15話「ラエリン城突入準備」
アジトを放棄する準備を始めたロビン達を見届けて、私達はすぐに行動に移った。
考えてみれば、冒険者ギルドでノーラ姫を助ける私達はしっかり目撃されている。自由に動き回れる時間は少ないだろう。
そんなわけで、大した荷物もない私達は、素早くエリンとラエリンの国境を越えて、ラエリンに入った。
ラエリンの王都も外観はエリンとそう変わらず、歴史を感じさせる美しい街並みが整然と整っていた。特に中心部は壮観で、緑豊かな円形の公園から、まっすぐ伸びる道沿いに整然と整った建物と、白く美しい王城を望むことができた。
ラエリンの王城はあまり大きくないが、白を基調とした品の良い建物だ。魔術的に合成された石材を使って建築されており、内部と外部に何重にも魔術防御が施されている。
そんな大がかりな魔術をどう維持しているのかと思い、フィンディに聞いたところ、城のどこかに大地から魔術を吸い上げて循環させるための魔術陣があるとのことだった。
城の弱点であるその場所は、国家の最高機密であり、フィンディでも「調べるのはちょっと手間なのじゃ」というほどのものである。
私達は王城を望む公園の一角にある憩いのスペースで、のんびりお茶などを飲みながら、王城を観察していた。
常ならば人生を謳歌する人々で溢れているはずの公園だが、昨今の情勢を反映して人影はまばらだ。それでも、私達がベンチに座っているくらいなら出来る雰囲気だった。出店も出てるし。国家間は緊張状態だが、致命的に深刻というわけでもないようだ。
ラエリンの国王は様子がおかしくなっているが、国民の外出を禁じるなどのことをしていなくて助かった。もう少し、私達が来るタイミングが遅かったら、こんな堂々と偵察することは出来なかっただろう。
「バーツよ。茶なら後でワシがいくらでも淹れてやるから、仕事をしてくれんかのう」
「む、やはり私の仕事か」
「王城を調べるのはフィンディ様ではないのですか?」
「あの城は外からの魔術探知への対策もしっかりしておるからのう。ワシの魔術だと勘付かれる。バーツの方に頼んだほうが良かろう」
「あれだけ大きな建物だと、気配を上手に探りにくいのだが……」
公園から見える王城は、それなりの距離が離れていても十分な存在感がある。田舎国家であるカラルドの王城よりも小さい城だが、民家と比べれば十分大きい。面積が広い上に、魔術防御は万全と来ているので、得意の気配察知も面倒なのだ。
「どれ、やってみるか」
私は魔力探知を行うべく意識を集中させた。
魔力探知は魔術ではなく、私の感覚による能力だ。目で見たり、耳で聞いたりと同じように、魔力を感じるのである。
私は視覚や聴覚は人間並だが、魔力探知だけは群を抜いて優れている。エルフやドワーフがはるか遠くを裸眼で見渡せたり、夜目が効いたりするのと同じように、遠くの魔力を、かなり詳細に探知することが出来る。
魔力探知をしている時は、私という意識が周囲に広がり、俯瞰しているような感覚になる。
私は、外から見える城の外観ではなく、中で動く魔力を感じるべく、意識を伸ばす。魔術対策の施された障壁は、内部からの魔力を遮断するようになっているが、私の感覚はその隙間に入り込む。
城の中は広い。だから、内部に入った私の意識を一気に全体に拡散させる。すると、様々な魔力が場内にあることがわかる。場内の防御用魔術、灯りや水を生み出すといった様々な魔術具、そして何より人間達の魔力だ。
私は感知した中でも、人間達の魔力を注意深く観察する。エリンもラエリンも人間達の王国だ。エルフやドワーフは城内に殆どいないとノーラ姫達から聞いている。また、彼女たちの知る限り、魔族の家臣もいないとのことだった。
聞いた通り、場内から感じられるのは人間の魔力ばかりだ。力の大小はあるが、人間の範疇を超えているものはいない。エルフと思われるものがあったりするが、それも少数。
「どうじゃ? 何かいたか?」
「今のところは人間ばかりだ。ピルン、見取り図をくれ」
「は、どうぞ」
私はピルンから何枚かの地図を受け取る。護衛の男に書いてもらった城の見取り図である。
「城は広いからな、偉そうな人間のいるところを見てみよう」
