この先の未来にも、あなたが居ればそれでい
side:五十鈴
もうすぐ春休みという3月半ばの日曜日。
朝から、聴こえてくる旋律に耳を傾ける。小さい頃から聴き親しんだ音色。
彼が生み出す音は魔法の調べ。
身も心も軽くなって、夢心地気分になる。
今日は、千星ちゃんとつかさちゃんと約束してる。
出掛ける前に白澤家へ。ちょっとお邪魔中。
「はい、羽澄さん」
「ありがとう、五十鈴ちゃ~ん♪」
羽澄さんの前に紅茶の入ったティーカップを置く。
湯気と共にふわ~っと良い香りが漂う。
母に持たされたパンケーキを美味しそうに食べる羽澄さん。
「いつも、助かるわ~!私って家事とかダメなのよね~!」
(知ってます…)
この家を片付けてるのは、昔から透か、わたしのどっちかだもん。
「出来ないって言ったのに、馨が“何もしなくていいから、結婚してくれ”って~~」
(それも、知ってます…)
馨さんも馨さん!羽澄さんを甘やかし過ぎだよ!本当に人が良いんだから。
「五十鈴ちゃん、良いお嫁さんになるわ~。将来が楽しみね~~♪」
(………)
わたしは、少し先の未来をすでに体験してしまっている…?
ピンポ~ン♪
白澤家のチャイムが鳴って「五十鈴ちゃん、お願~い!」と言われ、心の中で「はい、はい」と答え玄関に向かう。
「は~い、どちらさま?」
「おはよう、五十鈴さん。おばさまがお隣だと教えて下さったから…」
「あれ?つかさちゃんに千星ちゃん!え~っと、もう約束の時間?」
「いいえ、私たちが少し早く来てしまったの、ごめんなさいね」
そう言って、つかさちゃんはニコっと微笑む。
それに反して千星ちゃんは、さっきからムスっとしてひと言も話さずに居る。
「ちょっと、待っててね!準備するから!」
わたしは身に着けていたエプロンを外しながら、自宅に戻ってコートとバッグを持って二人の下へ。
「お待たせ!」
「今日、白澤くんは?」
「え?透?ピアノ、弾いてるよ」
「では、今のが…」
「そうだよ」
と答えると、つかさちゃんは少し目を細めて「素敵ね」と呟く。
「ところで、いつからご一緒に暮らしていらっしゃるの?」
「?」
つかさちゃんの言葉に反応しきれず、きょとんっとしてしまうわたし。
それに対して異常に反応してるのは千星ちゃん。
今までムスっとして、黙っていたのに…。
「な、何、言ってるの!つかさ!!“一緒に暮らす”なんて有り得ないでしょう!!!」
(へ?一緒?暮らす?…って誰が?誰と?)
「うふふ、今さらでしょう?ご両家公認の二人ですもの」
(こ、公認?公認の二人って?)
「ば、馬鹿な事っ!!許せな~いっ!!高校生が、早いでしょうがっ!!」
(高校生?早い?)
「いずれ、そうなるのですから、早いも遅いも、同じですわ」
(いずれ…?同じ…?)
「私は認めないわよ!!五十鈴の親が許しても、私だけはーーっ!!」
(………)
千星ちゃんとつかさちゃんはいつもこんな感じで、会話は留まる事を知らない。
「ねぇ、もしかして、さっきから言ってる“二人”って透とわたしの事?」
つかさちゃんはいつもの笑顔でいる。
千星ちゃんはポカンとした顔になる。
「う~ん…。生まれた時から一緒だったから…――すっかり家族って感じかな?」
そう、16年間も一緒なんだもん。家族という言葉がピッタリだと思う。
「五十鈴~~~!!!」
「うげっ」
千星ちゃんに“むぎゅう”とされて「私も五十鈴と家族した~い!!」と。
わたしは息苦しさから早く抜け出したくて…。
「分かった!分かったから!!千星ちゃん、放して~~っ」
とにかく、この場を収める為に、春休みになったらお互いの家にお泊りしようね、という約束を交わした。
「つかさちゃんも、来るでしょう?」
「あら、私は遠慮しておきますわ」
「どうして?」
つかさちゃんは、チラっと千星ちゃんに目で合図を送る。
「だって、五十鈴さんと家族になるって事は、白澤くんとも家族になるって事でしょう?」
つかさちゃんは“うふふふ”と軽やかに笑う。
千星ちゃんは、サーっと血の気の引いた顔色になり「つ~か~さ~っ!!!」と叫んでいる。
いつもと同じ。
私たちって、いつもこんな感じ。
大切にしたいと思う――このまま変わらない私たちの未来を…。




