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魔王ですが起床したら城が消えていました。  作者: みなかみしょう
双子の国エリンとラエリン編
22/121

閑話「ピルンの情報とバーツの武器」

「ほう。変わった香りだが、悪くないな」

「はい。グランク国王が若い頃から研究を重ねて完成した飲み物、コーヒーです。苦いので、お好みで砂糖とミルクをどうぞ」


 双子の国の国境付近の町。とある店の店内で、私達はテーブルを囲んでいた。

 今回ピルンが案内したのは、グランク王国発祥の喫茶店という店だ。

 落ち着いた雰囲気の調度類。木製のテーブルと椅子。カウンターの向こうには様々な食器などが並んでいる。

 

 席に座るなり、ピルンが店員に注文すると、すぐにカップに入った飲み物がやってきた。

 陶器製のカップに入った黒い液体からは、何とも言えない香ばしい香りが漂ってくる。

 これはなかなか期待できそうだ。


「他にも何か頼んでいたようじゃが。何が来るんじゃ?」

「甘いお菓子です。こちらもグランク国王が考案したものです。お口に合うかどうか」

「ワシは甘いものは好物じゃ」

「私も嫌いではない。いや、食べ物の好き嫌いをあまり意識したことがないな」

「評判が良く、一気に国外まで広がったお菓子です。甘いものが嫌いでなければ、気に入って頂けるかと」

「なるほど。楽しみだ」


 言いながら、コーヒーを飲む。

 口の中に、経験したことの無い苦みが広がった。なるほど、砂糖とミルクを進めるわけだ。子供なら耐えられないかもしれない。お茶とは違った方向性の苦みだ。

 しかし、悪くない。何となく、目が覚めるような気もする。


「苦い……。いや、だが、悪くない。私は好きだな」

「ワシはちょっと苦手じゃ。お茶のほうが合ってるかもしれん」


 渋い顔をしながら、砂糖とミルクを追加するフィンディ。味と色の変わったコーヒーを一口飲むと、今度は満足気に頷いた。


「うむ。こうすると程よいの」

「好き嫌いは別れますが、眠気覚ましに学者などが良く飲んでいます。わたしも好きですよ」


 そう言いながらカップを置いたピルンが、真剣な顔になった。


「お菓子が来る前に報告があります。グランク王国から情報が入りました」

「あの状況で仕事をしていたとは有能じゃな、ピルンは。貸しばかり作る誰かさんに見習って欲しいもんじゃ」

「すまない……。本当に、必ず何らかの形で礼はする」

「冗談じゃ。お主の性格はわかっておるし、大した手間でもなかったしのう」


 真剣に謝罪すると、フィンディは明るく笑いながら返してくれた。その優しさが、逆に申し訳ない。


「それで、ピルン。グランク王国で何かあったのか」

「はい。王国の魔族達も魔王の復活に気づいていたようです」


 そうか、グランク王国の魔族達も気づいていたか。国民に魔族の多い国だ、混乱していなければいいが。


「それで、何か対応をしているのか? それとも既に何か起きてしまったか?」

「王妃の一人が魔族なのが幸いでした。王にすぐ報告が行き。単なる噂に動揺しないように布告を出しつつ、情報を集めているようです。今のところ、大きな出来事は起きていないとのこと」


