19話「戦いの後始末」
「と、いうわけで。こいつが全ての元凶なのです」
「ほれっ。誠心誠意謝らぬかっ」
「も、申し訳ありませんでしたぁぁ!」
ラエリン王城、謁見の間で、フィンディに小突かれながら、ゴードは土下座していた。
この場所で、フィンディが戦いという名の一方的な何かをしてから、3日が経過している。
その間に、色々なことが片付いた。
まず、一連の事件の中心人物であるエリンの王子だが、あっさり見つかった。ゴードの言った通り、割と快適そうな作りの貴人用の牢屋の中で打ちひしがれているところを発見、保護された。
それから、私達の連絡を受けたロビンがノーラ姫を伴って城にやってきて、感動の再会だ。これは素直に良いことだった。うっかり王子が殺されていたら、大変なことになっていただろう。
その後、ラエリン王は私達と共に、今回の事件の全容の説明やら謝罪のためにエリンに向かい、「操られてたなら仕方ないな」と納得してもらって、事なきを得た。難しい交渉だと思ったが、何故かフィンディの姿を見た人々が怯えていて、話を円滑に進めてくれた。どうやら、王城での一件は、私達の行動よりも早く広まったらしい。
そして現在、場所はラエリン王城謁見の間である。
中央に正座したゴード。その周囲に私とフィンディとピルン。そして眼前にはエリンとラエリンの王。ノーラ姫、アシュナー王子、護衛の男、ロビン。他、国の要職の方々。そうそうたるメンバーが揃っている。
今日は、ゴードの処遇を決める日である。
正直、死刑だと思う。
○○○
さて、私達もこの3日間、何もしていなかったわけではない。ゴードを連れて、エリンの王城まで行ったりしている間に、きっちり情報を聞かせてもらった。フィンディがちょっと杖を見せるだけで、彼はべらべらと話してくれるのだ。
魔族を収監する部屋がないとのことだったので、貴人用の牢屋にゴードを放り込んだ上で、私達の尋問は行われた。
「さて、ゴードよ。私の質問に答えてもらうぞ。安心しろ、私は君に手出ししない。手出しするのはそこの神世エルフだ」
「ふん。脅せば私が喋るとでも思ったか」
「そうじゃな。では、精神を支配するのじゃ」
「やめてください私が悪かったです知ってることは何でも話します」
杖を構えただけで土下座とは、余程のトラウマになったのだろう。気の毒に。フィンディの暴れっぷりを見ていたラエリンの人々もドン引きしていたし。つくづく恐ろしい女である。
「安心しろ。私は手荒なことをする趣味はない。それで、何でこの国に手を出した。手土産とは何に対してだ。詳しく説明しろ」
私の質問に対して、ゴードはこちらの顔をじっと見た後に、口を開いた。
「……バーツと言ったな。お前、魔族か?」
「……そうだ」
カラルドでも言われたが、雰囲気でわかるのだろうか。別に隠すことでもないので、正直に答えた。なに、不利益になりそうなら、どうにかすればいいだけだ。命を奪うだけが、方法ではない。
「ならば何故わからない。一週間ほど前、強大な魔族がこの世界に生まれたのがわかったはずだぞ。あれは、伝説の魔王様の復活だ」
「……魔王の復活か。それは私も察知している」
「ならば何故動かない! 魔王様が復活されたなら、人間共と雌雄を決する時だろう! 私はその先触れとしてこの国を血祭りに……」
「うるさいのじゃ。落ち着いて話せ」
「ぬほおおおおおお!」
フィンディの電撃でゴードがのたうちまわる。ちょっと気軽に電撃しすぎている気がして心配だ。変な癖にならなきゃいいが。
ともあれ、収穫はあった。予想通り、ゴードの行動理由は魔王の復活だった。
しかし、これは彼の自主的な行動なのだろうか。
「ゴード、お楽しみのところ悪いが、もう一つ聞きたい。この国の件は君の独断で、魔王から命令されたわけではないのだな?」