ノーラ姫の話だと、ある日突然、国王がおかしくなったということだ。ならば、仮に何らかの黒幕がいるなら、国王に会いやすい要職の者の可能性が高いだろう。しらみつぶしに探知するのは面倒なので、偉い人間がいそうな部屋から優先的に探知することにする。
「えっと、地図的に謁見の間とかはこのあたりか」
地図を見ながら、謁見の間や執務室などへ意識を伸ばす。流石にこの辺りになると、魔力の反応は人間だが、大きさが違う。実力のある魔術師や、強力な魔術具を身につけた人間がうろうろしている。
「やはり人間ばかりだな……。……む」
その中に一つだけ、気になる魔力があった。人間のようだが、人間でない。魔力の大きさは人間の上位クラスなのだが、その波長というか、色というか、何かがおかしい。そう、種類としては、私がこの500年、慣れ親しんだ種族のそれに近い……。
「いた……。恐らくだが、魔族が一人、王城にいる」
「ほう。流石じゃな。それで、王子の方はどうじゃ?」
「む、ちょっと待ってくれ」
地図を見ながら王子を思われる魔力を探す。護衛の男が書いた地図によると、王子が囚われていると思われる牢は地下にある。王城で一番、魔術防御の硬い場所である。
地下に向かって意識を向けるが、何とも反応がおぼろげで、人がいるのはわかるが、細かく判別できるものではなかった。
原因ははっきりしている。地下に強力な魔力を発している魔術陣があるためだ。恐らく、城の防御魔術に大地からの魔力を供給している魔術陣だろう。大きすぎる魔力の流れのせいで、周囲の小さな魔力反応が見えにくくなっているようだ。
「すまない。地下に城への魔力の供給源があるらしく、人間の魔力が隠されてしまう」
「そうか。それは残念じゃ」
「あの、魔力の供給源って、国家の最重要機密ですよ? 何重にも隠蔽されているはずなのに、そんな簡単にわかってしまうのですか?」
なにやらピルンが驚いているが、そんなことを私に言われても困る。私に探知可能な隙があるのが悪い。
「バーツの魔力探知は、通常の探知魔術とは根本的に違うものじゃ。そうじゃな、神話に全てを見通す神鳥の話があるじゃろう?」
「はい。光の神々が、世界を見るために創りだした神鳥ですね」
「バーツの魔力探知は、あの神鳥と同じくらいの能力がある。人間の隠蔽魔術なぞ、歯牙にもかけずに魔力を見つけるんじゃよ」
「さ、流石ですね……。想像を超えています」
私もだ。自分の魔力探知が神話に出てくる生物と同レベルだなんて思ってもいなかった。昔から、他人よりも少しだけ魔力がよく見えるなとは思っていたが。
「うぅむ。私は、他人よりちょっと魔力が敏感な程度に考えていたのだが、意外だ」
「意外なものか! 魔術を使わずにそこまで魔力を見通せる種族なんぞ、この世界にはお主以外には残っておらんのじゃぞ」
「初耳だぞ」
「わざわざ言う必要が無かっただけじゃ。それはそうと、これで今後の方針について話せそうじゃの」
「うむ。狙うは王城の魔族。そいつをどうにかした上で、王子を救出しよう」
かなり話がシンプルになった。大分、私達の得意分野になったといっていいだろう。力押しが出来るのは有り難い。フィンディのストレス解消にもなるだろう。
「王子の救出はどうするのですか? 居場所がわかりませんが」
「魔族をどうにかした後にでも、ゆっくり助け出せば良かろう。状況的に、魔族を倒せば、王も正気に戻るじゃろうしな」
「王子を探す必要が生じた場合でも、王城内ならば私とフィンディで探し出すのは容易だ」
「お二人がそう仰るなら、私は従うまでですね」
「うむ。では、打ち合わせをしよう」
○○○
公園の中で地図を広げて王城攻略の算段をたてるわけにもいかないので、手近なちょっと良い目の宿に入って、私たちは作戦会議を行うことにした。
ピルンが選んだ宿は、王城に近い、こじんまりとした建物だった。室内はベッドやテーブルなどが最低限で、シンプルにまとめた部屋なのが特徴だ。物が少ないというのも小奇麗に見えるので、これはこれで悪くない。
「王城に入るのはわたしの身分で可能です。王への謁見も可能でしょう。むしろ支援を求めて、積極的に会ってくれるかもしれません」
「なるほど。王や国の重鎮と会えるならば話は早いな。フィンディ、どうする?」
「そうじゃな。適当に話の流れをみつつ、精神系の魔術を解除する魔術を使うのはどうじゃ? 謁見の間全体に効くやつじゃ」