 とりあえずは一安心、ということで良いだろうか。グランク王国に到着したら人間と魔族の間に諍いが起きていた、なんてことが無いように願うばかりだ。


「ピルン、双子の国の一件で、魔王の復活と、魔王の証がワシらの手元にあることは知られてしまうじゃろう。どうせならグランク王国に報告しておくのじゃ」

「それは、良いのですか?」

「そういえば、魔王の件はともかく、証については何も対処しなかったな。あの場の人間の記憶をいじったりするかと思ったのだが」


 魔王の証のことをあの場の人間達に知られるのは、私達にとって危険な気がする。どこから情報が漏れるかわからない世の中だ。


「うむ。いっそのこと、魔王が証を狙って来てくれるようにした方が手早いと思ったのじゃ」

「…………」


 フィンディは私の想像以上のことを考えていたようだ。


「……それは、危険ではないのですか?」

「魔王が魔族全てを従えているならともかく、配下を少し連れたくらいならば、ワシとバーツで対応できるじゃろう」

「そうなのですか? いえ、お二人の実力を疑うわけではありませんが、魔王は勇者しか倒せないのでは?」

「魔王も勇者も実力が上の者には倒される、そうじゃな、バーツ」

「私は魔王とも勇者とも戦ったことがないから何とも言えないが、フィンディが言うならそうなのだろう」


  一応、私も魔王と勇者の戦いなら見たことがある。その時に、どちらも単体なら対応できると範囲だと感じたのは確かだ。

  私が恐れるのは、フィンディと人間という種族くらいのものだ。

 

「では、魔王の証については、王国に報告を入れておきます。きっと、更に良い情報が入ってくるでしょう」


 ピルンがそう話を締めくくったところで、メインのお菓子が来た。

 皿に乗って運ばれてきたのは、三種類のお菓子だった。

 それぞれ、乗っている物が違う。三角だったり、丸形だったりする。どんな味なのか、想像もつかない。

 

「ほう、これは興味深い。初めて見るな」

「ワシもじゃ。なんという名前じゃ?」

「バーツ様がレアチーズケーキ、フィンディ様が苺のショートケーキ、私のがフルーツタルトです。どれも、グランク王が若い頃に考案したお菓子です。美味しいですよ」


 グランク国王というのは、食事に大層こだわりのある人物のようだ。飲み物に食べ物、お菓子にまで手を出すとは。食へのこだわりは、ある意味王族らしいと言うべきだろうか。

 そんなことを考えながら、フォークを使って少し切り取ったレアチーズケーキを口に運んだ。


「どれ、うむ……これは」


 口の中に広がったのは名前の通りチーズの味わいと濃厚な甘み。そして、微かに香る柑橘系の香り。

 これが、菓子か。正直、私には甘すぎる。

 だが、コーヒーと共に楽しむならば、話は別だ。


「甘いが、美味いな。そして、コーヒーに良く合う。なあ、フィンディ?」


 見れば、フィンディが上品な所作で次々とケーキを口に運んでいた。白いクリームと苺の乗ったケーキが一瞬で平らげられる。

 仕上げにコーヒーを飲んだ後、フィンディは満足気に頷きながら、言った。

 

「美味しいのう。他の神世エルフにも味わって欲しいくらいじゃ」


 彼女が仲間に見せてやりたいというのは最上級の褒め言葉だ。

 かなり気に入ったらしい。

 

「フィンディ、良ければ私のも少し食べるか?」


 まだ一口しか食べていないレアチーズケーキの皿を見せる。マナー的に宜しくないが、これだけ満足しているフィンディを見るのは久しぶりだ。多少は良いだろう。


「おう。すまんのう。では、失礼……。これも良い味じゃ」

「フィンディ様、良ければ小さめのケーキを幾つか注文しましょうか? 知らない店ではありませんので、その程度ならお願い出来ます」


 流石ピルンだ。気が利いている。

 その申し出に、フィンディは分かりやすく表情を明るくした。


「良いのか? 是非ともお願いしたいのじゃが。それと、出来ればお茶も頼む」

「わかりました。では、ちょっと頼んで来ましょう」


 ピルンが席を立つ。

 その後、私達はしばらくの間、フィンディがお茶と共にケーキを楽しむのを眺めていたのだった。

 

 ○○○

 

「そうだ。フィンディに相談があるのだが」


 小型ケーキ祭りを楽しんだ後、私はフィンディに頼みごとがあるのを思い出した。


「ほう。なんじゃ、今のワシはかなり機嫌が良いからのう。貸しだらけのバーツの願いも聞いてやりたい気分じゃ」


 さり気なく皮肉を言われてしまった。彼女には世話になりっぱなしで申し訳ない。反省している。

 しかし、この頼みは彼女しか聞いてくれそうにないのだ。

 