「ぬほっ! そ、そこが不思議なところなのだ。魔王様が現れた場合、我ら魔族には問答無用の命令がくだされるはず。しかし、いつまでたってもそれがない。だから私は自主的に世界に混乱を起こそうとしたのだ」
「なるほど。よくわかった。そうだ、大臣をやっていた魔族は君の配下か?」
「そうだ。このような時のために数十年前から潜り込ませていた。情報収集というやつだな」
どうやら彼は魔王の復活を感知して、自主的に動いた魔族のようだ。数十年も前から配下を潜りこませるとは用意周到なことだ。もっとも、魔族は寿命が長いので、人間からすると大体が気長に見える行動をする。
「どうでしたか、バーツ様?」
「うむ。いくつかの収穫はあった」
魔王の復活は間違いないこと。
魔族はそのことに感づいている可能性があること。
そして、魔王は魔族を使役していないらしいこと。
最後の一つは重要だ。復活した魔王がその力を振るえば、世界中の魔族に命令できる。魔王の力は強大なので、その命令から逃れるのは難しい。
だが、今の魔王は命令が出せない。
実は、その理由は想像がついている。私はローブのポケットに入っているものにそっと触れる。
魔王の証。私が魔王時代に常に身につけていた物であり、パジャマと共に残された唯一の財産。
真の魔王がこの証を持つことで、魔族への命令が初めて行使できるようになる。
ちなみに私は、先代魔王から後を託された臨時魔王なので、この証を使いこなすことはできなかった。
どういう理由かわからないが、私の手元に残ったこれのおかげで、魔王が思うように命令できず、動けないのかもしれない。
てっきり力が失われたと思っていた魔王の証だが、きっちり役割を果たしていたのだ。
これは良いことだろう。少なくとも、私の手元に証がある限り、魔王による人類侵略が遅れることになる。
そして、魔王が命令できないならば、私の元配下とも色々と会話が可能な状態にあるということだ。
これから先どうなるかわからないが、私がこの証を持っているのは意味あることだろう。
「よし。私からの質問は終わりだ。フィンディ、他に何かあるか?」
「いや、何もないのじゃ。ゴードよ、ここはワシの魔術で閉じておくから、出られるとは思うではないぞ?」
「も、もう好きにしてくれ……」
項垂れるゴードを尻目に、私たちは牢屋から外に出たのだった。
○○○
謁見の間で正座するゴードを見ながら、私は思う。
情報を引き出した以上、ゴードはもう用済みだ。このまま順当にいけば、死刑だろう。そのくらいの脅威を、この魔族は国家に与えた。
しかし、果たしてそれでいいのか。もっと別の道があるのではないか。「死刑も仕方ない」と思いつつも、別の可能性を考慮している私がいた。
「確かに、私達はこの魔族にいいように操られていたようだ。大森林の賢者フィンディ殿とその御友人がいなければ危ないところでした。この国を代表して、お礼申し上げる」
ラエリンの国王が礼をすると、周囲の面々もそれに続いた。幸せそうに並んでいるノーラ姫とアシュナー王子も同様だ。
「それで、この者の処遇はどうするのじゃ? ワシはそなたらに任せるべきじゃと思うのじゃが」
「言うまでもないこと。この国に災いを呼び込んだ魔族など、首を撥ねれば良いでしょう」
エリンの国王が吐き捨てるように言った。ゴードが出てこなければ、余計な心労を重ねる必要はなかったわけだし、迷惑を被った被害者としては当然だろう。
「私も異存はありません。邪悪な魔族は成敗され、大賢者の伝説に新たな一説が加わり、この国は平和になる」
ラエリン王が厳かに言った。大賢者の伝説か、あの暴力をどんなに美化されて記録されるのかはちょっと興味があるな。
このままゴードの処刑に移るかと思った時、家臣の一人が発言した。
「ところでフィンディ殿、この魔族には他に仲間などはいないのですか? 今回の件で、魔族の恐ろしさが身に沁みました。可能な限り国内から一掃しなければと思いまして」
