61. 帰国の前に
アヴァン殿下の機嫌の悪さにはあえて触れずに、私は会話を続けた。
「ふふ。それにお店のこと、たくさん宣伝してくださっていましたわ。あんなに何人もの方に」
「……お前が喜ぶことならば何でもする」
嬉しいことを言ってくださるけれど、やはりその眉間には皺が寄っている。
「それにあの店の衣装が素晴らしいものであるのも本当のことだ。どこぞのたちの悪い貴族の会社で作っている、重苦しくて地味なドレスなど比べものにもならんだろう」
「……」
「……クソ。腹立たしい、あの無礼な女め。リアを粗末に扱いリアの顔に傷をつけたばかりか、あんな傲慢な口をきくなど……。やはり苦言を呈しておこう。お咎めなしでは納得がいかん。帰国後、今回の招待の礼状を国王陛下に送る際に、あの女の無礼な態度について苦情を書く。何らかの処罰は下るだろうからな」
……殿下は母のことが嫌でたまらないらしい。
「……あの人たちは、もう充分に辛い思いを味わっているようです」
「俺はお前ほど甘くも優しくもない。さっき衛兵に拘束させなかっただけでも、だいぶ譲歩したのだ。何らかの罰を受けさせねば気が済まん」
……だいぶご立腹だ。これ以上宥めてもきっと無駄だろう。
「……まぁいい。一旦忘れよう。今夜は宿でゆっくり休み、明日はお前の祖国を俺に案内してくれ」
「はい、殿下」
「まずは今夜、疲れたであろうお前のことをたっぷりと俺の愛で癒してやらねばな」
「……」
……どういう意味でしょうか。
「ベッドの上でな」
……そういう意味ですよね。
あまり長居もできないからと、翌日は早朝から出発することになった。殿下は何よりも真っ先に、フランシスの墓へ案内してほしいと言ってくださった。誰もいませんようにと祈りながら行ったけれど、運良く人はいなかった。昨日の今日で殿下と母を鉢合わせさせたくない。私も会いたくないし。
アヴァン殿下は、ここに来る前に買ってくださった大きくて真っ白な花束を、フランシスの墓前に置き静かに祈っていた。私もその隣で同じように祈る。
(よかった……。ここにもう一度来ることができて。フランシス、私は大丈夫。この方のおかげで今はとても幸せよ。……あなたの分まで、精一杯前を向いて生きていくわ。だから安心してね)
「フランシス嬢、姉上のことは心配するな。生涯大切に守り抜くと、君に誓おう。どうか彼女を見守っていてくれ」
帰り際に、フランシスのお墓に向かって囁くようにそう言った殿下の優しさに、思わず涙が零れた。
その後、私のわずかな思い出が残る地を二人で少し観光した後、夕方頃にラモンさんたちに挨拶に行った。帰国の前に挨拶に寄れたら行くと伝えてあったからだろう、皆王都の店舗に揃っていた。
「ひぃっ!! ででででで殿下……っ!!」
「盛況のようだな。商売が順調で何よりだ」
「は、はは……っ!おおおかおかおかげさまでででで」
アヴァン殿下と一緒に行ったから、ラモンさんの動揺が激しい。
「サディーさん! イブティさん、ヤスミンさん! おかげさまで、素敵なドレス、晩餐会でとても好評でしたわ。殿下にも皆見とれていました。本当にありがとうございました」
「妃殿下、お喜びいただけて、誠に光栄にございます」
「……誰も聞いていませんから、普通に話してください、サディーさん」
「嫌でございます。殿下が聞いていらっしゃいます。リアちゃんなんて呼ぼうものなら、処刑されてしまいますので」
「するわけなかろう」
殿下が後ろで呆れたようにそう言った。
ゆっくり挨拶をしてこいと言い残し、アヴァン殿下は先に馬車に戻っていった。
「はぁぁぁ~! 間近で見ると本っ当にカッコイイわぁアヴァン殿下って! 眼福眼福」
イブティさんの言葉に、ヤスミンさんも頷きながらニコニコしている。
「ふふ。すごく大事にされてるのが伝わってくるよ。よかったねリアさん。王太子妃殿下が店のスポンサーにもなってたくさん支援してくれて、もう一生食いっぱぐれの心配がないよ。本当にありがとね」
「本当だな。今や俺らの店は王家御用達だぞ。もう一生安泰なんじゃねぇか。ナハハハ! ありがとよリアちゃん」
「ふふ、そんな。私が自信を持って推せる商品を作っているのは『ラモンとサディーの店』ですもの! 皆さんの腕が素晴らしいからですわ。私はこれからもずっと、皆さんの仲間の一員でいたいです」
「もちろんだよ、リアちゃん。あんたはあたしらの人生を変えてくれた。……感謝してるよ、ずっとね」
サディーさんはそう言うと私の頬を撫で、ギュッと抱きしめてくれた。……本当にお母さんみたいだ。
「……私の方こそです。サディーさんたちのおかげで、人生が変わりましたわ。皆さんに出会えてよかった。……ありがとうございます」
こうして私たちはイェスタルア王国に帰った。
戻るやいなや、忙しい公務と勉強の日々が始まったが、そんな中で、私は時間を見つけてはひそかにあるものを作っていた。
チクチク縫いながら、頭の中でフランシスに愚痴る。
(ねぇ、信じられる? フランシス。今さら気付いたんだけど、誰も一言も私に謝ってくれなかったのよ!? ただの一言もよ!? あなたを殺したなんてひどい濡れ衣を、私に着せておきながら。あの時は申し訳なかった、ひどいことを言ったとか、何か一言あってもいいと思わない? ねぇ? ひどいわよねぇ!?)
そんなことを言われたってフランシスも困るだろうけど、誰かに愚痴らずにはいられない。特に母!! 私にさんざん冷たくしてひどいことばかり言ってきてたくせに、いざ再会すれば、あんたのせいでバーネット家が大打撃だの(それはまるっきり間違ってはいないのかもしれないけど)育ててもらった恩がどうのだの、支援しろだの、……その前に言うことがあるでしょうが!!
「……はぁ。……ごめんね、フランシス。もっと穏やかな気持ちで作らなきゃね、どうせなら。……ふふ」
その時だった。困惑した様子の侍女が、私のもとに何かを持ってきた。
「失礼いたします、リア様。リア様宛てにお手紙が届いております」
「あら、誰から?」
「ナルレーヌ王国元王太子殿下、ジャレット・ナルレーヌ様からでございます」
「……え?」




