20話「交渉、そして次なる国へ」
正直なところ、ここは黙って魔族が討伐されるのを見逃して、救国の英雄として旅立つのが最も賢い選択だと思う。
残念なことに、私は賢くないのだ。
謁見の間は、私の魔族宣言によって騒然としていた。文官たちは一斉に距離を取り、騎士達は剣に手をかける。動かないのは王とノーラ姫とアシュナー王子、それにロビンだけだ。
「な、魔族ですと!」
「しかし、大森林の賢者の友人とは?」
「まさかこれも魔王の陰謀」
好き放題言ってくれているな。いや、気持ちはわかるが。あと、ゴードが何か呆けた顔でこちらを見ている。別にお前を助けたいわけじゃないんだ。
「静まれ皆の者。落ち着くのだ。バーツ殿は森の大賢者フィンディ殿の友人ぞ。魔族といえど邪悪と決まったわけではあるまい」
「し、しかし……」
「勿論じゃとも。確かにバーツは魔族じゃが、魔王如きにいいようにされるような軟弱な輩ではないわ。このワシが最も信頼する男じゃからな」
不安そうにする家臣達をフィンディが自信満々で笑い飛ばす。フィンディの一言で、文官達が安堵の息を吐き、騎士達は剣を収めた。こういう時、フィンディの存在感がありがたい。
騒ぎが収まったのに安心すると、今度はピルンが王達の前にやって来た。
「二人の王よ。グランク王国は魔族を国民として認めている王国です」
「そうでしたな。国王陛下の妃の一人は、魔族であったはず」
ラエリン王の言葉に、ピルンは頷きながら答える。
「はい。故に、グランク王国としては、人間と魔族の必要以上の争いは望みません。先程の話に上がった無用な虐殺は、我が国としても看過できないかと」
「ふむ……。そうだな、早計であったか」
「しかし、問題は残っているのではないか? この魔族の話によると、魔王が蘇ったそうではないか。聞くところによると、魔王は魔族を使役する力があるとか。そうですな、大賢者殿」
口を挟んできたエリン王がフィンディに話題を振った。彼女にしては珍しく困ったように答える。
「うむ。その通りじゃ。魔王は魔族に命令する能力を持ってこの世界に現れる。命令のためには、魔王の証という魔術具が必要なんじゃが……」
言いながら、フィンディはこちらを見た。そういえば、彼女には魔王の証のことを話した記憶が無い。もしかしたら、魔王が証を持っていると考えているのかもしれない。
もっと早く相談すればこういう時に楽だったかもしれないな。
そう思いながら、私は懐から魔王の証を取り出す。この魔術具について、この場で語るには少しばかり嘘をつかなければならないが、フィンディならきっと上手く話を合わせてくれるだろう。
「魔王の証なら、ここにある」
「なんと……」
私が王達へ証を見せると。その場の全員が驚きと共に、視線を集中させた。このことを知らなかったフィンディとピルンも同様だ。
『おいバーツ。なんでもっと早くそれを持っていることを話さなかったのじゃ。そして、なんでここで出したのじゃ』
いきなり頭の中に声が響いた。フィンディの魔術による念話だ。私も魔術を使って返信する。
『それに関しては後で謝る。ここは一つ、500年前にフィンディから私に預けていたという風に話を合わせてくれないか』
『……わかった。ワシが隠し通せと言ったのに、お主が勝手に取り出したことにするのじゃ』
『有り難い。感謝する』
話が早くて助かる。流石は大賢者だ。
短い会議を終えると、フィンディはすぐに行動に移った。
「馬鹿者が! ワシは隠し通せと言ったじゃろうが! ここで出したらお主がそれを持っていると世界中に広まってしまうぞ!」
なるほど。そういう方向性か。
「す、すまない。ここで出した方が話が早そうだと思って……」
「早い遅いの違いではない! 危険じゃということじゃ! もうしまえ!」
怒りの指示に、私は慌てて証をポケットに入れた。フィンディはその場でブツブツ言いながら歩きまわり、驚きのまま正座しているゴードに軽く電撃を入れてから、再び王達の前に戻ってきた。
「すまぬな。取り乱してしまった」
「大賢者殿、詳しく説明して頂けますかな」
問いかけるラエリン王。不気味なくらい静まる室内。フィンディの発言を全員が待つ。私も何とか話を合わせるために、じっと耳を傾ける。
