地はない。この道のプロである店主を信じよう。

 

「よし。それを貰おう」

「毎度あり。いい買い物したよ、アンタ」

 

 買い物を済ませた後、私は人気の無い場所で、神樹の枝を使ってブローチに加護を与えた。加護の内容は予定通り幸運にした。神樹の枝の力は本物だから、きっとフィンディとピルンに幸運をもたらしてくれるだろう。そして、これが好評だったら、今後も色々作ってみようと思う。


 ○○○


 宿に戻ると、部屋でフィンディとピルンが待っていた。そういえば、宿を取る時はピルンに任せているのだが、どういうわけか、いつも私とフィンディは相部屋だ。きっとフィンディは嫌だろうから、今度それとなくピルンに言っておこう。

 二人はテーブルの上にお茶とお菓子を広げて、ゆっくりしていた。私を待っていてくれたようだ。


「おう、遅かったのう。何をしていたんじゃ?」

「すまない。ちょっと買い物をしていてな」

「お主が買い物とは珍しい。何を買ったんじゃ? 新しい服か?」

「いや、違う。服を買うなら二人についてきて貰うよ」


 私はセンスが悪いからな、と席に着きながら言う。すかさず、ピルンがカップにお茶を注いでくれた。相変わらず良くできた配下だ。


「思うところあってな。こんなものを用意してみた。良ければ受け取ってくれ」


 ポケットから取り出した二つのブローチを、テーブルの上に置く。フィンディとピルンが、それぞれ驚きの表情でそれを見る。


「ど、どういう風の吹き回しじゃ。ワシらにプ、プレゼントなど」

「日頃の感謝の気持ちだ。一応、神樹の枝で幸運の加護を与えてみた。本当は自作したかったのだが、私はセンスが悪くてな」

「そういえばお主は芸術の素養がゼロじゃったのう……。ふむ、ドワーフ細工じゃな。それもまだ若手じゃ」


 ブローチを少し観察しただけで、フィンディは製作者の素性を当てて見せた。流石だ。

 

「あの、私も頂いて良いのでしょうか? このような貴重な物を」

「いや、フィンディの言う通り、ドワーフの若手職人の作品だから、それほど高級ではない。正直に言うと、神樹の枝の練習も兼ねて作った物だ、受け取ってくれると嬉しい」

「はっ。ありがたく拝領致します。これは、我が家の家宝として大事に保管せねばなりませんね」

「いや、どうせなら身に着けて使って欲しいんだが」


 せっかく加護を付与したのだから使って欲しい。それに、それほど貴重な物でもないし。


「ピルンと同じデザインというのがちょっと気にかかるが、貰っておくのじゃ。それにしても、幸運とは効果のわかりにくい加護を選んだのう」


 しまった。デザインは変えるべきだったか。フィンディも女性だ、意外と気にするものだ。次は気を付けよう。


「まだ加減がわからなくてな。慣れてきたら、もっと役立つものを渡そうと思う」

「それは楽しみじゃ。ま、これも邪魔にならぬし、悪い物ではない」


 言いながら、フィンディは胸元にブローチをつけてくれた。ピルンも同様だ。なんというか、ちょっと嬉しい。

 そんなやり取りを終えた後、私達は本題に入った。今後の行動についての相談だ。


「さて、黎明の国に入ったわけじゃが。ワシらはどう行動するんじゃ? また冒険者ギルドか?」

「うむ。そうだな。やはり無難に……」

「それなんですが、少し気になることがありまして」


 言いながら、ピルンは大量の文字が書かれた紙をテーブルの上に置いた。羊皮紙ではない薄い紙に、整然とした形の文字が並んでいる。一目でわかるくらい、私の常識から異質な品だった。

 