国家の重臣としては当然の疑問だろう。危険要素は排除しなければならない。
「む、そうじゃな。ワシは聞いておらん。どうなんじゃ、ゴードよ」
「し、城に何人か配下がいる……」
「よし、攻め込んで滅ぼすとしましょう。なぁに、親玉が死んだと知れば、魔族と言えど烏合の衆でしょう」
「城には戦闘能力の無い魔族もいる、今回の件には関係の無い者も……」
「ふん。魔族如きが何をいうか。戦えなくとも妙な技を使うに決まっておる。一人残らず始末してくれましょう」
家臣の威勢のいい言葉に周囲も盛り上がる。魔族にいいようにやられた人間の反撃の時間、そんな感じだ。
私はそっと、ゴードに声をかける。
「おい、戦えない者がいるというのは本当か?」
私の意図を察したゴードが、小声で答える。
「本当だ。今回の件は、私を中心とした戦闘できる魔族の計画だ。中には私の行動に反対していた者もいる。面倒なので処罰していなかったが」
それはそれで、いきなり処罰された元大臣が気の毒な話に思えたが、今はそれどころじゃない。
「なんでそんな状況なのにここに来たのだ、お前は」
「ま、負けると思ってなかったから……」
慢心しすぎだ、馬鹿め。こいつを反面教師にして、私も気を付けよう。
しかし、これは問題だ。ことここに至って、ゴードが嘘を言うとは考えにくい。仮に嘘だとしても、その真偽を確かめるくらいはしたいものだ。私にとって、魔族も人間も等しく同じ命、無為な殺戮が行われるのは本意ではない。
「フィンディ殿の聞き出したところによると、この魔族は伝説の魔王の復活に呼応したとのこと。そのうち魔王との戦いが起きるはず。ここは将来の憂いを断つ意味でも出陣でしょう!」
「エリンとラエリンの友好、そして平和のためですな!」
「魔族に滅びを!」
文官も騎士も大分盛り上がっている。王族達は熱狂に加わってはいないが、それもやむなしという様子だ。唯一、ノーラ姫の近くにいるロビンは面倒くさそうな顔をしていた。きっと、冒険者に面倒な依頼が来る未来の想像をしているのだろう。
隣のフィンディを見ると、少し困っているようだった。ここで一気に魔族討伐の話になるとは思ってもいなかったのだろう。
ピルンの方を見ると、こちらに向かって、「これは、不味いですね」と呟いた。彼のいるグランク王国は魔族と人間が共存している。大陸で魔族への反感が育つのは好ましくないのだろう。
諸悪の根源、ゴードはというと、全てを諦めたように、目を閉じていた。
「ゴードよ。潔すぎるぞ、自分と配下の命を諦めるには、まだ早い」
「なんだと?」
訝しむゴードを尻目に、私は王族達の方に歩み寄る。
「二人の王よ。申し上げたいことがある」
私の声に反応した王達が、こちらに目を向ける。流石、一国の王だ。どちらも周囲の熱狂に浮かされず、冷静な様子。
「どうかしたかね、バーツ殿。フィンディ殿の友人である其方には、相応の礼をしたいとは思っているが」
「国の恩人には相応の報いが必要だからな。望みを言うが良い」
ちょうどいい、その言葉を利用させてもらおう。正直、言わない方が良いとは思うのだが、言わずにいられない。
「では、遠慮なく申し上げさせていただく」
私と王達の会話に気付いた周囲が静まった。ピルンが自然な動きで、横にやって来てくれる。きっと、何かあったら私を守ってくれるつもりだろう。その心づかいが、有り難い。
「私は魔族なのです。同胞が無為に殺されるのは本意ではない。ですので、今話し合われている魔族討伐の件、考え直して頂きたい」
週末に日間ランキング入りしていて驚きました。
本当にありがとうございます。
遅筆なため、更新ペースを上げるのは難しいのですが、途絶えないように頑張ります。
それはそれとして、ここに来てようやく自分と周囲の状況を把握するバーツさん。
本人なりに、少し真面目に考えるようになりました。
次回は「交渉、そして次なる国へ」の予定です。