「そう難しい話ではない。500年前のことじゃ。勇者に倒された魔王から、ワシは魔王の証を手に入れた。危険な魔術具なのでな。そして、ワシが持っていると何かと目立つということで、名前の知られていないバーツに預かって貰っていただけじゃ。この500年、北の魔王と呼ばれる存在はいても、平和であったろう」
「北の魔王、たしか穏健派の魔族と聞いておりましたが、その理由が証にあったと?」
いや、ちゃんと証を持っていましたよ、北の魔王は。使う気も無かったし、穏健派なのは確かな事実だけど。
「うむ。北の魔王は確かに穏やかな魔族のようじゃが。その証があれば、どうなったかわからんの」
実際は全魔族に命令を出すなんて能力を使えなかっただけだがな。
ともあれ、フィンディの話は、真実に適度な嘘を混ぜていて、悪くないと思う。このまま乗ってしまおう。
「実のところ、私は証を持っていても使えないのだ。魔王でなければ使いこなせないのだろう。とにかく、私がこれを持ち続ける限りは、魔族に対して必要以上に警戒しないでくれると有り難いのだが……」
「ふむ……。そういうことなら」
エリン王も納得の表情を見せた時、家臣の一人が口を出した。
「お言葉ですが、魔王が復活した今、魔族のバーツ殿が証を所有するのは危険なのではないですか? 心変わりがないとも言えますまい。いっそフィンディ様が持ってくださった方が……」
「バーツはワシの最も信頼する友人じゃ! 魔族と言えど決して裏切ることはない! それとも、ワシの判断が信じられんというのか!」
家臣の発言にフィンディが激昂した。流れ的にわからない話でもないと思っていたのだが、私に対する不信の言葉が、思った以上に彼女の逆鱗に触れたようだ。
フィンディの怒声に、王族や騎士団以外の全員が、怯えきってしまった。
「……もう良かろう。魔王の証の件については、大賢者殿とバーツ殿にお任せしよう。お二人の所にあるのなら、世界で一番安全であろうからな」
ラエリン王が場を取り繕うためにそう言った。反対するものはいない。
場が収まってから最初に口を開いたのはエリンの王だった。
「さて、バーツ殿。魔族討伐の件だが、貴方の言う通り、考え直そうと思う」
「ありがとうございます」
私が礼をしようとすると、エリン王は手で制して言葉を続けた。
「しかし、そこにいるゴードとその配下についての問題が解決したわけではない。彼らに対してどう対処したら良いか、教えてくれぬか」
「む……」
いかん。そこまで考えてなかった。魔族の虐殺を防ぐことで頭が一杯だった。
なにか…、何か良い方法はないか。ゴードの命を差し出すか? いや、そうすると忠誠心の高い配下が復讐するかもしれない。人間と魔族の軋轢を必要以上に生み出さない方法を考えねば。
『やれやれ、どうせ何も考えていなかったのじゃろう?』
私の頭の中に、フィンディの声が響いた。念話だ。実に便利な魔術である。
『恥ずかしながら、その通りだ』
『ワシに案がある。文句を言わないなら、助け舟を出してやるぞ?』
『……頼む。そのうち借りは返す』
選択の余地はない。それに、フィンディは私の最も信頼する友人だ。変なことはしない。きっと良い結果に導いてくれるだろう。
私に代わり、フィンディが一歩前に進み出る。
「王達よ、ワシに考えがある」
「ほう、大賢者殿に?」
「うむ。これを使うのじゃ」
言いながら、フィンディは例のポケットから一つの魔術具を取り出した。
彼女の手の中に現れたのは真っ白な首輪だ。
「それは何ですかな? 首輪の魔術具に見えますが」
「隷属の首輪と言う魔術具じゃ。これを付けられた者は、付けた者の命令に従う。死ねと言われれば死なねばならん」
なにそれ怖い。なんてものを出すんだ、この女は。
「これをゴードにとりつけて、エリンとラエリンのために働くように命令するのじゃ。魔族は能力が高いから使い道は色々あるじゃろう。それに、ゴードが声をかければ、配下の者も従うかもしれん。ゴード、どう思う?」
「……俺は元より殺されても文句は無い身だ。好きにしろ。私の配下も、この国で暮らすか好きに生きるか選ばせる。私のこのザマを見ればあえて戦う者はいないだろうよ」