「ピルン、これは? やはり、紙も文字もグランク王国発の技術なのか?」

「はい。詳細は省きますが、王が若い頃に開発した紙に、印刷という技術が組み合わせれております。とりあえず、今は中身の方を」

「ふむ。何やら報告書のようじゃのう」

「これは新聞といいます。世の中の出来事を記事としてまとめたもので、ドーファンでは週に一回程度の間隔で発行されています」

「凄いものだな。情報を販売しているのか」

「こういう形の商売が成立するということは、文字の読み書きが出来る者も増えておるんじゃろうなぁ」


 私とフィンディはテーブルに広げられた新聞をしげしげと眺める。4枚程度の紙に、政治や経済、流行などについての情報が記されている。これを読めば世の中のおおまかな流れを把握できそうだ。実に便利なものである。


「バーツ様、わたしが気になったのはこの記事です。なんでも王都フィラルでサキュバスが出没しているそうでして」

「なんだと、どこに書いてある」

「ここです」


 ピルンが示した箇所に目を通す。『夜の王都に淫魔が乱舞』という小さな記事だ。それによると、この2週間ほど、王都フィラルにサキュバスが出現しているらしい。被害者はどれも少年で、今のところ精気を少し抜かれた以外の被害はないが、件数が多いので警戒を強めているとのことだった。

 

「ふむ。少年好きのサキュバスのようじゃな……。深刻な被害がないからか、扱いは小さいのう」

「気になって少し情報を集めたのですが、少年達は精気を抜かれつつも、ちょっと幸せそうだったとか。被害内容はともかく、時期的に見逃せるものではないかと思いまして」

「ピルン。被害者の少年というのは、13歳前後のちょっと気弱な美少年か?」

「は? いえ、詳しいことはなんとも。王都に行けばわかるかもしれませんが」

「なんじゃ、バーツ。心当たりでもあったか?」


 フィンディの問いに頷く。短い記事だが、心当たりのある内容なのだ。


「うむ。知り合いの可能性がある。大淫魔クラーニャ。魔王時代の配下の一人だ」

「もしかして、お主に夜這いをかけたという、例の愉快な奴か?」


 大淫魔クラーニャ。魔王軍の4大魔族の一人にして、魔王になった直後の私を襲い、あっさり敗北して忠誠を誓ったサキュバスだ。

 このサキュバス騒動の被害者は、彼女が良く話していた好みのタイプを想起させる。


「うむ。彼女は13歳前後のちょっと気弱な美少年が好みなのだ。この記事の被害者が少年というところが気になるな」

「なるほど。王都についたらすぐに調べてみましょう」

「ここに来てバーツの目的に一歩近づけそうじゃのう」

「ああ、もしクラーニャならば、確実に新魔王に会っているはずだ」


 魔王軍の中でも指折りの実力者ならば、新魔王との顔合わせは確実にするはず。かつての配下や新魔王について知る、またとない機会になるだろう。


「急いだ方が良いでしょう。『風騎士』が動いているとも聞きました」

「風騎士? なんじゃそれは?」

「この国で英雄視されている人物です。全身を魔術で作られた鎧で堅めた騎士で。強力な魔術の力で、悪事を働く者と戦い続けています」

「ほう。なかなか面白い者がいる国じゃのう。して、強いのか?」


 フィンディが怖い感じがする笑みを浮かべながら聞いた。強者と聞くと興味を持つのは、少し控えた方が良いと思う。


「聞いた限りでは、かなりの強さかと。空中戦が得意だそうです」

「サキュバスは基本的に空にいるし、戦闘そのものは得意ではない。風騎士なるものを相手にするとなると、少し不利だな」


 クラーニャは魔王軍の中でも最高レベルの実力者だったが、それはサキュバスとしての能力を加味しての評価だ。単純な戦闘だと、他に一歩劣る。風騎士とやらの実力次第では、良くない結末も考えられる。


「これは王都に急いだ方が良さそうじゃな。すぐに出発じゃ」

「わかりました。荷物をまとめますので、少しお待ちを」


 席を離れて自室に戻るピルン。彼のことだからすぐに荷物をまとめて戻ってくるだろう。

 

「王都についたら、サキュバス狩りだな。少し楽しみだ」

「楽しみにするには、嫌な名前の狩りじゃのう」


 その後、荷物を持ったピルンが戻って来次第、私達は出発した。

次の国と、行動予定についての回です。

バーツさんは芸術センスがゼロです。


次回はサキュバス狩り(予定)になります。

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