「洗脳されているならそれが手っ取り早いな。ついでに魔族の正体も暴いてくれ」
「了解じゃ。その辺は任せるが良い」
「あの、謁見の間で戦闘になる可能性がありますが……」
「そこは実力で排除すれば良いじゃろ? ワシとバーツがおるし、洗脳が解ければ護衛だって動くじゃろうから、そう簡単に大事にはならんよ」
「私達の考えていることが既に大事だがな。ピルン、不安かもしれないが、ここは実力で押し通してしまおう。偵察を重ねて入念な準備をするほど時間もない」
不安そうなピルンだったが、私がそういうとすぐに納得して頷いた。ピルンが心配しているのはラエリンの王族や重鎮の生命だ。そこは可能な限り保護するとしか言えない。実はすでに精神を壊された操り人形でした、となると何とも言えない。いや、フィンディならどうにかできるかもしれないが。
「わかりました。私も出来ればお手伝いしたいのですが、実力的にお役に立てるかどうか……」
「先程の冒険者ギルドの一件を見る限り、かなりの腕前に思えたが」
ピルンは強い。ピット族としては破格の能力を持っている。私とフィンディは比べる対象として不適切なだけだ。
「そうじゃな。ワシの方からいくつか魔術具を渡そう。それなら安心じゃろう」
「宜しいのですか?」
「ワシらとて万能ではない。優秀な仲間は多い方がいい。欲しい魔術具はあるか? できる限りのものを用意するぞ」
「では、相手を無力化できるものと、隠密に動けるものを……」
「どれ、少し待っておれ……」
フィンディが例のポケットの中を探し始めた。彼女のポケットにはどれだけの魔術具が収納されているのだろうか。今度聞いてみよう。
ともあれ、ピルンの装備を整える間に、私もできることをやっておこう。
「ロビン達に連絡しておこう。王城の調査が済んだので、行動に入るとな」
「任せた。えーと、これとこれとこれと……」
ポケットから色々と取り出し始めたフィンディを尻目に、私は通信用の腕輪の表面を撫でた。フィンディから配られたこの魔術具は、腕輪の一部を撫でると魔力が流れて、通信できる仕組みだ。連絡先は身に着ける前に登録した全員になってしまうので、個別に連絡が取れないのが難点だが、この場合は問題ない。
「バーツだ。王城の調査が済んだ。準備が済み次第、内部に入る」
腕輪に触れながらそう言うと、ロビンの声が返ってきた。
『流石の早さだな。こちらは新しいアジトに潜伏中だ。2、3日なら大丈夫だろう。それと、町の様子を見たが、まだ姫さんと俺たちの話は広まってないみたいだったぞ』
隠れ家への避難のついでに、情報収集までしてくれているとは、有り難いことだ。
「了解した。私たちのことが広まる前に終わらせよう」
『それで頼む。あと、一般はともかく、王城には情報が流れている可能性はある。注意してくれ』
『皆さま、お気をつけて。ご無事をお祈りしています』
ノーラ姫の言葉で、通信は切れた。勿論、無事に帰るつもりだとも。
「よし、連絡は終わったぞ。そちらはどうだ」
「完了じゃ。ただでさえ頼もしいピルンが、より頼もしくなったのじゃ」
「これだけあれば、足手まといにならないと思います」
自信満々に答えるピルンだが、私の見た感じでは、何も変わっていないように見えた。
「どこが変わったんだ?」
「見た目が変わるようなものは渡しておらん。気配消しの帯や、眠りの宝玉、他にも小さめの魔術具を渡してある」
どうやら、ピルンの体の小ささと素早さを生かせる魔術具を渡したようだ。相手の無力化と隠密性を中心に考えての構成になっているとのことだった。
「お二人は何か準備しないでいいのですか? 敵地のど真ん中に行くわけですが」
装備の様子を確認しながらピルンが言った。フィンディも私も身一つあれば十分なので、これで準備は完了だ。
「ワシもバーツもこのままで十分じゃ。心配はいらん」
言いながら、フィンディが自分の杖を取り出した。実をいうと、私はいつも徒手なのがちょっと寂しいので、何か手持ちの装備が欲しいと思っているのだが、何となく言い出しづらい。今回の件が終わったら、こっそりフィンディに相談してみようか。
「よし、このまま王城に出発するぞ」
宣言と共に、私達は宿を出て王城に向かった。
なんだかフィンディがドラえもんみたいになって来ました。便利だからいいか。
次回は「ラエリン城の戦い」になります。