ゴードは自分の運命を潔く受け入れた。素直な奴だ。魔王の存在を察知するなり陰謀を企む辺り、単純なタイプなのかもしれない。
フィンディの提案に王も家臣達も怪訝な反応を見せた。魔族は優秀な能力を持っているが、いきなり使えと言われても戸惑うのも当然だ。
ふと、私はあることを思いついた。
「そうだ。ゴードは自分の城に金品を溜め込んでいるのではないか? 今回の件の賠償金代わりに二国に没収させよう」
「それは良い考えじゃ、ゴードよ。金品はあるのか?」
「ある。好きにしろ。出来れば、それで配下の方を不問にしてくれると嬉しいが」
「うむ。良い覚悟じゃ」
ゴードの返事に、フィンディは満足して頷いた。そして、二人の王とその向こうにいる重鎮達に向かって言う。
「ゴードの方は了承したぞ。お主らはどう判断する?」
重鎮たちの視線が、二人の王に集中する。王達は二言三言やりとりした後、順番に口を開いた。
「ラエリンは大賢者フィンディ殿の案を支持しましょう」
「エリンも同様です。大賢者殿の魔術具ならば、いかなる魔族でも抗えますまい」
「よくわかっておるのう。これは神話の時代に、ワシではない神世エルフが作り上げた一品じゃ。どれ、ゴードよ。覚悟は良いな?」
「勿論だ」
フィンディがゴードの首に隷属の首輪を押し付けた。すると、魔術具がするりと首を抜けて、装着される。
取り付けられると、白い首輪は淡く輝き始めた。
「魔族ゴードよ。お主は今後、エリンとラエリンのために働き続けるのじゃ。お主が人間を害することは許さぬ。お主が人間を裏切ることは許さぬ。その報いは、命で持って贖うのじゃ」
「承知致しました。我が主よ」
短い命令の後、ゴードがフィンディに恭しく礼をすると、首輪がスッと消えた。
「き、消えたぞ? 首にも触れる」
「この場から無くなったように見えるだけで、お主の精神にはしっかりと首輪が食いついておる。首輪が付きっぱなしでは大変じゃろうという製作者の配慮じゃな」
驚くゴードと、説明するフィンディ。どうやら、準備は終わったらしい。
「私ではなくフィンディに解決を頼ってしまったが、これで今回の件を終わりにして貰えると嬉しい」
私の言葉に、二人の王が静かに頷いた。
こうして、双子の国の事件の後始末は、何とか片がついたのだった。
この後、ゴードをどのように扱うか話しあうための会議を二国間で開くことになったので、私達は先に退室させて貰った。後はもう、双子の国の問題だ。強引にそういうことにさせて貰った。
去り際、フィンディがゴードに向かって言い放った。
「ところでゴード。その首輪じゃが。この世界で外せるのはワシだけじゃ。死ぬまで双子の国に奉仕するのじゃぞ。じゃあの」
扉の向こうで絶望したゴードの顔が見えた気がした。
○○○
それから一週間後、私達は双子の国から旅立った。
本当はもっと早く発ちたかったのだが、そうもいかない理由が出来たためだ。
エリンとラエリンの友好の復活を兼ねて、ノーラ姫とアシュナー王子の婚約の儀が急遽執り行われることになったので、それを見てから出発することにしたのである。
婚約の話を聞くなり、フィンディはわざわざ二人のために魔術で指輪を用意して、二人に渡していた。
神世エルフからの思わぬ贈り物に姫と王子は大いに喜んでいた。
私が「フィンディにもそんな心遣いが出来たのだな」と言ったら、物凄く怒られた。
姫と王子の婚約の儀の日は、全ての人々が笑顔だった。
最後に素晴らしい光景を見て、私達3人は双子の国を後にした。
日間ジャンル別ランキング1位、ありがとうございます。
一週間であまりにも状況が変わり、驚いています。
バーツさんの思い付きの行動をフォローしてくれるのはフィンディ達です。
ゴード氏はこの後も死なない程度に働かされることでしょう。
次回から2回ほど閑話を挟んで、次の国へ進む予定です。
ところで作品キーワードを追加しようと思うのですが、何が良いか悩んでいます。
「ゆるふわ殺意ファンタジー」とかどうかな、と思っているのですが。殺意部分は主にフィンディです。