「実は、私も武器が欲しいんだ。何か無いだろうか?」

「ほう、お主が武器とは、どういう心境の変化じゃ?」


 驚いた様子で問いかけるフィンディ。それもそうだ、これまで、私は彼女と旅をしている間、武器を持たずに来た。当然の疑問だろう。

 ここは一つ、正直に話してみよう。

 

「実は、ピルンが貰った装備を上手に使いこなすのを見て、私もやってみたくなったんだ」

「え? 私ですか?」


 急に話の矛先が向いて来て、驚いた様子のピルンに向かって私は頷く。


「これまで徒手で十分だと思っていたが、何かと便利そうだと思ってな」


 武器を持って戦うピルンの姿がちょっと格好良かったというのもある。杖を振るうフィンディも偉大な魔術師という感じがして良い。そろそろ私にもそういった要素があっても良いと思うのだ。


「……動機はともかく、悪くない判断じゃな。以前から、お主は武器の一つも持つべきだと思っておった」

「おお、それでは。何か私向きの装備があるのか?」

「うむ。こういう時のために、いくつか考えてある」


 杖だろうか、剣だろうか。あるいは誰も見たことのない、神世エルフの武具だろうか。

 いずれにしろ、使いこなしてみせる。


「フィンディには借りを作ってばかりで申し訳ないが、是非お願いしたい」

「任せるが良い。ここを出たら適当な広い場所に移動じゃ」


 ○○○

 

 喫茶店を出た後、私達は飛行魔術で移動しつつ、街道から少し外れた平原に着地した。

 武器を試すのに良さそうな岩が転がっているのがポイントの場所だ。周囲に人の気配もない。

 

「うむ。この辺りで良いじゃろう。武器というのは、威力を試さねばならぬからな」

「軽く振っただけで山が崩れるような武器は嫌だぞ。使いにくい」

「ワシがそんな物騒な物を渡すと思うか? 失礼な奴じゃ」


 思います。口には出さないけれど。


「それで、どのような武器をバーツ様に選んだのですか?」

「色々考えたんじゃが、やはり、これが一番じゃろうな」


 言いながらフィンディが例のポケットから何かを取り出す。

 

「これじゃ!」


 棒きれ。

 そう、山道を歩いている時などに、その辺に落ちていて杖代わりになったりする、ただ木の棒。

 フィンディが取り出したのは、まさにそんな感じの物体だった。

 嫌がらせだろうか。

 最近、かなり頼りにしすぎだったから、地味に根に持っていたのかもしれない。改めて謝罪すべきだろうか。

 色々な疑念が私の頭の中を渦巻く。


「…………」

「なんじゃ、二人とも反応が薄いのう?」

「いや、なんというか。ただの棒にしか見えないのだが」

「申し訳ありません。わたしもです」

「まったく、物の価値のわからん奴らめ。いや……確かに見た目はただの棒きれじゃなコレ」


 自分で自信満々で出しておいてあんまりな言い様だ。

 

「おい、大丈夫なのか。ただの棒ってことはないだろうな」

「安心せい。久しぶりに見たからちょっと戸惑っただけじゃ。見た目は今ひとつかもしれんが、間違いなくバーツにぴったりの一品じゃぞ」

「フィンディ様のことを疑うわけではないのですが、その魔術具の正体を知らないことには何とも言えません」

「では、教えてしんぜよう」


 フィンディは棒切れを掲げ、高らかに宣言する。

 

「これは魔術具ではない。神樹の枝じゃ。ここではない、神々の世界にある巨木の一部。世界の至宝の一つと言っても良い品物じゃ」


 フィンディの言葉と共に、棒きれ(神樹の枝)が白銀の輝きを放った。強力かつ、不思議な魔力を感じる。


「見たことの無い、不思議な魔力だな」

「流石はバーツ。わかったようじゃの。これは神々の魔力じゃ。この枝に魔力を通すことで、神々と同じ魔力を扱うことが出来る。試しにやってみるがいい」


 フィンディが気軽な動作で、私に神樹の枝を手渡してきた。

 感触も重さも、ただの木の棒だ。大きさは私の身長なら、杖としてちょうど良い感じ。

 神々の世界の木の一部とか、ものすごく大それた代物だが、私なんかが使って大丈夫だろうか。


「では、軽く魔力を流してみるぞ」


 ちょっと怖いので、少なめに魔力を流し込んでみた。

 

