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最終話「月に光」

 神々の館で二人を見送ってから、一年が過ぎた。

 二人がいなくなっても、世界が慌ただしく賑やかに動いていくのは変わらない。

 この日、ピルンは魔王城の会議室にいた。


「では、リゾート計画の方は順調とダイテツに報告しておきます。ピット族や竜人の移住者も定着しているようですね」

「ええ、思った以上に馴染んでくれているわ。最初は怖がられてたのが嘘みたい」

「魔王城の皆さんは親切ですからね。時間をかければ馴染むと思っていました」


 この一年で魔王城を取り巻く環境はかなりの落ち着きを見せていた。リゾートとして営業を開始し、順調に客も増えている。移住者もいるくらいだ。


「グランク王国では、ここで休暇を過ごすのがステータスになりつつあります。皆さん、本当に頑張ってくれました」

「……バーツ様が帰ってきた時に、喜んで貰えるように、頑張ってるから」


 席に座って静かにお茶を飲んでいたヨセフィーナがぽつりと言った。

 その発言に、その場の全員が少しだけ黙り込む。


「……あの二人、やっぱりなかなか帰ってこれないみたいね」

「神になって一年、まだ忙しいのでしょう」

「そうでしょうなぁ……」


 腕組みしながら、クルッポが頷いた。


 一年前、神々の館から去った後、ピルンはグランク王国の力を使って、思いつく限りの場所にバーツとフィンディの神像を設置した。

 祈りを捧げると神像が輝くようになるまで、それほど時間はかからなかった。

 それからすぐに女神ミルスから、バーツとフィンディが無事に神へと至り、邪神エヴォスを打倒したことを告げられた。


 その後、ミルスは世界を去り、バーツとフィンディがこの世界の管理神となった。

 新たに世界に現れた神は、実に活動的だった。

 代表的なのは大陸西方の内戦地帯の変化だ。

 

 バーツ達はキリエをはじめとした大陸西方の神官達に接触し、西方国家にかつての信仰を取り戻させた。おかげで紛争はかなり落ち着きつつある。

 他にも細々と「神のお告げを聞いた」「神からこんな加護を賜った」という者がおり、そういった人々の行動の結果、二人は種族に隔たりなく信仰を集めつつあった。


 状況は、一年前より、良くなっている。

 しかし、二人はまだ帰ってこない。


 にもかかわらず、ピルン達の表情は暗くない。むしろ明るいくらいだった。


「バーツ様達が忙しいのは確かなようですが、何もないというわけではありませんでしたからね」


 そう言って、ピルンは机の上に置かれたメモの束に目をやる。

 神々の館でバーツに渡した、簡易製本されたあのメモ帳だ。


 今日、魔王城で祈りを捧げていたら、バーツとフィンディの神像がこれまでにない光を放った。

 そして、その場の全員が、懐かしい声を聞いた。


『すまないピルン。まだ、戻れそうに無い。先にこれを返却しておく』

『できれば地上で何が起きてるかわかる具体的な情報が欲しいのじゃ。貢ぎ物に加えて貰えると嬉しいのじゃがのう』


 情緒もなにもない、二人らしい業務連絡と共に、このメモ帳が現れた。

 中を見ると、二人の筆跡で、神界で何があったかが事細かに記述されていた。


「ま、あの二人のことだから、意外と小まめに連絡してきそうよね」

「バーツ様……心配性ですから…………」

「違いないですな!」

「全くです」


 お茶を飲みながら、全員で笑い合う。


「っと、こんな時間ですか。そろそろ国に戻らないと」

「ピルンさん。働きすぎよ。今度家族を連れて休みに来なさいな。サービスするから」

「ええ、次の休暇にはそうさせて貰います」


 ピルンは忙しい。魔王城の件だけでなく、紛争地帯の復興や、グランク王国のための政治的な情報収集など、仕事がとてつもなく増えていた。

 今、一部の仕事をルーンにラナリー、それとロビンに割り振って分担し始めたところだ。

 おかげでロビンはグランク王国に出張することになり、サイカと過ごす時間が減ったとぼやいていた。まあ、魔王城にいると隙あらばサイカとイチャついて周囲に顰蹙を買っていたのでちょうどいいだろう。


「それでは、近いうちに会いましょう」

「ピルンさん、身体には気をつけて……」


 転移魔術陣まで見送りにきてくれたヨセフィーナに礼をして、ピルンはグランク王国へと転移した。


 転移魔術の行き先は、王城の中庭だ。

 いつの間にか、時刻は夜になっていた。


「おや、今日は満月ですね」


 空を見上げると、明るく輝く丸い天体が見えた。

 一年前、突然空に現れたそれは、月と呼ばれている。

 あれが天体で無く、神の魔法による産物だと、世界の誰もが知っている。


 理由は簡単だ。

 月が円を描いて輝く満月の日は、地上に魔力が降り注ぐのが見えるからだ。

 今も、満月を中心に、細く輝く無数の流星が、地上に降り注ぐのが見えた。

 サイカの話によると、浄化した魔力を地上に返すのが満月の役割らしい。


 逆に、新月と呼ばれる月の無い日は、地上から天空へと淀んだ魔力が立ち上っていく。

 月が生まれた時など、サイカから光の柱が出て、大騒ぎになったものだ。


 これが、あの二人の編み出した、世界の新たなる魔力の循環だった。

 賑やかで人目がつく場所が苦手なわりに、やることなすこと大がかりな二人らしいとピルンは思う。

 そして、輝く月を見るたびに、二人に再会した時、よりよくなった世界を見せつけようと、決意を新たにするのだ。

 

 魔王も勇者も、もういない。おかげでこの世界で生まれる争いの多くは、政治的な問題に端を発するものばかりになった。

 ピルンの敬愛する二人の苦手分野である。これは実にやりがいのある仕事だ。

 

 あの二人は間違いなく自分たちを見てくれている。

 今日、それがわかったおかげで、明日からの仕事も力が入るというものだ。


 ピルンは荷物の中からメモ帳を取り出そうとして……やめた。

 もっと落ち着いた場所で開くべきだと思ったのだ。

 今日はもう、仕事は終わりなのだから。


「よっと……」


 魔王城土産の詰まったリュックを背負い、ピルンは一人、王城の中庭を歩き出した。

 

「さて、久しぶりに我が家に帰りますか」


 家で、家族が待っている。


 家路につく小さな人影を、月と流星が静かに照らしていた。



     『魔王ですが起床したら城が消えていました。』~完~

読者の皆様のおかげで、無事に最後まで書ききることができました。

本当に、感謝の一言しかありません。

ありがとうございます。


当作品は誰でも感想を書けるようになっておりますので、作品の感想や今後の創作の要望などをお気軽に書いて頂ければ幸いです。



ところで今気づいたんですが、最終的にエルフが破壊神を信仰する世界になってしまってますね。



最後にもう一度、読んでださった皆様に、心より御礼申し上げます。

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