「……凄いなこれは。ただの木の棒に見えるのが不思議なくらいだ」

 

 神樹の枝は即座に反応し、白銀の輝きをまとった。何の抵抗もなく、私の魔力を変換したのだ。まるで体の一部のように自然な反応だった。

 なんとなくだが、私はこの魔力を操作できる気がした。

 意識を集中して、先端に魔力を集中させようと試みる。

 

「白銀の光が一箇所に集まっていますよ」

「流石はバーツじゃ。もうコツを掴んだか。どれ、その光でその辺の岩を吹き飛ばしてみろ」

「わかった。……いけ」


 声と同時に、白銀の光弾が発射され、岩石が音もなく消し飛んだ。

 爆発とか、砕けたとかではなく、消滅だ。

 怖い。


「予想外の結果を見せられて、恐怖すら覚えるのだが」

「神々の魔力は、この世で最も純粋な力じゃ。使い手の意志次第でいかようにも変わる可能性を秘めておる」

「ちょっと攻撃するつもりで、これか」

「凄いですね……」

「安心せい。ワシやバーツでも神々の魔力は使いこなせん。神々のように自由自在に創造や破壊が出来るわけではない。強力な攻撃が出来るのと、護符のような魔術具を作るのがせいぜいじゃろうな」


 私とピルンが怯えた様子を見せると、フィンディが笑顔で言った。安心させるための笑顔なんだろうが、それでもちょっと怖い。

 しかし、創造の力というのは興味深い点だ。


「そうか。物を作ることが出来るのか」

「先日、ワシが指輪を作ってみせたじゃろう。あれは神々の魔力で作ったんじゃよ。実を言うと、ワシでもあのくらいの工作が限界でのう」

「神々の魔力。文字通り、神でなければ使いこなせない力か。面白い」


 攻撃だけでなく、色々と使い道がありそうなのが気に入った。使い方次第で、かなり役に立ってくれるだろう。ちょっとした物が作れるというのも悪くない。

 

「しかし、本当に使っていいのか? これは本当に貴重な物だろう?」

「ワシら神世エルフは、生まれた時から神々の魔力を扱う力が与えられておる。神樹の枝は幼少期の練習用じゃよ。貴重ではあるが、惜しいものではない」


 なるほど、練習用か。そういう意味でも、これまで武器らしいものを扱ったことの無い私にはぴったりかもしれない。

 よし、この神樹の枝を、使いこなせるようになってみせよう。


「有難く使わせて貰うよ、フィンディ。礼は必ずする」

「お主は久しぶりに会ってから、そればかりじゃのう。ま、期待せずに待つとするのじゃ」

「…………」

 

 ふと気づけば、和やかに話す私とフィンディを、ピルンが神妙な顔で見ていた。何かあったのだろうか。

 

「どうかしたのか、ピルン」

「いえ、神樹の枝がバーツ様に相応しい装備なのは理解したのですが。こう、なんというか、見た目の放浪者感が増したな、と」


 言われて、自分の姿を省みる。

 私の服装は500年前の使い古した灰色のローブだ。状態は悪くないが、見た目的に良好とは言い難い。

 それに加えて、素晴らしい至宝であるものの、棒きれにしか見えない神樹の枝。

 どちらも装備品として悪くはないが、正直、外見的に若干の問題が発生しつつあるチョイスなのは否めない。

 

「そうだな、次の国では、時間があったら服でも見てみるとしよう」


 私の言葉に、二人は苦笑しながら頷いていた。

バーツさんに武器として棒きれ(神樹の枝)が装備されます。

ただの棒きれではありません。凄い棒きれです。

こん棒か、光る剣か、棒きれかの3択で迷った結果、こうなりました。


次回もまた閑話になります。次の国についての話の予定です。

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